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理系の職種紹介vol.11 化粧品メーカーの研究開発の仕事(日焼け止め編)
株式会社コーセー
知っているようで意外と知らない“理系の仕事”にフォーカスし、その仕事で活躍している方に詳しい内容を教えてもらう「理系の職種紹介」シリーズ。
第11回目は、『スキンケア製品の研究開発職』についてです。
今回訪問したのは、株式会社コーセー 製品開発研究所。スキンケア製品研究室ではたらく髙田阿美さん(入社7年目)にお話を伺いました。
髙田さんは入社以来、日焼け止めのアイテムをメインに担当されています。品質にこだわり、とことん試作を繰り返し目指すものに仕上げていく開発の過程には、想像以上のこだわりがありました。化粧品メーカーの研究開発職に興味がある方はぜひ読んでみてください!
株式会社コーセー
日本を代表する化粧品メーカー。主にスキンケア、メイクアップ、ヘアケアなどの美容関連製品を開発・販売している。高品質な商品と独自の技術力を持ち、高・中価格帯から手軽なプチプライスブランドまで幅広くラインナップ。日本発の繊細な美意識を体現した製品は、高く評価されている。
大好きな化粧品、ものづくりがやりたくて研究開発職に
── 化粧品メーカーに就職したのはどうしてですか?
小学生高学年くらいからメイクが好きで、使う人に喜んでもらえる化粧品って素敵と思っていました。機能にも興味を持っていて、マスカラでまつ毛のカールがキープできてしまうなんて感動!ですし、使ってうれしさを感じられるところが大好きだったからです。
── 大学ではどんな勉強をされましたか。
物質科学専攻でした。温度差から生じる電気エネルギーを研究しました。幅広い技術ジャンルを扱える人になりたいな、と考えていたので、学部時代は生命科学(DNA関連)を勉強し、大学院では物質科学を専攻しました。色んな視野から物事を考えられる人になりたいと思っていたんです。
── コーセー入社後すぐに研究開発 に配属されたのですよね。
コーセーには日本に研究所 が2つあり、一つは先端研究所で、皮膚に関する基礎研究やデータサイエンスをメインとしています。もう一つが、私が所属している製品研究所で、こちらは化粧品の中身を実際に作る製品開発、いわゆる「ものづくり」の部門です。
幅広い知識が身に付く日焼け止めの開発
── 日焼け止めの開発を長く担当されているとのことですが、どんなところに面白さを感じますか?
スキンケア製品には化粧水や乳液などに加え、クレンジング等の洗浄剤やボディソープなどいろいろなアイテムがありますが、中でも日焼け止めは必要な成分がけた違いに多いんです。つまり、やればやるほど知識が広がることがとても面白いです。技術も必要だし、機能性を謳う分、数値ではっきり効果が見えるところにも手ごたえを感じられます。
── 新人から独り立ちするまではどのような流れでしたか?
全体研修の後、研究所配属となり、その後研究所内の各部署を一通り周りスキンケア製品からメイク製品まで全てのジャンルを経験します。その後配属先チームが決まるのですが、私は現在も所属するスキンケア製品研究室に配属となりました。配属後は「乳化」など化粧品の基盤技術をしっかりと学びます。また膨大にある化粧品の成分についても、どんなものがあって、それぞれどんな役割をしているのか、どんな効果を狙ってその成分が採用されているのかといった知識を叩き込み、製品づくりの基礎を一から学びます。最初はメンターの方と一緒に処方開発(化粧品の中身を設計すること)をしていきますが、2年目からは独り立ちして、基本的にはひとりで担当製品を持ちます。そこからは自分の知識や経験を活かして自分なりの処方を作っていくことになります。
製品開発の流れ:マーケティングや工場、品質保証…いろいろな部署と関わる化粧品開発の仕事
── 開発の流れについて大まかに教えてください。
製品が世に出るまでは主に以下のようなプロセスがあります。
私たち研究部門の仕事を分解するとさらに以下のような工程となります。
まず本社のマーケティング部門が市場調査を行い、当社の製品に求められているものを整理して、新製品の企画や訴求ポイントを決定します。日焼け止めならSPF50、PA++++とか、アレルギーテスト済みといった安全性の訴求もありますし、「水のようにさらっとした」などの使用感、「絶対やかない」 という機能性を重点的に訴求する場合もあります。
新製品のコンセプトが固まると、研究部門に共有されます。私たち研究員は、そのコンセプトを実現する要件や、それを具現化するための処方を検討し試作を重ねていきます。
試作品が一発でOKとなることはほとんどなく、マーケティング部門の商品の品質を定める部署のフィードバックを受けながら、何度も試作を重ね、目指すコンセプトを実現する製品を開発していくことになります。
試作品が完成した後も私たちの仕事は終わりません。工場で製造するためのスケールアップ検証を行います。トン単位で作る大きな機械で成分を混ぜると、ビーカーとは違う混ざり方をするので、入れる順序や分量など、工場スケールに最適化していきます。工場の方と相談しながら最適な方法を模索します。
また、 容器設計部門とも連携します。容器と成分の相性も大切で、簡単に垂れ落ちないか、容器の成分が染み出したりしないか、長期間保管しても容器内で変質しないかなど容器の検討も行います。
試作品が決まるまでの期間は製品によって異なり、2か月くらいで終わるものもあれば、構想段階から完成まで数年にわたるものもあります。
新製品のコンセプト実現に向けて試作を重ねる
── ここからは、さらに理解を深めるため、髙田さんが手掛けた最近の製品をもとに具体的に開発過程やお仕事内容を伺えたらと思います。
私が担当したのは、日焼け止めの「サンカット® パーフェクトUVジェル」です。サンカットブランドは2009年に誕生し、本商品は2024年に「パーフェクトUVシリーズ」としてリニューアルしました。既存の商品は「絶対やかない」や、「みずみずしいジェル感」がお客様に高い支持をいただいていました。リニューアルではUVカット効果はそのままに、「スーパーストレッチ処方」で肌に密着して長時間持続、そしてさらに高いレベルの「みずみずしさ」を求めることになりました。

髙田さんが開発を担当した「サンカット® パーフェクトUVジェル」。追い求めたのは、これまでにない“みずみずしい”使い心地。その実現には、相反する要素を調整するためのさまざまな工夫と試作の積み重ねがあったそう。
(リケラボ編集部撮影)
── 苦労されたポイントはありましたか?
パッケージでも「パシャっと水感」と謳っているのですが、「みずみずしさ」の追求のレベルがこれまでとは段違いでした。マーケティング部門からの要望は「塗った感じがしないくらい、本当に水のような」とか、「ひんやりするような」といったものでした。ですが、一般的には紫外線防御成分をたくさん入れるほど、水感からは遠のくものなので、最初に聞いたときはなかなか難しいぞ…と。
── 日焼け止め効果とみずみずしい使用感を両立させるのは、とても難しいことなんですね。
日焼け止めジェルは本来、紫外線防御成分が“乳化”している状態です。みずみずしくしすぎると乳化が崩れて、水と油が分離してしまい、とても商品にはならないものになってしまいます。また、肌に留めるために作る膜を強くすると、今度は肌の負担感につながってしまうんです。一つの要望を実現すると、別のことがトレードオフになってしまうので、バランスを取りながらいかに狙ったものにしていくか、組み合わせを幾通りも考える必要がありました。
「みずみずしさ」を目指して試作を重ねる!妥協なき開発の道のり
── 組み合わせる素材の種類も多そうですね。
一つの製品に20種類ほどの成分が入ることもあり、組み合わせの可能性はほとんど無限と言っていいかもしれません。UVカット効果を与える紫外線吸収剤や紫外線散乱剤、肌をサラッとさせるための粉といった基本的な材料だけでもいくつもの選択肢があり、組み合わせとなるとそれこそ膨大な数になります。
── その中から、コンセプトを実現する組み合わせを探し当てるのですね。
初期段階のうちは、水と油が分離してしまい、とても商品にはならないゲテモノもたくさん生まれました。30回くらい試作を重ねてようやく少し形になり、後半は、よりみずみずしさを求めて、ギリギリの乳化状態まで攻めていきました。
── 本社のマーケティング部門とはどのようなやりとりが続くのでしょうか。
ある程度の方向性ができた段階でまとめてサンプルとして本社に送り、評価してもらいます。自分で「これがいいのでは」と思ったものがマーケティング部門とはイメージが違っていたり、何度も試作を繰り返す間に、前に作ったものの方がいいねと後戻りしたり、一進一退が続くこともあります。「サンカット® パーフェクトUVジェル」のときは、70回ほど試作を繰り返しました。
── かなりのラリーが続くんですね!
自分のなかで「もうこれ以上のものはできない」というところまで作り込んだ69回目あたりでは「これで決まって欲しい!」と祈るような気持ちでした。結局、念のためにと作った70回目の試作でOKが出ました。苦心の連続でしたが、難しい挑戦だからこそ、達成感も大きいですね。過去には100回ほど試作した製品もあります。
開発の仕事は、技術と同じくらいコミュニケーションが大切
── マーケティング部門からのフィードバックはどのようなものが多いのですか?
マーケティング部門の方々からは具体的な成分の指摘というよりは、ユーザー目線での要望や感想をもらいます。改善部分の真意をつかめるように何度もコミュニケーションを取りました。一口に「水感」といっても解釈はさまざまあります。最初に肌につけたときのジェルのつぶれる感じなのか、肌になじませていっているときの感覚なのか、なじませ終わりの感覚なのか、それとも乾いたときの感覚なのか。自分ではこうかな?と思っても本社の人は違う感覚だったりします。
製品をつけたときに感じる「驚き」や「感動」をいかに言語化して共通認識として持つかが大切で、そしてとても難しいことでもあります。
── マーケティング部門との目線合わせが重要なのですね。
コミュニケーションを重ねるうちに、「こうしたいのか」「こんな品質のものが欲しいんだ」といったことが通じ合ってきます。もうここが限界じゃないのかと思える段階でも、まだまだ上を目指して妥協ない意見のやり取りが続き、最終的には「ここまで一緒に作りあげられたね」と、気持ちの通じ合った同志のようになります。
開発は、地道に配合を試すコツコツした作業が続きますが、成功を左右するのは、実はこのコミュニケーションの部分がかなり大きなウエイトを占めていると思います。
化粧品開発の仕事のやりがいとは?
── 仕事のやりがいについても聞かせてください。
自信をもって立てた仮説を元に試作しても、ぜんぜんダメだということもたくさんあります。でもダメだった原因を考え、また次の案を考える…、その繰り返しが大変でもあり面白いところです。
比較的早く市場からのリアクションをもらえることも、やりがいにつながっています。
「使い心地が軽くて肌にすっとなじむ」「しっとりした保湿効果と日焼け止め機能もあるから優秀」といった、狙い通りのコメントをいただくと、諦めずにやり遂げてよかった!と嬉しい気持ちでいっぱいになります。
どのような人が化粧品開発に向いているか
── 入社前と後では、仕事に対するイメージは変わりましたか?またどのような人がこの仕事に向いていますか?
開発はリクエスト通りに処方を作ることだけが仕事だと思っていました。でも実際にやってみると、驚くほど多くの人と関わって製品を作り上げていく仕事だとわかりました。処方の設計と製造の 担当が分かれている会社もあると思いますが、コーセーは、自分の設計した処方が工場で製造できるようになるところまで開発担当も関われます。苦労も沢山ありますが、その分自分の子どものような感覚で、愛着がわきます。
どの専攻分野が有利か、、、といったことはあまりなく、理系出身であれば入社後習得できます。化学系が半分くらいですが、生物系、薬学系、物理系出身の人もいます。
何を勉強してきたかということよりも大切なのは、自分の考えを発信し、動いていける人かどうかということです。当社でもそのような物事を進める力のある人が活躍していると思います。自分だけで完結する仕事はほぼないので、コミュニケーションや柔軟性があるとよいと思います。
そしてなによりも試行錯誤にくじけない忍耐強さ!
目指すものを諦めずに実現するには、化粧品が大好き!とい気持ちがなによりも大切だと思います。
── この先の目標を教えてください。
今はほとんどの日焼け止めが高機能ですから、この先はどう差別化していくか、さらに開発ハードルは高くなりそうです。新しい原料も次々と出てくるので、それらをうまく活用しながら、さらにいいものを作り上げたいです。
また、製品アイデアはマーケティング部門だけはなく、研究所から生まれることもあります。研究員が自由に作ったものをマーケティング担当者に提案すると、アイデアとしてストックされ、何年か後に「これをやってみよう」というような形で脚光を浴びることもあります。私のアイデアも採用されるといいなと期待しています。
化粧品業界の研究開発職を目指す方へのメッセージ
── 最後に、化粧品の研究開発の仕事を希望する方へ、アドバイスお願いします。
私はコミュニケーションが取りやすい社風の会社に入りたいという視点で就職活動していたので、就活のときは社員の方と関わる機会をたくさん持つことをテーマに、座談会に参加したり、お話できるチャンスを積極的につかみにいくことを心がけました。
開発の仕事は、自信を持って発言することや、積極的に伝えようとする意思や熱意がとても大切です。面接時も自分の良さを発揮できるように説明の仕方や話し方を工夫すると、きっと良い結果につながると思います。
是非、色々なところに出向いていろんな人とお話しする機会をたくさん設けてみてください。
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リケラボ編集部より
開発職は技術や知識が多いに越したことはありませんが、それよりも重要なのがコミュニケーション力と強調されていたことがとても印象に残る取材となりました。化粧品開発職に求められるコミュニケーション力がどのようなものなのか、マーケティング部とのやりとりからも垣間見ることができました。
同じゴールに向かっていく一体感、難しい課題をクリアした時の達成感も、研究開発の仕事の醍醐味といえそうです。担当として一つの商品を見続け、日焼け止めを自分の「子どものよう」と大事にしている髙田さんの笑顔も印象的でした。
ご協力いただいた株式会社コーセーの髙田さん、貴重なお話をありがとうございました!