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職種名や求人情報を見ただけでは「仕事の内容がよくわからない」「イメージできない」という理系の職種について、実際にその仕事で活躍している先輩に詳しい内容を教えてもらおう!という「理系の職種紹介」シリーズ。今回も知っているようで意外と知らない、理系の“仕事内容”にフォーカスを当てていきます。
第7回目のテーマは『食品開発』(食品メーカーにおける製品開発の仕事)。今回は日清食品ホールディングス株式会社にご協力をいただきました。
日清食品といえば、1958年に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売し、今や世界各国で愛される商品を多数生み出しているグローバル企業です。1年に発売される新商品の数は、リニューアルも含めると300品以上!その開発はどのように進められているのでしょうか。東京都八王子市のグローバルイノベーション研究センターへ伺いました。
取材に応えてくださったのは、青山龍司さん(2017年入社・入社8年目)。入社以来一貫して〈麺〉の開発を担当されています。今回は麺の開発の流れや、食品開発の仕事に必要な素養を教えていただきました。青山さんの仕事哲学、世界的に支持される製品を作るためのスピリットも教えていただきました。
日清食品グループ
日本を代表する食品メーカー。1958年に日清食品の創業者・安藤百福氏が世界初の即席麺「チキンラーメン」を発売したことが起源。「カップヌードル」や「日清のどん兵衛」などの即席麺のほか、チルド・冷凍食品、菓子・飲料などの事業会社と機能子会社等で構成されている。新たな価値・食文化を世の中にもたらす、食のリーディングカンパニーとして、常に新しい食品の開発に取り組んでいる。
日清食品の開発体制
食品開発室と製品開発室
日清食品では製品を〈麺〉〈スープ〉〈具材〉〈包材〉という4つの要素ごとに開発を進めています。それぞれのパーツの開発担当者は、「食品開発室」と「製品開発室」の2つの部門のうち、どちらかに所属しています。
「食品開発室」と「製品開発室」それぞれの違いについてですが、食品開発室は、いわゆる基礎研究部門です。麺のコシを強くするなど特定の機能を持たせたり、よりおいしく、また工場のラインでも製造しやすくするための技術開発を日々行っています。さらに、これまでの技術では明らかにできなかった麺のメカニズムの解明にも挑んでいます。
一方、製品開発室は、食品開発室が確立した技術を応用して実際の製品を設計するのが仕事です。マーケティング部の立てた企画に沿って、技術的に実現できるかの検討や、味の追求を行い、工場とも連携してひとつの製品に仕上げていきます。
ただし、麺に関しては特別です。食品開発と製品開発の両方を備えた麺グループとして独立しており、基礎から応用まで一貫した開発体制をとっています。インスタントラーメンにとって麺は大変重要ですので、それが体制にも反映されています。
私は入社以来一貫して麺の担当ですが、入社後の配属は製品開発室、2024年から食品開発室に移り基礎研究を担当しています。
カップ麺の開発はこうして進められる!
製品開発はマーケティング部との共同作業
新製品の開発では、まずマーケティング部から大まかな企画案が出されます。お客様の動向を考慮して、既存の製品をリニューアルしたり、シリーズの新しいバリエーションを作ったりすることが多いです。食品開発(基礎研究)の成果や技術を使って新しい製品を作ることもあります。
新製品は、既存の麺を転用するケースと新しい味や形状の麺を作るケースがありますが、どちらを選択するかは、どちらが企画のコンセプトを実現できるかで決まります。どのような原材料をどのような配合で、またどのような製法で作るか、味はどうするか…、といったことをマーケティング部とディスカッションしながら決めていくことを麺の設計といいます。
麺の仕様があらかた決まると、試作に入ります。同時に、実際に工場のラインに流したときに生産性を保てるかどうかを確かめるため、暫定の仕様を含む必要情報を生産部に送ったり、資材部には必要な資材を使用できるかの確認も行います。また、新規材料の場合は、安定的に仕入れられるかどうかも確認する必要があります。多くの部署と連携しながら準備を進め、工場のラインテストなどを経て、最終製品の完成へと向かっていきます。
ここからは、製品開発室時代に開発した麺をいくつかご紹介します。
開発例1「日清焼そばU.F.O. 爆盛バーレル」 この製品は通常の「U.F.O.」の約2倍量の180gの麺が入っています。「U.F.O.」のイメージはそのままに、大盛りのインパクトをビジュアルで伝えるバーレル型の商品を出そうというコンセプトだったため、麺を2つ重ねて入れることを提案しました。「ただ2つ入れるだけ」と思われるかもしれませんが、工場のラインで2つの麺をパッケージに入れる前例がなく、重ねて入れても割れない方法を模索しました。また、麺が2つでもお湯で戻す時間は3分です。完成するまでに、実に2年ほどの技術的チャレンジを経ました。 |
開発例2:「完全メシ 日清焼そばU.F.O. 濃い濃い屋台風焼そば」 「日本人の食事摂取基準*」で設定された33種類の栄養素とおいしさのバランスを追求した「完全メシ」シリーズの焼そばです。食品開発室で実現した、麺に栄養素を閉じ込める技術を活用しています。焼そばは、先にどんぶりタイプで開発をし、商品化していましたが、この商品では味に加え、形状も「縦型カップ」に変更しました。「完全メシ」シリーズとして栄養バランスを考慮し、ノンフライ麺を採用しましたが、油で揚げずに熱風で乾燥させるノンフライ麺を縦型にするのは、技術的にはかなり難易度が高いです。苦労しましたが、さまざまな技術を駆使して完成させました。 *「日本人の食事摂取基準」(2020年版) において日本人が摂取すべき量が定められたすべての栄養素 |
開発例3:「日清これ絶対うまいやつ♪」※現在はリニューアル その名前の通り、一目でおいしさを確信させるインパクトを持つ製品です。「とにかく濃くてうまいラーメン」を作るというマーケティング部の企画コンセプトから開発が始まりましたが、「濃くてうまい」という感覚は人それぞれ異なります。マーケティング部の担当者と開発チームが一緒にラーメン屋を巡り、目指す味をすり合わせました。麺はもっちり、スープはガッツリ濃いめを実現するため、試行錯誤を繰り返し、黄色い中細のストレート麺を完成させ、視覚的にも本格的なラーメンの印象を与えることを目指しました。 |
複数プロジェクトを細かくスケジュール管理しながら同時並行
麺の製品開発は、あるチームは「カップヌードル」、別のチームは「日清のどん兵衛」といったように、ブランドごとにチームが分かれています。各チームにはその製品を担当するマーケティング部が紐づいています。
新製品はリニューアルを含めると1年に300品以上発売されます。麺の開発担当は、1人あたり年間25〜30品の商品を受け持つことになります。マーケティング部からの企画を受け仕様を確定するまでに2~3か月、月に2~3件ほどコンスタントに企画が上がりますので、同時進行で10品程度のプロジェクトが動くこともあります。「いつまでにこれをやる」ということを細かく決め、確実に遂行していくことが大切です。
どのように製品開発の仕事を学んでいくか
2ヶ月で1,000食試作! 入社時研修で徹底的に基礎を固める
入社後の半年間は研修期間です。麺は各製品の設計に欠かせないマスターキーのようなものともいえるので、「正しい麺」の作り方を覚えます。どんぶりか縦型かの「形状」の違い、そしてフライ麺かノンフライ麺かという「製法」の違いの基本の4つを完璧に作れるようになるまで試作を繰り返します。私はスタンダードな「カップヌードル」の麺を2ヶ月でおよそ1,000食作りました。決められたレシピと製法で作るのですが、自分では「できた!」と思っても、簡単にOKが出ません。自分で食べて「美味しいのになあ」と思いつつ、上長からOKが出るまでひたすら試作を続けました。
0.01mmレベルで麺の厚さの違いがわかるようになる
食品とは正直なもので、同じレシピ、同じ製法でも、経験を積んだ社員が作るのと新入社員が作るのでは味が全く違います。製品には再現性が必須ですので、開発者全員が同じ品質で麺を作れるようになるまで訓練を重ねます。まずはラボレベルで再現性のある作り方を習得するのですが、初めは、全く分からなかった味や食感の違いも、毎日試作と試食を重ねるうち、少しの違いにも敏感になり、先輩方がくれたコメントや指摘の内容が理解できるようになります。最終的には、0.01mmレベルで麺の厚さの違いがわかるまでに感覚が研ぎ澄まされていきます。繊細な味や食感は、職人的な感覚で、自分の体に覚えこませていくのです。
既存麺の転用から新規麺開発へとステップアップ
半年の研修期間が終了してようやく製品を担当します。既存麺を転用する案件からスタートし、慣れてくると新規麺の開発も任されます。一人前になると常時10種類ほどの麺を同時に設計するようになります。
最初に決めた仕様を途中で変更することもあり、柔軟な対応が求められます。私が研修を終えて間もない段階で担当した製品も、初めは既存麺を転用する予定でしたが、マーケティング部と検討を重ねるうちに「新しい麺にしよう」と方針転換。新人としては早いタイミングで新規麺を担当することになりました。油そばの製品でしたが、求められる食感を出すのに苦労し、先輩のサポートを受けつつ何度も試作に取り組みました。最終的には社長による試食で決定されるのですが、5回ほど挑戦してやっとOKをいただいたときは、とても嬉しかったです。
仕事のやりがい
製品開発の仕事のやりがいは店頭に並んだときの喜び
製品開発の仕事で一番喜びを感じるのは、やはり製品が世の中に出たときです。友人たちにも連絡し、自分でも購入して食べてみますが、自分の設計した製品がコンビニエンスストアやスーパーに並んでいるのを見ると、とても嬉しいです。普段何気なく見ていたものが、自分が関わったものとなると、見える景色も違ってきます。「これは苦労したなあ」と開発段階のことを思い出すと、「いっぱい食べてほしいな」と願うばかりです。
基礎研究にはロマンがある
今年から担当している食品開発は、いわゆる基礎研究なので、すぐに製品化につながるわけではありません。5年後、10年後、20年後の未来を見据えた研究が多いです。
私が今行っている研究のひとつに、<麺>の謎の科学的な解明があります。麺はシンプルな食材なのに実は意外と分かっていないことが多いのです。例えば「なぜ即席麺がお湯で戻るのか」ということも、詳細な科学的メカニズムはわかっていません。即席麺が戻るメカニズムを解明できたら、たとえば1分で戻る高品質な麺や、今よりもっと太い麺、まぜやすいストレート麺など、麺革命といえるほどの可能性が広がりワクワクします。自分の研究が麺業界、さらには食生活自体にも影響を及ぼす可能性があると想像するのは、とてもロマンがあります。
製品開発におけるキャリアの選択肢
オールラウンダーかエキスパートか、キャリアは志向次第
私はずっと麺を担当してきましたが、将来的にはスープ、具材、包材も経験したいと思っています。数年単位で担当を変わる人もいますし、基本的にはどの分野にも通じることが推奨されています。海外の現地法人に行くことがあれば、一人で全パーツを担当しなければならない場合もあるからです。また製品開発のリーダーを目指すなら当然全パーツの基礎知識は必須です。
一方で、マイスター制度といって、あるパーツのエキスパートとして極めていく道もあります。麺なら麺、スープならスープを何十年も開発している「THE・職人」のような方々で、私も日頃から助けてもらっています。
グローバルに麺のおいしさを広げる
当研究所は、グローバルイノベーション研究センターというだけに、グローバル拠点の開発も統括し、各国のサポートを行っています。製品はその土地によって味も仕様も異なりますので、現地から届くサンプルの試食やアドバイスをします。私もこれまでシンガポール、タイ、アメリカ、メキシコなどを担当してきました。国によって好まれるものが違い、例えばメキシコなら旨みより辛さが重要視されます。そうした各国の嗜好を考慮しながら製品を開発します。
実際に海外に赴いて、現地の即席麺の料理法や好まれる味の調査、海外現地法人立ち上げをサポートすることもあります。
私の出身地であるカンボジアでも、ようやく日清食品グループの製品が普及しつつあります。まだ現地工場はありませんが、いつかカンボジアに工場ができ、現地で製造・販売できることが私の夢のひとつです。
この仕事をする上で大事な資質について
▍製品開発とは、未知への取り組み
この仕事に就くには、必ずしも食品科学やフードテクノロジーを学んでいる必要はありません。周囲には化学や薬学、デザイン工学出身の方もいます。専攻は何でもよいのですが、科学的知識、とくに、基礎科学をきちんと習得していることが必要です。
知識よりも私が大切だと思っているのは、好奇心を磨くことです。基礎研究は0から1を作り、製品開発は1を100にします。どちらのフェーズにおいても、開発中は必ずどこかで行き詰まりを経験します。行き詰まった時に新しい発想で事態を打開するカギとなるのが、好奇心です。常に好奇心を持ち、未知のことを調べたり、挑戦することを習慣化したりすると仕事が格段に進めやすくなります。
もうひとつ、この仕事を希望する方に知っておいていただきたいことは、開発は未知なことへの取り組みという点です。
新しい製品を開発するということは、先輩や上司にも解決法が分からない課題が発生するということです。その時に大切なのは、誰かが解決してくれるのを待つのではなく、一人一人が自立して課題に向き合うことです。スープ、具材、包材の各担当とそれをまとめるリーダーがいて、皆がうまく連携することで、新製品が完成します。いろんな人の助言を受けながら進めていきますが、自立した個人同士だとチームワークがうまくいき、スピード感をもってものづくりができます。
▍ハングリーかつユニークであること
私たち日清食品グループは、常にもっと新しいもの、もっと楽しいもの、もっとおいしいものを、世界中に広げたい、という想いで日々挑戦しています。そのためにも、ハングリーでユニークな人に仲間になっていただきたいと思っています。
ハングリーである、というのは、結果を出すためにとても重要な素質だと思います。「世界一を取るぞ」くらいの強い気持ちで、自分で仕事を取りに行くような気概のある人は、成果を出しやすいように思います。尊敬している先輩の一人に、毎週何らかの研究結果を報告している人がいます。ハングリーな気持ちで毎日を過ごしていると、無意識のうちにたくさんのことがインプットされ、行き詰まったときにそれが突破口になることもあります。ハングリーな人はとにかく行動力があり、そして結果を出していきますね。
そしてもう1点。ユニークさについて。ユニークさとは、どんな状況でも個性を活かし、自分らしい答えを出せることだと思います。「青山の考え方はユニークだね」と言われることも少なくありません。それは幼少期に海外で過ごした経験が活きているのかもしれません。チームで成果を出す上で、ユニークであることはよいことだと思っています。同じチームの中でも、緻密さや繊細さを発揮し、細かいデータが得られたことで、想像もしていなかったルートが見つかることがあります。個々人の持つ特性を持ち味として互いに発揮しあうことで、多様な製品を生み出すことにつながっているのだと思います。
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リケラボ編集部より
麺の開発について、ご自身の経験を交えてたくさんのことを教えていただきました。食べることが大好きで、同僚とラーメンを食べにいけば麺やスープについて素材をあれこれ推理したり、旅行では、屋台料理の調理方法から使えそうなネタを探すことも多いそうです。
私たちを飽きさせず、楽しませてくれている食品の開発の裏側には、開発者の絶え間ない努力や、好奇心を存分に発揮した開発姿勢があるのだなと、青山さんのお話から感じることができました。
日清食品様、青山さん、貴重なお話を誠にありがとうございました。