様々な研究(研究室)の紹介や就職・進学のヒントなど、理系大学生・大学院生に役立つ情報をお届け。
大学院に進むか、就活をして就職を目指すか、進路を考えはじめた大学生向けに、現役大学院生のリアルな体験談や大学院生活をリレー形式でヒアリングしていくコーナーです。どのような夢があり大学院進学を決めたのか、どんな研究生活を送っているのか、ちょっと覗いてみましょう。
第二回目は、東京工業大学理学院に通う長屋慶大さんです。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
ご自身のプロフィールを教えてください。
──開発した光学系を使って、波の速さを測定しています。
東京工業大学 理学院地球惑星科学コース修士課程を終了し、2024年4月から東京工業大学 理学院地球惑星科学コース(博士課程)に入学しました。地球や月、火星の内部構造やダイナミクス(動力学)を解明するための研究を続けています。
皆さんは、地球や月の内部がどんな物質でできているか興味を持ちませんか?
我々、地球惑星科学者はそんなことも研究対象です。使うのは「地震の波」です。地震の波は地球の中心を貫いて地球の裏側に到達します。その波が伝わる速さは、圧力、温度、組成などによって変化するため、地球の中心を通過する波の速さを再現する条件を実験によって見つけることができれば、それが地球の中身を探るヒントになるはずです。
僕は修士の時、物質を通過する波の速さを地球の中身のような高温高圧環境でも測定することができる装置を開発しました。僕が波の速さを測定するのに使っているのは、「ピコ秒超音波法」と呼ばれる手法です。この手法は薄い試料の両側から2本のレーザー(パンプレーザー、プローブレーザー)を照射します。パンプレーザーには試料の片側表面に波を発生させる役割があり、プローブレーザーは伝播してきた波を検出する役割があります。パンプレーザーを試料に当てることは、ドアをノックすることと同じです。ドアをノックすると音が鳴ります。もし反対側で耳を当てている人がいれば、ノックによって鳴った音がドアの反対側に伝播した時にその音を聞くことができるでしょう。この「耳」の役割をしているのがプルーブレーザーです。
これまでこの手法は、ダイヤモンドアンビルセルと呼ばれる高圧発生装置と組み合わせて地球内部に相当するような高圧(〜百万気圧以上)での測定がなされてきました。一方で、地球の内部は圧力だけではなく温度も高いです。マグマがドロドロと溶けている火山のようなイメージです。地球の中心にあるコアの温度は、5000K以上になるとも言われています。しかしながら、このピコ秒超音波法を用いてこのような高い温度で波の速さを測定した例は、ほとんどありません。地球の中心核の主成分であると言われている鉄の高温測定に至っては1例もありません。なんとかピコ秒超音波法を使って地球の中身のような高温高圧環境での波の速さを測りたい、そこで目をつけたのが「内部抵抗加熱」という加熱手法です。この加熱手法を使えば、高温でのピコ秒超音波測定が実現できるはずです。僕はもともとあった波の測定装置に温度測定用の光学系を組み込み、研究室のお金を使わせてもらって、従来のパーツもアップグレードさせました。
こうして開発した光学系を使って、僕は鉄とニッケル(Ni)の波の速さを測定しました。これらの元素は実は地球や月などの惑星の中心付近にあるコアに大量に含まれていると考えられています。しかしながら、コアがあるのは惑星のとても深いところなので、実際にはコアが何でできているかはあまりわかっていません。「1970年代のアポロ計画の地震計のデータを最新技術を駆使して解析すると、月の中心は液体金属でできた「外核」に固体金属の「内核」が包まれた構造をしていることが分かったぞ」と報告している人もいれば、「いやいや、古い地震波観測データだけでは内核があるなんて言い切れないんじゃないの?」と固体の内核がないモデルを提唱している人もいます。現状の観測事実だけでは月のコアの構造は完全には分からないのです。そこでピコ秒超音波法を用いた実験の結果、月のコアの波の速さの観測値と比べて、月の主要構成物質の波の速さはすごく速いということがわかってきました。どうやら月の内核は単純な固体の鉄合金ではないのかもしれません。
理系を目指した(大学時代の学部を選んだ)きっかけは?
──刺激的な人たちがいる場を求めて。
物理や数学をもっと理解したいと思っていました。高校時代、物理や数学は苦手科目でしたが、できないからこそできる人が羨ましく、自分もできるようになりたいと思って理系に進んだのかもしれません。高校時代の友人で今でも仲良くしているTくんが僕の憧れでした。彼はバスケ部のエースで、勉強も高校でトップクラスの成績でした。部活もとても忙しそうなのに、彼はなぜそんなにも勉強ができるのだろうかと疑問でした。彼と話してわかったことは、彼は僕よりも何かを理解したり記憶したりするスピードが速い、ということです。彼と一緒にいれば自分が知らなかった世界がどんどん現れてくるのが面白くて、気づいたら放課後はずっと一緒にいました。進路を考える段になり、彼のような刺激的な人に囲まれて学生生活を送ったらきっと楽しいだろうな、と思い東工大に進学しました。
将来の夢は?
──地球のコアの構造を明らかにしたい。
月のコアと同じく、地球のコアの構造も実はまだまだ明らかではありません。私たちが立っている地面の下に何が埋まっているかですらあまり分かっていないのです。現在の地球がどんな物質で構成されているのかを明らかにすることができれば、そんな地球が長い宇宙の歴史の中でどのようにして形成されてきたのかを解明することにも繋がるはずです。とてもロマンのある話ですよね。
地球のコアの物質を明らかにする上で重要な物性値は鉄合金のS波です。これまではこのコアの組成を議論するために、P波(縦波)という種類の地震の波を用いて研究がなされてきました。しかしながら、地震の波にはその伝播の様式の違いによって、P波に加えてS波(横波)というのもあります。よく地震の時に初期微動と呼ばれる揺れの小さな地震がP波で、その後にやってくる大きな揺れの主要動がS波です。観測の結果によると、地球のコアのS波はP波から予測されるよりもだいぶん遅いことが分かっています。高圧実験によって鉄合金のS波を測定したいところですが、このS波は、現状地球のコアに相当するような高い温度圧力条件下で技術的な難しさから測定することはできていません。僕はこのS波を人類で初めて測定する装置を開発してみたいです。研究を始めて、高圧でS波が測定できないことを知ってからこの夢を持つようになりました。
現在のラボに入った経緯・理由を教えてください。
──教授の人柄と教育方針が決め手に。
研究室は現在所属している太田研究室と、もう一つの研究室、どちらも研究自体が面白そうで、最後まで迷いました。決め手は、学部生の時に太田先生の授業を受けてそのレポートを提出したとき、赤字で丁寧なコメントが返ってきたことです。学生の人数は数十人もいるのに、一人一人に丁寧にレポートの添削をしてくださる先生はきっと面倒見もいいのだろうと思い、太田研究室に進むことにしました。入ってからもその印象は変わることなく、研究のさまざまな局面でサポートしてくださいます。研究室を選ぶときは研究内容が面白そうということももちろん重要だとは思いますが、それ以上に教授がどんな教育方針を持っているのか、自分のキャリア設計に合致しているかどうかが重要だと思います。太田先生は「学生が研究を続けるにしてもそうでないにしても、研究活動を通して社会に出てから必要な力をつけること」が教育方針なのではないかと推察しています。プレゼン資料を自分で作って発表をしたり、必要な装置を自分で開発したり、予算を使って行った実験を論文にまとめて社会に還元したりと、自分の頭で考えて意思決定する機会を与えてくれます。できればアカデミアで生きていきたいと考えている僕には、太田先生の教育方針はとても合致していると思います。
大学院生活について具体的に教えてください。ある日1日のタイムスケジュールなど。
──0時ぐらいまで実験に没頭していることも。
朝9時くらいに起きて、10時に大学につき、18時で帰って家で過ごすこともあれば、0時くらいまで実験していることもあります。大学にいる間は実験をしたり、論文を書いたり、スライドを作ったりとやることはたくさんあるのですが、比較的ゆったりと過ごしています。太田研究室の学生はよく大型放射光施設のSPring-8(※)で実験をします。この施設ではとても高輝度なX線を使った実験をすることができます。SPring-8の素晴らしい設備で実験できる機会はとても貴重なので、念入りに準備をしていると帰宅が遅い時間になってしまうことが多々あります。
※SPring-8:兵庫県にある、理化学研究所放射光科学研究センター が運用する実験施設。放射光(赤外線、可視光線、紫外線、X線、ガンマ線等)のうち主にX線を利用してさまざまな物質の分析が可能。日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプル の分析などが有名。
学部と大学院で生活が大きく変わったと思うことは?
──運動する習慣がなくなったこと(笑)。アウトリーチ活動を始めたことも大きな変化。
学部の頃は水泳部に所属していました。水泳部は週4で活動があったので、基本的に水泳部中心の生活でした。現在は水泳部を引退しているので、週に1回程度泳ぎに行くだけで、ほとんどを研究の時間に充てています。研究に没頭すること自体には全くストレスを感じませんが、健康のためにももう少し運動をしなくてはいけないな、と考えています。
水泳部で過ごす時間が減り、アウトリーチ活動を始めました。アウトリーチでは研究活動と関わりのあまりない一般の方々やこどもたちに自身の研究などの科学コンテンツをお伝えしています。研究者は貴重な税金を使わせてもらって研究をしています。研究成果としての論文の執筆以外にも、アウトリーチを通して社会に価値の還元をすることが大切だと考えています。
楽しいこと、また苦労していることは?(想像していたこととのギャップ等)
過去の自分にアドバイスするとしたら?
──楽しいことも苦労も同じで、自分で考えて研究を進めること。
楽しくもありまた苦労しているのは、研究室の方針として学生が自分で考えて研究を進めることを是としていることです。指導教員の先生は議論を持ちかけるとちゃんと時間をとってくれますが、どんな研究をしてどのような論文を書くかは、学生の主体性に任されています。自分で疑問を探し、実験を通してそれを解決する能力を学べていることはとても楽しい一方で、研究の進捗が進まなければ自分の責任となるのはプレッシャーでもあります。
研究の進め方が学生の主体性に大きく任されている一方で、ボスの太田先生は時々本当にさりげなくアドバイスをくれることがあります。太田先生は優しいので「その実験はこうしたらいいよ。」と言いつつも、僕が「こうしようと思っています。」というとそちらを優先させてくれます。ただ、太田先生のアドバイスは経験に基づいた最短ルートであることが多いです。我流で実験を進めて結局遠回りになったことが何度もあります。振り返ればいい経験ですが、もっとちゃんと太田先生のアドバイスに耳を傾けて、と過去の自分にアドバイスをしたいです。
大学院受験のためにやった取り組みとは?
──僕の場合、早めに対策を始めて正解だった。
大学院受験は8月にあり、僕は3月から勉強を始めました。僕の代は同期の人数が多く、外部の受験者も合わせて倍率が2倍になると言われていました。例年は内部生では落ちる人がいないくらい楽に受かるはずだったので、不運な年だなと思いました。7月から勉強を始めても合格できる例年と比べれば、3月から勉強を始めたのはだいぶ早いです。博士進学を考えている人は、学振のために研究をする方がベターかもしれません。勉強を始めた当初は、とりあえず10年前くらいの問題を解いてみましたが全くわかりませんでした。わからなかった問題について論文や書籍を使って自分なりに解説書を作り、それを過去10年分の過去問に対して行いました。最終的に解説書はA3サイズのノート5冊分になりました。
学業以外の活動(バイト・サークル・趣味など)をしていますか?
──気分転換はやっぱり、水泳。
研究以外で最も時間を使っているのは、水泳部の練習に参加させてもらうことです。水泳部は競泳だけでなく、水球もやっています。後輩たちに相手をしてもらうために練習に顔を出すことが多いです。現役時代は水球の試合で作戦を考える役でした。今の現役の皆さんが「どんな作戦がいいかな」と頭をひねって頑張って考えている様子を見ると、懐かしさと共に応援したい気持ちになります。水球だけではなく、競泳の練習もします。現役時代は大して競泳の記録は良くなかったので、現役時代の自分の記録を塗り替えることを目標に練習しています。次の大会では50mの自由形と100mの個人メドレーに出場する予定です。
尊敬する科学者はいますか?また、その理由は?
──「論文、うんこ説」と「限界は、目で見て確かめろ」を授けてくれた二人の恩師
僕の研究生活に大きな影響を与えているのは、東京大学の廣瀬敬教授と指導教員の太田健二准教授です。廣瀬先生は太田先生の師匠に当たる人で、僕もよく一緒に研究の議論をすることがあります。彼は基盤Sを百発百中で当てる猛者で、太田先生は修士のデータでNatureに載る論文を書く猛者です。どうしたらそんなに研究ができるようになるのかわからないです。わからないからこそ、彼らとたくさん議論をして少しでも多くのことを学びたいと思っています。
彼らからの貴重な教えを1つずつ紹介します。
一つ目は、廣瀬先生の「論文、うんこ説」です。人がうんこをしないと死んでしまうのと同じように、研究者は論文を書けない人から研究をやめていく、ということです。裏を返せば、研究をずっと続けていきたいのなら論文を書けよ、ということです。
二つ目は、太田先生のお言葉「限界は、目で見て確かめろ」です。僕はよく、「この実験をしたらこんな失敗をするのではないか。」「この実験はうまくいかないのではないか。」と起きてもいないことを心配して実験前にあたふたしています。そんな不安を太田先生に伝えると、「とりあえずやってみたら」と言われます。実際に現実に起きていないことまで考え始めると、それだけで頭がいっぱいになってしまいがちです。それよりも、実際に目の前で起きていることだけに集中した方が、何ごともうまくいくのかもしれません。
おすすめの研究グッズや愛用品、本などを教えてください。
──短時間でたくさんのコードを勉強できるChatGPTをうまく活用。
ChatGPTはおすすめです。データ解析やグラフの作成のためにPythonを勉強したいと思っていたのですが、プログラミングはやったことがなかったのでなんとなく敬遠していました。ChatGPTは指示したコードを書いてくれるので、「こんなコードでこんなことができるのか」と短時間でたくさんのコードを勉強できます。コードの実装だけではなく、統計的に妥当な解析をするためにどんな手段を取ればいいかなども聞いています。同じ研究室にIT企業に就職するPythonのプロフェッショナルがいるのですが、彼が書いた解析コードが理解できない時はChatGPTと一緒に勉強をしています。
これからの抱負を教えてください。
──将来自分のラボを持つために、新しい測定装置を開発したい。
今年は論文を3本書きます。1本目は先ほどの月のNi量に関する論文です。2本目はピコ秒超音波法とは別の手法で地球のコアの組成についての洞察を与えるデータを取得したので、それを論文化したいです。3本目は新しい加熱手法に関する論文です。どんな試料についても均質な高温加熱を目指します。
博士を卒業するまでに3つの装置開発をしたいと考えています。将来自分のラボを持つためには、新しい測定装置の開発をすることが重要です。自分で装置を開発すれば、他の研究室に真似できない独創的なサイエンスができます。開発の1つ目は今年中の論文化を目指す新しい加熱手法です。2つ目は夢としても挙げたS波の測定装置です。3つ目は実はまだ模索中です。学会やシンポジウムに参加したり、先行研究を読んだりする中で見つけていけたらと思っています。
大学生へのメッセージがあればお願いします。
──心残りが…。だから、今しかできないことをしてほしい。
大学の部活の最後の水球の試合に出場しなかったことを後悔しています。当時はちょうど大学院入試の勉強の真っ只中でした。合格するためにすべての時間を勉強に費やしたいと思い、最後の試合を残して引退することを決断しました。しかし、今から考えれば最後の試合に出ておけばよかったなと思います。最後の試合の相手は、僕らの代がずっと勝つことを目標にしていた大学でした。先輩たちの代では接戦の末僅差で負けてしまった因縁の相手でした。その時にしかできない貴重な体験をあきらめてしまった事を今でも時々思い出します。大学生の皆さん、時間は限られているので、好きなことを目一杯楽しんでください!
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リケラボ編集部より
以上長屋さんの大学院ライフをお伺いしました。水泳部で活躍しながら院進学、修士ですでに装置を開発、博士過程中にあと3つ開発し、自分にしかできない研究をしたいと意気込む長屋さんは、アカデミア研究者への道を驀進中ですね!アウトリーチ活動を含め、研究を心から楽しんでいるのが印象的です。ぜひ、夢に向かってこれからも頑張ってください!