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「ふわっとした好き」でも研究者を目指していい―劣等感まみれの高校生が古生物学者になるまで(千葉大学教育学部 泉賢太郎先生)

「ふわっとした好き」でも研究者を目指していい―劣等感まみれの高校生が古生物学者になるまで(千葉大学教育学部 泉賢太郎准教授)

研究者を目指しながらも、自分よりも圧倒的に優秀で業績をあげている同僚やライバルを目の当たりにして、このまま続けて良いのだろうかと迷ったり、自信を喪失したりすること、ありませんか?でも、夢をあきらめなくてもいいよと、力強く背中を押してくれる頼もしい味方を見つけました。千葉大学教育学部准教授の泉賢太郎先生です。

泉先生は古生物ファンの間で知らない人はいないほど、ユニークな研究内容で注目を浴びていると同時に、一般向け書籍も数多く出版するほか、マンガの監修、メディア出演など多方面で活躍中の新進気鋭の古生物学者です。

絵本・マンガから新書・読み物までバラエティに富んだ著書の一部(2025年7月時点)

泉先生が古生物に興味を持ったのは幼い頃に見た図鑑でした。しかし、全ての恐竜名をそらんじるような、いわゆる「スーパーキッズ」ではありませんでした。大学に入って念願の古生物学のゼミに配属されたはいいものの、周囲は元スーパーキッズばかり。「古生物は大好きだけれど、優秀な人たちの中でやっていけるのかと、常に迷っていた」と泉先生は話します。

それでも、『なんとなくでも「好き」』という感情を否定せず、自分の夢を追い続けて今のマルチな研究スタイルを確立された泉先生。研究者としての遅れや非力さを感じて焦る気持ちを自分なりの原動力に変える方法を伺いました。

常に感じた圧倒的な劣等感

──先生のご出身は東京大学、それだけ聞くと典型的な「非常に優秀な方」という印象です。ところがそうではない、と。

中高生時代にとても優秀な同級生に囲まれ、自分のレベルを嫌というほど思い知らされました。同時に、優秀な人がたくさんいる大学にいったら、自分も影響を受けてそれなりの人物になれるのではないか、と思い、やりたいことよりも環境を求めて東大を目指しました。一浪の末何とか滑り込むことができました。

──そうして入学した東大で、先生はなんと応援部へ入部します。

目標にしていた東大合格を得ると、本当に克服したかったトラウマが現れたのです。それは中学生の時に全く上達しなかったバスケ部を途中で辞めたこと。キツい現実から「逃げた」記憶を払拭するために、なにかやり遂げたい、しかもキツければキツいほどいい。それで応援部の扉を叩きました。

──なぜ応援部を選んだのですか?

応援部は競技性がなく経験者も少ないため、未経験の自分にも向いていると考えました。また、新勧のときに目にした応援部の先輩たちの姿が輝いて見え、自分もそうなりたいと憧れました。実際は拍手の練習をしすぎて手から血がにじみ、声を張りすぎて喉がつぶれるなど熾烈な練習が待ち構えていましたが……。応援部の4年間で、体力と精神力が鍛えられました。

応援部時代
画像提供:泉准教授(出典:CHBADAI NEXT https://www.cn.chiba-u.jp/next_221121/

──中高生時代の自分と折り合いをつけ、見事トラウマを克服されました。その間、研究者になるための準備もされていたのですか?

大学4年間、ほとんどのエネルギーを応援部に注いでいて、学業は最低限という状態でした。古生物学の研究室に入ったものの、恥ずかしながら優先順位は常に応援部。恐竜の研究がしたいと指導教員に相談したら、海外でのフィールドワークを勧められました。恐竜研究を目指した方なら喜ぶ場面です。けれども私は、応援部の最高学年として自分の役割を全うすることを優先し、応援部と並行できる国内調査のテーマを選びました。

4年間の応援部をやり遂げ、ありあまる時間と体力を卒業研究に全振りして卒論を書き上げました。しかし、卒業研究発表会で聞く同級生たちのレベルの高さに絶望しました。考えてみたら当たり前なのですが、私が応援に熱中している4年間、同級生たちはコツコツと卒業研究を進めていたわけです。

すでに大学院への進学を選択していた私は焦りました。どうしたら優秀な人たちの中で成果を上げて、研究者になれるのか……。比較すればするほど卑屈になっていきました。

冷静に周囲と比較し、自分の強みを活かす

──どのようにして乗り越えたのですか?

優秀な人たちと比較して落ち込んで終わり、ではなく、比較し続けることで自分の立ち位置を把握して、自分の強みが活きる道を見つける方法で生存戦略を練っていきました。先輩の姿を観察する中で、研究者になるには実績が必要だと痛感しました。そこでライバルがたくさんいる恐竜から、生痕化石(生物の足跡や排泄(はいせつ)物の化石)というライバルが少ない研究テーマに変更し、早いうちに論文を国際雑誌に投稿することを修士での目標にしました。

ドイツでの地層調査
画像提供:泉准教授

──実際、修士1年生で国際雑誌に投稿した論文が2年生の冬にアクセプトされました。その勝因は?

「遅れ」を先行データがたくさんあるとポジティブに変換したことでしょうか。活躍されている先輩方の背中を見て、どうやって現在のポジションを獲得されたのか、相談したりデータを分析したりして自分のパターンに活用しました。

その結果、「M2の時点で論文がこれくらいあれば突き抜けられる」という数値を常に意識して、完璧な論文を目指すよりも、まず出すこと(サブミット)を目標に、研究のネタを常に探していました。本を読んだり、学会に参加したり、先輩と話したりして、常にアンテナを張っていました。

元来おとなしい性格だった私ですが、応援部時代に長ランを羽織り、剃(そ)り込みを入れた髪型で奇異の目で見られる日々を送っていた過程で、人からどう見られるか気にしすぎなくなりました。研究でも完璧主義を手放し、まずは形にして投稿する行動力につながっています。

──たくさん論文を書き、業績を重ねるコツは?

私の場合は共同研究に支えられました。チバニアン*研究のメンバーに参画したことで世界が広がりましたし、生物学者など異なる視点を持つ人からの素朴な疑問が、新しい研究の切り口になっています。

*チバニアン:2020年1月にIUGS(国際地質科学連合)より、市原市田淵(千葉セクション)の地層が77.4万年前から12.9万年前にあたる中期更新世の国際標準模式層断面及び地点(GSSP)として認められ、チバニアン(千葉時代)と命名された。

チバニアンのGSSPを示すゴールデンスパイク。2020年にチバニアンが正式承認され、コロナ禍を経て2022年に設置された。「GSSP」と「2020」間の直線は、チバニアンの始まりを定義する薄い火山灰層と平行になるよう微妙に傾いている。
画像提供:泉准教授

応援部で得た力が研究を支える

── 専門性が高まるにつれ、隣の研究室が何をしているかもわからないほど他との接点がなくなることも多いなか、先生は積極的に外部の方と交流されたのですね。

当時の自分はとにかく研究コミュニティの中に身を置くことを意識していました。応援部で培った行動力で、学会の懇親会や飲み会にもよく参加していて、そこで「なんだか面白いやつがいる」と覚えてもらえたことが、結果的に共同研究につながっていったのだと思います。

また、ただ顔を出すだけでなく、「次の学会で発表予定の研究内容を、学会までに論文にまとめて投稿します」などと言うことで退路を断っていたところがあります。そう宣言してしまった以上、やらざるを得ない。その状況が、自分を動かすエネルギーになっていました。振り返れば、そうした積み重ねが論文を書く力にもつながっていたと感じます。

──順調そうに見えますが、実際はどうでしたか?

最初に投稿した英語論文は2回もリジェクトされましたし、先行研究を調べ上げて決めた修士での研究テーマは別の研究者が既に着手していた、数理モデルに挑戦したがプログラミングに挫折など、絶望エピソードには事欠きません。

けれども応援部という「自分の常識が通用しない世界」でやりきった経験が、研究の世界でも役立っています。失敗を恐れるより「やります!」と挑戦できる体力と胆力が身につき、目標が明確なら、苦しくても集中してがんばれるようになりました。応援部よりきついことはないだろうと思えるのです。

それに、そのときは失敗したと思ったことも、後々役立つこともあると気づきました。かつて挫折した数理モデル研究に、コロナ禍というロックダウンで実験ができなくなった環境変化をきっかけに再挑戦してみました。プログラミングに苦手意識を持っていなかった学生さんと協力しながら研究を進め、今では『数理の目で見る地球科学』という専門書を出版できるまでになりました。

最新刊『数理の目で見る地球科学』。(泉賢太郎著、丸善出版)様々な熱量の「好き」を積み、挑戦を重ねた結果が専門書という形になった。

「自分なりの戦い方」を見つけるために

──応援部で培った体力・精神力・行動力が研究者の道を切り開いたのですね。振り返ってみて、その経験をどのようにとらえていますか?

私のケースは極端に体力に振っていて、決してオススメできる方法ではありません。けれども行動のエッセンスは参考になるのではと思います。優秀な周囲と比較すると落ち込むこともありますが、そこで立ち止まらず自分を客観視して、自分の特性や置かれた環境に合わせて、戦略をカスタマイズしていきましょう。

また、何でもいいから一つやり切った経験を持っていると、研究や人生における「運を引き寄せる力」や「踏ん張り」につながるのでは、と感じます。

──最後に、進路に迷う学生や出遅れたと感じている読者へメッセージをお願いします。

「ふんわりとした好き」も立派な好き。出遅れてしまった、と感じたとしても致命的ではありません。小さい頃から特定の分野に熱中してきた人には、かけてきた情熱や時間は及ばないかもしれないけれど、その分、経験の幅や視野の広さで客観的に判断できます。いろいろな人がいるから学問は発展します。

そもそも、何をしたら良いのか分からないという方は、まずは、何でもいいので一つ行動してみることをオススメします。私自身、迷った時期には一つでも動いてみることで、自分の得意・不得意が見えてきました。やってみて初めてわかることは多い。私自身も、いきなり正解を見つけたわけではなく、試行錯誤の連続でした。私のガムシャラな日々が、みなさんの特性に合った「自分なりの戦い方」を見つけるための、一つのヒントになれば嬉しいです。心から応援しています。

出典:CHBADAI NEXT https://www.cn.chiba-u.jp/next_221121/

泉 賢太郎(いずみ・けんたろう)
1987年生まれ。千葉大学教育学部准教授。博士(理学)。専門は古生物学。地層や化石の観察をベースにしつつ、最近では数理モデルや遺伝子実験や飼育実験などを交えて多面的なアプローチを心掛けている。東京大学応援部出身という異色の経歴を持つ研究者。学術研究と並行して、マンガ『6億年の博物旅』の監修や絵本『このあな なんじゃ』の執筆など、古生物学のおもしろさを次世代に伝える発信にも力を注ぐ。『こどもが学べる地球の歴史とふしぎな化石図鑑』『うんこ化石:地球と生命の歴史がわかる!』『古生物学者と40億年』など幅広い年代層向けの著作多数。自身の体験を赤裸々に語ったノンフィクション』『大学4年間を「応援」に捧げた私が古生物学者になった話』では、さまざまな熱量の「好き」を応援している。最新刊『数理の目で見る地球科学』は、打って変わって地球科学の専門書である。
X (旧Twitter)アカウント:https://x.com/seikonkaseki

※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。

リケラボ編集部

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