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廃棄物に混入する電池の検知から、がん発見まで。数学を武器に「みえないものをみる」 神戸大・木村建次郎教授の透視技術
火災事故を引き起こしかねないリチウムイオン電池、その不良品を出荷前に見極める。乳がん検診を、従来のX線マンモグラフィよりも高精度に、しかも被爆のリスクなしで検査する。ほかにもさまざまな「みえないもの」を「見える」ようにして、世界を変えている透視技術。その開発者が神戸大学 数理・データサイエンスセンターの木村建次郎教授です。
木村教授は数学を活用して、画期的な透視技術を開発しました。この技術の応用範囲は広く、今では隠された凶器を発見するウォークスルー型セキュリティシステム、トンネルの橋脚内部などインフラの劣化・欠陥箇所の検査から、地中に埋もれている黄金探しなどにまで使われています。数々の発明の原動力は、子どもの頃からずっと持ち続けてきた「みえないものを透かして見たい」という思いにあります。
中に隠されているものを透かして見たい
── はじめに透視の科学の概要を教えてください。
木村:たとえば箱の中に何かが入っているとしましょう。その際に箱の外から見ているだけでは、中に入っているものはわかりません。それを何とか透かして見る方法を考える、これが透視の科学です。外からは見えないけれども、その中身を見たいものはいくらでもあるはずです。たとえば病気でがんが疑われるのなら、それがどこにあるか突き止めたいでしょう。あるいは地下に埋蔵金があるのなら、その場所を正確に見つけたい。そんなときは手当たり次第に地面を掘り起こしたりせず、ピンポイントで地上から場所を特定できればよいわけです。
── 透視技術を実現したいと考えた、そもそものきっかけは何だったのですか。
木村:子どもの頃に、スイカが熟れているかどうか中身を確かめたいと思いませんでしたか。叩いて音の響き具合を聞けばわかる、などといわれていましたが、できるものなら中を直接見たいとずっと思っていました。ほかにも地球の中はどうなっているんだろうとか、自分の体の中を何とかして見ることができないか、といった具合です。
透視技術に対して、本格的に向き合うようになったのは大学院時代でした。ある企業から研究テーマとして、半導体、トランジスタの中がどうなっているのかを正確に調べてほしいと依頼されたのです。
製品を壊さず内部を確認するのは、いわゆる非破壊検査ですが、調べていくとさまざまな方法があるのがわかりました。プローブと呼ばれるセンサー機器を使って、超音波やマイクロ波を対象に受発信して調べたり、X線やガンマ線で内部を撮影する方法もあります。それらを見ているうちに、全部を一つの方程式にまとめたいと考えるようになりました。それらに共通する原理を見つければ、普遍的な概念を作れるのではないかと思いついたのです。
※IGS社ホームページより
IGS:株式会社Integral Geometry Science
特許を取得した「散乱の逆問題の解法及び画像化法」を応用し社会実装するため2012年に設立。神戸大学インキュベーションセンターに研究開発拠点を置き、透視技術の研究開発と実用化に取り組む。
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誰も解けなかった数学の問題解決から透視の科学を実現
── その結果が、これまで誰にも解けなかった数学の難問「波動散乱の逆問題」の解決につながっていくわけですね。
木村:電波や音波などの波動が、何らかの障害物にぶつかると、波が散乱します。その際にあらかじめ障害物の位置や形がわかっていれば、波の散乱状況は物理学の基礎方程式を解いて計算できます。これが波動散乱の順問題です。逆問題では、まさにこの逆を考えるのです。つまりわかっていないのは障害物の位置や形であり、それらに波が当たった後の散乱状況は観測できる。そのデータから逆算して障害物の形状を突き止めていく、だから逆問題です。
このようにいえば、理屈そのものは特に理解できないほど難解ではないと思います。だからこの問題に挑戦する研究者は、私が取り組む前から大勢いました。しかし結果として、長きにわたり実用化につながる解法は見出されてきませんでした。
── それを木村さんは解かれたと。
木村:もちろん私も簡単に解決できたわけではありません。問題を解くためにおよそ10年以上の歳月をかけています。それでも試行錯誤を重ねる中で、散乱の逆問題を解くための新たな数学的計算手法を世界に先駆けて考案することができました。
── 物体に音波や電磁波などの波を当てて、その散乱結果から物体を計算するわけですね。
木村:頭の中でイメージしてもらえるとよいのですが、たとえば箱の中に何か物体があるとします。その物体に箱の外から電磁波や超音波などを当てると、波動は、箱でまず一部が反射して、残りが通過して物体に当たり、波の動きが乱れます。これが波動散乱です。その乱れを観測して、そこから物体そのものを理解するのです。言いかえれば物理学の因果関係(波動→物体→散乱)を逆方向に辿る(散乱結果→物体解明)ともいえます。
その際に、多くの研究者たちは、波を放つ領域とそれ以外の領域、箱と物体を分けて考えていました。箱の外に波を出す人がいて、その波を中の物体が受けて変化を起こし、その変化を箱の外側にいる別の人が受けるイメージです。
この発想を転換して、波を出す人と受ける人も同じ箱の中にいるとすれば、どんな方程式にまとめられるかと考えていった結果、答えにたどり着けたのです。この説明は原理に関するもので、精緻な観測システム、多次元空間における偏微分方程式を導き、一つの装置となります。
応用方法は、いつも誰かが考えてくれた
── 今までみえなかったものが見えるようになるのなら、応用範囲はいろいろな方面に広がっていそうです。たとえばマイクロ波マンモグラフィなどを開発されていますね。
木村:逆問題を解けたのはよかったのですが、実はその応用法を最初から考えていたわけではありません。正直にいえば、計算で解明できると気づいて問題解明に取り組み、最終的に問題が解けただけで私としては十分に楽しかったのです。これまで誰も解けなかった問題を解きたかっただけで、その結果が現実のどのような問題解決につながるのかとは考えていませんでした。
そんな中で研究成果を聞いてくれた医療関係の人たちが「マンモグラフィに応用したらどうか」と勧めてくれたのです。マンモグラフィはすでに普及していた検査機器ですが、従来のX線や超音波を使った装置では、がんの発見率の低さや、検査を受ける際の圧迫による強い痛みが問題となっていました。そこでマイクロ波を活用したマンモグラフィを開発したところ検査の精度が高まり、乳房を圧迫する必要がないため痛みもなく、放射線を使わないため被爆しない装置ができたのです。マイクロ波マンモグラフィの開発はAMED(日本医療研究開発機構)の事業に採択され、臨床研究でのがんの検出率はほぼ100%でした。
── このところ発熱や発火など急に問題化しているリチウムイオン電池の非破壊検査装置も開発されています。
木村:以前からリチウムイオン電池については、出荷前検査が行われていました。しかし、その検査に合格したにもかかわらず、出荷後に発火するケースが相次ぎ、社会問題となっています。事故を防ぐためには、より精度の高い検査が必要です。このニーズに対応するために開発したのが、蓄電池内部を非破壊で評価するシステムです。
電池に電流を流すと磁場が発生します。その磁場を超高感度磁気センサーで測定し、そのデータをもとに計算によって電池内部の電流分布を正確に透視するのです。これにより不良品を見極めることができます。検査装置は実用化されていて、すでに複数のメーカーに採用されています。もっともこれも告白すると、電池の中を計測するニーズがあるなどとは以前はまったく知らなかったのですが……。
とにかく計算できると気づくのが楽しさにつながり、基本的に楽しくないことはやらない主義です。これまで誰も解けていなかった問題を解けるなんて、これ以上うれしいことはないです。
数学を社会に役立てるために
── 問題解決がいずれも現実に応用されていますが、基本は常に変わらず、数学の面白さにひかれているわけですね。
木村:私が興味がある数学の対象は現実の世界の問題で、それを数式として表現し、その数式を解く。うまく解ければ問題解決につながる、これが何よりおもしろいのです。
私は工学部出身ですが、工学の基本は物理ではなく数学です。要するにいかに効率よくエンジンを動作させたり、ロケットを飛ばすかといった工学的な課題は数学の問題として考えられます。その問題を解ければ役に立つ。さまざまな物理現象を数式化して解いていくわけです。結果的に数式を解いた答えと実際の計測結果が違ったりしたら、それも面白くて仕方がない。どこが間違っていたのか、なぜ計算結果と現実が合わないのかと考えるのが、何より楽しいです。
── 現実の問題解決につなげるうえでは、まず物理的にものごとを捉えて、そこに解決法として工学的な発想を取り入れ、それらを数学で結びつけると、そんなイメージでしょうか。
木村:そのとおりです。だから純粋数学とは違うのです。波動散乱の逆問題について数学者が集まる学会で話をしたときに、数学者の先生からいわれた言葉が強く印象に残っています。その先生は「木村さんの話はとても面白い。それも我々のような数学者には到底思いつけないような興味深い部分があった。木村さんは一連の数式の中で、2番めと3番めの数式を無視して考えたでしょう。そんな発想は、数学者にはあり得ないから」と話してくださいました。
しかし私としては無視した理由は明らかで、それらの数式には計測できない要素が入っていたからです。現実世界に応用する際には、数値化できない要素を計算に入れてはいけないのです。だから必要ない数式はあっさり除去する。あくまでも現実世界に適用するために数学を活用しているからこその発想であって、数学者からすれば一連の関連性のある数式の一部を切り捨てるという発想はないわけです。
解きたい問題は、いくらでも出てくる
── 数学の考え方を身につければ、現実問題を考えるうえでも役に立つのがわかりました。とはいえ、難解な数学をどのように学べばよいのでしょうか。
木村:一つアドバイスするなら「公式を覚えるな。徹底的に自分で考えろ」です。数学は仮説と検証を繰り返す学問だと思っています。だから問題を見たときには、まず自分なりの仮説を立てて、それが正しいかどうかを検証していくのです。このように考えれば、現実の問題にもいくらでも応用できます。
たとえばいま、西日本の山中で開拓を進めていて、そのためにチェーンソーで木を切り倒しています。そのときにも仮説を立てるのです。まず絶対条件として、山の中に建てた小屋の方に木を倒してはいけない。そこで木にロープをかけて引っ張りながら、チェーンソーで切っていく。その際には木の重心の位置とその移動について仮説を立て、常に計算しながら負荷をかけていくわけです。そうやって狙い通りに木を倒せたときはうれしくて仕方がない。
数学を学ぶときは、時間を拘束されず、自分なりに問題を思う存分に考えていろいろ試してみればよいのです。その際に一つ、絶対に守ってほしい掟が「答えをみない」です。これから何より求められるのは、問題そのものを定義できる人です。なぜなら問題の設定はAIには難しい領域だからです。
── 今後の研究の方向性やビジョンを教えてください。
木村:解き明かしたいテーマはいくつもあります。まずなぜ氷は0°Cで溶けるのか。この問題は、まだ誰も解明できていません。水分子の形や並び方までわかっているのに、なぜそれが0°Cになると溶けるのかがわからない。いわゆる相転移に関わる問題ですが、この問題を解ければ特定の物質について超伝導状態が発現する温度も予言できるようになるでしょう。つまり高温超伝導材料を理論的に創る可能性が出てきます。ほかにも人の寿命を延ばす方法も考えてみたいし、タイムマシンも作ってみたいと思います。いずれも私の頭の中では「実現可能」のサインが点滅していますから。
研究者を目指す方へのメッセージ
── 最後に研究者をめざす人へのメッセージをお願いします。
木村:研究者を目指す人は、みんな自分の研究が楽しくて仕方ないはずです。だからその研究を突き詰めていける場を見つけてください。大学院に進むときには、どんな先生の研究室に入るのかがとても大切です。理想は世界的な視点をもっていて、いつも自分を批判的に見てくれる先生です。さらに世界レベルの技術を伝授してくれて、スタートアップとも深い関係を持ち、次の世界を思い描いているような先生です。私はとても幸運にも、大学院でそんな先生の教えを受けられました。
よく海外にも目を向けるようにといわれますが、それ自体は正しいと思います。だからといって実際に海外に行かなければならないわけではなく、今は日本にいても世界中の最新の研究をいくらでもサーチできます。片っ端から論文を読んですごい先生を見つけたら、どんどんメールを送り、会いにいって一緒に実験すればよいのです。まず海外にいくこと、なんていうのは、地図も燃料もなく大海原にでるのと同じくらい無謀です。挑戦というのは、模擬戦では何度やっても勝てることが分かっていて、それでもどうしても見えない部分がある。これこそが挑戦であって、模擬戦の段階で五分五分というのは挑戦とはいいません。単に無謀なだけです。
とにかく、人類史上、誰もできなったことに挑戦してみてほしいと思います。僕は、毎日挑戦してますよ。
木村 建次郎(きむら けんじろう)
神戸大学 数理・データサイエンスセンター教授
株式会社Integral Geometry Science代表取締役
1978年、岡山県生まれ。2001年、京都大学工学部電気電子工学科卒業、2006年、同大学院工学研究科電子工学専攻博士課程修了 工学博士。2008年、神戸大学大学院理学研究科講師、2012年、同准教授。応用数学史上の未解決問題である「波動散乱の逆問題」を世界で初めて解決しIGSを起業。2018年より現職。2024年5月より京都大学生存圏研究所学外連携フェロー兼特任教授。医療、エネルギー、インフラ、安全保障等の分野に革新をもたらすべく挑戦し続けている。
※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。
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