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運動後の「至高の一杯」を健康的に!スポーツ用品メーカーがノンアルビールを開発

運動後の「至高の一杯」を健康的に!スポーツ用品メーカーがノンアルビールを開発

―― 新領域の商品開発に挑む際に大切なこと ミズノ株式会社

「スポーツ用品メーカーが飲料、それもノンアルビールを?」──社内でも非現実的だと言われた挑戦から生まれたのが、ミズノ初のノンアルコールビール「PUHAAH(以下、プハー)」。大人になってからも楽しくスポーツを続けるアイテムとして運動後の爽快感や達成感を味わえるビアテイスト炭酸飲料の開発を目指し、喉越しや風味といった官能テストを繰り返してホップの種類や量などを調整。味わいや香りを最大にするための試行錯誤の末、アルコール0.00%・無濾過製法のノンアルコールビールを創り上げました。大人の運動の持続性向上に貢献するためのユニークなプロジェクトを成功に導いた近藤由佳さんに、開発の経緯を伺いました。

大人も楽しくスポーツを続けられる社会のために

家族全員がテニスプレーヤーという家庭で育ち、学生時代は選手としても活躍された近藤由佳さん、実はお酒が飲めない。
リケラボ編集部撮影

―― ミズノといえば、ユニフォームやスポーツ用品が思い浮かびます。長い歴史のなかで初の食品、それもノンアルコールビールの開発を、なぜ?

近藤:「プハー」開発の根源には、「大人のスポーツが続かない」という長年の課題がありました。学生時代は部活や大会を目標にスポーツをしていた方も、大人になると忙しさなどでやめてしまう。続けている人も健康やダイエットといった義務感から取り組んでいて、実はそれほど楽しめていないという実情が見えてきました。

「どうすれば大人も楽しくスポーツを続けられるか?」そのヒントを探る中で、「運動後のビールのためなら頑張れる」という声を多く耳にします。一方で、運動後のビールは魅力的だが身体への悪影響を気にして我慢している層もありました。

アルコールは、分解の過程で体内から水分を奪う上に、利尿作用により塩分やミネラルも排出されてしまいます。このため、脱水症状や疲労回復の阻害などの悪影響を及ぼす可能性があり、筋疲労の回復が遅延することから筋力増強にもマイナス作用があると言われています。こうした運動後のアルコール摂取の影響についてはまだ一部の人達の認識にとどまり、スポーツ後のビール(アルコール入り)を「頑張った自分へのご褒美」や「一緒にプレーした仲間とのコミュニケーションアイテム」と考えている人も少なくありません。スポーツ用品メーカーとして、運動後に安心して味わえる飲料を開発するのは、スポーツを楽しく続ける人を増やし、スポーツ文化の浸透・拡大に貢献するものと考え、開発に取り組みました。

―― とはいえ、食品の自社開発とは、かなり思い切ったアイデアのように思えます。

近藤:ミズノにとって、食品の開発は100年を超える歴史の中で初めての試みで、会社の定款を確認するところからのスタートでした。企画会議では「実現不可能だ」と懐疑的な声もありましたが、「より多くの人がスポーツを続けられるなら、ミズノがやるべきだ」という強い思いで企画を推し進めました。とはいえ、飲料をつくることが目的化してはなりません。あくまでスポーツを続けられる環境づくりとしての開発となるよう、ミズノが主体となり、コンセプトに共感してもらえるビールメーカーを探して共同開発に取り組みました。

「ビールを一緒に作ってほしい」と何軒もの製造者を訪問しましたが、驚かれたり、怪しまれたりと前途多難でした。そのような中で元フェンシングの国体選手でもあり、スポーツ後の1杯の良さを知っている南信州ビール株式会社(長野県駒ヶ根市)の常務と出会います。ものづくりに対する「クラフトマンシップ」の理念も共有でき、強い絆で結ばれた開発のパートナーシップが誕生しました。

妥協せずに目指した本格的な味わいと品質

一味同心で「プハー」の開発を実現した南信州ビールの竹平常務取締役と。忌憚なく意見を戦わせた後は笑ってエールを送り合う。それができるのは「良いものを創り出したい」と一つの目標に向かってぶれずに進んでいるからだ。
ミズノ様ご提供

―― 南信州ビールとの共同開発で、心がけたことや苦心されたことを教えてください。

近藤:まずスタート時に、お互いに気を遣わず、譲れない信念や思いをしっかり伝え合おうと約束しました。開発と企画の間での心理的安全性を確保して、「どうしたら実現できるか」とゴールへの道を率直に探るためです。また、スポーツ用品メーカーとビールメーカーでは、文化や言葉の大きな壁が存在します。特に、ビールの味や香りを表現する語彙を私たちは持ち合わせていません。たとえば「この香りを近くに感じて、その向こうの遠くでこの香りを感じる」といった数値化できない表現をどう捉え、スポーツメーカーとしてなにを伝えるか。この異文化コミュニケーションを乗り越えるために、私たちは南信州ビールの既存商品を試飲して、感じたことを言語化するトレーニングもしました。

ビールのスタイルやオフフレーバー(好ましくない味や香り)を理解するために「ビアテイスター」の資格も取得し、品質管理や経年変化の確認に役立てています。

―― その後、どのように開発を進めていったのですか?

近藤:開発は、スポーツを楽しく続けられる環境づくりに貢献するビアテイスト炭酸飲料というコンセプトに合わせたサンプルを南信州ビール株式会社に試作してもらい、ミズノが実際にスポーツを行った後に試飲テストを行って結果をフィードバック、それをもとに再び試作という「はかる・つくる・ためす」サイクルを繰り返しました。これは、普段からミズノで行っているスポーツ用品の商品開発と同じです。南信州ビール株式会社の担当者も一緒に運動して試験に携わってもらったこともあります。何度も検証を行って、感覚的な印象を再現可能な素材の組み合わせや量などの調整へつなげ、スポーツ後にほしい爽快感や達成感・満足感を味わえる製品を目指しました。

―― 特にこだわった点について教えてください。

近藤:ノンアルコールビールとして、味が薄く「ビールの代替品」という印象になると、結局「本物のビール」が飲みたくなってしまいます。そこでプハーでは「しっかりとした飲み応え」に徹底的にこだわり、それを実現するためにホップの使用量と風味を追求しました。ホップの香りや味わいを最大限に残すため、一般的なビールでは行われる「ろ過」をあえて行わない「無ろ過」製法を採用しています。

普通のビールと同じように発酵させてから脱アルコールさせる製法もありますが、プハーは全く発酵させない製法を選びました。これは、「0.00%」というアルコール含有率を絶対条件としたからです。もし、わずかでもアルコールが残る可能性があれば、お客さまの健康を害するリスクやミズノの信頼も損なうことにつながりかねません。どんなときも安心して飲んでいただき、会社の名前も傷つけないよう、発酵させないと決めました。

「プハー」のラベルには、ミズノのロゴと「0.00%」を大きく表示。ノンアルコールであることを明確に伝え、「スポーツ後に飲んでいても大丈夫だ」という信頼感をアピールしている。
リケラボ編集部撮影

「プハー」がもたらす新しい可能性

―― 「プハー」の持つ、さらなる可能性をお聞かせください。

近藤:飲料開発を通じて、スポーツ後の適切な水分補給や、アルコール摂取が引き起こす脱水症状のリスクなど健康リテラシーの向上と、爽快感や達成感の体験やコミュニケーションといった心身を健やかにする運動の持続性向上という両者に貢献する意義を見出しました。

近藤さん自身、靭帯の手術をしたときにプハーを「ごほうび」にリハビリをがんばったという。
リケラボ編集部撮影

新しいことに挑戦しやすい雰囲気がものづくりの開発には不可欠

―― ノンアルコールビールの開発を通じて、「スポーツを楽しむ環境づくり」に貢献するアイテムを創り出すことができました。

近藤:開発や商品企画のほか、広報やマーケティング、営業、経営企画など、これまで11の部署で様々なチャレンジに携わってきましたが、さすがにビールの開発は初の挑戦。当然、私自身はビールの商品開発に必要な専門知識をもっていませんでした。このため、一人では実現不可能なプロジェクトでした。開発に携わる人たちにとっても荒唐無稽に思える構想だったかもしれません。

でも、コンセプトを共有する開発者――仲間がいれば実現への道が近づきます。ビールの専門職の人たちと、運動の専門家としての当社メンバーが一緒になって開発サイクルを回し、試行錯誤を繰り返したことによって、「できるわけがない」と思われた「ミズノのノンアルコールビール」が実現できました。

技術者や職人といった、開発に携わる専門家の視点を同じ言語で理解するために対話を重ねつつ、一方で、ユーザーの課題感やスポーツの現場の声を開発の技術者たちへしっかりと届けていくために、何度も顔をあわせ、一緒に運動と試飲テストを繰り返したことが、商品の実現につながったのだと思います。

―― この開発の経験を通して若手に伝えたいことは?

近藤:荒唐無稽に見えた「プハー」の挑戦や、開発の際の試行錯誤に触れて、「あれよりは成功率が高いかも」と新しい挑戦をしてくれたら嬉しいです。どんなものづくりでも、新しい価値を創りだす開発では進め方から悩ましいところが出てきます。でも、しりごみして無難な成果でおさめている間は飛躍ができません。

もちろん、どんな挑戦でも健全な危機感をもってリスクマネジメントすることはとても重要です。「ここまでなら大丈夫」のラインをしっかり見極め、小さな失敗をたくさん繰り返すつもりで試行錯誤を重ねて、より大きな開発へと挑戦してほしいです。

「飲んだときに思わず出る『プハー』という擬音から名付けました」
リケラボ編集部撮影

プロフィール

ミズノ株式会社
1906年創業以来、「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する」を経営理念に、スポーツ品の製造及び販売、スポーツ施設の運営、各種スクール事業を展開。近年は日常生活にもスポーツの価値を活用した商品やサービスの開発を積極的に進めている総合スポーツ用品メーカー。

近藤 由佳(こんどう ゆか)
ミズノ株式会社 総合企画室(兼)グローバル研究開発部
入社以来、商品企画、開発、広報、人事、マーケティング、経営企画など11の部署で多様な経験を積み、同社で初となる食品「プハー」の企画・開発・販売に携わる。現在は新規事業推進をサポートし、失敗を恐れず「やってみる」挑戦の大切さを若手に伝えている。MBAとビアテイスターの資格を保有。

※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。

リケラボ編集部

リケラボ編集部

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