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自宅が研究室! 粘菌と暮らす片岡ファミリーの世界へようこそ

自宅が研究室! 粘菌と暮らす片岡ファミリーの世界へようこそ

粘菌は「変形菌」ともよばれ、見た目を大きく変えながら生きる単細胞生物です。迷路を解く研究や知性のはじまりなどの研究でも使われ、一躍有名になりました。その粘菌のとりこになり幼い頃から自宅で研究を続けている兄弟がいます。大阪府高槻市に住む片岡連さん(高校2年生)と習さん(中学1年生)です。難しいとされる粘菌の飼育を試行錯誤の末に確立し、育てた粘菌をアーティストや研究者へ提供したり、珍しい粘菌を100年ぶりに発見したり、プロフェッショナルも感嘆するファミリーとして粘菌ファンの間で有名です。令和6年には、習さんが第19回筑波大学朝永振一郎記念「科学の芽」賞小学生部門で『変形菌の回避行動パターンから考えられること』で「科学の芽」賞を受賞するなどの結果も残してきました。

幼い頃から知的好奇心を存分に伸ばしてきた片岡ファミリーの科学との付き合い方とは? 彼らをサポートするうちにご自身も粘菌に魅了されたという父・祥三さんにも加わっていただき、粘菌との出会い、飼育方法、さらには興味を持続し楽しみ続けられる秘訣(ひけつ)を伺いました!
*学年は取材時(2025年4月)

子どもの「なんで?」にフットワーク軽く対応

― 片岡ファミリーのみなさんは、どうして粘菌の研究をするようになったのでしょうか。まずは粘菌との出会いをお聞かせください。

連さん:4歳くらいのころ、図書館で借りた水中生物の図鑑を見て「水の中にはこんな生き物がいるのか!」と驚きました。特にアメーバの動きに興味を持ち、クリスマスプレゼントに顕微鏡をお願いし、休みの日は何時間でも顕微鏡をのぞくほどはまっていたそうです。

現在高校2年生の片岡連さん
撮影:リケラボ編集部

6歳のころ、顕微鏡を見て手で描いたイラストをモチーフにしたシャツ。特徴をしっかり捉えている
撮影:リケラボ編集部

片岡(父):近所の貯水池で採った水を顕微鏡で見ていた連が「正体不明の生物がいる!」と。私も分かりませんから、岩国市ミクロ生物館(山口県)に連と泊まりがけで行きました。正体不明の生物はヒドラ*だと末友靖隆館長に同定していただき、微生物についていろいろと教えてもらいました。

*ヒドラ:刺胞動物の1種、クラゲやイソギンチャク、サンゴも刺胞動物の仲間

―4歳のお子さんの好奇心を大切に、大阪から岩国へ行かれたのですね。

片岡(父):その際館長から「ミクロ生物フェスティバル2015京都」を紹介してもらい足を運びました。そこで「粘菌」と書かれたコーナーの顕微鏡をのぞいた連は「これはアメーバや!」と断言。すると研究者の方が「君、すごいね。これはアメーバの仲間で粘菌っていうんだよ」と声を掛けてくださり、得意になった連は「こんなおっきいアメーバがいるんや!」と、すぐにとりこになりました。だから我が家では見た目のかわいらしい子実体ではなく、変形体から粘菌の世界へ入りました。

ハイキラボシカタホコリの変形体(左)とムラサキアミホコリの子実体(右)
変形体:アメーバ状の細胞で生活する栄養成長期。単細胞のまま、核だけを増やす
子実体:胞子を作る子実体形成期。環境が悪くなると子実体になる

画像提供:片岡祥三さん

連さん「自分で探して飼いたいと思いました」
片岡(父)「初めて粘菌に出会った連は粘菌探しに夢中に。日が暮れても『まだ帰らない』と泣く連をなだめて帰宅しました」

撮影:リケラボ編集部

連さん:今となったら笑い話ですが何の知識もなかったから、粘菌がいるはずのないところを一生懸命探していました。お父さんも未知の世界を一緒になって面白がってくれていました。

数カ月後、おじいちゃんと一緒に山へ行ってようやく粘菌と出会えました。図鑑で見たままの、黄色い大きな粘菌(変形体)が朽木に広がっていました(写真)。

初めて見つけた変形体
画像提供:片岡祥三さん

― 待ちに待った粘菌との生活が始まったのですね。飼うのは難しくないのでしょうか。

片岡(父):粘菌の飼育方法は知らないし、ネットに書いてあることも正しいか分からない、時間はたっぷりある。それなら好きなように飼育してみようと。

連さん:数少ない情報を参考に、ゆでたオートミールを餌にしてみました。初めは木の上に置いてみたのですが、食べ残しにカビが生え、粘菌の住環境が悪化するし掃除も大変で。そこで、飼育箱の壁にオートミールを貼り付けてみると粘菌が壁に登ってきました。「なんで餌のある場所が分かるのかな」と自然に疑問がわき、それからは思考、推測、実験の繰り返しです。箱に敷いたキッチンペーパーも初めは10枚くらい重ねていましたが、粘菌がペーパーの間に入り込んでしまうと分かり、現在の2枚重ねに落ち着きました。

― そんな試行錯誤があったのですね。専門家の力を借りずにここまで来られたのですか?

片岡(父):粘菌研究の第一人者である、川上新一先生*が和歌山県立自然博物館に着任されて、粘菌の世界が広がりました。研究会で出会い本にサインをもらいに行くと、粘菌観察会に誘っていただいて。

連さん:図鑑を監修された先生が観察会に誘ってくれて、とてもドキドキしました。連れて行ってもらった山には大量の蚊がいて、後にも先にもあれほど蚊に刺されたことはありません。全員顔がボコボコに腫れ上がってさすがに心が折れたけれど、今振り返るととても面白くて、忘れられないフィールドワークになりました。

*川上新一先生:和歌山県立自然博物館主査学芸員、専門は粘菌類の分類・系統・進化学。著書に「変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑」(山と溪谷社)など。

「粘菌ネイティブ」な習さんに
粘菌の飼育・お世話方法を教えてもらう

連さん8歳、習さん3歳
画像提供:片岡祥三さん

― 続いて、弟の習さんのお話をお聞かせください。

片岡(父):連と習は5歳差で、習が物心ついたときにはすでに家が粘菌であふれていました。習にとって、粘菌の採集やお世話は日常風景なんです。ガツガツした欲もなく、宝探しみたいな感覚でフィールドワークを楽しんでいます。だからでしょうか、ルリホコリという粘菌を和歌山で100年ぶりに見つけるなど、目の良さには驚きます。

各自が飼っている粘菌の様子は毎日必ず飼い主が観察するのが片岡家のルール。習さんは職人のようにていねい、かつ手際良く進めています
撮影:リケラボ編集部

― おっと!習さんが粘菌のお世話を始めました。飼育方法を見学させていただきます。

飼育が難しい「アカモジホコリ」、習さんはとても上手に育てます。
撮影:リケラボ編集部

粘菌の飼育方法

飼育に使用するのは、プラスチック製の食品保存容器(サイズ235×170×30)と2枚重ねのキッチンペーパーです。粘菌は腐った木や葉の陰に住んでいるため、暑さに弱く20℃前後が適しています。冬は容器を段ボールに入れて冷えすぎないように、夏はワインクーラーで20℃に保っています。

毎日のお世話

①まずは普段と変わらないか、においや外観など様子を観察します。

②キッチンペーパーの全体に着色が見られたら、あるいは穴があいたら交換します。プラスチック保存容器をティッシュで拭いて、キッチンペーパーを取り替え、霧吹きで湿らせます。アルコールは粘菌が死んでしまうので使用しません。

③古いキッチンペーパーの粘菌のまわりをハサミで切り取り、新しいキッチンペーパーの上にのせます。このとき、粘菌の進行方向を見極めて、進みやすい方向の空間を空けておきます(写真右の容器)。

撮影:リケラボ編集部

④餌(オートミール)を進行方向におきます。種類によって、そのままの粒状、すり鉢ですった粉状と分けます。

⑤数日後、移動して粘菌がいなくなった古いキッチンペーパーは捨てます。

習さん:アカモジホコリは他の粘菌に比べてきれい好きで飼育が難しい種類です。粒のオートミールは食いつきが悪く、砕けたものをよく食べていることに気づいて、粉にして与えるようになりました。明日にキッチンペーパーを変えようかなと思ったときは、今交換する。これがアカモジホコリの飼育のコツです。

撮影:リケラボ編集部

粘菌のように、少しずつ広がってゆく研究発表と普及活動

連さんが小学校3年生のときに研究をまとめたノート
撮影:リケラボ編集部

― 日常生活である粘菌のお世話が、学会発表にまで発展した経緯を教えてください。

連さん:日々の実験や考察をノートにまとめて、研究会や学会に参加するようになりました。発表することで研究に興味を持ってもらえるし、他の人の研究を知るのも面白いです。

片岡(父):好きな粘菌の研究を知ってもらいたい、という気持ちが強いですね。小さな子どもが、人前で自分の研究や考えを言語化するのはとても難しいと思います。苦手なことであっても、好きなことだからがんばれるのでしょう。

私は粘菌に興味をもってくれる人を増やそうと思い、粘菌を題材にした漫画や粘菌アクセサリーを製作し、ブース出展しています。粘菌の知名度は低く、研究者も少ない状況です。こんな不思議でかわいい謎だらけの生きものを知らないなんてもったいない。これは色んな分野への入口になる。粘菌の裾野を広げたいという家族3人の努力が実を結び、少しずつTV出演、書籍出版、観察会、講演会と活動が広がっていきました。

ブース出展のようす。粘菌をイメージしたアクセサリーも片岡さんの手作り。
画像提供:片岡祥三さん

― 皆さんの口ぶりから、研究に対する楽しさが伝わってきます。

片岡(父):自分で育て、自分の目で見て考えて、知りたいことを手探りで解明していく楽しさを大切にしたいと考えています。

連さん:粘菌はまだ解明されていないことがたくさんあるし、フィールドワークで見つけたものが、日本で初めての確認というケースもあります。けれども、すごい発見や研究が目的ではありません。ただ、知りたいから、楽しいから、やればやるほど疑問がわいてくるから。生活の一部のような感じです。

片岡(父):自分から動くから、面白い世界に繋がっていきました。「面白そう」と興味を持ったら、そこで終わらずにイベントに参加してみたり、講師の先生や面白そうな人に声をかけてみたりとさらに1歩踏み出してみてください。

習さんの研究「変形菌の回避行動パターンから考えられること」は令和6年度 第19回 筑波大学朝永振一郎記念「科学の芽」賞小学生部門で「科学の芽」賞を受賞。楽しい、知りたいという好奇心が受賞に結びついた
画像提供:片岡祥三さん

育てた粘菌を研究者やアーティストに提供

育てたアカモジホコリを渡すため、高田先生のアトリエを訪問
画像提供:片岡祥三さん

片岡ファミリーは研究者から粘菌の提供を求められることも少なくありません。そのうちの一人に、習さんが飼育するアカモジホコリにインスピレーションを受けるアーティストがいます。生物を素材に取り入れた“バイオアート”の制作をされている、大阪芸術大学 高田光治(たかだ みつじ)教授です。

「これほどきれいな赤色を保つ生物は、自然界には珍しい」と感動した高田先生は、習さんからアカモジホコリの提供を受け、粘菌そのままの姿を生かした作品を精力的に制作・展覧されています。

粘菌や木の葉を生かした高田先生の作品。粘菌は休眠している
画像提供:安藤鞠(てまりラボ)

《高田先生からのメッセージ》
自然界の素材を使い、粘菌や植物が繰り広げる、森の中でのコミュニケーションを表現した作品を作っています。習さんが育ててくれたアカモジホコリからのメッセージを尊重して、手を加えずできるだけそのまま使います。習さんの粘菌は私の世界を広げてくれました。

片岡ファミリーのこれから

― 連さんと習さんのお母さんは言語分野の研究をされていて、今は海外にいらっしゃるそうですね。それぞれが好きなことを目指してみんなで応援する家族の在り方がとてもすてきです。皆さんの今後のプランもぜひ教えてください。

習さん:変形体の記憶力を試す実験を始めました。粘菌が嫌いな餌(キウイなど)を一回置いて、その1週間後にまた同じ餌を置いたとき変形体がどのように対処するのかを調べています。

この春から中学に進学しました。将来の夢は粘菌か微生物の研究者ですが、粘菌の研究も好きなピアノもマイペースに楽しみます。

連さん:粘菌についてはフィールドワークを楽しみつつ、習のサポートを続けます。現在メインで行っている研究は、8年前に見つけた群体ヒドラです。実は琵琶湖だけに生息する固有種「パキコダイリ」と判明し、卵から孵化(ふか)させて8年飼育を続けています。自宅で飼育しているのは世界で片岡家だけだと思います。

ヒドラを用いて睡眠の研究をされている、東京大学の金谷啓之さん*にパキコダイリを提供しています。ヒドラは脳を持たないにもかかわらず、眠っていることが分かったのです。この研究結果より、金谷さんのグループは、動物が脳の進化よりも先に睡眠をメカニズムレベルで獲得していた可能性を世界で初めて提唱されました。非常に興味深い研究です。私も将来は大学で粘菌やヒドラの研究をしたいと考えています。

*金谷啓之(かなや ひろゆき)さん:東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学教室 博士課程4年。著書に『睡眠の起源』(講談社新書)。

画像提供:片岡祥三さん

片岡(父):研究者と粘菌を知らない人のパイプ役を意識しながら、レクチャーや観察会などを続けていこうと思います。小さい頃に連と習がお世話になったので、次世代のお子さんたちに恩送りですね。2年後に日本変形菌研究会が50周年を迎えるので、何か面白いイベントをできないか研究会の先生方とアイデアを温めています。

― 連さんと習さんをサポートする際に心がけてきたことは?

片岡(父):子どもの世界は子どものもの、親の人生とは違います。サポートはするけれど、大人がズカズカと立ち入らないようにしています。今は二人とも粘菌に熱中していますが、気が付いたら全く違うことをしている可能性もありますし、楽しいのが一番です。

― 片岡ファミリーのおかげで、私もすっかり粘菌のファンになりました。読者の皆さまもぜひ身近な「なぜ?」を見つけて、楽しむ時間を作ってみてくださいね!


プロフィール

片岡習(しゅう、弟)
2013年生まれ、職人肌の中学1年生。粘菌は物心がついた頃にはすでに身近な存在で、幼稚園の自由研究からテーマは粘菌。令和6年度第19回筑波大学朝永振一郎記念「科学の芽」賞小学生部門で「科学の芽」賞を受賞。粘菌を見つける目の鋭さはファミリーNo.1、ピアノやイラストも得意。好きな粘菌はキイロタマツノホコリ。

片岡連(れん、兄)
2008年生まれ、家族思いの高校2年生。幼稚園の頃、顕微鏡で見たアメーバから粘菌(変形体)に興味を持つ。琵琶湖固有種のヒドラであるパキコダイリの飼育・観察も8年続け、東京大学 金谷啓之さんにパキコダイリを提供。フィールドワークに必要な体力を養うためテニス部に所属。好きな粘菌はフンホコリ。

片岡祥三(父)
1972年生まれ、鳥取大学工学部卒業。朗読、トロンボーン演奏、音楽イベント企画、マンガや脚本の製作などマルチな才能を持つお父さん。研究者の妻と結婚するときに、家事・育児の担当を約束した。子どもと楽しめる趣味として粘菌やプランクトンの観察を始め、第9回国際変形菌類分類生態学会議 (ICSEM9) でポスター発表するまでにはまる。

所属・学年等は取材当時の情報です。

粘菌のレクチャーや観察会などの情報は、Instagram「マメホコリ工房」

リケラボ編集部

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