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生物学から金融業界を経て化粧品研究へ。分野を越える選択を続ける “決断の理由”
理系の決断vol.1 株式会社ミルボン 渡邉 紘介さん
人生に選択はつきもの。特に将来を左右する選択においては、自信をもってこれだと決断できる人は多くはありません。連載「理系の決断」シリーズは、企業研究職として活躍中の方々に、これまでの人生の岐路においてどのような判断軸で決断・選択をして現在の仕事に至ったのかに迫ります。
研究開発職を希望される皆さんの夢をかなえるヒント、研究開発職として活躍するためのエッセンスが詰まっています!
リケラボ運営元のパーソルテンプスタッフ研究開発事業本部(通称Chall-edge/チャレッジ)は、一人でも多くの理系の方々が、自ら選択した仕事やはたらき方で、喜びや楽しみ、さらには人や社会の役に立っていることを実感できる、多様で豊かな社会を創造することで、グループビジョン「はたらいて、笑おう。」を実現していきます。
自分自身のキャリアも、ひとつの壮大な「実験」
美容室専売のヘアケア製品やヘアカラー剤などを製造・販売する化粧品メーカーミルボンの研究員、渡邉紘介さんのキャリアは、一見すると異色で、大きな方向転換の連続に見えるかもしれません。
大学では理学部生物学科を専攻。しかし、卒業後は一転、大手金融機関に就職。その2年後に退職してがん細胞の研究で大学院の修士課程を修了し、化粧品メーカーのミルボンに入社しました。現在は、同社の未来を担うイノベーションセンターの立ち上げに関わり、研究室責任者を務めています。
本記事では、「理系の決断」というテーマのもと、渡邉氏がそれぞれのキャリアの岐路で何を感じ、どのように考え、どのように決断してきたのか、その思考の軌跡と、決断の背景にある哲学を伺います。
Q. 理系に進むきっかけと、ここまでキャリアでの大きな決断は?
理系に進む原点は、湖で出会った「未知の生物」と祖父の言葉。
私が理系の道、特に科学者という職業に憧れを抱いたきっかけについては、とても明確に覚えています。それは、幼い頃に一緒に暮らしていた祖父との思い出です。
祖父は高校で理科の先生をした人物で、私が保育園に通っていた5歳か6歳くらいの頃、よく近所の湖へ私を遊びに連れて行ってくれました。バケツを湖に投げ込んで水を汲み、祖父が持っている顕微鏡で水中の生き物を観察するのが、私の何よりの楽しみでした。
図鑑を片手に「これは何だろう?」と二人で探求する。そんな日々の中で、ある日、図鑑をいくら調べても載っていない生き物を見つけました。
今思えばミジンコの一種だったのだろうとは思いますが、当時の私にとっては大発見でした。興奮して祖父に「これ、図鑑に載ってないよ」と伝えると、祖父は私に「もしかしたらそれはまだ世界中の誰も知らない生き物かもしれない。そういう未知のものを見つけて、まだない知識を人類に届けることができるのが科学者だ。わからないことを知ることが好きだったら、科学者になるといい」と話をしてくれました。
その言葉が、私が理系の道に進む原点となりました。
1つ目の決断:
就職orアカデミア。生物系の研究室からは異例の金融業界へ就職。
大学では、幼い頃からの夢をそのまま追いかけ、理学部の生物学科に進学しました。途中までは当然のように、卒業後は大学院に進み、アカデミアの世界で研究者になるものだと考えていました。しかし、学部卒業を前に、私は大きな決断をします。金融業界への就職です。生物系の研究室から金融業界へ進む学生はほとんどおらず、異例の選択でした。
この決断の背景には、2つの大きなきっかけがありました。
ひとつは、友人との会話の中で知ったGoogleのビジネスモデルです。当時出始めたばかりのGoogleが、なぜ検索サービスだけで莫大な利益を生み出せるのか。その仕組みを聞いた時、「こんなお金儲けの方法を思いつく人がいるのか」と、純粋に感動し、産業やお金の仕組みのおもしろさに関心を持つようになりました。
もうひとつは、時代背景です。私の就職活動時期は、リーマン・ショック(※)、いわゆるサブプライムローン問題が世界を揺るがしていた頃でした。ニュースを見ながら、あれほどもてはやされた金融工学がなぜ破綻したのか、そしてあらゆる産業を根底で支えている「お金の流れ」そのものに、強烈な興味を抱いたのです。
研究者として社会で成果を出すにしても、産業やお金の仕組みを知らないのは片手落ちではないか。そう感じ始めました。
その後、金融系の学部に編入するのではなく「就職」という道を選んだのは、私の性格が大きく影響しています。私は座学で理論を学ぶよりも、実際に手を動かして出た成果を重視する「実験科学者」であり、根っからの「実務派」だという自己認識を持っています。だからいち早く金融の現場そのものに飛び込み、実世界で「実験」してみたくなったのです。さらに言えばこれも私の性格的なものですが、「もし研究者になりたくなったら、また大学院に戻ってくればいい」という、楽観的な考えもありました。こうして私は、一度研究の世界を離れ、金融の道へ進むことを決めたのです。
※リーマン・ショック
2008年、米国の投資銀行 リーマン・ブラザーズ が経営破綻したことをきっかけに、世界的な金融危機が発生した。金融機関同士の信用が急速に失われ、融資が滞り、企業活動や雇用にも深刻な影響が及んだ。日本でも景気後退が進み、就職氷河期が再来した。
2つ目の決断:
金融業界での2年を経て、再び大学院へ進学。がん研究の道へ。
実務派として、経験からデータを得ることを信条とする私にとって、大手金融機関での2年間という「実験」は、社会の仕組みを学ぶ上で非常に有益でした。
しかし、巨大な組織の中で働くうちに、ある種の違和感を覚えるようにもなりました。私が入社した会社は、従業員が3〜4万人もいる巨大企業でした。その巨大な組織で周りの先輩方を見ていて、「自分で立ち上げた仕事を、自分の判断で動かせるようになるまでには相当の時間がかかるのだろう」という感覚が芽生えていきました。日々の業務は極めて体系的に整備されていて、もし私が明日いなくなっても、すぐに同じスキルを持つ別の誰かが入り、業務は滞りなく回っていく。非常に安定していて合理的です。ただその事実と「未知のものを見つけて、まだない知識を人類に届けたい」という自分の原点にある想いとの間に、少しずつずれが生まれていきました。
もっと挑戦的に自分の手で何かを生み出す仕事がしたい。そう考えたとき、巨大組織の中では実現までに時間がかかりすぎるように思え、研究の道に戻ることを意識し始めました。
そんな折、大学院の修士課程に進んだ友人たちの話を聞く機会がありました。彼らが語る研究の話は、純粋に「面白そうだな」と私の心を惹きつけました。さらに、金融業界で学んだお金や産業の知識を今度は産業界の研究者として活かせるのではないか。そう考えた私は、在職中に大学院を受け直し、合格を機に2年間勤めた会社を退職しました。
3つ目の決断:
再び民間企業への就職を志す。製薬業界ではなく、化粧品業界へ。
大学院に戻った私が専門に選んだのは「がん研究」でした。がん細胞の研究は応用範囲が広く、製薬会社など将来の選択肢が多いと考えたからです。細胞が生まれてから死ぬまでの一生を、ものすごいスピードで観察できる点も、研究対象として魅力的でした。
当初はがん研究の道を進み、製薬会社への就職を目指していました。しかし、研究を進める中で、再び私の考えは大きく変わることになります。
研究の一環で病院を訪れ、医師の先生方と話す機会が何度もありました。そこで感じたのは、病気を治す仕事というのは、病気という「マイナスの状態」を、健康という「ゼロの状態」に戻す仕事だということです。それは言うまでもなく社会にとって極めて重要で尊い仕事です。一方で、自分の性格や得意とする方向性を考えた時に、その“マイナスをゼロへ戻す”営みとは少し違うところに、自分らしい貢献の仕方があるのではないか、と感じ始めました。自分が長く働くなら、ゼロをプラスへ、プラスをさらに大きなプラスへと広げていくような、人の生活をより豊かにしていく方向の仕事が向いているのではないか。そちらにも同じくらい大きな価値があり、自分はそちらの方が力を発揮できるかもしれない——そんな予感が芽生えてきたのです。
では、そうした自分の志向に合った研究とは何か。そう考えたとき、頭に浮かんだのが「食品」と「化粧品」でした。食品も人の健康を支えるのに欠かせないとてもポジティブな仕事ですが、どちらかというと「健康を維持する」という側面が強いと感じました。一方の化粧品は、人を「1から100、1000、1万へと、もっともっとポジティブにできる仕事」ではないか。人の魅力を引き出し、自信を与え、人生をより豊かにできる可能性を秘めている。そう感じた私は、製薬業界ではなく、化粧品業界で研究者としてのキャリアを歩むことを決断したのです。
Q. もし、あの時違う道を選んでいたら?
金融へ行かず、アカデミアに残っていたら?
もし大学生の時に金融業界に進まず、ストレートに大学院に進学し、アカデミアの研究者を目指していたらどうなっていたか。これは今でも時々考えることがあります。
大学時代の友人にはアカデミアに進んだ者も多く、今では准教授になった人もいれば、まだポスドクとして安定した職を見つけられていない人もいます。果たして自分はどちらになっていただろうか、と。
研究そのものは好きだったので、きっとどのような道であれ楽しい人生を送っていたとは思います。しかし、私は自分で言うのもなんですが、研究の「テーマ選びのセンス」があんまりないんです(笑)。運の要素もあるアカデミアの世界で、今の日本の研究職を取り巻く厳しさも考えると、安定したポストについていられたかは正直、自信はないですね。あの時の選択がなければ、今頃は少し違った形で色々苦労はしていただろうなとは思っています。
化粧品ではなく、製薬会社に進んでいたら?
もし大学院進学の当初の想定通り、製薬会社に就職していたらどうだったでしょう。
製薬会社の研究は、今でも強く惹かれる領域です。「20年にひとつ成果が出れば良い」と言われるほどスケールの大きなテーマに挑めることは、研究者として大きな喜びだと思います。ひとつの作用機序を徹底的に解明していくような、純粋なサイエンスの深みを味わえる研究ができたかもしれません。
一方で、化粧品の研究は同じ“サイエンス”でも求められる視点が少し異なります。開発のサイクルが早く、研究成果をどのように人の生活へ届けるか、研究者自身がその社会実装のストーリーまで含めて考慮する必要がある。研究の純度だけを追うわけにはいかず、常にビジネス面が頭をよぎる——そう捉えることもできるかもしれませんが、私はむしろそこに大きなおもしろさを感じています。
自分が組み立てた理論をどうプロダクトに落とし込むか。それをどう届け、どう心に響かせるか。サイエンスで解き明かした理論をいかに魅力あるストーリーへと変えて顧客への価値を生み出すかということこそ、化粧品研究ならではの醍醐味です。そしてそれは、私にとってとても性に合っていると感じます。
製薬に進んでいたら、もちろん別の幸せな研究人生があったでしょう。でも今の道にこそ、自分にとっての確かなおもしろさがある。その実感は、年々強まっています。
Q. いちばん最近の決断はなんですか?
「イノベーションセンター」立ち上げ時の経験と2050年を見据えた未来への挑戦
いちばん最近の大きな決断は、ミルボンの「イノベーションセンター」の立ち上げに関わり、研究室責任者になったことです。
この部署は、これまでの商品開発のための研究とは時間軸が全く異なります。私たちが向き合うのは、どんなに短くても10年以上先、さらには「2050年」や「2100年」といった、自分がこの世にいないかもしれない未来です。
目先の成果に捉われることなく、これまで時間的な制約でできなかったテーマの深掘りや、まだ世の中にない技術の創出に取り組める。ミルボンという会社の枠を超え、美容業界、社会、地球全体、さらには宇宙といった壮大なスケールで物事を考えていく仕事です。めちゃくちゃ楽しいですよ。
この決断には、個人的な生活の変化も伴いました。イノベーションセンターは東京にあるため、関西にいる家族を残して単身赴任をすることになったのです。「こんなにおもしろそうな仕事はない。挑戦させてほしい」と家族にお願いし、行かせてもらいました。今は、平日は仕事に没頭し、週末は必ず家族の元へ帰るという、メリハリのある生活を送っています。これもまた、自分らしい決断だったと思っています。
これからキャリアを歩む理系の皆さんへのメッセージをお願いします
自分自身のキャリアも、ひとつの壮大な「実験」だと考えてみてはどうでしょうか。「この業界はおもしろそうだ」と仮説を立て、実際に働いてみる、あるいは1日でいいから、働いている人に密着してみる=実験し、「自分はここで輝けそうか?」という視点で結果を分析し、次の実験計画を立てる。
「実験」せずして、自分の選択肢を自分で狭めることだけはしないでほしいです。世の中には星の数ほどの企業や働き方があります。もし今の場所に少しでも違和感があるなら、その違和感もまた大切な「実験データ」です。重く考えすぎず、臆することなく他の世界を見てみてください。これまで培った経験を手放すことになるのでは、と不安に思うかもしれませんが、その経験が活きる場所は必ず他にもあります。
そして何より、他人の評価を気にしすぎないことが大切です。「前例がない」とか、「ドロップアウトに見えるのではないか」とか、そうした周囲の視線を気にする必要はありません。祖父がよく「自分の人生の舵取りを人に任せるな」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。
周りの評価ではなく、自分がどうしたいか。自分がおもしろいと思えることを基準に選んでください。常に「自分で選んだ人生だから、悔いはない」と言えるような歩み方をしてほしいと思います。
▼あわせてご覧ください。
渡邉さんの過去のリケラボ取材記事はこちら!
金融業界から化粧品メーカーの基礎研究者へ!研究者になる方法はひとつじゃない。
理系のキャリア図鑑vol.22 株式会社ミルボン 渡邉 紘介さん
https://www.rikelab.jp/post/3186.html
プロフィール
渡邉 紘介(わたなべ こうすけ)
理学部生物学科を卒業後、大手金融機関に就職。2年後に退職し、大学院理学系研究科修士課程を修了。株式会社ミルボンに入社。中央研究所での基礎研究と並行し、同社イノベーションセンターの立ち上げに関わり研究室責任者を務める。大学院にて博士号取得を目指し研究中。 (※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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