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理系の職種紹介vol.15 外資化粧品メーカーでの処方開発の仕事(クレンジング編)

理系の職種紹介vol.15 外資化粧品メーカーでの処方開発の仕事(クレンジング編)

日本ロレアル株式会社

知っているようで意外と知らない“理系の仕事”にフォーカスし、その仕事で活躍している方に詳しい内容を教えてもらう「理系の職種紹介」シリーズ。

第15回目は、『化粧品の処方開発』を深堀りしていきます。

今回ご登場いただくのは、日本ロレアルさま。自社名を冠した製品群だけではなく、ランコムやキールズなど37の国際ブランドを抱える世界最大の化粧品メーカー、ロレアルグループの日本法人です。

今回は川崎にある研究機開発拠点、リサーチ&イノベーションセンター ジャパンを訪問、フェイスクレンジング&メイクアップリムーバー領域のシニアプロジェクトマネージャーを務める渡辺翔さんにお話を伺いました。ご自身が手掛けたシュウ ウエムラのクレンジング製品を例に、化粧品処方開発の仕事の詳細、グローバルトップ企業ならではの開発、必要な素養など、気になる方は是非読んでみてください!

日本ロレアル株式会社
世界150カ国で主要37のブランドを展開する世界最大級の化粧品会社、ロレアルグループの日本法人として1996年に設立。「シュウ ウエムラ」や「タカミ」といった日本発ブランドをはじめ、20のブランドを展開している。日本にも研究開発拠点と工場を有しており、基礎研究から評価等まで行うリサーチ&イノベーションセンターは、アジアのロレアルグループの中で唯一、化粧品開発機能のすべてを備えた拠点となっている。

日本の技術力を活かしてグローバル市場に向けた製品をつくる

日本ロレアル株式会社 リサーチ&イノベーションセンター フェイスクレンジング&メイクアップリムーバー領域 シニアプロジェクトマネージャーの渡辺翔さん。
2014年日本ロレアル株式会社に入社後、スキンケア開発研究所に配属。微細な乳化技術を用いて、肌への浸透性を高めた化粧水の開発や、高いメイク落とし能力を持つ洗顔料の処方を担当する。2017年にシュウ ウエムラ スキンケア開発チームに異動し、クレンジングオイルの処方開発に携わり、環境負荷を低減した生分解性クレンジングオイルの新規開発をリードし、成功を収める。2020年からは、洗顔料やメイクアップクレンザー処方のイノベーションに従事し、2022年同チームのマネージャーに就任。北米、ヨーロッパ、アジアなどの市場に向けて、日本の強みを活かしながら、バイオサーファクタント(微生物が作る天然の界面活性剤)やアクティヴデポジション技術(皮膚への有効成分の付着技術)、環境に配慮した油剤を活用した製品の開発を推進している。

リケラボ編集部撮影

── 化粧品の処方開発とは、どのようなお仕事でしょうか?

いわば化粧品の“中身”を設計する仕事です。油や界面活性剤など数多くの原料の中から最適な組み合わせを見つけ、安定性や安全性を確保しながら、機能性や心地よい使用感を実現していきます。

ロレアルでは、メイクアップからヘア、スキンケアまで幅広い製品を扱っており、グローバルブランドは37にのぼります。それぞれのブランドや市場のニーズに合わせて、求める仕上がりや使い心地を“処方”という形で具現化する――それが私たち処方開発担当の役割です。

── 日本の研究開発拠点であるリサーチ&イノベーションではどのような体制で処方開発が行われているのでしょうか。

まず基礎的な研究を行う先端部門、そして商品カテゴリーごとにメイクアップ、ヘア、スキンケアの3つに大きく分かれたそれぞれのチームに、新規技術を処方に適用する応用研究所と、マーケティングと連携して実際の商品化を行う開発研究所があります。処方開発は開発研究所で行われます。ブランド単位でチームが分かれており、各ブランドの特徴や方針に沿って処方の開発を進めています。

評価や分析を専門とする部署は、応用研究所や開発研究所とは独立して存在し、メイクアップ・ヘア・スキンケアの各カテゴリーを横断的にサポートしています。この体制のもと、日本の技術力を活かしてグローバル市場に向けた製品づくりを担っています。

国内外のブランドに合わせて処方を開発

── 処方開発の流れについて教えてください。

マーケティングチームが定めるローンチプランに基づいて、何年の何月にこういう商品を出したいので、逆算してここまでに処方ができていないといけない、というような計算をしながら、マルチタスクをこなして処方開発をしていきます。各ブランドが欲しいものを吸い上げつつ、上流研究(応用研究)での成果を把握し、マッチングさせて提案する橋渡し役のような立場で開発を進めます。

── 日本市場に向けた製品だけでなくいろいろなブランドを担当するのですか?

はい、おっしゃる通りです。ブランド側から「こういう製品を作りたい」という要望を受けて開発することや、こちらから新しい技術や処方を提案することもある、双方向のスタイルです。

ブランドは国内外に多数あり、それぞれが目指す方向性も異なります。そのため、常に密なコミュニケーションで情報を共有しながら、海外とも多くのチャネルで連携していく必要があります。多様な連携のなかでモノづくりができるのもロレアルならではの魅力だと感じています。

クレンジングオイルといえばシュウ ウエムラ。プロフェッショナルからの支持も高く長年愛用するファンも多い。
リケラボ編集部撮影

生分解性の高いクレンジングオイルを目指して

── これまでのお仕事で印象に残っているものについて教えてください。

入社4年目の頃担当した、シュウ ウエムラの新規のクレンジングオイル開発は、とてもチャレンジングなものでした。91%自然由来成分、99%生分解性処方で環境負荷を低減したクレンジングオイル、「ボタニック クレンジング オイル」です。

── シュウ ウエムラといえばクレンジングオイルを日本に広めたといわれているほどアイコニックな存在ですね。

日本にルーツを持つシュウ ウエムラは日本人が伝統的に持つサステナビリティを受け継ぎ、その信念を追求し続けているブランドです。日本には伝統的な美徳として「もったいない精神」があります。シュウ ウエムラは、その精神を理念とし、伝統や自然、資源に至るまで日本の価値をさまざまな意味で重んじています。

「ボタニック クレンジング オイル」も日本の開発チームが処方をリードし、生分解性にチャレンジするというまったくの0から作り上げた新商品でした。当時は正直、こんな大プロジェクトに若くして携われるのは驚きでした。

── プロジェクトの立ち上げの経緯は?

クレンジングオイルは基本的に油と界面活性剤でできています。油は何千種類もあり、分子構造によって粘度や皮膜形成の厚みが大きく異なります。心地よさとかクッション感といった言葉で表現されたりしますが、そういった使い心地を出すために複数の油を組み合わせて設計します。しかし油ですからそれを洗い流したあと、最終的に海などに流れていったときにも環境に負荷をかけないものが望ましいわけです。ロレアルの方針として2030年までにはサステナブルな原料のみを用いた処方の実現を目指しており、クレンジングオイルにおいても環境負荷の少ない“グリーンな”製品を開発するために立ち上がったのがこのプロジェクトです。完成までにおよそ2年を要しました。

リケラボ編集部撮影

── 開発で大変だったところはどこですか。

語りきれないほどありますが、何よりも難しかったのは、グリーンな原料で従来と同じ性能を実現することでした。シュウ ウエムラのクレンジングオイルは完成度が非常に高く、それをサステナブルな原料に置き換えて同じような「落ちの良さ」や「心地よさ」を出すのは、まさに挑戦でした。

特に「落とす力」を担う界面活性剤の多くは、生分解性が低い傾向があり、使用感についても、生分解性の高い原料はどうしても油の粘度や広がり方といった面で、既存製品のようなクッション感やすっきりした洗い上がりを再現するのが困難でした。油と界面活性剤の微妙なバランスが崩れると、濁りや分離が起きたり、パッケージ内で漏れが生じるなど、安定性にも大きく影響します。

環境対応を進めるほど洗浄力や使用感が犠牲になる。そのトレードオフを超える処方を見つけることが、一番の壁でした。

また、生分解性の高いグリーン原料は、ロレアルとしてもほぼ初めて採用するものが多く、従来の処方を少し変えるだけでは対応できません。根本的に処方を再構築する必要がありました。

── まさにゼロベースからの開発だったのですね。

加えて、使用感やテクスチャーを保ちながら安全性を確保する必要もありました。

新原料を使う場合、目もとへの使用や敏感肌への影響など、安全性のデータを一つひとつ検証し直さなければなりません。

こうした課題を乗り越えるために、日本の原料メーカーと緊密に連携しました。日本のサプライヤーが持つ高純度な界面活性剤と独自のノウハウがなければ、実現は難しかったといえます。

国内外の上流研究や各ブランドの技術担当者も巻き込みながら、試作と修正を何百回も繰り返し、最終的に約300〜400回の試作を経てようやく完成に至りました。

経験値とデジタルの融合による新しい処方開発

──  やり遂げられた成功要因としては何が大きかったでしょうか?

大きかったのは、開発プロセスの「探索」の仕方を変えたことです。これまでの処方開発は、研究者の経験や感覚に頼って原料を組み合わせていく方法が主流でしたが、「ボタニック クレンジング オイル」の時は、デジタルシミュレーションを活用して、成分同士の相性や配合時の安定性を事前に検証できるようにしました。

クレンジングオイルの処方は、油や界面活性剤の候補だけでも理論上は何万通りもあります。その膨大な組み合わせの中から、シミュレーションによって有望な数十パターンにまで絞り込み、そこから実際に試作したのが先ほども述べた通り約300〜400処方でした。

もし従来通り勘と経験に頼っていたら、試作数は倍、期間も数年単位で延びていたと思います。つまり、デジタルが生み出したのは「作業量の削減」ではなく、“正解に近づくスピード”の革新です。

リケラボ編集部撮影

── デジタルと経験をかけ合わせるというのは、具体的にはどういうことなのでしょうか。

デジタルは必要な情報をまずインプットすることが重要で、インプットするにしてもどんなデータをどう入れるのかは研究員の経験に左右されますし、それが十分できてないと処方はうまくできません。一方、研究者個々の経験だけで処方をやっていると、とてつもなく時間がかかってしまいます。私自身、それまでは経験ベース、職人的なやり方で処方開発をしていたのですが、この製品ではロレアルが蓄積してきた何十年というノウハウや私の経験を活かしつつ、職人的なTipsをデジタルに落とし込みました。たとえば、「この油は温度が1〜2度違うだけで感触が変わる」とか、「この成分は先に混ぜるより後から入れたほうがなじみがいい」といったような、数値には表れにくい感覚的な知識です。

そうした“手の感覚”のようなノウハウをデータとしてモデル化し、シミュレーション結果の解釈に活かすことで、デジタルと経験値を組み合わせた新しい処方開発の形が生まれました。

── デジタルと職人的な経験値を掛け合わせて、画期的な製品を完成させたのですね。

こんな大きなプロジェクトはそうそうないので、プレッシャーもありましたが、新しい手法へのチャレンジにより2年という短期間でミッションを完成させることができ、さらにグローバルな会議で全世界のロレアルの研究員の方々に発表する機会も得られ、非常に達成感のある開発となりました。

大事なのは意識的な発信力
外資系化粧品メーカーの処方開発の仕事をする上で大切なこと

リケラボ編集部撮影

──  処方開発の仕事で大切な素養はなんでしょうか。

開発の場合はマーケティングや工場の方々など、研究所以外の方と関わることが多いので、成分や処方の知識と同じくらいコミュニケーションスキルも重要です。革新的な開発に挑戦し、研究内容が複雑になればなるほど、マーケティング部門など他部門の方々に技術や魅力を伝える見せ方の工夫などプレゼンスキルが重要になってきます。

──  仕事のやりがいはどのようなところに感じられますか?

ブランドやマーケティングの方々と直接やり取りをして製品を作っていく楽しさがあります。色や匂い、容器選びなどについてディスカッションの場に入ることができるので、完成すると自分の子どものように思えますし、店頭に並んでいたり評価サイトで高評価のレビューがつくと本当に嬉しいです。

── 渡辺さんの場合、アイディアはどうやって発案されますか?

店頭で自社・他社を問わずさまざまな商品を見たり、化粧品以外にも雑貨やCM、SNSなど、いろいろなものを観察しますね。人との会話の中から「あ、これをやってみようかな」と思いつくこともあります。私は絵を描くのが好きなので、白い紙にアイディアを描き出して、「これとこれをつなげたら面白いかも」と思ったら、まず形にして発信します。

アイディアを形にするコツとしては、完璧な状態にこだわるよりも、まずは80%の段階でも外に出してしまうことが大切だと考えています。特に最初に出てきたアイディアには、その瞬間にしかない発想の勢いや新鮮さがあるので、その感覚を信じて発信するようにしています。実際、生分解性クレンジングオイルを開発したときも、初期段階の構想をいち早く共有し、そこから多くの人と議論を重ねたことが成功を後押ししてくれました。

── こまめに「発信する」ということが重要なのですね。

アイディアは自分からどんどん発信しないと日々の仕事の中で流れていってしまいます。

ミーティングなどの機会を作って折に触れ上司に話すようにしますし、発信した分は評価されます。どんなにありえないような発想でも正面から受け入れてくれる文化がロレアルにはあります。グローバルな企業ですし、多様性に富んでいるので物怖じせず環境を楽しめる人なら活躍できると思います。何かに困っても高い専門性を持った人が必ず世界のどこかにいるので助けてもらえますし、そうした環境を存分に活かせるといいですね。

── 今後の仕事の目標はどのような部分に置かれていますか?

最近はマネジメントやプロジェクトリーダーという立場で開発をリードしているので、チームメンバーが成長することにすごく喜びを感じます。日本は技術がとても高く、また原料会社も素晴らしい原料を作っています。私はマネージャーとして日本で生み出したものを整理して世界に発信し、日本の開発チームの存在感を高めていきたいと思っています。

リケラボ編集部撮影

学生時代に何を学ぶべきか
―――専門分野以外のインターンに参加するなど積極的に視野を広げて

── 大学で学んだことや就職で意識していたことを教えてください。

医療の方向に進みたくて薬学部を選択し、研究者になるか製薬会社への就職を考えていました。しかし大学で視野を広げるうちに、化粧品は健康な肌をよりきれいにすることを目指すもので、医薬品と同じベクトルだと気づいたんです。商品が世に出るスパンが短いこともいいなと思いました。興味の範囲を広げるためにいろんな経験をしたことも大きいです。

1年のときに参加した夏のインターンシップで、薬学部とは関係なく広い業種を見たくて広告代理店を選びました。結果的にそこでの経験がとても大きかったです。

── どのような影響を受けましたか?

マーケティングの考え方に触れられたことが良かったです。ものづくりはマーケティングと切り離せません。インターンシップでマーケティング視点を得たことで、化粧品により興味が沸き、この分野を就活のメインにしようと決断できました。

── 日本ロレアルへの就職は何が決め手になりましたか?

もともとグローバルに活躍したかったので外資系で考えていました。なかでも日本ロレアルは外資系でありながら日本に基礎研究や応用研究ができる拠点があって、一から技術を作ってそれを世界に発信できることが最大の魅力だと感じました。

── 外資化粧品メーカーだと、会社によっては日本に研究拠点を置いていないところもあるので、要チェックのポイントですね。

実のところ、英語は苦手でしたが、自分にストレッチをかけて成長したいと思い切って飛び込んだのも、結果的に良かったと感じています。

野球は見るのもするのも大好き。絵をかくことも音楽も好きでバンド活動も…と多趣味でクリエイティビティにあふれる渡辺さん。持ち前の行動力と多様な人との交流を通じて仕事にも良い影響がありそうです。
リケラボ編集部撮影

就活生へのメッセージ
いろんな世界に触れ、コミュニケーションすることを大切に

── 学生に向けてメッセージをお願いします。

研究に取り組む姿勢や研究成果の見せ方は社会人になっても生きるので、しっかりやっておくといいと思います。そして多方面にアンテナを張って、情報を積極的に取り入れていく姿勢を学生のときに身につけると役立ちます。

私のように志望とは関係ない企業のインターンシップを受けるのもいいですし、他の研究室の人と話したり、学外の方、OB等々幅広く接点を持っていろんな刺激を受けてください。それができるのが学生時代だと思います。

また私はアルバイトから得られたものも多かったです。接客業で6年間働きましたが、海外の方、ビジネスマン、学生から高齢の方など年齢や職業を問わずさまざまな方が来店される中で、どうコミュニケーションを取れば満足していただけるのかを学びました。何が喜んでもらえるのか、何を求められているのかを意識することは今の仕事でもとても重要なので、研究職を目指すとしてもアルバイトの経験も大切にして欲しいです。

リケラボ編集部撮影

リケラボ編集部より

多数のブランドを抱えるロレアルグループでは、国内外のブランドごとに異なる情報や技術を把握しながら、最新のデジタル技術も活用して膨大なアイテムが生み出されています。限られた時間の中で常に新しい価値を創出していく、そのエネルギーこそが開発職の魅力だと感じました。

渡辺さんのように難易度の高い処方に挑み続けるトップ研究員になるには、専門領域に閉じこもらず、幅広い視野と行動力、そして趣味などプライベートも満喫しながら多様な人との交流を楽しむ姿勢も大切にしたいです。

日本ロレアルさま、渡辺さん、貴重なお話をいただき、誠にありがとうございました!

※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。

リケラボ編集部

リケラボ編集部

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