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真核生物の誕生の起源とは!? 進化の謎を解く鍵となる、深海の微生物“アーキア”の培養に世界で初めて成功!

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生物の進化の謎を解き明かすというテーマは、いつの時代も興味が尽きないものです。私たち人間を含む真核生物の祖先がどのように生まれたのか、その鍵を握る微生物の研究が進んでいます。人間や植物、菌類といった、身体を構成する細胞の中に細胞核を有するものが真核生物ですが、最初の真核生物は単純な細胞構造を持つ原核生物の“アーキア”が、同じく原核生物であるバクテリア細胞を内部に取り込み、共生させることによって誕生したとされています。2015年、スウェーデンの研究グループがアスガルドアーキアと名付けたアーキアの一群が真核生物の祖先の候補だと発表し、話題になりました。ただ、これについてはゲノム情報のみの確認にとどまり、実態が解明された訳ではありませんでした。

2020年、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の井町寛之主任研究員が、このアスガルドアーキア群に属するアーキアの培養(MK-D1株と命名)に世界で初めて成功し、触手を伸ばすユニークなアーキアの姿に世界中の研究者が驚きました。そしてこのMK-D1株から、真核生物の誕生における新しい進化モデルを提唱するに至り、今後の研究の進展が期待されています。注目のアーキアの培養に成功した井町氏に、培養までの苦労や今後の展望についてお話を伺いました。

写真右が、海洋研究開発機構に所属する井町寛之さん。左は、共同で研究に携わった産業技術研究所所属の延優さん。

 

深海の泥の中に生息する、謎多きアーキアの存在

 
―井町さんは2006年にJAMSTECへ入られ、ずっと嫌気性微生物の研究に携わってこられたとお聞きしました。まずは微生物の一種であるアーキアと、それを取り巻く研究が世の中でどのような変遷をたどってきたのかについて教えていただけますか。

井町:アーキアは単純な細胞構造を持ち、細胞内にDNAが収まっている核を持たない原核生物です。バクテリアとアーキアは同じところで生きているもので、研究も自然と一緒にやるような形になりますが、ともにかなり多様性を持った微生物群です。あるアーキアがバクテリア細胞(ミトコンドリア)を取り込み、共生させることで最初の真核生物細胞が誕生したということは、これまでの研究でわかっていたことです。ただ、その真核生物の祖先となったアーキアがどれなのかということについては謎があり、アスガルドと名付けたアーキア群である可能性が高いとメタゲノム解析に基づいた結果から発表したのが、2015年のスウェーデンの研究グループでした。

 
―井町さんは2015年よりずっと前から微生物、アーキアの研究に携わっておられたそうですが。

井町:私はもともと土木工学出身で、生物学専門ではありません。土木は主に数学と物理を中心とした力学の世界ですが、上下水道も土木の範疇で、微生物を使った水処理の研究は重要な研究分野の一つです。私は修士の時点では生物の知識はほとんどありませんでしたが、嫌気性微生物を使った水処理システムに興味を持ち、博士課程でこの分野をテーマにしました。そこで生物学を学び始め、それが面白くなって今に至ります。博士課程の修了後は長岡技術科学大学の助教になりますが、微生物の中でもアーキアの研究を始めたのはその頃で、2000年初頭になります。

 
―生物学専攻ではなかったというのは意外です。当時のアーキア研究はどのような状況だったのでしょうか。

井町:アーキアは我々の身近な環境にも存在することが遺伝子解析からわかってきていました。また、深海の泥の中に素性のわからないアーキアが特にたくさんいることが当時からわかっていました。アスガルドアーキアの一部のグループ (=ロキアーキオータ) は当時Deep-Sea Archaeal Group (通称DSAG) などと呼ばれており、深海堆積物から取り出したDNAの調査で優占種の1つであることがわかっていました。なので、海底の微生物を調べている研究者の間では、このDSAGアーキアは生態学的に重要なアーキアであることは知られていました。ただ、この頃は技術的に生物の全ゲノムを簡単に解析して決定することができませんでしたので、存在は確認できてもこのアーキアが何をしているのかは全くわかっていませんでした。2015年になり、メタゲノム解析を用いて深海堆積物に生息するロキアーキオータと呼ばれる、未培養のアーキア群の全ゲノムを解読したのが例のスウェーデンの研究グループです。このロキアーキオータを含めむアーキア群(アスガルドアーキア群)が真核生物に近いものだと発表し、注目を集めたんです。

 
一部の研究者の間で知られていたアーキアが、このとき世界的に広く知れ渡ったということですね。

井町:それだけではなく、アーキアの捉えられ方も大きくここで変わりました。それまで我々研究者の間では生態学として重要なものだと考えていました。しかしゲノムを解析してみると、生態学だけではなく、生物の進化にもこのアーキアが重要だとわかったことで、多くの人の興味を引くことになりました。

 

2006年、深海から採取したアーキアの培養がスタート

 
―井町さんはこうした研究が進展する以前から、このアーキアの培養を手掛けておられたということですが。

井町:私はこれまで世の中で培養されていない微生物を培養することをテーマとしてきました。未培養の微生物の培養に挑み、成功することが何よりの喜びなんです。2006年には有人潜水調査船「しんかい6500」に乗り込み、南海トラフ水深2,533mのメタン湧出帯からロキアーキオータを始めとする、未培養の微生物を多数含んだ深海堆積物のサンプルを採取しました。このときのサンプルを今も培養し続けているんですが、当時は単純に培養が面白そうだとワクワクしていましたね。


▲深海での採取の様子

 
―サンプル採取からMK-D1株の発表まで、培養にはどんな苦労があったのでしょうか。

井町:培養には水処理システムでも使われている技術を活かしました。使ったのはシャーレではなく、下降流懸垂型スポンジ(Down-flow Hanging Sponge=DHS)リアクターです。水処理システムではスポンジを仕込んだDHSリアクターに上から排水を流すと、スポンジに住む微生物が水をきれいにします。このDHSリアクターの中に未培養の微生物がたくさんいるのはわかっていたので、培養が難しいとされる海底の微生物もこの仕組みを使えばラボの中で培養できるかもしれないと思いました。そこでこのリアクターの仕組みを使ってスポンジを微生物の住処とし、栄養分を含んだ人工海水とメタンガスを供給する培養方法を選択したんです。ただし、ラボと海底は環境が違うので、培養の選択圧がかかり、すべての微生物が生き残れるかという心配はありました。でも1年に一度スポンジの中にいる微生物のサンプルを取り遺伝子解析を行うのですが、検出される微生物の多くが、海底にいる微生物と遺伝子配列が同じだという結果であったことから、深海の微生物を陸上でも培養できることが次第にわかっていきました。

培養に使用された下降流懸垂型スポンジ(Down-flow Hanging Sponge=DHS)リアクター

 
―水処理研究で培ったことが活きたんですね。発表まで12年ほどかかったのはなぜでしょうか。

井町:大きな理由としては、このアーキアは増殖に非常に時間がかかり、大腸菌と比べても細胞の倍加速度や最大細胞密度など、数値が1000倍程度低い値なんです。大腸菌は4時間もすれば増えますが、MK-D1株は増殖するまでに3〜4ヶ月もかかります。また最大細胞密度が105細胞/mlしかありません。培養が進み、107細胞/mlを超えると培地が濁るので目で見てもわかりますが、MK-D1株はそれよりも密度が低いのでいつまでも培地が濁らず透明で、培養できているのかどうか目ではわかりません。だからすべてにおいて時間がかかりました。ただ、2011年には一度培養に成功しています。

 
―培養開始から5年後ですね。そのときは発表できなかったのですか?

井町:ショックなことに、何度か植え継ぐうちにいなくなってしまったんです。というのも、当時は適切な栄養源や培養条件が定まっておらず、定量PCRで増殖の追跡を行う手法も確立していませんでした。植え継ぐにしても早すぎるなど、時期の判断も良くなかったんでしょう。他にも数々ありますが、失敗を繰り返すうちに増殖にかかるだいたいの時間が見え、またアミノ酸を栄養源とすることもわかるなど、培養のための条件がわかってきて、確実に培養できるようになっていきました。

 

微生物学の理想の形はゲノムと培養、両方が揃っていること

―2015年にスウェーデンの研究グループから論文が発表されたときはどう思われたのですか?

井町:実はその論文が出る直前に国際学会で彼らの発表を聞いていたのですが、当時の私自身に真核生物についての知識が足りなかったため、彼らが何を言っているのか半分くらいしか理解できませんでした。自分が研究対象としていたアーキアのことが理解できないのは悔しかったので、そこから真核生物やその起源について勉強しました。彼らの論文によって、アスガルドアーキアが生物の進化の鍵を握るということで注目されたために、自分の論文の方向性にも迷いました。最終的には生態学を中心としたストーリーではなく、生物進化にフォーカスしたほうが興味を持つ人も多いことや、自分の研究の科学的価値も高まると考え、論文のストーリーについて方向転換しました。さらに、彼らの発表はゲノム解析だけで、培養を実現してはいませんでした。微生物学の理想の形はゲノムと培養、両方が揃っていることです。なので、自分の行っている培養を成功させることに大きな意味があると思いました。また、2016年からはゲノム解析のプロで嫌気性微生物の代謝に詳しい産総研の延 優研究員とタッグを組みましたが、これも研究を発展させる大きな力となりました。

 

触手状の突起発見がもたらした新しい進化説「E3モデル」

 
―このアーキアは触手状の突起を持つ、ユニークな姿が確認されていますね。

井町:この触手にはっきり気づいたのは、論文を発表する3ヶ月ほど前のことです。電子顕微鏡を見て、長い触手が出ていたときは本当にびっくりしました。

 
―これは過去の培養では見られなかったものなのですか?

井町:何か突起のようなものが出ている細胞もいるな、というのはそれまでの観察で感じていたんですが、このアーキアはそんなものは出さないと勝手に思いこんでいました。そのときまで発見できていなかったのは、やはり細胞密度が低いことため、大量に培養して細胞を集めて濃縮しないと電子顕微鏡で観察することは難しく観察の頻度を上げることができないことや、これまでにこのような長くて分岐する触手状の突起を出すアーキアは知られていなかったことが原因でした。この触手は増殖の終わり頃に出てきます。また、増殖が非常に遅いため、このアーキアがいつ増殖中で、いつ増殖が終わっているのかを正確に判断することが難しいことも長い間、触手を観察できなかった原因の1つです。それまでの観察ではまだ触手が出る前のものを見ていることが多かったんだと思います。さらにMK-D1株は細胞外にたくさんの小胞を出していることもわかりました。これらが発見できたことで、最初に論文で立てようとしていた仮説の内容も大きく変わりました。

 
―この培養成功でどのようなことがわかったのでしょうか。

井町:培養したことで基本的ですが重要な情報がいろいろとわかりました。それは、細胞の形、何を食べるのか、どのようにして生きているのかについてです。細胞の形は先ほど言ったとおりです。このMK-D1株は酸素があると死んでしまう嫌気性微生物で、いくつかの種類のアミノ酸やペプチドを栄養源として増殖します。またMK-D1株は1人では生きていけなくて、メタン生成菌や硫酸還元菌と一緒になって増殖する共生微生物であることも培養からわかりました。メタン生成菌や硫酸還元菌の役割は、MK-D1株がアミノ酸を分解する際に生成せる水素を除去してくれる他に、MK-D1株が自身で作ることができない必須アミノ酸やビタミン等を供給する役割があります。

さらに培養に成功したことでMK-D1株の完全長のゲノム配列を読み取ることができました。完全長のゲノムを決定することはメタゲノム解析ではできません。この完全長ゲノムを得たことよって、アスガルドアーキアが確かに真核生物に特有な遺伝子を多数もつということを確定させることができました。加えて、MK-D1株が培養されている原核生物の中で真核生物に最も近縁な生物であることもわかりました。さらに、RNA発現解析をおこなうことで、真核生物に特有な遺伝子群が、アーキアであるMK-D1細胞内で発現していることも確認しました。

以上の培養やゲノム解析の結果を基にして、新しい進化説、「E3モデル」を提唱するに至りました。約27億年前、地球上には酸素が増え始めます。無酸素環境でのみ生育可能な嫌気性微生物であるアーキアは、酸素を解毒するために長い突起や小胞を使って酸素を利用するバクテリアを取り込み、それがさまざまなやり取りを経てミトコンドリアとなり、最初の真核生物が生まれたというストーリーです。


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―今後のこの研究の目標や展望について教えてください。

井町:調べることはまだまだあります。例えば触手や小胞が何からできてるのか判明していませんし、どんな役割をしているのかも仮説の段階です。大きな目標は、アーキアから真核生物になった道筋をより明確にすることです。まずはミトコンドリアの祖先とどう融合したのかが進化の鍵なので、異種細胞同士による融合メカニズムの解明が重要です。また、真核生物に特有とされてきた遺伝子をMK-D1株はたくさん持っていますが、それらの遺伝子の役割は全く分かっていません。その中でも、特にアクチンに注目しています。アクチンは、真核生物においては筋肉の収縮や細胞構造の維持だけでなく、記憶にも関連しているといわれているものです。触手状の突起はアクチンからできているものではないかという予測もしていますが、アーキアの中でアクチンがどのような役割をしているのか知ることができたら、アクチンの祖先の性質を知ることができると思います。こうしたことがわかってくれば、将来的に健康や医療といった分野にこの研究がフィードバックできるかもしれません。

 
―この成果はゲノムと培養、両方が揃ったことが大きいと思いますが、培養の面では今後どのようなことを考えておられますか?

井町:MK-D1株以外にも、アスガルドアーキアはまだたくさんいます。それを培養して性質を知りたいですね。今回使用したDHSリアクターの中にはMK-D1株以外の他のアスガルドアーキアはたくさんいるので、分離できたらと思います。やり方はわかったので、次は12年もかからずにできると思います(笑)。

 

研究者を目指す人に向けて

 
―井町さんの経歴や培養の成功に至るまでの流れは非常に興味深いものでした。最後に、研究者を目指す人に向けてのメッセージをお願いします。

井町:私は最初から研究者を目指していた訳ではないので、研究者を目指している人に向けてこれが理想像だ、というのは明確には言えません。でも研究をする上では自分の研究テーマが好き過ぎるというか、視野が狭くなってしまうとよくないと思っています。周囲の優れた研究者を見ていると、客観的、つまり自分の研究の意味や全体の中での位置を俯瞰的に捉えることができている方が突き抜けた研究をされているように感じられるからです。

 
―井町さん自身はどのようにご自身のテーマに向き合っておられるのでしょうか。培養が好きだということですが、それは好き過ぎるということとは違うのですか?

井町:好きにもいろいろありますよね。少なくとも偏愛や溺愛ではありません (笑)。いろんな気持ちが混ざっているのでうまく表現するのが難しいですが、現実的には飯のタネでもあります。また、培養して目的の微生物がうまく育ってきたら単純に嬉しいし、かなり長い時間をかけて試行錯誤したのに上手くいかずに悔しい思いをしたり、面倒くさいなぁと思いながら培養の作業をすることもあります。

テーマについて心がけていることは、いろんなテーマに手を出しすぎないようにしていることです。これは自戒を込めて言いますが、研究所や大学にいると自由に研究できますし、いろんな方との共同研究をする機会があるので、いろんなテーマに手を出しがちです。そうすると結果として、1つ1つの研究もこぢんまりとしてしまうというのはよくあることだと思います。「やらない・手を出さない」ことも研究では重要だと思います。

私自身は、これからも培養を通じて微生物と向き合っていくことが使命だと考えています。世の中には科学的に重要と考えられている未培養の微生物がまだまだたくさんいます。私は大テーマとして「この世のすべての未培養微生物を分離・培養し、その詳細を明らかにする」ことを掲げています。現実的には私が生きているうちにすべての未培養微生物を培養することはかなり難しいと思っていますが、自分自身がブレないための大きな指針にもなっています。研究者を目指す方たちに私が伝えることがあるとすれば、まずは大きなテーマを掲げ、そのテーマの範囲内で短・中期的に成果でそうな課題に取り組みつつも、時間がかかる難しい課題にも挑んでいくことを大事にして欲しいですね。それがアカデミックの世界で生き抜いていくのに必要なことだと思います。

 
国立研究開発法人海洋研究開発機構 主任研究員
井町 寛之(いまち ひろゆき)

徳山工業高等専門学校を経て長岡技術科学大学で博士課程を修了。博士 (工学)。同大で環境・建設系の助教を3年間勤めた後、国立研究開発法人海洋研究開発機構へ。大学院時代から嫌気性微生物の研究に携わり、長年培った微生物培養のスキルで、このたびのアーキア培養にも成功した。中学時代は考古学を志望していたが、高校受験で希望校に入ることが叶わず高専に進学することに。高専と大学では土木工学を学ぶなど、現在の生物のテーマとは異なる分野への興味や知識を幅広く持つ。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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