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しっぽを追い続けているうちに、学問の境界を超えていた。独自の「しっぽ学」に到った東島沙弥佳助教の飽くなき探究
ヒトにも、実はしっぽがあったのをご存じでしょうか。受精卵から胎児が形作られていく過程で、誰にでも一度はしっぽができている。そんな話を授業で習った人もいるかもしれません。ただし、そのしっぽは生まれる前に消えてしまう。一方で多くの動物は、しっぽを持ったまま生まれてくる。その違いは何なのか、しっぽにはどのような意味があり、なぜヒトはしっぽを失ったのか。これが京都工芸繊維大学応用生物学系の東島沙弥佳助教の研究テーマです。
大学文学部での考古学研究からスタートして、大学院は理学研究科へ。ポスドクを経て医学研究科で助教を務め、京都大学白眉センターを経て現職に。自らの研究を突き詰めるために必要な学問領域を相次いでマスターし、その成果が、これまで世界になかった学問領域「しっぽ学」として実を結んでいます。
ケニアで降ってきた研究テーマ「しっぽ」
── そもそも「しっぽ学」とは、どのような学問なのでしょう。
東島:ひと言で表すなら、「しっぽをいろいろな角度から見ることを通じて、『ひと』の成り立ちについて考える学問」です。もう少し具体的に表現するのであれば、生物学的な「ヒト」がしっぽを失った過程を明らかにするとともに、文化の中に現れるしっぽを手がかりに、他の動物とは異なる独自の"人間らしさ"を備えた「人」がどのように形成されてきたのかを探ります。「しっぽ学」では、しっぽを知ることによって、生物学と文化の両面から、私たちがどのようにして「ひと」になったのかを総合的に捉えます。
ここで、「ヒト」「人」「ひと」という3つの表現をあえて使い分けているのには意味があります。一般的に、「ヒト」とカタカナで表記するときは生物学的な種としてのヒトを指します。一方、「人」と漢字で表記するときは、社会や文化の中で育まれてきた"人間らしさ"を持つ存在としての人を指します。我々は、生物学的な「ヒト」であると同時に、人間性を備えた「人」でもある。その両方の意味を含めて、ひらがなの「ひと」で表しています。
── なぜ「しっぽ」を研究テーマにしようと思いついたのですか。
東島:発掘調査で訪れたケニアの大地溝帯で、キャンプ地に「さあ帰ろうか」とふと腰をあげた時、突然頭の中に降ってきたんです。大学院1年生のとき、指導教員に誘われて発掘調査に行きました。ところが現地に着いてすぐ、教員はタンザニアに行き、私は調査地に一人取り残されてしまった。しかし、実はこれが私にとってはとてもラッキーだったのです。研究テーマを見つけるため大量の論文を持ち込んでいたので、時間が余るのは何よりありがたい。論文を片っ端から読んで面白い内容をメモしていきました。それを元に教員が戻ってきてから毎晩、足の話や歯の話など一つずつプレゼンしていったのですが「そんなことも知らんかったんか」と相手にもしてもらえません。それで、ある日思いきって「しっぽ」について話してみました。そうしたら、笑われたんです。いつものように軽くあしらう様子でもない。おそらく教員もしっぽについてなど考えたこともなく、意外で新鮮に思えたのでしょう。「このテーマはやっぱりアリかもしれない」と、そのとき思ったのです。
始まりは文学部での動物考古学から
── 大学は理系ではなく、文学部だったと伺っています。
東島:その通りで奈良女子大学で古代文化地域学を専攻していました。指導教員の専門が動物考古学だったのと、もともと骨や化石に興味があったのとも相まって、遺跡から出てくる骨を調べてみようと思ったのが始まりです。奈良には唐古・鍵遺跡という弥生時代の遺跡があります。そこから発掘された動物の骨を解析することになりました。卒業研究では、出土した動物骨の種や部位、骨についた解体痕 (傷) の形などから、弥生時代に遺跡がどのように使われていたのか・時代的な変遷はあったのか、などをまとめました。全部で4000点ほど動物骨を解析して、とても楽しかった記憶があります。
── そのあと大学院では理学研究科の生物科学に進んだのですね。
東島:はい。その理由は、日本における文理の境界線に違和感を感じたことに端を発します。
考古学において、遺跡が当時どのように使われていた場所だったのかをより深く理解するためには、動物骨だけでなく人骨も調べる必要があると思っていました。しかし、不思議なことに、遺跡出土人骨の解析を行うのは、日本では理学系の人類学分野なのです。文学部の考古学教室で動物の骨は扱えるけれども、人骨は理学研究科の人類学でなければ扱えない。なぜ同じ骨なのに、文理の境界で知りたいことを分断されなければいけないのか。そう思って、当時の私は京都大学の大学院で人骨について学び、その成果をいつか考古学に還元しようと考えました。しかしいざ入学して関連する論文を探して読んでいくと、面白い研究はすでに誰かがやっている。やられていないことを探していくと、重箱の隅をつついているような気分になってしまいました。これは私がやりたかったことではないのではないか。そう思って、早々に研究テーマを一旦白紙に戻してしまいました。入学早々、取り組むべきテーマを見失ってしまったわけです。ですので大学院一年の前期は、苦しい迷走期間でした。解剖を学んだり、論文を読んだり、迷い道の一環でケニアにも行き、そこで「しっぽ」と出会ったのです。
── それからはしっぽ一筋ですか。
東島:そうですね。修士1年生の後期からずっとしっぽの研究を続けています。骨のかたちを見比べて、「形がちがう!」と気づいた時の嬉しさは今でもよく覚えています。
先行研究が少なく、手探りで色々と試行錯誤して苦労しましたが、それでもなんとかしっぽの形態学的研究で学位を取得しました。ところが、ヒトの進化過程においては尾部の短縮過程にあると思しき化石資料は今に至るまで発見されていません。自身の研究によって、いつか化石が発見されたらそこから尾長をはじめ、多くの情報が得られることは示せたのですが、新しい化石が出てこないと、ヒトがしっぽを失くした過程についてこれ以上明らかにするのは難しいかもしれないと気づきまして、ポスドクではまた分野を変え、発生生物学を学んでみることにしました。ヒトは、進化の過程だけでなく発生過程においてもしっぽを失います。少し回り道になるだろうとは思いましたが、発生の観点から進化を明らかにしてみたい、と新たな世界に飛び込んでみることにしました。実験動物であるニワトリ胚や、京大に所蔵されている本物のヒト胚標本などを活用して、発生過程におけるしっぽの喪失を調べていきました。
自然科学だけでなく、人文科学からもアプローチ
── 実験動物を使って実験し、ヒトの胚まで調べるとはすごいですね。
東島:実験系で学んだのはいわゆる実験生物学、はじめてマイクロピペットを握り、顕微鏡下での操作など実験手法を学びました。ヒトの胚については京都大学大学院医学研究科附属先天異常標本解析センターというところに「京都コレクション」と呼ばれる、ヒト胚・胎児標本のコレクションがあります。ここにある標本を観察させていただき、ヒトの胚では何が起きているのかを調べていきました。理学研究科でポスドクを終えると次は大阪市立大学(当時・現大阪公立大学)医学部で解剖学の助教となりました。
── 最初は文学部、大学院は理学研究科、そして医学部ですか。
東島:あちこちさまよっているように見えるかもしれませんが、自分としてはしっぽについて学びを深めようとするうちに、自然に導かれていったように思います。やがて医学部の助教の任期が切れるときには、もっと広くて自由な視野でしっぽについて考えたくなった。しっぽという独自の切り口、それを形態学・解剖学や発生学、人文科学の多方面から突き詰めていく。そんな研究をさせてもらえるところがどこかにあるのだろうかと探していて、出会ったのが「おもろい」研究者を歓迎してくれる京都大学の白眉センターでした。
── そこで「Shippology(しっぽ学)」を立ち上げた?
東島:そうです。しっぽ学を立ち上げて間もない頃、よく聞かれるけれど答えるのに困る質問というのがありました。それが「ご専門は何ですか」という質問です。素直に「しっぽです」と答えても、相手とすれば「なにそれ」という感じで要領を得ないからでしょう、「それで、ご専門は?」と、質問が延々繰り返されてしまうのです。なので、しっぽから「ひと」を知ろうという自分の研究に、しっぽ+logyをつけて「Shippology」と新たに名付けてしまいました。日本では古代から現代に至るまで、しっぽに対する関心が連綿と続いています。その日本から世界に向けて発信する、新しい学問領域だから「Shippology」、我ながらよいネーミングだったと思います。
「しっぽ学」学会の立ち上げを目指して
── 今後の研究の方向性については、どう考えているのでしょう。
東島:自然科学の観点からは、やはりなぜヒトはしっぽを失ったのかがテーマです。発生の観点では発生初期の胚の段階では、ヒトにもしっぽが一時的にあります。身体が作られる過程で一度は存在し、その後に失われる。このプロセスの仕組みや意味を解明したいと思います。
── かなり難易度の高い研究テーマですね。
東島:発生の研究に加えて、進化過程におけるヒトの尾の喪失についても、なにかヒントが得られないかと研究に取り組んでいます。進化の観点では、3300万年前にいた霊長類エジプトピテクスの化石からは、長いしっぽがあったことがわかっています。ところが1550万年前に生息していた同じく霊長類ナチョラピテクスの化石にしっぽはありません。この間を埋める化石が見つかっていないので、進化の過程のどこで・なぜ、しっぽが失われたのかがわからないのです。そのため、木の上で暮らし、極端に尾の短い動物であるコアラを対象とした比較解剖学的なアプローチも行っています。
また、それ以外に「人」の成り立ちを知るために、文化表象の中にみられるしっぽの解析にも取り組んでいます。たとえば『日本書紀』を読み込み、古代日本でしっぽが何を象徴していたのかと考えています。神話の中でしっぽは二股になったり、狐には8本もしっぽを生やしてみたり、ときには人にも生やしたりする。いずれも何らかの比喩表現なのでしょうが、その意味を突き止めたいのです。
── しっぽの扱いについては、日本だけが特別なのですか。
東島:決してそうではありません。しっぽの意味は文化圏によって異なります。たとえばキリスト教的な文化観の一部では、しっぽは悪の象徴と考えられたりします。ところがローマ時代のポンペイの遺跡から出てきたお酒の神様の銅像にはヤギのしっぽが生えていました。あるいはインドのヒンドゥー教の世界では、しっぽは神聖で良いものとして受け止められています。文化圏により、また時代によりしっぽの捉え方は変わってくる。そんな世界観を秘めたShippologyを、あるいは一つの対象を多様な角度で見るというこの自由なアプローチをできれば世界に広げていきたい。
人類にとって未知の何かを最初に知る権利
── 取り組む領域を次々と変えるのは、かなり特異なケースだと思いますが、研究者とはどのような存在なのでしょうか。
東島:私にとって研究職とは、人類が知らない未知の何かを最初に知り、それに触れる権利を持つ職業です。その上で知る権利を行使した後は、知った内容を多くの人に還元すべきだとも考えています。だから話し方や話すときのパフォーマンス、言葉選びにはいつも注意しています。話す相手に応じて話し方や話す速さ、声のトーンなども変えて、できる限り正確に伝えたい。そんな話し方を学ぶために、落語家やパントマイマーから教わったりもしました。
── 修士1年生のときからケニアに行くなど、海外にもよく行かれていますね。学問の分野も次々と越えてこられていますが、先生にとって「越境する」ことは何か意識されているテーマなのでしょうか。
東島:しっぽについて学びを深めようとするうちに、海外にも自然に導かれていったように思います。実際に見たい資料やサンプルが海外にしかないケースが多かったので、短期で何度も行きました。そのために必要な資金などは、自分で申請して調達しています。行く必要があるから行く、そんなスタンスですね。
ただ、振り返ってみると、自分の知らない世界に触れるのは好きなんでしょうね。オフにも研究を兼ねて美術館や博物館に出かけています。未知の世界に触れると、ワクワクすると同時に、なんだかホッとするんです。だから常に刺激と接するように心がけるのが、私なりのセルフマネジメントでもあるようです。
東島 沙弥佳(とうじま さやか)
京都工芸繊維大学 応用生物学系 バイオメディカル学 助教
2009年、奈良女子大学文学部国際社会学科卒業、2014年、京都大学大学院理学研究科生物学専攻 博士課程修了、博士(理学)。2014年、京都大学理学研究科生物学専攻 動物発生学研究室研究員、2017年、大阪市立大学(現・大阪公立大学)大学院医学研究科 助教、2021年、京都大学白眉センター 特定助教を経て、2025年より現職。著書に『もしも、しっぽが生えたなら』(岩波書店)。
※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。
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