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アシックススポーツ工学研究所の挑戦――感覚までも科学し、アスリートの可能性を追究する
研究開発職の先輩に聞く仕事のリアルと、採用責任者様から就活生へのメッセージ
人の動きや感覚を科学的に解き明かし、スポーツを通じた人々の可能性を最大限に引き出すことを追求する。兵庫県神戸市にあるアシックススポーツ工学研究所は、動作解析、材料開発、シミュレーションなどのほか、試作品や開発素材の分析評価・検証までを包括的に行う総合研究拠点で、スポーツ用品の研究所としては世界でも有数の存在です。ここで生まれる知見は、トップアスリートのパフォーマンス向上から一般ランナーの快適性や負担軽減まで、さまざまな製品に生かされています。
人の動きや感覚という数値化の難しい領域に挑み、限りなく続くスポーツ時の身体や動作の問題に向き合う研究者たちは、どのように研究開発に取り組み、新しいスポーツ体験を生み出し続けているのでしょうか。現場で研究開発に携わる岩切 翠さん(先端材料研究チーム)、小塚 祐也さん(バーチャルヒューマン研究チーム)、そして研究所内の人財採用や育成を推進する森 洋人 スポーツ工学研究所 研究戦略部 部長にお話を伺いました。
自らのスポーツ体験が原点
── アシックスの研究開発職になった理由を教えてください。
岩切: 中学・高校でサッカーをしていたのですが女性用のスパイクがなく、いつも自分に合うスパイクを探すのに一苦労でした。「自分の足に合うスパイクを自分で作りたい」と思っていました。
大学では高分子化学を専攻して、いざ就職活動となり、研究所を持っている日本のスポーツメーカーを調べた際にアシックスの研究所を見つけました。素材研究を本格的に行っていることに驚き、「ここなら自分の専門を活かしてスパイクを開発できる!」と感じて入社を決めました。
小塚: 小学生の頃からバスケットボールをしていて、中学生の頃にバッシュ(バスケットシューズ)がシミュレーション技術を使って作られていると知りました。シミュレーションに興味を持ち、大学で構造解析の研究、具体的には材料の変形をシミュレーションしていました。学会にアシックスが参加しており、その発表内容が印象に残っていたことがきっかけで応募しました。
── 現在はどのようなテーマで研究を進めていますか? また、その研究で目指していることを教えてください。
岩切:ランニングシューズやサッカーのスパイクに使われる素材を、高分子構造から成形・粘弾性の評価まで一貫して研究する部署に所属しています。私は主にフォーム材(ソールのクッション素材)の開発を担当しています。
発泡構造の制御で軽さや反発性が変わるので、分子設計と物性の両方を理解する必要があります。重すぎたら負担になりますし、軽くても柔らかすぎるとぐらついて不安定で足首を痛めてしまいます。バランスを見極めて最適な物性を持つ素材を狙います。半年ごとにモデルが更新されるため、開発スピードも重要です。プロアスリートと一般ランナーでは求められる条件が異なるため、それぞれに合わせた開発を行っています。
小塚:私のチームでは、バーチャルヒューマン(仮想人体)を用いたシミュレーション技術を開発しています。例えば「ソールの厚さや硬さが変わると、どのくらい走行効率に影響するのか」を、コンピューター上で再現する研究です。シミュレーションで速く走るための「最適値」が決められると、科学的根拠に基づいたデザインの提案・設計が可能になります。
そしてもう一つ、シミュレーションの精度を上げる研究も進めています。究極には人がどこまでいけるのかをシミュレーションで追求することを目標にしています。
アシックススポーツ工学研究所の研究体制
アシックスの創業者である鬼塚喜八郎が圧倒的な通気性で特許を取得するシューズを開発した時、その目的は「マラソンランナーのマメをなくす」ことでした。その思いは現在も引き継がれ、人々が体を動かすことの障害となっている具体的な問題を解決するために問い続けることが、イノベーションの源となっています。
アシックススポーツ工学研究所では、「Human-centric science(人が中心にある科学)」を研究開発の中心に置き、独自に開発した素材や構造設計技術を用いて、スポーツを通じた人々の運動の可能性を最大限に引き出す技術や製品づくりの取り組みを続けています。
研究所では、人間特性に関する基礎研究やスポーツ・運動時の動作の分析評価、データ解析など、多様な研究結果に基づき、材料や構造の設計・機能評価、素材開発などを行っています。また、研究所内で試作した製品や素材の分析評価・検証までを包括的に行う研究体制をとり、さまざまな研究開発のアプローチを可能にしています。
構造設計・機能評価
シューズ・アパレルなど各種用品用具の構造設計と機能評価による製品開発、各種実験・シミュレーション手法の研究開発、デジタル技術を活用した新たな設計手法・技術開発など
(関連する主な学問領域の例:機械工学、応用物理学、計算工学、インダストリアルデザインなど)
シューズソール用材料開発・サステナブル材料研究
シューズ部材の高機能化のためのゴムや樹脂の配合や成形、接着に関する研究、環境配慮型材料や生産プロセスの研究および技術開発
(関連する主な学問領域の例:材料工学、高分子化学、化学工学、繊維工学、有機化学など)
人間特性研究
各種スポーツ・運動の動作分析、足形・体形の分析評価、生理学的応答や感性に関する基礎研究と、それら知見に基づく製品・サービス設計への応用研究など
(関連する主な学問領域の例:スポーツ科学、バイオメカニクス、人間工学、運動生理学、心理学、医療系(理学療法・作業療法・義肢装具)など)
データアナリティクス
実験データやサービス等から収集したデータを含む独自情報の蓄積およびデータベース化、AIを活用したビッグデータ解析を通じ、新たな価値に繋がる知見の創出
(関連する主な学問領域の例:情報工学、統計学、データサイエンス、応用数学、経営工学、AIなど)
科学の力で「感覚」を形にする
── スポーツを科学で扱う難しさや、そこに感じる面白さを教えてください。
岩切: スポーツの世界は感覚も大きく影響します。データ上ではそれほど数値が変わらない試作品も、実際着用してみると「かなり違いを感じる」とコメントが出ることも少なくありません。データと感覚の両方を追う難しさが、研究のやりがいです。
小塚:アスリートの感覚を数値化して解析する取り組みも進めています。今まで見逃してきた要素が、より速く走るためには重要である可能性があります。数値に現れないアスリートの感覚をどうやって理解するか。データだけで拾いきれないアスリートの声を聞き、実際に使用中のシューズや足を観察して、仮説を立てて改良し、試作に反映させます。
岩切: 苦労して開発したのに採用されなかった材料も、他の部署の方に相談すると「こういう使い方をしてみよう」と活路が見いだされることもあります。コミュニケーションは大切ですね。
小塚:現代の商品開発は総合力、技術を組み合わせないと勝てない時代です。材料、構造、動作解析、AI解析などの専門家が日常的に意見を交わしています。お互いの専門を尊重しながら、どう組み合わせたらより良いものになるかを議論できる環境です。雑談から新しいものが生まれることは数知れません。
試行錯誤が続いて苦しいときも、研究所内の仲間からさまざまなヒントをもらって新しいものを生み出していく。「所内はとても仲が良くて、社内行事のスポーツ大会では、研究所メンバーで構成されたチームが優勝を勝ち取りました(笑)」
リケラボ編集部撮影
岩切:仕事のやりがいという点では、例えば、オリンピックや世界陸上のような大きな舞台は、私たちスポーツブランドにとっても勝負どころ。やはり気合が入ります。
小塚:東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京オリンピック)では、短距離選手のシューズを担当しました。当時は一緒にオリンピックを戦っている気持ちでしたね。スタートはめちゃくちゃ緊張しますし、負けたら一緒に泣いて。アスリートにとっては一生に1回のチャンスかもしれません。私たちの技術を高めて、少しでも選手に貢献したい。飽きることなく仕事に向き合えます。
専門の垣根を越え、仲間と挑戦を重ねる
── アシックスの研究開発の強みはどんなところだとお考えですか?
岩切:研究から試作、検証までを研究所内で完結できるのが強みです。ソールの発泡成形、成形、貼り合わせといった加工も館内で行えますから、自分のアイデアをすぐに形にでき、設計担当やデータサイエンス担当と相談しながら改良できるのが魅力です。
モノが実際にできあがるのは面白さの一つ、ひたすらフラスコを振っていた学生時代からの大きな違いです。小塚さんと仕事していると、すぐに試作する姿勢が印象的です。
小塚:やはり実物を試して得られる情報にはかないませんから、会社も試作を推奨しています。重要なのは、いかにすばやくPDCAサイクルを回してより良い製品を生みだすか。だからシミュレーションが専門であっても、作った方が早ければ、実際に作って確認します。
── 研究者同士の関わりやチームの雰囲気について教えてください。
岩切:先日の全社運動会で3連覇するほどチームワークが良く、競技でも理論的に作戦を立てて臨むほどです。綱引きなら全員でベクトルの話をし出す、みたいな。
小塚:新しいアイデアが出せる関係というのがすごくいいなと思うんです。課題に対して「できない」ではなく「どこから手をつけよう」という頭の使い方をします。何をすべきか目標は決まっていて、方法は自由です。それぞれが専門分野を持ち寄って、新しい解法を見つけるのが最も勝てる方法だとみんなが知っているのです。
──他社や工場との共同開発も多いと伺いました。現場でのコミュニケーションで意識していることはありますか?
岩切:新しい材料開発では、海外の工場へ行って、しっかりと製造されているか、質は保たれているかチェックすることもあります。そもそも機械のサイズが違うので、ラボではできると思っていた工程が、工場の大きな装置だと難しい。
また、工場独自の方法もあったりしますが、否定せず目的を共有する姿勢を大切にしています。「相手を否定せずに目的を達成する」これは先輩から教わった言葉です。工場のみなさんがもつノウハウや経験も大切にしています。
小塚:岩切さんが言うように、お互いにリスペクトして技術を高め合う仕事を心がけています。2020年に、従来のスパイクピンを使わず、炭素繊維強化熱可塑性プラスチック(CFRTP)を用いたスプリントシューズの開発が評価され、国際的な複合材料の賞を受賞しました。もともと金属加工が中心だった企業と連携し、新素材の成形技術を一緒に確立したことで、先方の技術もさらに進化した好例です。
経験を力に、未来を描く
── 自分に合った会社をどのように見つけたのでしょうか?
岩切:アシックスの研究所にどうしても就職したくて、研究内容だけではなく熱意もアピールしました。
小塚:岩切さんは入社前に、アシックスの一般向けイベントにも参加して、社員に直接話しかけていました。印象に残っている学生さんでしたね。
岩切:どうしても話を聞きたくて、レジスタッフの方に「研究所の方はいますか?」と声をかけました。直接話すことで会社の雰囲気も分かりましたし、さらに志望度が高まりました。
── 今振り返って、学生時代の経験で今の仕事に生きていると感じることはありますか?
岩切:学生時代は研究に打ち込みました。PDCAを意識した実験の進め方や、論文を読み解く力など、当時の経験が今の研究に生きています。
小塚:研究を自分ごとでとらえておくことも大切です。なぜその研究が必要なのか、どこまで解明されているのかを自分の言葉で説明できると、研究への理解がさらに深まります。
── 今後、どんな研究や挑戦を通じてスポーツを進化させていきたいですか?
岩切:自分が開発した素材が使われた靴を履いた人から「走りやすい」と言ってもらえると嬉しいです。誰でも走る楽しさを感じられる靴を目指して、快適性とパフォーマンスを両立させたいです。そしていつかは小塚さんのように、トップアスリートが勝負の舞台で履くシューズに携わりたいです。
小塚: 東京オリンピックが終わったとき、やりきった感があまりにも大きくて燃え尽きかけました。そこで、自分をもう一度高めたいと思い、今は社会人ドクターに挑戦しています。バーチャルヒューマンの研究を進化させて、外観から機能まで、トータルでより良いシューズを個別に提案できるシステムを実現したいです。
仲間とともに、正解のない答えを探す研究所 ── 森 洋人 スポーツ工学研究所 研究戦略部 部長インタビュー
素材開発から動作解析、シミュレーションと多様な専門家が集い、互いの持ち味を高め合うことにより、「科学で、人とスポーツの未来をデザインする」アシックススポーツ工学研究所。その全体を俯瞰しつつ、スポーツ工学の取り組みを加速させる森 洋人部長に、研究所の使命と次世代への期待を伺いました。
森:アシックススポーツ工学研究所は、スポーツを通して人の可能性を広げるために、科学の力で“動き”を理解し、最適なソリューションを設計する研究拠点です。人間の動きやからだ、素材や構造の研究を通じて、パフォーマンスを高めたい、スポーツを楽しみたい、健康のため運動を続けたい、といった世界中の方々に信頼されるスポーツ用品の提供を目指しています。
採用で重視しているのは、「自分の言葉で語れる人」です。専門知識を深めるだけでなく、なぜその研究をするのか、どう社会に活かしたいのかを伝えられること。正解のないテーマに挑むには、柔軟さと仲間と議論しながら進める姿勢が欠かせません。
理系学生の皆さんには、まずは自分の研究にしっかり打ち込んでほしいです。採用過程での研究プレゼンでは、あなた自身が考える「研究のオリジナリティ」を必ず聞くようにしています。また、多様な領域の知見や先端技術を取り入れていく業界なので、一つの研究領域、技術だけではさらなる価値の実現まではたどり着かないことも多くあります。自分の専門性を深めながらも広げていく柔軟な姿勢、学際的な研究に興味をお持ちの方が向いている研究所だと思います。ぜひ、さまざまな企業を訪問してみてください。就活は、自分に向いている仕事を見つけられるチャンスでもあります。
より多くの学生の皆さんに研究所を知っていただくため、学会にも積極的に参加しています。もしアシックスの社員を見かけたら、ぜひ気軽に声をかけてみてください。会社説明会やインターンシップでお会いできる日を心待ちにしています。
皆さんと一緒に、スポーツの可能性を広げていけることを楽しみにしています。
アシックススポーツ工学研究所を訪問して
「速く走るとは何か」「心地よさとはどんな状態か」。アシックススポーツ工学研究所は、こうしたいくつもの問いにデータと感性の両面から挑んでいます。センサーで測れる数値だけでなく、履いた人の感覚やわずかな動きの違いといった“未知のパラメーター”を丁寧に拾い上げ、検証を重ねていました。
研究所では、素材、構造、動作解析など多様な専門分野の研究者が協働しています。科学的な厳密さと、人の感覚を大切にする柔軟さを行き来しながら、より良いスポーツ体験を追求しているのが印象的でした。
終わりのない課題に向き合い、仲間と試行錯誤を重ねて解を導く。その姿勢が、アシックスの研究を前に進めています。
※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。
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