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理系の職種紹介vol.20 ヘアケア製品の基礎研究職とはどんな仕事?「毛髪」を科学し、昆虫や食品からもヒントを得るミルボン研究員に聞きました

理系の職種紹介vol.20 ヘアケア製品の基礎研究職とはどんな仕事?「毛髪」を科学し、昆虫や食品からもヒントを得るミルボン研究員に聞きました

株式会社ミルボン

知っているようで意外と知らない“理系の仕事”にフォーカスし、その仕事で活躍している方に詳しい内容を教えてもらう「理系の職種紹介」シリーズ。

第20回は、「ヘアケアメーカーの基礎研究職」について取り上げます。

登場いただくのは、美容室専用のヘアケア製品を手がける株式会社ミルボン。その製品開発を科学の面から支える開発本部 研究開発部の吉田正人研究員です。

毛髪を「繊維」として研究してきた吉田さんは、ヘアカラーによるダメージを予防的に補修する新たなメカニズムを開発しました。そのヒントになったのは、昆虫の羽化やうどんのコシ、グミの弾力。

異分野の知識をどのように研究へ結びつけ、製品へとつなげたのでしょうか。ヘアケアメーカーでの基礎研究の仕事を、実際の研究テーマを通して見ていきます。

【この記事のポイント】

Q. ヘアケアメーカーの基礎研究職とは?その研究内容は?

A. 毛髪の構造や性質、ダメージが起こる仕組みなどを科学的に解明し、新しいヘアケア技術につながる原理や方法を探す役割を担う。ユーザーの声などを踏まえて課題を洗い出し、文献調査を経て立てた仮説を実験で確かめながら製品に応用可能なシーズを探していく。化学や物性、タンパク質などヘアケアに直接関係する専門知識だけでなく、食品、昆虫など多様な分野の知見を活かしながら、毛髪のケアに役立つメカニズムを探究する。人体に使用する製品として、安全性への配慮が欠かせない。

株式会社ミルボン
1960年設立。プロユース(美容室専用)に特化したヘアケア製品を製造・販売する化粧品メーカー。顧客第一主義をモットーに、「美しさを拓く。」のコンセプトのもと、ヘアカラー剤、シャンプー、ヘアトリートメント、スタイリング剤、パーマ剤、育毛剤、スキンケア・メイクアップ化粧品を手がける。人が輝く社会に向けた新たな美容のグローバルフィールドの創造を目指し、研究開発では、毛髪そのものの構造や性質を探る基礎研究から製品開発まで一気通貫で取り組める体制が特徴。

企業の基礎研究職は、仕組みを解明し未来の商品を生み出す「土台」

── ヘアケア・化粧品メーカーでの「基礎研究」とは、どのような仕事なのでしょうか。

ヘアケア・化粧品メーカーの研究開発は、おおまかには、毛髪や皮膚の構造・性質、成分が作用する仕組みなどを明らかにする「基礎研究」と、そこで得られた知見や技術を実際の製品へとつなげていく「応用研究・製品開発」に分けることができます。

企業によって名称や役割分担は異なりますが、基礎研究は「なぜそうなるのか」を解き明かし、新しい技術のタネを見つける仕事、一方で、応用研究・製品開発は「その知見をどう役立て製品として完成させるか」を考える仕事、と捉えるとわかりやすいでしょう。

一般的な大企業では、基礎研究部門で新しい成分や技術を発見したら、次のステップである開発部門での製品開発に「引き継いで終わり」ということが多いと聞きます。しかし、ミルボンでは基礎研究と開発の垣根が非常に低く、入社した当初は、ポジティブな意味で驚きました。

弊社では、基礎研究担当であっても、最終製品が作られて販売に至るまでずっと付き添います。まるで我が子を育てるかのようです。

自分が提案した技術に対して最後まで責任を持てることは、企業研究者として非常にありがたい環境です。

お話を伺った開発本部 研究開発部の吉田正人さん。
リケラボ編集部撮影

「毛髪」という特殊な「繊維」に魅せられて

── 吉田さんは学生時代から現在まで、一貫して「繊維」の研究をされていると伺いました。

繊維産業が盛んな群馬大学で、繊維分野の世界的権威新井幸三先生の元で学びました。卒業後は繊維・素材メーカーに入社し、医療用やテキスタイル向けの合成繊維の研究に従事しました。その後、社会人ドクターとして研究を続け、博士(工学)を取得しました。そうした研究経歴を評価していただき、2007年にミルボンへ入社しました。

── 合成繊維の世界から、なぜヘアケア業界のミルボンへ?

昔から「毛髪」という特殊な繊維に強く惹かれていたからです。ナイロンのような合成繊維は分子が規則正しく並んだ比較的シンプルな構造です。しかし、毛髪は3層構造になっており、内部ではタンパク質がらせん構造を形成してぎゅっと詰まっています。

「髪の毛には人体の全ての要素が詰まっている」と言われるほど複雑な成り立ちをしています。あれほど細いにもかかわらず、同じ太さの鉄の繊維よりも強いと言われるほどです。工学系の人間として「なぜこんなに複雑で強い構造が自然に生まれたのか」と構造的な謎にたまらなく魅力を感じていました。

── 基礎研究で「毛髪を構造から理解する」ことが、効果的なヘアケア製品づくりにつながってゆくのですね。

リケラボ編集部撮影

昆虫・食品・植物からもヒントを得る。基礎研究者の仕事の進め方

── 吉田さんらが開発した「タンパク質架橋テクノロジー」に関する研究論文は、米国の化粧品科学者協会による最優秀論文賞(ヘアケア技術部門)を受賞しています。この技術について教えてください。

ヘアカラーによる髪の傷みは、多くの人にとって大きな悩みです。カラーの際、まずアルカリで髪の表面のキューティクルを開き、内部に薬剤を浸透させて元の髪色(メラニン色素)を脱色するのですが、この時に毛髪を支えるケラチン同士の結合の一部が損なわれます。髪は死んだ細胞でできているため、一度切れた結合が自然に再結合することはありません。

従来のヘアケアは、傷んだ髪を補強する成分を補い、表面をコーティングするものが主流でした。しかしあくまでも効果は一時的で、傷んだ部分から成分が流れ続けてしまいます。

そこで私たちは、切断されたケラチン同士を、根本的につなぎ直す=架橋アプローチに取り組みました。

着想のヒントになったのは「紅茶」です。紅茶にお湯を注ぐと、時間とともに色や風味が現れてきます。紅茶にはポリフェノールが含まれており、こうした成分が互いに結合してさまざまな性質を発現することが知られています。ある日、紅茶を眺めながら、「ポリフェノールの働きを利用してケラチン同士をつなぐこともできるのではないか」とひらめきました。

さらに文献を調べると、蝶などが羽化する際に柔らかい羽が硬くなる「キノン硬化」というメカニズムに行き着きました。さらに決定打となったのが、大阪産業技術研究所が報告した「うどんのコシやグミの弾力を高める食品用タンパク質架橋技術」でした。

タンパク質架橋技術に関する研究論文は、米国の化粧品科学者協会(SCC)が『Journal of Cosmetic Science』掲載論文から選ぶ、ヘアケア技術部門の最優秀論文賞「JOSEPH P. CIAUDELLI AWARD」を受賞した。https://www.milbon.com/ja/news/uploads/docs/20241219.pdf
画像提供:ミルボン

── 昆虫の羽化や、うどんのコシが、どのように髪の毛の補修につながるのでしょうか?

不思議ですよね。羽化した昆虫の羽根が硬くなる、うどんにコシが出る、かみ応えのあるグミ、これらはすべてタンパク質をつなぎ合わせて架橋構造を作り、強度を高めた結果です。

昆虫の羽化では、フェノール化合物*が金属イオンによって触媒され、反応性の高いキノン体へ酸化し、タンパク質と結合して強度が高まります。このメカニズムを毛髪の内部で再現できれば、カラーなどで切断されてしまったケラチン同士をつなぎ直し、髪の強度を回復できるはずだ、と考えたのです。

*フェノール化合物:ベンゼン環に水酸基(-OH)を持つ物質の総称。また植物に含まれ、分子内に複数の水酸基を持つものを一般に「ポリフェノール(多価フェノール)」と呼びます。本記事では分かりやすさを重視し「ポリフェノール」と表現しています。

── 毛髪とはまったく異なる分野の研究を、ヘアケアに応用していくのですね。

毛髪だけを対象とするのではなく、異分野の研究から共通する原理を探していく。基礎研究ならではの研究の進め方ですね。

企業の基礎研究では「安全性」が最重要

── 毛髪におけるタンパク質架橋技術はすでに製品に応用されているということですが、製品化にあたってご苦労された点はありましたか?

人体への安全性と毛髪の補修効果を両立させることです。

実は過去にもタンパク質結合の新構築は試みられていましたが、人体に有害な成分を必要とするものが多く、ヘアケアへの応用が困難だった経緯があります。今回、食品分野の技術を応用したことで、化粧品としての「安全性」と「補修効果」の両立という大きな壁を突破できました。

用いたのは、安全性の高い植物由来のフェノール化合物を含むムラサキバレンギクエキスです。触媒となる銅イオンも安全性の高い、緑葉素(クロロフィル)から得られる銅クロロフィリンを採用しました。これらを髪の内部に浸透しやすい状態で送り込み、架橋反応を起こします。髪の内部に入った後に反応して高分子化するため、洗髪によって流出しにくくなります。さらに、ダメージによって結合が切れた部分に選択的に作用するため、髪を過剰に硬くすることなく補修できます。

安全性の高い植物性フェノール化合物(チコリ酸)を多く含むムラサキバレンギクエキスと触媒となる銅クロロフィリンを、浸透しやすい低分子の状態で髪の内部に送り込む。切断されたタンパク質のアミノ酸残基が結びついて、損傷したケラチン同⼠に橋が架かるように結合(架橋)し、分⼦量が⼤きくなる。その結果、その後の洗髪時などにおけるタンパク質の流出を防ぐことが可能となる。
画像提供:ミルボン
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図4:毛髪断面の蛍光観察結果
毛髪のダメージ部位に反応する蛍光色素で染色した毛髪を観察した結果。健康な毛髪(左)ではほとんど光らず、ダメージを与えた毛髪(中央)では蛍光が強い。ダメージ毛にムラサキバレンギクエキスと銅クロロフィリンを処理した毛髪(右)は、蛍光強度が弱まっていることが分かる。

画像提供:ミルボン
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タンパク質架橋の処理を施した毛髪と、未処理のものを同時に引っ張った様子。処理済の毛髪は切れず、強度が高いことが分かる。
画像提供:ミルボン
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リケラボ編集部撮影

リケラボ編集部撮影

SDS-PAGEによる分子量測定のようす。学生実験で行う基礎的な実験手法が、企業の研究現場でも使われている。
リケラボ編集部撮影

「研究成果をお客様へ届ける」熱意が基礎研究職の原動力―仕事のやりがいー

── 吉田さんの研究の原動力は、何でしょうか?

常に「美容室やお客様が困っていること」からスタートします。「せっかく美容室で美しく施術いただいても、1週間で効果がなくなってしまったら悲しい。少しでも綺麗な状態を長持ちさせたい」という思いが、私にとっての研究の大きな原動力です。美容師さんやお客様からダイレクトに「使って本当によかった」と言っていただけることが研究の一番のモチベーションですね。

2025年に発表した第2世代の技術では、ヘアカラーという過酷な酸化環境で周囲の物質と反応しやすいラジカルが多く発生し、タンパク質をつなぐ架橋反応を妨げることに着目しました。そこで、ラジカルの生成に関わる金属イオンを捕らえて安定化させるキレート剤を組み合わせ、ヘアカラーによるダメージと同時に予防的な補修を行うことに成功しました。課題を見つけ、より良いものを追求したくなるのが研究者の姿勢です。

「なぜ?」を追い続ける力が、企業の基礎研究を支えるーどのような人が向いているかー

── どうすれば吉田さんのようなアイデアをひらめくことができるでしょうか?

何事にも「なんでだろう?」と疑問を持ち、自ら動く探究心でしょうか。以前、「リンゴのツヤはどうやって出しているんだろう?」と気になって、青森の農業試験場に直接電話したことがあります。「リンゴの中から天然ワックスが分泌されていて、それを農家さんが布で磨くからツヤが出るんだよ」と教えてもらいました。

このときに得た「磨いて表面を整える」という知見は、今の研究にも役に立っています。気になったら直接話を聞きに行くフットワークの軽さも大事ですね。

さらに大切なのは、泥臭い論文調査です。研究で一番気をつけなければいけないのは、「車輪の再発明(すでに誰かが発見していることを再び研究してしまうこと)」。思いついたアイデアの大半は過去に誰かがやっています。だからこそ、常に論文を読み漁り、本当に解明されていないブレイクスルーの糸口を自力で見つけ出す能力が不可欠だと考えています。

最近はAIを使って論文の概要をつかむこともできますが、内容は必ずしも正確とは限りません。研究をするなら、最後は必ず自分の目で原著を確認することが大切です。

リケラボ編集部撮影

ヘアケアメーカーでの基礎研究職を目指す人へのメッセージ

── 最後に、研究職を目指す理系学生へ向けて、メッセージをお願いします。

「自分にできるか不安だ」と思うかもしれませんが、最初から壮大なテーマを掲げる必要はありません。「なんで髪がゴワゴワするんだろう?」「どうしたら美容師さんやお客様の困りごとを解決できるだろうか?」と、身の回りの不思議に対して自分なりのアプローチを試してみることが、基礎研究の第一歩です。

「美容室帰りのキレイを長持ちさせたい」という思いも、立派な研究の原動力になります。一人で抱え込まず、周囲と協力しながら、まずは興味を持って目の前の課題に向き合ってみてください。

リケラボ編集部撮影

<番外編>企業の研究職に向いているのは、どんな人?

ミルボンの基礎研究職には、化学系(界面化学、繊維化学、物理化学、高分子化学)、生命科学系(細胞生物学、タンパク質科学、生物学)、薬学・農学系、データサイエンス系など、多様な専門分野の出身者が在籍しています。「身近なことに『なんでだろう?』と興味を持てる人」、そして「人と話すのが好きな人」が特に活躍しているように思います。吉田は社内で「メンター」のような存在でもあり、他の研究員が困り果てて相談すると、課題の本質を問い直して、一緒に解決策を探ってくれる姿勢が印象的です。(株式会社ミルボン 研究広報担当 長谷部未来さん談)

リケラボ編集部より

「髪には人体の全てが詰まっている」と語り、紅茶が抽出される様子から髪の補強をひらめくほど圧倒的な探究心を持つ吉田さん。専門分野を超えて地道な文献調査に粘り強く取り組むことを、基礎研究者の大切な資質として挙げられていたことが印象的でした。

身近な疑問を科学の問いに変え、研究成果を生かした製品がお客様の困りごとを解決する、その手ごたえを味わえるのが、化粧品メーカーの基礎研究職ならではの仕事の面白さだと感じました。

ミルボン様、吉田さん、貴重なお話を誠にありがとうございました。

※所属や肩書などはすべて取材当時の情報です。

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リケラボ編集部

リケラボ編集部

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