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遠距離恋愛の救世主!?4代6年かけて進化を続けてきた「抱き枕ロボ」の研究、いよいよ次の飛躍をめざすステップへ
~金沢工業大学工学部 情報工学科 坂下水彩さん~
2024年9月18日から20日まで開催された「Japan Robot Week2024」、このロボット専門の展示会で人目を引いたのが、意外にも可愛らしいぬいぐるみでした。もちろん単なるぬいぐるみではなく、名付けて『抱き枕ロボ』。遠距離恋愛を支援するシステムが内蔵されています。
金沢工業大学中沢実研究室で開発されたロボットの研究は、2018年にスタートしました。当時まさに遠距離恋愛中だった学生が、自らの悩みを解消するために取り組んだ研究。その成果が後輩たちに受け継がれて改良を重ね、展示会での出展に至ったのです。遠くにいる相手と電話で話すだけでなく、もっと身近に存在を感じたい。そのためにはどうすればよいか。そんなテーマで始まった研究は6年をかけて精緻化されていき、現在同大学工学部情報工学科4年生の坂下水彩さんによって製品化をめざすステージにまで到達しています。
遠距離恋愛の悩みを解消したい
── 抱き枕ロボの研究が始まった、そもそものキッカケは何だったのでしょうか。
坂下:まだ私が大学に入る前の話になります。2018年に中沢研究室に在籍していた先輩、間山美和さんが、卒業研究のテーマとして遠距離恋愛支援システムを選んだと聞いています。間山先輩自身が、栃木県出身で遠距離恋愛に悩んでいたそうです。私自身は先輩と直接お話をしてはいないのですが、研究室で初めて実物を見たときにめちゃくちゃ面白いと思いました。
── 支援システムにニーズがあるほど遠距離恋愛で悩む人は多いのですか。
坂下:ある調査(※1)によれば、25~34 歳の独身男女の2-3人に1人は、遠距離恋愛を経験しているそうです。彼らに共通する悩みがコミュニケーション頻度の低下です。相手が遠くにいるのだから、簡単に会って話したりはできません。たしかに好きな人を身近に感じられないのはつらいと思います。私の身内にも遠距離恋愛をしている人がいて、会えない寂しさをいつもぼやいていました。もちろんLINEやメールで連絡は取れるし、電話をかければ話もできます。けれども、そのようなコミュニケーションだけでは満たされないのです。そんな悩みの解消は格好の研究テーマとなるから、間山先輩の後も研究室の先輩たちによって引き継がれてきました。
※1:結婚相手紹介サービス楽天オーネット「独身男女の「遠距離恋愛」に関する意識調査」
(2024年9月18日リリース)https://onet.co.jp/company/release/2024/pdf/20240918.pdf
── 抱き枕ロボの研究は坂下さんで4代目になるそうですね。
坂下:間山先輩を引き継いだのが栁澤先輩、そして安達先輩を経て私が4代目となります。この間「どうすれば、相手をより身近に感じられるのか」をテーマに少しずつ進化を続けてきました。間山先輩が最初に考えたのが心拍と体温です。抱いている枕から心拍と体温を感じられれば、相手にハグしてもらっている気分になれるのではないか……。これが発想の原点です。逆にいえば、離れている相手とできないのが、こうした非言語コミュニケーションであり、それを解消したいと考えたのです。
間山さんを紹介する金沢工業大学の公式動画サイト
https://kitnet.jp/monogatari/play/837_mayama.html
改良され続けてきた抱き心地
── 心拍数と体温をどのように再現したのでしょう。
坂下:最初に間山先輩が開発したのは「HALOP」と呼ばれる、相手の生体情報を抱き枕で再現して安心感を得る遠距離恋愛支援システムです。遠方にいる相手が、心拍数を計上できるフィットネスバンド「Fitbit AltaHR™」を使って自分の心拍情報を記録し、そのデータを送信する。送られてきたデータを受け手が、抱き枕に内装したスマートフォンで取得する。この心拍データに基づき、スマホアプリで心拍音を作成します。さらに抱き枕の中に電気ヒーターを入れておき、人肌程度にぬいぐるみを温める。だから抱きしめると温かみと同時に相手の心拍も感じられて、つながり感を得られるのです。

タップして拡大
「遠距離恋愛支援システム 心拍と体温でつながる抱き枕」イメージ図
※https://www.kanazawa-it.ac.jp/kitnews/2020/0110_HALOP.html より
── 初代モデルからどのように改良を重ねていったのですか。
坂下:改良のテーマは、常に「よりリアルに」でした。たとえば心拍数について初代モデルでは、相手の心拍情報を使って心拍数を再生しているとはいえ、秒刻みで正確に再現しているわけではありません。これをできる限りリアルタイムに再生したい。また温もりについても、当初は内蔵した電気ヒーターについている3段階の温度設定のうち「高」に固定していました。これにより、ちょうど36度ぐらいと人間の体温に近い温度となるからです。これも相手の状況に応じて温度を細かく調整できれば、よりリアルに温もりを感じられるようになるはずです。
── とはいえ抱き枕にリアリティを持たせるのは、難易度が高そうです。
坂下:安達先輩たちが手掛けた改良の中でも、すごいなと思ったのが抱きしめる動作の再現です。抱き枕とはいえ一方的に抱きしめるのではなく、こちらが抱きしめたら抱きしめ返してほしいじゃないですか。けれども使っているのはぬいぐるみですから、動いたりしません。これでどうすれば抱きしめる動作を実現できるのか。仮に腕の部分にロボットアームのようなものを埋め込めば動かせはするでしょう。けれどもそれではゴツゴツとしているから、人に抱きしめられているような感覚には到底なりません。
── だから腕の部分にバネと糸を仕込んだのですね。
坂下:しかもリアルタイム性も追究しています。送信側、つまり遠方にいる相手が抱き枕を抱きしめると、内部に仕込まれた曲げセンサが検知して、そのデータを送信します。データを受け取って、受信側の抱き枕が抱きしめる動作を再現するのです。だからZoomなどで相手の様子を見ながら話をして、お互いが抱き枕を持って抱きしめれば、その動きがダイレクトに相手につながります。視覚を通して得られる知覚と触覚によって伝わる感覚が一致するのです。実際には遠く離れたところにいる相手なのに、ギュッと抱きしめられた感覚を得られる。これまでにないコミュニケーションが生まれると思います。
細部へのこだわりがリアリティにつながる
── 4代目としては、どのような改良を加えたのでしょうか。
坂下:私のテーマは大きく次の2点でした。1つはハグ動作の改良、もう1つは顔認証システムの開発です。まずハグ動作については、遠くにいる相手の抱きしめ方を、より正確に再現したい。そのためにぬいぐるみの中に風船を仕込んで、気圧の変化をセンサで感知します。そのデータを軽量かつ効率的なメッセージとして送信するために、通信プロトコルを活用しています。このシステムにより、反応がよりリアルになりました。たとえばモニター越しに見えている相手が、抱き枕をぎゅっと抱きしめると、その感覚がすぐに伝わってくるのです。たとえるなら目の前にいる彼氏に、抱きしめられるような感覚を再現できます。
── もう1つの顔認証システムとはどのようなものですか。
坂下:Zoomなどを使っている場合は、相手が見えているから問題はありません。けれども、相手が見えない状態で使っているときに問題となるのが、遠方で抱き枕を持っている相手の確認です。もちろん基本は、自分にとって大切な相手が持っているのが大前提です。とはいえ必ずしもそうならないケースも想定されます。たとえば相手の友だちがちょっとしたイタズラ心を起こしたり、あるいは盗難される場合もありうるでしょう。そんなときでも、抱き枕を通じてつながっている相手を確認できれば安心です。
── 認証にはスマホのカメラを使うのですね。
坂下:まず顔を正面や横向き、上下に動かしたりしながら10枚ほど撮像します。この画像データをシステムに登録しておくのです。そのうえで実際に抱き枕を手に取ったときに、まず内蔵されているスマホで自分の顔を撮影します。そのデータを送ると、システム上に登録されているデータと照合して確認されます。このシステムにより、つながっている相手を見えなくても確認できます。ただ一定以上の解像度のある画像データを送受信するためデータ量が大きくなりがちで、その通信方法などを工夫しているところです。
── 抱き心地がよりリアルになるほど、つながっている相手を確認したくなる気持ちはよくわかります。
坂下:画像認識には「CiRA CORE(シラコア) 」と呼ばれる、タイの企業が開発したプラットフォームを使っています。これは中沢研究室ではよく使われているので、使い方などのノウハウが蓄積されているので使い勝手がよいのです。
ロボット展への出展で広がった可能性
── 「Japan Robot Week2024」では多くの人から注目を集めたそうですね。
坂下:とてもありがたいことに、いろいろな方が見に来てくださって、多くの感想や、改良点などのアドバイスもいただきました。お話をしている中で、製品化できるかな、などと夢が膨らんでもいます。もともとの機能のユニークさもですが、持っている相手を認証できる点に興味を持ってもらえるケースが多くありました。
── 相手を確かめられれば、恋愛以外にも用途が広がると思います。
坂下:そのとおりで、極端なアイデアですがコンサートでも使えるのではないかと考えています。たとえば目の前のステージに居るスターが、この抱き枕を持って歌う。すると会場にいるファンはもちろん、動画配信をみている人も抱き枕を持っていれば、スターの心拍や温もり、そしてぎゅっと抱きしめてくれる感じを共有できます。もちろん遠方にいる相手を恋人に限る必要もなく、孫と祖父母のコミュニケーションツールなどとしても活用できます。
── 用途の広がりを考えると、たしかに製品化を考える企業も出てきそうです。
坂下:そのためにも、もっと精度を高めたいと考えています。たとえば肌触りをもっと人に近づけたいし、動きの精緻さも突き詰めたい。またサイズもいろいろ揃えたほうが、多様なニーズに応えられるようになります。私に至るまでに研究を進めてくれた先輩たちの気持ちに応えるためにも、もっともっとブラッシュアップしていきたいと思っています。
リケラボ編集部撮影
<中沢先生のコメント>
学生たちには研究テーマを自由に選んでもらう、これが私のモットーです。だから過去には脳波で車椅子を動かす研究や、2階から下にいる人に確実に目薬を差す「自動目薬差しロボ」の研究などに取り組んだ学生もいました。抱き枕については、すでに6年を経過している今でも少しずつ改良を重ねています。恋愛コミュニケーションに関わるテーマだけに男女を問わず、研究室に新しく入ってくる学生たちの興味を引くようです。来期も研究を引き継いでくれそうな学生がいるし、坂下さんも大学院の修士課程に進むので今後のさらなる進化を期待しています。
坂下 水彩(さかした みさ)
金沢工業大学工学部情報工学科4年生
(※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。)
中沢研究室HP:https://kitnet.jp/laboratories/labo0067/index.html
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