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フローサイトメトリー(4/5) フローサイトメトリーを用いた細胞周期の解析
リケラボ実験レシピシリーズ
前項までに、フローサイトメトリーの特徴や、これを効果的に活用した細胞の生死判定解析を紹介してきました。ここでは、フローサイトメトリーのもう一つの活用法として、核の形やDNAの量を細胞個々に計測し、それぞれの細胞が細胞周期のどの時期に属するかを特定する「細胞周期解析」を概説します。
1個の細胞から2個の細胞に分裂する「細胞分裂」は、細胞内のDNAが複製され、その量が2倍に増えることから始まります[DNA合成期(S期)]。その後、この2倍量のDNAが、分裂によって生じる2個の細胞に均等に分配されることで、細胞分裂が完了します[分裂期(M期)]。実際には、S期の前の間期(G1期)と、S期とM期の間に間期(G2期)がそれぞれ存在するため、細胞は「G1期→S期→G2期→M期」を1サイクルとする「細胞周期」を何サイクルも繰り返して増殖します。
正常な細胞では、細胞周期を進めるアクセル分子と、止めるブレーキ分子がともに正しくはたらいているため、細胞が増殖するスピードやタイミングは厳密に制御されています。一方で、例えば、がん細胞は、アクセル分子が過剰にはたらいている、あるいはブレーキ分子が機能不全である特徴をもつため、厳密な制御を外れて活発に細胞分裂し増殖します。このような異常をもつがん細胞の細胞周期をフローサイトメトリーで解析すると、がん組織は正常組織に比べて、増殖中の細胞(S期, G2期, M期に属する細胞)が高い割合で存在することが示されます。
では、そんなフローサイトメトリーを用いた細胞周期解析について、手順を以下にご紹介します。
試料調製の手順(直径60 mmの培養皿スケールの場合)
- トリプシン等を用いて培養細胞をチューブ内にペレットとして回収する。
- 2.5 mLのPBSを加えて、細胞ペレットを穏やかに懸濁する。
- 細胞懸濁液を遠心分離(1200 rpm, 3分, 4℃)して上清を完全に吸引除去する(細胞ペレットを得る)。
- 細胞ペレットに氷冷したPBSを150 μL加えて、マイクロピペットで穏やかに懸濁する。
- 細胞懸濁液をボルテックスミキサーで穏やかに攪拌しながら、-20℃で氷冷しておいた350 μLのエタノールを、1秒間に1滴程度のペースで懸濁液中に滴下する。
- 得られた細胞懸濁液を冷凍庫で1時間以上静置する(細胞の固定・透過処理)。
- 遠心分離(1200 rpm, 3分, 4℃)して上清を除去し、細胞ペレットを得る。
- 氷冷した2.5 mLのPBSを細胞ペレットに加え、ピペットで穏やかに懸濁する。
- 遠心分離(1200 rpm, 3分, 4℃)して上清を完全に除去し、細胞ペレットを得る。
- 得られた細胞ペレットに、氷冷したRNase A溶液を100 μL加えて、マイクロピペットで穏やかに懸濁する。
*RNase A溶液: DNaseフリーの状態で、PBS中に500 μg/mLの濃度で調製する。 - 37℃で30分間インキュベートする。
- 遠心分離(1200 rpm, 3分, 4℃)して上清を完全に除去し、細胞ペレットを得る。
- 氷冷した500 μLのヨウ化プロピジウム(PI)染色溶液を細胞ペレットに加え、マイクロピペットで穏やかに懸濁する。
*PI染色溶液: PBS中に50 μg/mLの濃度で調製してフィルター濾過する。 - 遮光して氷上に15分間静置する。
- PI染色した細胞懸濁液をセルストレーナーに通してチューブに回収する。Falcon #352235などのチューブを推奨。
フローサイトメトリーを用いた細胞周期解析の手順
- 細胞試料をフローサイトメーターに供する。
- X軸を前方散乱光のパルスピークの高さ(FS-H)、Y軸を側方散乱光のパルスピークの高さ(SS-H)とする散布図に展開する[図1 A]。ここで試料中の主成分と思われる「細胞」を示す集団を枠で囲んで“ゲーティング”する(図中: Cells)。
- Cellsゲート内の細胞集団を、X軸をPIシグナルのパルス幅(PI-W)、Y軸をPIシグナルのパルス面積値(PI-A)とする散布図に展開する[図1 B]。ここで、単一に分離された細胞の集団をさらにゲーティングする(図中: Single Cells 2)。
- Single Cells 2ゲート内の単一細胞の集団に着目し、PIシグナルのパルス面積(PI-A: X軸)に対する細胞数(Counts: Y軸)の分布をヒストグラムで表示する[図1 C]。
*PI-Aは、その細胞のもつDNA量に比例する。 - このヒストグラムのPI-Aの値をもとに、Single Cells 2ゲート内のドット一つ一つで表される個々の細胞について、細胞周期(G1期-S期-G2期-M期)のどの期に存在するかを判定する。同時に、解析した試料(細胞集団)について、細胞周期のどの期にどのくらいの個数/割合の細胞が存在するのか、度数分布を明らかにする。
*細胞は細胞周期の進行にともない、DNA量が変化する。1つの細胞がG1期(定常状態)にもつDNA量をNとすると、冒頭で述べたように細胞周期が進むとDNAが増えるので、S期では時間の経過とともにDNAは2N(二倍)まで増加する。よって、G2期の細胞および細胞分裂途中のM期の細胞では、DNA量は2Nとなる。
解析手順:Aで二次元展開したものを囲って(ゲート:Cells)囲われた内側のドットをBに持っていき、Bに持ち込まれたプロットを展開して囲って(ゲート:Cells 2)囲われた内側のドットをCに持っていき、CでPI-Aを指標にヒストグラムで表す。
このようにフローサイトメトリーを用いた細胞周期解析では、細胞一つ一つについて、DNA量を定量的に計測することができます。また、本項で紹介したPIは非常に有用な蛍光色素ですが、実験目的やフローサイトメーターの機器設定によってはあまり適さない場合もあります。そういった場合にも、例えば、結合特性や蛍光特性がPIと異なるDNA結合色素を用い、このDNA染色色素の蛍光波長と波長が異なる蛍光色素や蛍光レポーター分子などを用いて特定の細胞のみをラベリングし、同様にフローサイトメトリー解析すると、細胞集団の中に存在するラベル陽性の細胞のみに注目して細胞周期解析を行うこともできます。
加えて、フローサイトメトリーを用いた細胞周期解析は、死細胞や多倍体細胞といった、細胞内DNA量が異常値を示す細胞群の検出にも優れており[図1 C]、発がんメカニズムの解析や創薬研究では欠かすことのできない解析法の一つとして知られています。
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