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「自分たちの技術を通して、生き物が持つ力を実感してほしい」バイオ技術で生き物と人間社会を"共感"でつなぐ研究者。理系のキャリア図鑑vol.11 ちとせ研究所 田畑拓見さん | リケラボ

「自分たちの技術を通して、生き物が持つ力を実感してほしい」バイオ技術で生き物と人間社会を“共感”でつなぐ研究者

理系のキャリア図鑑vol.11 ちとせ研究所 田畑拓見さん

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世の中には私たちが想像している以上に多様な“理系のシゴト”があり、さまざまな人が活躍しています。理系のキャリア図鑑は、理系の道で活躍する先輩たちにお話を伺いながら、理系の仕事の幅広さを伝え、就職のヒントを探っていくシリーズです。

今回取材したのは、株式会社ちとせ研究所。「生物が持つ本来の力に着目し、人類と他の生物が共に地球環境を維持する世界を作ること」を目指し、社会の広い範囲でバイオ技術を生かすべく様々な研究開発を行っています。

お話を聞かせてくださったのは、研究開発部の田畑拓見さん(中途入社6年目)。大学~修士課程では微生物を専攻していたそうですが、子供の頃からアートも好きで、社会人になってから服飾を勉強しファッション業界で働いたこともある異色の経歴の持ち主。アートとバイオ研究が絶妙に融合したお洒落で繊細なオーラを放つ田畑さんに、バイオ研究者とはどんな仕事か聞きました。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

株式会社ちとせ研究所(ちとせグループ)
人類と地球環境を千年先まで豊かにする生物利用産業の創出と発展を目的とし、石油依存型の社会からの脱却、医療・創薬のさらなる発展、生態系を損なわない持続的な農業生産を目指した取り組みを進めている。培養、栽培、育種、改良といった技術を活用し、生物の能力を引き出しながら、環境や食料問題など、人類の抱える様々な課題を解決するためのテクノロジーを生み出す。
https://chitose-bio.com/cl/

持続可能な循環型社会実現のためのバイオテクノロジー

これまでの化石資源と化学合成産業に過度に依存した生活は、便利で豊かな反面、環境破壊や気候変動、健康被害など様々な弊害ももたらしました。これらの問題を回避するために、エネルギー、農業、医療、素材など広い範囲にバイオ技術を応用しようとする研究が世界中で行われています。

ちとせ研究所を中核としたちとせグループもそのひとつ。日本発、東南アジア3か国11社からなるバイオベンチャーグループです。化石資源を基点に構築されている産業構造を、光合成を基点に組み上げ、循環型の社会に近づけるための研究開発・事業開発を行っています。特に、微生物、細胞、藻類、菌叢など小さな生き物の可能性を大切にしているのも特徴のひとつ。微生物による環境浄化や豊かな農地づくりや、藻類を活用したバイオマス燃料、そしてバイオ医薬品生産を飛躍的に向上させるスーパーセルなど、独自のバイオ技術を開発しています。

最終的には、ちとせグループで開発したバイオ技術を産業の様々な分野で事業として成り立たせ、社会に定着させていくことで、千年先まで生き物と人間が暮らせる地球を残すことが目標です。その中で僕自身は入社以来、食糧・栄養問題に関わる藻の研究や、有機栽培と水耕栽培を掛け合わせた新しい農業技術の開発に携わってきました。

「何かを目指して世界を突き詰める」ことが好き

僕は、子どものころからずっと興味を持っていることが2つあります。ひとつは「生き物」。単純に美しさが好き、というのと、生き物を観察したり、飼ったり、触れたりするなかで、彼らに対して少しでも理解ができると喜びを感じるんです。長野県の自然が豊かな環境で育ったことや、父親が中学の技術・理科の先生だった影響もあって、幼いころから虫取り網を持ってしょっちゅう出かけていました。今でも虫を見るとワクワクします。先日も、カブトムシを幼虫から羽化させました。

もうひとつ興味を持ってきたのは「芸術」です。幼いころから絵を描くのが好きで、学校の授業で一番好きだったのも図工や美術でした。その延長線上で、高校生のころからファッションにも興味を持つようになり、「自分で服をつくりたい」と思うようになりました。お気に入りの洋服を着たときって、高揚感がありますよね。そういう服のパワーに魅力を感じています。

生き物に対する「なぜ」がほんの少しでも理解につながったときの喜びも、芸術やファッションで自己を探求することも……真実にたどり着けることは、おそらく「ない」のかもしれませんが、「何かを目指して世界を突き詰める」というところが、僕が「生き物」と「芸術」をずっと好きな理由だと思っています。

“未知の微生物”にロマンを感じ、微生物研究の道へ

進路を決めるときには、純粋に生き物が好きなのと、バイオ系の研究をやってみたいという思いから、農学部に進学することにしました。「芸術やファッションの道に進もうとは思わなかったのか?」と聞かれることもありますが、生き物の研究は独学では難しいですし、設備などの環境も必要だと考えて、理系の道へ進もうと決めました。

大学1~2年生時には生物について幅広く学び、3年生で専攻を決めるときには、当時一番面白いと感じていた微生物の研究室を選びました。世の中に存在する微生物の99%は培養できない菌で、残りの1%しか培養できていない……つまり、未知の微生物がたくさんいるということにロマンを感じたんです。そのまま、修士課程まで微生物の研究、主に「糖排出輸送体のクローニング」の研究を続けました。

自らの“やりたいこと”を追求し、一度はファッション業界へ

卒業後は、バイオ系の食品メーカーに入社して、そこでも微生物、主に乳酸菌の研究をしていました。でも、あるとき急に、ファッションに対する気持ちが爆発したんです。昔から、「社会人になってお金を貯めたら、いつか洋服づくりをしたい」とは思っていました。当時は大学との共同研究の仕事が忙しくて、趣味としてもファッションに触れることがなかなかできなくなってしまっていたんです。研究自体は全く嫌ではなかったのですが、もうひとつの「やりたいこと」への気持ちが一気に膨れ上がって、「このままもやもやしているくらいなら」と、夜間は服飾の専門学校に通いながらアパレルメーカーの販売職として働くことにしました。

△田畑さんがご自身で制作したというオリジナルのTシャツ

ファッション業界に足を踏み入れた当時は、このまま自分でブランドを立ち上げようと考えていて、ファッションのデザインやパターンを学ぶためにインターンも掛け持ちしながら、勉強を重ねていました。でも、ブランド立ち上げのためにビジネス的な視点でファッションを考えるうちに、「僕自身は、単純に洋服をつくることが好きだ」と、改めて気がついたんです。それは、画家が絵を描く感覚にきっと近くて、お金を稼ぐことが目的ではないな、と。それで葛藤するうちに、やっぱりファッションでは、自分が好きな服を自由につくって、欲しいと言ってくれる人にあげて、喜んでもらえたらそれでいいんじゃないか、と思うようになりました。それからは、再び研究開発職の道へ戻ることになります。今でもファッションは趣味として楽しんでいて、時間があれば服作りも続けていきたいと思っています。生きてくうえでも、芸術に触れるというのは、僕にとってとても大切なことです。絶対にこれからも切り離されることはありません。

生き物に愛と尊敬を持つ社風に共感した

その後3年ほどケミカル・マテリアルメーカーで大腸菌や酵母などの研究開発に携わりましたが、環境を変えて働きたい、と思うタイミングがありました。ファッション業界に飛び込んだときもそうでしたが、僕は自分の中に何かもやもやが出てくると、すぐに自分のあるべき環境を変えようとするんですよね。それで転職活動を始めて、いろいろな会社のホームページを見るうちに、ちとせ研究所(当時は『ネオ・モルガン研究所』)が目に入ったんです。ホームページには、

我々は生物が生きようとする力、環境に適用しようとする力にもっと謙虚に注目するべきであると考えます。
人間側の視点でみた勝手な理屈だけを生物の押し付けるのではなく、生物を生物として受け入れ、自然に対して謙虚に、人類と他の生物が共に地球環境を維持する世界を作ることを目指します。

といった、会社としての信念がぎっしりと書かれていました。この考えが、僕自身も抱いていた理想に近くてとても共感したんです。「同じ価値観を持っている人たちと仕事ができれば、自分としても良い仕事ができそう」と思って応募し、2014年に入社しました。実際に入社してみても、とにかく生き物に愛と尊敬を持っている人が多いと感じています。僕自身も、好きな気持ちや関心があってこそ、研究対象を見つめたり、観察することができると考えています。

差別化や付加価値を意識しながら、研究開発と事業化に携わる

ちとせ研究所に入社してからまず携わったのは、スーパーフードの王様と言われているスピルリナの生食を実現した「タベルモ」のプロジェクトです。人口増加による肉や魚の消費量増加により、将来的に世界でタンパク質が不足するとされる「タンパク質クライシス」の問題に立ち向かうべく、単位面積・時間あたりのタンパク質生産性に優れる「藻」を食用に活用するというプロジェクトで、現在は「株式会社タベルモ」としてちとせグループの一企業として事業化されています。小さな桶のスケールから、百何十立米というスケールの池で実際に藻を培養したり。どんな条件で、どんな肥料を与えれば生育がよくなるか検討を行ったり、商品としてパックにするためにとのように凍結したらいいかなど、多角的に商品化まで流れを検討しました。

それまではずっと微生物の研究をしてきましたが、タベルモに携わったことで、植物に対する愛情も深まりました。植物には光が必要ですよね。でも、光が強すぎると葉がだめになってしまうことがあります。そこで葉を守るために、植物が強い光を受けると、普段は平面状に並んでいる葉緑体が、光を受けすぎないように、細胞側面に沿って細長く並び方を変えるんです。そんな健気さというか、一枚の葉っぱのなかで起こる動きに面白さを感じています。それから、植物の細胞は未分化の状態に戻せたり、そこからまた植物体に戻せたりもできるところも興味深さを感じるポイントです。

その後は、「微生物を活用した養液栽培」のプロジェクトに立ち上げから関わり、事業化のため2018年に株式会社ティエラポニカを設立しました。一言で言うと、微生物の力を応用して有機物原料から作製した養液で野菜を育てる技術です。土の中に有機物を入れると、土の中の微生物の働きで分解が進み、有機物に含まれる窒素がアンモニアや亜硝酸などを経て、最後は硝酸になります。この硝酸を、野菜や植物が吸収して育ちます。この流れを水の中で再現するというのが、「微生物を活用した養液栽培」の技術です。これを活用することによって、豊かな土作りが難しい地域でも、過剰な農薬や化学肥料に頼らずに高品質な農業の展開が可能になります。

現在は、この技術をいかに実用として普及させるか、といったフェーズにきています。「微生物を活用した養液栽培」には、「環境に良く、高品質な農作物を効率よく生産できる」というメリットがあります。そこで、このメリットを効果的に発信したり、「手間がかからず、なおかつ経験値に関係なく、誰でも質の高い作物を生産できる」など、利用する側にとってのメリットがさらに大きくなるような方法を引き続き検討しているところです。「メイドインジャパン」をアピールできることなどから、海外への展開も目指しています。差別化や付加価値を意識する視点は、アパレルブランドを立ち上げようとしていたときから持ち続けているものかもしれません。
それと現在はもうひとつ、詳しくはお伝えできないのですが、他社との共同研究という形で植物培養細胞に関するプロジェクトの研究も進めています。

僕はもともと微生物を専門にしてきたので、初めに仕事を探すときは微生物の分野に絞って探しがちでした。でも、生物を見つめて、自分なりに考えてそれを検証する、というプロセスをやってきている人であれば、その対象が微生物であれ、植物であれ、動物であれ……対象が変わっても、研究自体は問題なくできると思います。

僕自身、「生き物の力を尊重する」という会社の考えに惹かれてちとせ研究所に入社した結果、初めて藻類や植物の研究をすることになり、今となっては微生物よりもハマってしまったくらいです。就職先を考える際は、今までやってきたことをそのままやろうとし過ぎずに、価値観や考え方に共感できるか?という軸で意思決定することも有効だと思います。

自分たちの技術が活用されれば、生き物が持つ力を実感してもらえる

ちとせ研究所で事業や技術を作り上げる起点になるのは、「社会課題」です。この課題を解決するためにはどんな事業を作ればいいか、そのためにはどんな技術が必要かを考えていきます。どんなにすばらしい技術があったとしても、使えば使うほど赤字になってしまうようなものであれば、継続的に活用することが難しくなってしまいます。会社である以上は、きちんと事業として成立する技術を作ることが大前提です。
事業として世の中に還元されることには、僕自身も喜びとやりがいを感じています。商品化して多くの人に活用してもらえれば、それは生物のパワーや魅力を世の中に発信することにもつながります。それで生き物が持つ力を実感してもらえれば、そこに魅力や愛が生まれていくと思うんです。こういった関心が、結果的に地球環境などに対する意識も高めてくれるのではないでしょうか。

そういう意味で、僕は、(バイオ)研究者とは「共感を通じて生き物と人間社会をつなぐ存在」だと考えています。学生の頃は、自分の知的好奇心に従って生き物と向き合い真実を探求することに集中していた気がしますが、社会に出て色々と経験を経た結果、研究対象に関心を集めて、社会の目を向けさせることも、研究者のひとつの役割だと考えるようになりました。研究を通じて生き物の能力を引き出し、多くの人々にその力に注目してもらい、社会を巻き込んで事業化していく⇒そしてさらに多くの人々(社会)が生き物に共感を持ってくれるようになる。それを目指してこれからも研究を続けていきます。

〈編集部より〉

生き物が本来持っている美しさと、芸術という「人間の心が生み出す美しさ」、両方とも突き詰めたら真実に近づけるかも──というピュアな気持ちを今も持ち続けている田畑さん。そんな田畑さんがたどり着いた、バイオ研究者の存在意義。それは、「人間社会と生物を共感でつなぐ」ということでした。

ゲノム編集技術の急速な進化やAI等のIT技術の発展で次世代のバイオテクノロジーに期待が膨らむ一方、「生物の改変はどこまで許されるか?」といった議論も盛んに行われている現在、生物を人間のために利用するのではなく、愛と尊敬をもって生き物の力を使わせてもらう、という心が何より大切だと改めて痛感しました。

ちとせグループの益々の発展を心から応援するとともに、こういった企業がどんどん増えていったらいいなと思います!

リケラボ編集部

リケラボ編集部

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