リケラボは研究者、研究開発・技術職など理系の知識を生かしてはたらきたい人を応援する情報サイトです。
金属錯体を駆使して創造された新しい材料、超原子Al13。ナノ世界のクリエイター、神戸徹也教授の新物質創造法
レアアース代替材料や半導体向け材料など、応用を視野に入れた新規物質を続々と合成
この世界を構成している元素が、いくつあるかご存知でしょうか。周期表に記されている元素の種類は118です。ところが、既存の元素に当てはまらず、まるで新しい元素のように振る舞うものがあります。これが超原子、つまり原子を「超えた」原子のような存在であり、筑波大学数理物質系化学域の神戸徹也教授の研究テーマのひとつです。
超原子そのものは1980年代に提唱されていました。ただ、それを実用可能な手法で合成することに、世界で初めての手法で成功したのが神戸教授が所属していたグループです。新しい材料を創り出したい――そんな強い思いに駆られて、相次いで新たなテーマに取り組んできた研究成果は、超原子のほかにもナノレベルでの革新的材料の開発につながっています。
自然界では未発見の物質・超原子
── そもそも超原子とは、一体どのようなモノなのでしょうか。
神戸:ひとことで表すなら、複数の原子を立体的に組み上げた構造体であり、最もよく知られているのがAl13です。これはアルミニウム原子13個が結合した集合体であり、このようなものをクラスターと呼びます。これが超原子と名付けられた理由は、アルミニウム原子だけの集合体であるにも関わらず、アルミニウムではない元素のような特性を備えているからです。アルミニウム原子の集合体は通常なら、原子が規則正しく並んだ結晶構造となり、その化学的性質はアルミ金属そのものです。これに対して超原子Al13は、通常のアルミニウムとはまったく異なる性質を示します。
── アルミニウム原子だけの集合体なのに、アルミニウムとは異なる性質を発揮するのですか。
神戸:アルミニウムは周期表では第13族の元素です。ところがAl13は、周期表の第17族に属するフッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)などのいわゆるハロゲンと似た特性を示すのです。このような不思議な現象がなぜ起こるのか。その理由はAl13の構造に求められます。超原子Al13では13個のアルミニウム原子が、正二十面体構造となっています。中心にアルミニウム原子が1つあり、そのまわりに12個の原子が極めて精緻な立体構造として組み上げられているのです。ただし集められている原子の数が13であるのが、決定的に重要なポイントで、これが12個だったり14個などでは超原子とはなりません。
新たな作成法が開く材料としての可能性
── 超原子Al13は、自然界には存在しないのですか?
神戸:絶対にないとはいいきれませんが、少なくともこれまでに発見された事例はありません。実験で初めて観測されたのは、真空中を飛んでいる微小な原子の集団としてでした。その実験では、アルミニウムを原子レベルに分離・蒸発させ、真空中で原子を集めて数個から数十個ぐらいのクラスターを形成していました。できたクラスターを分析した中に、微量のAl13が見つかったのです。だから特定の条件のもとで、Al13がつくられる可能性があるのはわかったものの、それを意図したとおりに合成する方法はありませんでした。
── その作成方法を発見したのですね。
神戸:ただし、決して簡単な作業ではありませんでした。それまでの超原子は、真空中、つまりアルミニウム以外の元素が一切ない状態の中で作られたものです。これを意図的に、しかも将来の実用化を考えれば、ある程度まとまって作成したい。そのためにはアルミニウム溶液を使って液相中で作る方法が一つの選択肢となります。では、アルミニウム原子をきっちり13個集めて、しかも正確に正二十面体の構造にするにはどうすればよいのか。
試してみたのが、当時の研究室(山元・今岡研究室)で利用されていたデンドリマーと呼ばれる樹状構造の高分子を活用する方法です。デンドリマーとは、例えるならナノサイズ(100万分の1ミリ)の超精密な鋳型のようなものです。これで溶液中のアルミニウムイオン(金属錯体)を捕まえて還元し、特定の形で安定化させます。このように液相中で合成できれば、超原子をある程度まとめて作成できるようになります。
とはいえ、デンドリマーを使ったAl13の作成法は簡単ではなく、何度も実験を繰り返して様々な要素を調整しながら進めてようやく完成できました。最終的に再現性のある手順書までまとめて、2017年に論文発表したところ『 Nature COMMUNICATIONS 』誌に掲載されました(※)。
※デンドリマーを活用してつくられるAl13
「Solution-phase synthesis of Al13- using a dendrimer template」
タップして拡大
── 量産できれば、材料としての可能性が広がりそうです。
神戸:Al13には、ハロゲン系の材料として活用できる可能性があります。また超原子を作成可能な元素はアルミニウムだけに限られるわけではなく、たとえばガリウムを使ったGa13やビスマスによるクラスター、さらにはガリウムとビスマスによる合金クラスターなどの合成にも成功しています。その先に考えていることは、世の中に存在している物質の磁性よりも、はるかに強力な磁性を備えた材料の開発などであり、超原子を活用したレアアース系の材料開発も視野に入っています。
未開拓分野での新材料開発
── ほかにもグラフェン、つまり1原子層の厚さの炭素原子からなるシート状の物質と、類似した構造のものを別の元素で開発されたと聞いています。
神戸:炭素ではなくホウ素(B)原子で同じように1原子層のシートをつくりました。ホウ素のみで合成される単原子層物質は「ボロフェン」と呼ばれるもので、物理的に高い強度を持つにもかかわらず、柔軟性も兼ね備えた材料となる可能性を秘めています。ただし、ボロフェンは真空状態の中で金属の表面にしか安定的に存在できないため、実用化は難しいと考えられていました。
実は最初からボロフェンをつくろうとしていたのではなく、当初はホウ素を使ってAl13のような金属クラスターの合成に取り組んでいました。ところがあるとき、ホウ素系の還元剤を使った実験中に、なぜか特殊な発光を確認したのです。一体何が起こったのかといろいろ調べてみたところ、ホウ素と酸素からなる単原子層とカリウムカチオン(カリウムの陽イオン)からなる層とが、交互に積層する構造ができていました。なぜ光ったのかは解明できませんでしたが、ともかくホウ素の単原子層シート・ボロフェンができていたのは事実です。この方法を使えば、ボロフェンに類似したホウ素二次元材料の大量合成も可能です。
── まとまった量をつくれるのなら、材料としての単層ホウ素にはどのような可能性を期待できるのでしょうか。
神戸:同じく単層のグラフェンには、エネルギー損失を極力抑えて電気を流す性質がありますが、金属のような特性もあるため半導体などへの応用には不向きです。ところがこの単層ホウ素ならグラフェンとは違って金属化しないので、革新的な新材料となる可能性があります。たとえば半導体向けの新たな材料として大いに期待できます。
もう一点、ボロフェンを積層すると、液晶となる特性も見つけました。完全無機物から構成される溶媒なしの液晶は、初めての発見です。炭素を使っていない液晶なので、熱的に安定していて炭素材料のように燃える心配もありません。そのため超広範囲の温度域で使える駆動液晶デバイスへの応用や、高い比誘電率を活用した蓄電高誘電体物質への応用などが期待されます。製法に関する特許はすでに取得済みで、これから産学連携を進めていく予定です。
大切にしてきた「斜めに考える」視点
── Al13をはじめとする超原子やボロフェンなどの革新的なモノづくりを成功させていますが、なにか秘訣があるのでしょうか。
神戸:いちばんの理由は、まわりに優秀な人たちがいてくれたからです。たとえば無機液晶の発見は、融点を調べようとしていたときでした。融点測定に協力してくれていたのが液晶専門の研究室ですから、偏光板を使ってきっちりと見てくれていました。だから配向しているのがわかり、液晶になっていると気づけたのです。高い比誘電率についても、担当してくれていたのが電気化学的な測定の専門家でしたから、静電容量がやたら高いのに気づいてくれました。つまり研究とは一人で完遂できるものではなく、どれだけまわりの人に協力してもらえるかが、成功のための第一の条件だと思います。
もう一点、自分のこれまでを振り返ってみると、実験結果について簡単に結論を出さなかったのがよかったと思います。実験とは、まず仮説を立てて、それを検証するために行い、結果について判断して何らかの結論を出すものです。ただし、実験が思ったとおりにうまくいくケースは、ごく稀で基本的にうまくいきません。そこでうまく行かなかったときが大切で、2つの方向性で考える必要があると思います。
── 失敗した理由を2つの方向から考えるのですか。
神戸:まず、なぜうまくいかなかったのかと考えます。すなわち仮説の延長線上の考察ですが、ここまでは誰もがやると思います。それに加えてもう一点、私が大切にしているのは、実験で起きた現象について、まったく別の視点から考えてみることです。何か想像もしていなかった事象が、発生したのではないかと考えてみるのです。これを「斜めから見る」視点と自分では呼んでいますが、ともかく多角的に考える姿勢を意識すべきだと思います。その意味でも実験するときはできるだけ、自分の専門以外の領域の研究者たちと一緒に行うのがよいと思います。
自分自身を振り返れば、これまでに何度も研究室を移ってきた経験が、役立っている可能性を強く感じます。大学4年生のときの研究室は有機ヘテロ元素化学、大学院では錯体化学と高分子合成、助教時代には金属クラスターや錯体化学、それから錯体高分子や二次元デバイスを経て、准教授のときに取り組んだのが単原子層構造制御です。いずれも基本は金属元素の特性を活かした精密な無機合成ですが、これほど頻繁に研究テーマを変えるのは珍しいキャリアかもしれません。この間にさまざまな先生から教えを受けたのが自分にとっては得難い財産となっています。一方で自分自身としては、いつも新しい材料を創り出したいという思いがあったのも確かなところです。
── 次につくりたい材料があれば教えてください。
神戸:ボロフェンの研究の延長線上として、新たな二次元材料つまり単原子層の物質をつくりたいと思います。またホウ素二次元材料を使った液晶化については産業化を視野に入れていて、実用化できればと考えています。超原子やボロフェンなどで開発してきた合成法を応用して、多種多様な新物質をつくりだしたいとも考えています。
教科書に載るような研究を突き詰めたい~研究職を目指す若者へのメッセージ~
── モノづくりに関わる研究職とは、どのような職業なのでしょう。
神戸:基本的には、これまでにないような原理や現象を突き詰めて、新たな物質を創り出す仕事です。ひとくちに研究職といっても、さまざまな分野に分かれていますが、自分自身では基礎的な研究にこだわっていきたい。その結果として新しい原理、教科書に載るようなものを発見できれば何よりうれしく思います。そのために大切なのが、自分で研究テーマを見つけようとする姿勢です。これまで誰も取り組んでいなかったテーマを発見できるかどうか、これが研究のスタートだと考えています。
── そのようなテーマが博士論文には求められますね。
神戸:修士から博士にかけての5年間は、まさにそんなオリジナルなテーマ探しから始まります。指導教員との協力が必要ですが、まずこれまでの研究成果に目を通す必要があり、そこから独自のテーマを見つけて、課題設定から解決法などを戦略的に考えていく。大学院を修了すれば身を以て理解できると思いますが、実は5年間ものまとまった時間を、自分の思ったように使いながら研究に専念できる機会は極めて貴重です。しかも、この期間内であれば、失敗しても許されるのです。この期間に得られるものは、研究者にとって非常に得難く貴重だと思います。
── 大学院生の内向き志向がいわれていますが、海外での体験についてはどう思いますか。
神戸:私自身がこれまで長期間での海外を経験していないため、余計にそう考えてしまうのですが、博士課程を修了するまでの間に行くのは、とても良いと思います。仮に海外でうまく行かなかったとしても、帰ってくる場所があると思えば、気持ちに余裕を持てるはずです。だから博士課程までの間に、ぜひ一度海外を体験しておくとよいと思います。
神戸 徹也(かんべ てつや)
筑波大学 数理物質系 化学域 教授
1986年、兵庫県生まれ。2009年、東京大学理学部化学科卒業、2014年、同大学院理学系研究科化学専攻 博士課程修了 博士(理学)。2014年、東京工業大学(現・東京科学大学)資源科学研究所(現・化学生命科学研究所)助教、2015年、JST ERATOチームリーダー(兼任)、2023年、大阪大学大学院工学研究科准教授を経て、2026年より現職。
※所属や肩書などはすべて掲載当時の情報です。
関連記事Recommend
-
なぜ日本人は胃がんになりやすい?ピロリ菌の発がん実行犯「CagA」の発がん分子メカニズムを解明
想定外のデータを捨てずに深堀り、新発見
-
廃棄物に混入する電池の検知から、がん発見まで。数学を武器に「みえないものをみる」 神戸大・木村建次郎教授の透視技術
-
【睡眠研究】人類に必要なのは冬眠…?冬に起きられない理由【動画で解説】
-
ネコの行動研究で博士号!美大出身編集者が社会人博士課程で学位と同時に得たものは?
-
家族との時間も研究も無理なく楽しむ。世界で初めて円石藻「ビゲロイ」の培養に成功し「サイエンス」の表紙を飾るまで(高知大学 海洋コア国際研究所 萩野恭子先生)
-
動くロボットを食べると、人は何を感じるか? ――可食ロボットとの相互作用を通じ、「生の根源」に迫る:電気通信大学仲田佳弘准教授
-
マウスからニワトリ、さらにターコイズキリフィッシュへ。生命の「時の設計図」解明のため、あえてモデル動物を変えていく荻沼チームリーダーの研究戦略
固定観念を覆すpH応答生物学の確立へ
-
昆虫たちのコミュニケーションを、脳の神経レベルで解析する。聴覚研究を通じて、脳の仕組みに迫る上川内教授
-
【ピタゴラスの雑学】“三平方の定理”は意外なところで生まれていた!現代にも活用?【動画で解説!偉人の証明】
-
【化学の基礎】元素周期表の意外な歴史を動画で解説!