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ヘマトキシリン・エオシン(H&E)組織染色の基礎と実践
リケラボ実験レシピシリーズ
生体のしくみや病気の成り立ちを理解するためには、細胞や組織の構造を実際に観察することが欠かせません。しかし、そのままの状態の組織の切片は透明に近く、顕微鏡で見ても細かな違いを判別することは容易ではありません。そこで用いられるのが、組織を染め分けて可視化する「染色法」です。
ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色は、組織学や病理学で最も広く使われている基本的な染色法です。細胞核と細胞質を異なる色で染め分けることで、組織のつくりや細胞の状態を直感的に観察することができます。そのため、組織構造の理解や病変の初期評価に欠かせない手法となっています。
本稿では、マウスの胃組織切片を例に、H&E染色の基本的な原理から具体的な実験手順までを、初めての方でも実践できるように解説します。
染色の原理
H&E染色は、2種類の色素を用いた二重染色です。
・ヘマトキシリン:塩基性色素として機能し、DNAやRNAなどの酸性成分と結合し、核を青紫色に染色する。
・エオシン:酸性色素であり、細胞質や細胞外マトリックス(タンパク質成分)をピンク色に染色する。
必要な試薬・器具
試薬
・ヘマトキシリン溶液(例:Mayer's hematoxylin solution)
・エオシンY溶液
・キシレン(脱パラフィン用)
・エタノール系列(例:100%エタノール、95%エタノール、70%エタノールなど)
・蒸留水
・塩酸アルコール(分化用:1%HCl in 70%エタノール)
・ブルーイング液(例:0.1%アンモニア水またはScott水)
・封入剤(例:マウントメディウム)
器具
・スライドガラス(パラフィン切片貼付済み)
・染色ラック・染色槽(コプリンジャーなど)
・ピンセット
・カバーガラス
・顕微鏡
実験手順
事前準備
・染色槽を以下の試薬で満たしておく。(各100–200mL程度)
・キシレン 2槽
・100%エタノール 2槽、95%エタノール 1槽、70%エタノール 1槽
・蒸留水 1槽
・ヘマトキシリン 1槽
・塩酸アルコール 1槽
・ブルーイング液 1槽
・エオシン 1槽
・スライドはラックにセットする。1スロットに1枚ずつセットし、スライドが互いに重ならないようにする。
1. 脱パラフィン・再水和(所要時間:約20分)
1. キシレンに浸漬する。(5分)
2. 新しい槽に変更し、再び、キシレンに浸漬する。(5分)
※パラフィンは完全に除去する。不十分な脱パラフィンは染色ムラの原因となる。キシレンは有害で揮発性が高いため、十分に排気された環境で取り扱い、廃液は適切に処理する。
3. 100%エタノールに浸漬する。(3分)
4. 新しい槽に変更し、再び、100%エタノールに浸漬する。(3分)
5. 95%エタノールに浸漬する。(3分)
6. 70%エタノールに浸漬する。(3分)
7. 蒸留水に浸漬する。(2分)
ポイント
・スライド全体が常に液中に浸かるようにする。
・1分間に数回程度、液中で上下に軽く揺すると、組織内溶液の交換効率が上がる。
2. ヘマトキシリン染色(核染色)(所要時間:約15分)
8. ヘマトキシリンに浸漬する。(5分)
※Mayer’s hematoxylin solutionを使用する場合の条件である。浸漬時間を延長すると染色が濃くなる。組織の種類や切片の厚さに応じて、浸漬時間を適宜調整する。
9. 弱い流水に浸漬して洗浄する。(流水洗浄、5分) ※余剰なヘマトキシリンを除去する
10. 塩酸アルコールに浸漬する(1〜5秒, 1回のみ)
※過分化を防ぐため、浸漬後は速やかに次の工程へ移る。過分化すると、核染色が薄くなり、分化が不十分な場合には背景染色が濃くなる。
11. 蒸留水に浸漬する。(30秒)
12. ブルーイング液に浸漬する。(1分)
※核の色が紫色から青色に変化し、核のコントラストが明瞭になる。
13. 流水洗浄する。(2分)
3. エオシン染色(細胞質染色)(所要時間:約5分)
14. エオシンに浸漬する(一般的には1分程度)
※組織の種類や切片の厚さに応じて、浸漬時間を適宜調整する。細胞質の染色が濃すぎると、核が観察しにくくなる。
15. 70%エタノールに浸漬する。(10–20秒)
※エタノールで軽く洗浄することで、過剰なエオシンを除去。
4. 脱水・透徹・封入(所要時間:約15分)
16. 95%エタノールに浸漬する。(1分)
17. 100%エタノールに浸漬する。(2分)
18. 新しい槽に変更し、再び、100%エタノールに浸漬する。(2分)
※エオシンはアルコールで溶出しやすく、過度な脱水は細胞質染色の退色を招くため、速やかに次の工程へ移る。
19. キシレンに浸漬する。(3分)
20. 新しい槽に変更し、再び、キシレンに浸漬する。(3分)
21. 染色済み組織切片を封入する。
・組織が貼付されたスライドガラス上に、封入剤を1滴程度滴下する(約50–100µL)。
・観察対象となる組織周辺の封入剤に気泡が混入しないよう注意しながら、組織部分を覆うようにカバーガラスをゆっくりとかける。
・余分な封入剤をペーパータオルなどで除去し、室温で乾燥させる(30分~数時間)。
重要な操作のポイント(実践的コツ)
① スライドの扱い
・ピンセットで組織部分に触れない。組織構造を損傷する恐れがある。
・液間を移動する際は、スライドの液だれを軽く切り、試薬同士の混入を最小限にする。ただし、スライドを乾燥させると染色ムラの原因となるため、組織面が乾かないように注意する。
② 分化(最重要ポイント)
・塩酸アルコールには「一瞬だけ」浸す。
・染色に不慣れな場合や、過分化を避けたい場合は、以下の手順で分化を行う
1秒浸漬 → 水洗 → 顕微鏡で確認 → 必要に応じて追加で1秒浸漬
③ エオシン調整
・染色が濃すぎる場合 → 95%エタノールで数秒間、洗浄する
・染色が薄すぎる場合 → 30秒間程度、追加でエオシン染色する
一例として、哺乳動物の胃の組織切片におけるH&E染色結果を模式図で示します[図2]。ヘマトキシリンとエオシンによる染色によって、細胞の形態や配列、分布を観察することができ、粘膜層、粘膜下層、筋層、漿膜といった組織構造を明瞭に識別できます。さらに高倍率で観察すると、個々の細胞の形態や種類の違いも見分けられるようになります。
H&E染色は、異常な組織構造や細胞の変化を捉えることができるため、炎症やがんなどの病変の発見につながる、病理診断の基本となる技術です。近年では、H&E染色に加えて、特定のタンパク質を可視化する免疫組織化学染色(IHC)を組み合わせたり、得られた画像をAIで解析したりする手法も広く使われています。こうした技術の発展により、組織や細胞からより多くの情報を、より正確かつ効率的に取得できるようになっています。
H&E染色は、シンプルでありながら奥が深く、生命現象や病気の仕組みを理解するうえで欠かせない技術です。ぜひ実際に手を動かしながら、その面白さを体感してみてください。
参考文献・リンク
・Kiernan JA. Histological and Histochemical Methods: Theory and Practice.
・Bancroft JD, Gamble M. Theory and Practice of Histological Techniques.
・H&E Staining Overview: A Guide to Best Practice
*図1、図2: リケラボ編集部作成。AIを用いて作成した画像を監修を経て掲載
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