様々な研究(研究室)の紹介や就職・進学のヒントなど、理系大学生に役立つ情報をお届け。
世の中には理系の道で学び、社会に出て働き、活躍しているさまざまな人がいます。そして、今の仕事に就くまでの道のりやキャリアに対する考え方は人それぞれです。実際に現場で活躍する方たちのお話から、やりがいと誇りを持てる“働き方”についてヒントを見つけていきましょう。
今回伺ったのは、太陽ホールディングス株式会社の研究本部。ここで新事業創出に挑む福田斉二郎さん(新卒採用、工学博士、入社2年目)にお話を伺いました。太陽ホールディングスは、プリント配線板の表面を覆い、回路パターンを保護する緑色の絶縁膜、ソルダーレジストで世界トップシェアを誇ります。しかし福田さんは、博士としての研究能力を期待され、新規テーマの事業化検討のメンバーとして採用されました。行っているのは、ディスプレイなどに使われる透明ポリイミドフィルムの新規事業化です。
福田さんは、文部科学省の博士課程教育リーディング大学プログラムに採択された、博士課程一貫コースの卒業生です。産業界で活躍する博士の養成を目的としたユニークなプログラムの内容も合わせてお話を伺いました。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
太陽ホールディングス株式会社
パソコンやスマートフォンなど、あらゆるエレクトロニクス製品に利用される、プリント配線板。その絶縁膜として欠かせないソルダーレジストで世界トップシェアを誇る。そのほか、ホールディングスには医薬品や染料、顔料、化学薬品、食料やエネルギー、システムなど、幅広い事業分野がある。新事業創出にも積極的に取り組み、総合化学企業としての進化を続けている。
http://www.taiyo-hd.co.jp/
「新事業創出」というミッションに惹かれ入社を決意。透明ポリイミドの新規事業化に取り組む。
太陽ホールディングスはプリント基板に使うソルダーレジストで高いシェアを誇る会社です。修士時代の恩師が太陽ホールディングスの取締役と親交があり、そのご縁で新事業創出についてのお話を伺い、誘いを受けました。新規事業に取り組む会社はたくさんありますが、「新事業創出に力を貸してほしい。タネも自分で見つけてきてよい」という言葉は、博士課程で培った研究能力をフルに活かして働きたいと考えていた私にとって、とても魅力的でした。社員一人一人が自律していて互いに協力し合えるような風土であることも大きかったです。
2018年の入社とともに取り組んでいるのが、ブラスチックの中でもスーパープラスチックエンジニアリングといわれるものに分類される、透明ポリイミドの新規事業化です。ポリイミドは強度や耐熱性の高いプラスチックで、電気・電子部品のような工業用素材として何十年も昔から多くの化学メーカーが研究してきた材料です。ポリイミドフィルムはスマートフォンのディスプレイの中にも積層されていますし、特殊なところではJAXAの小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS(イカロス)」の超薄膜セイル(帆)にも使われており、宇宙空間のような過酷な環境にも耐えうる強さがあります。
従来のポリイミドは材料の特性上茶褐色の材料ですが、スマホディスプレイ用途には、硬くて透明なものが求められます。さらに近年は、曲げられるディスプレイや折りたたみスマートフォンのような、フレキシブルディスプレイを持つデバイスが登場し、透明かつ表面強度にすぐれるだけでなく繰り返し折り曲げられるフィルム状のものが求められるようになっています。このニーズをとらえ、無色透明ポリイミドを新しい事業として育てる方針が固まり、私の入社と同時に開発がスタートしました。
材料特性から加工までお客さまの求めるものをトータルで提供する姿勢
透明ポリイミドの研究開発は、課長を含む3名で始まりました。大学時代高分子や有機材料工学を学んでいた私は、材料設計や合成、評価、加工といったことを担当しつつ、時には顧客から直接ニーズをヒアリングするなど営業的なことまで幅広くこなしています。我々の主力製品であるレジストとは外観も製造方法も異なりますので、まったく新しいチャレンジとなりました。しかし、社内には新規事業の立ち上げ経験者や輸出入管理に詳しい方など、新しいことを始める際に必要なさまざまな知見を持つ人たちが多くいます。こうした方々のサポートがあるおかげで、新しいものづくりに安心して挑めています。
この透明ポリイミドは、単に従来品を透明にすれば良いというものではありません。精密部品の内部に使う場合は薄さや柔らかさが重視されますが、ディスプレイの表面素材として使うためには透明であり、なおかつ高耐熱で柔軟でありつつも、高弾性・高硬度が必要です。硬度と透明性を両立することはとても難しく、挑みがいがある開発テーマです。また、フィルム材料としてのスペックは競合の製品も最終的には似てくるのですが、加工まで対応しているところは意外とありません。そこで、我々は求められる材料特性を出すことはもちろん、お客さまがすぐに使えるよう加工して提供し、要望があればすぐ対応するようにしています。エンジニアリング以外の部分の工夫で差別化することも、ビジネスとして重要な戦略のひとつです。
仕事のやりがいは研究開発だけではなく、お客さまに近いところにいられること
日々の業務は開発から営業まで幅広く行っています。研究室でポリイミド作りに取り組みつつ、足を使って営業し、試作をしてはお客さまに提案を行います。研究員だからと言って、「研究だけに専念したい」という方には、企業での研究開発職はギャップを感じるかもしれません。テレビ会議などで密にコミュニケーションを取り、お客さまの課題解決に協力する姿勢を忘れないようにしています。現状では求められる基本特性は実験室レベルではほとんどできており、あとは細かい要望に合わせたり、製造レベルに落とし込んだりといったところが鍵になります。いくつかのお客さまとは話も進んでいて、早期に採用されることを目指して日々対応が続いています。
材料はお客さまに使ってもらってこそ意味があります。大学院で研究をしている頃から、「材料研究は使ってもらってこそ、自己満足は絶対に避けたい」という強い気持ちがありました。欲しいと思ってくれる方に製品を届けることがやりがいであり、企業に勤めた今は、お客さまと直接話しながら形にしていく楽しさがあります。大学の研究室にいるとけして味わえない感覚で、ものづくりの過程の喜びです。
新事業創出というのは会社の今後を賭けての投資ですので、新しいことにチャレンジできる楽しさの半面、責任は重大です。まだまだ会社の期待には応えられていないのではないかと、自問自答することもありますが、今はとにかく目の前の仕事に集中して、実績を早く出したいですね。社員同士のコミュニケーションもアクティブで、各人が責任感を持って行動しているし、困ったときはサポートもしてくれます。そういう中で自分も貢献したいと思います。
産業界で活躍する博士を育てるプログラム
新事業創出のための研究といっても、ラボでの研究から対顧客の営業的な仕事まで、川上から川下まで担当しているような形ですが、意欲的に取り組めているのは博士課程教育リーディング大学プログラムで学んだことが大きいかもしれません。
このコースは、文部科学省の博士課程教育リーディング大学プログラムに採択されたプログラムで、「企業で活躍できる博士を育てよう」という目的の元、大学院での研究とは別に、有名企業の方による企業の人材育成法が取り入れられているのが特徴です。自分の知見を広めるために何をしたか、物事を俯瞰的に見るためにどのような活動をしたかということが問われ、大学の試験と企業側の評価試験の両方を突破しないと合格できないので、卒業までは本当に懸命に打ち込みました。企業から招かれたのは世界的な一流企業の方々で、毎回発表ではドキドキしましたね。でも、専門外の人に対してのプレゼン経験は、今もコミュニケーションスキルとして研究や営業で大いに役立っています。
このプログラムではいろんなキャリアの方のお話を聞く機会があり、特に行動力については、多くの方に感銘を受けました。新しいことにチャレンジするときは「自分にできるだろうか?」と思う人が多いですよね。でも「できるかどうか」より「やるかやらないか」なんです。プログラムでお会いした人たちは、普通なら躊躇してしまいそうなことも「なんとかなる」の精神で、ある意味楽観視し、やっている人たちばかりでした。新しい世界へ踏み出すには、どんなに準備をしても学んでも、完璧にはなり得ません。できるかどうかと悩んでも仕方がないんです。強制的に自分がスキルアップできる環境に身を置く方が飛躍的に成長できます。これは、私自身、転学や留学など厳しい環境での経験から実感していることです。今の仕事もこれまで同様、思い切ってやってみることを選択しながら、前に進んでいきたいと思います。
<就活生へのメッセージ>
就活ではコミュニケーション面を要求されることが多いのではないでしょうか。誰しも自分が言いたいことはあると思いますが、それは相手には興味がないことかもしれません。だから話をするときは、いかに相手が自分の話に興味を持ってくれるのか、相手が聞いたときにどう思うのかを想像しながらしゃべることが第一だと思います。私は大学のプログラムで企業の方々を相手に発表を重ねて、そうした訓練を積むことができました。学生時代は自分の中にあるものを発信する機会が少ないので、自分の言いたいことだけを言ってしまうクセがつきがちです。相手の視点に立つことを意識して就職活動に挑んでください。
<編集部より>
2016年にリニューアルされた研究本部は、入り口や各フロアには美術品や生花が飾られ、シックな雰囲気です。研究フロアの「嵐山ラボラトリー」はスタイリッシュで、オフィスフロアは壁がなく開放感たっぷり。コミュニケーションが弾みそうな空間でした。会社では福利厚生に力を入れており、研究本部の前には従業員のお子さんが通う保育所があり、敷地内の「嵐山食堂」ではメインのほか、惣菜類はビュッフェ形式で好きなものを好きなだけいただけます。地産地消の食材を使い、質にもこだわって探したものだそう。研究員の方々が談笑しながら食事する姿が各所で見られ、仕事にもいい影響を与えていそうだなと感じられました。
企業で活躍する博士は、諸外国に比べて日本は少ないと言われて久しいですが、福田さんと太陽HDさんのケースは、果敢にビジネスの現場で努力する博士と、そんな博士の能力を最大限活かそうとする会社が出会った素晴らしい事例だと思いました。
アカデミアに残るにしても、企業に就職するにしても、自分のしていることを対外的に理解してもらいお金を稼いでいくというスキルは重要です。研究志向の方は「営業」という言葉に抵抗を持つ方も少なくないと思いますが、研究費を獲得するための活動も営業のひとつ。ベンチャー投資家への説明も営業です。最近はクラウドファンディングも盛んになりつつあり、理解を得られれば、専門外の方からも広く資金を募ることも可能となってきました。
福田さんのように思い切ってビジネスの現場に飛び込むことも、博士のキャリア選択として今後ますます一般的になってくるように思います。ご活躍、心から応援しております!
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