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異例のイグ・ノーベル賞2度受賞。「かしこい単細胞」粘菌の驚きの行動を明らかにし、知性の本質に迫る中垣俊之教授

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粘菌と呼ばれる単細胞生物がいます。単細胞ですから当然、脳はありません。ところが、その生態を観察すると、知性に基づく判断の結果としか思えない行動を取るのです。

北海道大学電子科学研究所の中垣俊之教授は、粘菌を「かしこい単細胞」と表現します。粘菌の複雑な動きに着目し、数学と物理を駆使する独自のアプローチで解析に取り組んだ研究成果は、2度のイグ・ノーベル賞受賞につながりました。あらゆる生物は洗練された情報機械であり、だからこそ生物の行動は、物理現象として研究できるのではないか。そう考えて研究者仲間とともに新たな研究領域『ジオラマ行動力学』を立ち上げ、粘菌を含む原生生物の行動のアルゴリズム解明に取り組む中垣教授に、知性の本質についての見解や今後の展望について伺いました。

 

 

極めて異例、2度のイグ・ノーベル賞受賞

 

―2008年、2010年と相次いでイグ・ノーベル賞を受賞されました。短期間で2度も受賞するのは、30年以上の同賞の歴史のなかでもとても珍しい出来事です。

中垣:2008年に「認知科学賞」、続く2010年には「交通計画賞」で受賞しました。イグ・ノーベル賞を2回受賞した研究者は、これまでのところ私の共同研究者2名を含めて世界で4人だけだそうですから、たしかに珍しい例であるのは間違いないのでしょう。

 

―あらためて、先生の研究内容について教えてください。

中垣:私の研究内容は、いずれも真正粘菌の一種モジホコリを対象とし、その粘菌の知性探索に取り組んだものです。

 

―粘菌とは、そもそもどのような生物なのでしょうか。

中垣:粘菌は単細胞生物であり、菌という名の通り従来は原生生物界の変形菌門に分類されてきましたが、最近の分類では菌類ではなくアメーバ動物の仲間と考えられています。ただし粘菌は特異な性質を持っていて、単細胞のままで巨大化することができます。胞子から発芽すると0.01ミリぐらいの大きさなのに、ときに周囲が数十cmもあるシート状となるのです。このように巨大化した単細胞の粘菌を変形体と呼びます。しかも変形体は、1時間に1センチ程度と極めてゆっくりながら動きます。つまり動物のような性質も備えているのです。

※巨大化した粘菌「変形体。写っている全体が一つの細胞である。

 

―その粘菌を対象として、どのような研究に取り組んでこられたのですか。

中垣:イグ・ノーベルの「認知科学賞」につながったのは、迷路を使った研究です。まず4センチ四方ほどに広がった粘菌の変形体を、迷路全体に広げてセットしました。次に迷路の入口と出口の2カ所だけにエサを置きます。その結果観測できたのは、どう考えても知性のようなものがありそれによって判断したとしか思えない、粘菌の行動です。

実験では、当初は迷路いっぱいに広がっていたにもかかわらず、エサとは関係のない経路からどんどん撤退していきました。その結果、最終的に粘菌はエサのある入口と出口を結ぶ最短経路だけを残したのです。何度も実験を繰り返すと、その半分ぐらいでほぼ最短経路の結果が出たのです。なぜ、迷路の中での最短経路がわかるのか。とても不思議です。

※左:エサを置く前、粘菌を迷路いっぱいに広げた状態。
  中:入口と出口にエサを置いて4時間後、エサを結ぶ経路ができている。
  右:最終的にはエサとエサの最短経路を結び、他の経路からは撤退した。

 

―続くイグ・ノーベル「交通計画賞」の受賞につながったのは、どのような研究だったのでしょうか。

中垣:30センチ四方の寒天のプレートを用意し、まずその上に関東地方の地図を描きました。続いてプレート上に粘菌のエサを置きます。その置き場所がポイントで、地図上での関東の主要都市に相当する部分に配置します。続いて山間部や河川、海などにあたるところには、粘菌が嫌う光を当てて避けるようにし、最後に東京駅の場所に粘菌を置きました。その結果できあがったのが、東京駅と粘菌のエサのある場所、つまり関東圏の主要都市を結ぶネットワークです。これが実際のJRの路線図とよく似ていました。つまり、人間がさまざまな要素を考慮した上でつくりあげた、都市間を効率的に結ぶ鉄道ネットワークと同じようなネットワークを、単細胞生物の粘菌もつくりあげたのです。

※左は実際のJRネットワーク。右は粘菌がつくったネットワーク、人間が計画してつくりあげたネットワークとよく似ている(図版は、公立はこだて未来大学高木清二准教授提供)。

 

 

粘菌の動きをコントールする何か

 

―粘菌は単細胞だから脳はない、それなのに脳で考えたかのような動きをするのですね。

中垣:粘菌には時間を記憶する機能も備わっています。次の実験では通路となる溝を作り、片方の端に粘菌を置きました。このとき外気の条件を気温25度、湿度90%に設定します。粘菌にとって快適な環境であるため、粘菌は通路の反対側の端に向かって動き始めます。そこで1時間後に突然、温度を22度に湿度も60%に下げると、動きを止めるのです。それから10分後に温度と湿度を元の快適設定に戻すと再び動き始めます。このように1時間に1回、10分間だけ温度と湿度を下げると、そのたびに粘菌は動きを止めます。これを3回繰り返しました。

※粘菌が時間を記憶する様子を表した図(斉藤俊行氏提供・https://suigin.com

 

―たとえ脳はなくとも、温度や湿度変化などの刺激に反応するのは単細胞生物に共通する特長では?

中垣:そのとおりです。ところが4回目には、温度も湿度も変化させず、粘菌にとって快適な環境を維持し続けました。すると外部環境に変化がないにもかかわらず、粘菌は動きを止めたのです。これをどう解釈すればよいか。この実験を粘菌を変えて100回試したところ、約半数の粘菌が4回目の変化を予測して、動きを変えました。この結果から、粘菌は「時間を記憶する」ような機能を備えているとも考えられます。

 

―迷路の例、JRネットワークの例、さらに時間記憶の話を聞くと、確かに粘菌に知性のようなものが備わっているようです。

中垣:粘菌の知性らしきものを応用した実験も行っています。粘菌を使った過去のさまざまな実験結果を解析すると、粘菌の動きからは特有のアルゴリズムが浮かび上がってきます。これを計算原理として使い、今度は実験ではなくコンピュータシミュレーションを行いました。

具体的には、まず北海道の地形情報などの詳細データをあらかじめコンピュータに取り込んでおきます。その上で解析によって得られた粘菌のアルゴリズムに基づいて、ネットワーク形成のコンピュータシミュレーションを行ったのです。すると驚くべきことに、現実の北海道内の主要都市の地理分布パターン、加えてそれらを結ぶ交通ネットワークと似たようなものが、粘菌アルゴリズムによって作り出されたのです。

 

―聞けば聞くほど不思議な生物ですが、そもそも粘菌の研究に取り組むキッカケは何だったのでしょう。

中垣:恩師の上田哲男先生が粘菌研究に取り組まれていて、先生の研究室に入れていただいたからです。残念ながら真正粘菌の学会は2004年を最後に開かれていませんが、私がイグ・ノーベル賞を受賞したのをキッカケに、研究は再び盛んになりつつあります。特にフランスで粘菌研究が活気づいていて、トゥールーズ第3ポール・サバティエ大学の行動生物学者オードリー・デュシュトゥール先生が、粘菌の行動実験に盛んに取り組んでいます。おかげでパリの植物園に粘菌の展示ブースができたり、フランスの宇宙飛行士が宇宙で粘菌の実験を行い、同じ実験をフランスの小学校でも行って比較しているそうです。

 

 

粘菌の動きを運動方程式に表す

 

―先程の迷路の実験ですが、エサのない経路や行き止まりになっている経路から粘菌が撤退した現象を、先生はどのように見ておられるのですか?

中垣:餌に触れているところとそうでないところでは、異なる反応が局部的に起きていると考えられます。しかも行動に入るまでの時間が、とても短い。つまり何らかの刺激を受けて遺伝子のスイッチが入り、特定のタンパク質を作って動くような、悠長なメカニズムではないと思われます。実際、エサに触れている部分が柔らかくなる変化を起こしています。おそらくは身体の作りに関連する何らかの分子機構があり、その仕組みの中にエサの有無などの情報が統合されていると考えられます。エサに触れているのは組織の一部ですが、そこでの反応が細胞全体にどのように組織化されていくのか。あるいはエサに触れていない部分には、どのような効果をもたらすのか。一連の動きを運動方程式に表わしていければ、そこから粘菌のアルゴリズムを引き出せるはずです。こうした生物知能のアルゴリズム探求に取り組むために、東北大学の石川拓司教授らと、新たな研究領域『ジオラマ行動力学』を立ち上げました。

 

―『ジオラマ行動力学』は、2021年の学術変革領域研究に採択されていますね。

中垣:めざしているのは「ジオラマ環境で覚醒する原生知能を定式化する細胞行動力学」の確立です。粘菌のような単細胞生物が見せる、とても巧みな環境・状況適応能力を、力学モデルを用いて定式化します。ポイントは、研究のためにジオラマ、つまり原生生物の潜在能力を覚醒させるための人工環境を構築する点にあります。これまでの粘菌研究が往々にしてほぼ一様な環境で行われてきたのに対して、より自然に近い環境をつくり、その中で情報処理がどのように行われているのかを観察します。観察結果からは、単細胞生物の巧みな環境・状況適応能力が浮かび上がるはずで、これを運動方程式で記述したいのです。

 

―成功すれば、知性についての新しい概念が誕生しそうです。

中垣:外部情報を統合して判断し、その結果として局部的に応答する。この一連のプロセスを運動方程式として表現できれば、粘菌の知性のようなものの実態に迫れるのではないかと考えています。ただしジオラマ環境は、自然を再現したものといっても実際の自然とは異なる点に注意が必要です。つまり何らかのモデル化を行った段階で、恣意的な取捨選択が行われているわけです。そこから得られた結果は、現象を説明するための重要なファクターではあるとはいえ、何か大事なことが欠けている可能性にも注意をはらう必要があります。野外環境の未知なる複雑性に思いを馳せ続けるわけです。

※文系理系を交えた幅広い領域の研究者を集めて研究に取り組むジオラマ行動力学の全体概要図(出典:https://diorama-ethology.jp/about.html)

 

知性とは何か

 

―粘菌について、あえて知性「のようなもの」と表現する理由を教えてください。

中垣:そもそも論になりますが、知性とはあくまでも、人間の意図的な営みを表現するために考え出された言葉だと思います。人間は、未来を予測したり過去を振り返ったりと時間を前後に自由に行き来しながらいろいろ考えています。あるいは空間についても、現在地だけでなくどこか遠く離れた場所について考えたりもできる。時間的にも空間的にもほとんど制約されずに価値判断するのが、人間の知性の一つの側面だと思います。これに対して、脳を持たない粘菌のような原生生物は、外部環境を価値判断を伴って認識してはいないと考えられます。時間と空間については、まさに「今・ここ」だけであり、その意味では人間の意図に等しいものを持っているとは思えません。

 

―けれども、その単細胞生物が進化した結果、人間になっているわけですね。

中垣:外部環境からの刺激を情報入力とし、その情報に対する何らかの処理を行い、行動としてアウトプットする。この一連のメカニズムが、ほぼ渾然一体となって行われているのが、単細胞生物です。このシステムが長い時間をかけて進化した結果として、脳ができたのでしょう。脳は情報入力から変換、出力へと特化された器官です。粘菌と人間の違いを明らかにするためには、粘菌が備える“知性のようなもの”を「原生知能」あるいは「原始知能」とでも呼べばよいのではないしょうか。そのパフォーマンスと仕組みをジオラマ環境力学で解き明かしていけば、人間の知性との違いが浮きぼりになってくると期待しています。

 

 

数学や物理を通して生命現象に迫りたい

 

―中垣先生ご自身のことについてもお聞かせください。修士課程を出て、企業に研究職として就職したのち、博士課程に戻ったのは、なぜですか。

中垣:博士課程に進まず就職した理由は2つあります。まず1つは大学の研究室に残れるのは超優秀な人だけで、自分などは無理だと思っていたこと。もう1つ、仮に研究を続けるとしても一度は世間を知る必要があると考えたことです。幸い、ちょうど外資系の製薬企業が日本で立ち上げたばかりの研究所に就職できました。実際、そこでの研究はとてもおもしろかった。ただ、自由に研究させてもらっているなかで、以前から抱いていた欲求を抑えきれなくなってきました。つまり、人とは違う視点で生命現象に迫りたい、具体的には「数学や物理を通しての生命研究に取り組みたい」という欲求です。

 

―とはいえ、研究職として順調に仕事をしていたなか、その立場を放棄するはかなり思いきった決断だったのでは?

中垣:学位を取りたいとも思っていました。仕事に励んでいたおかげで、ドクターの3年間なら過ごせるだけの貯金もあったので、ここはひとつリスクをとってみよう、自分の考えに忠実に研究に取り組んでみようと思い切りました。それで学位を取れたら、海外で3年ほど博士研究員でもやってみよう、そのうち、どこかで芽が出るだろう、ぐらいの気持ちでいました。もしそれでうまくいかなければ、もう一度どこかで仕事を見つければ良いとも考えていました。

 

―蓋を開けてみれば、そこからトントン拍子に進まれたようですね。

中垣:幸いD3で学位を取れて、博士研究員としてロボット制御理論の研究室に入りました。その後、短期ですが海外の研究所への滞在を何度かさせてもらい、『Nature』に粘菌の論文が掲載されました。この論文を出してから8年後にイグ・ノーベル賞を受賞し、自分の研究を一般の方々からも評価されて、たいへん勇気づけられました。まさか2年後に、もう一度受賞するとは思ってもいませんでしたが。

 

―先生のように研究で評価を得ることができたお立場から振り返って、あらためて研究職とはどのような仕事で、何を大切にすればよいのだとお考えになりますか?

中垣:まず研究職とひと口に言っても、実に多様です。この点を絶対に忘れないでください。他の研究者と比べるのではなく、常に基本に立ち返り、根本的にものごとを考え直す姿勢を保つことが大切です。研究の進め方においては冒頭とりえあえず採用したテーマと方法論で初めの一歩を踏み出すわけですが、その一歩により、思っている以上にその後の方向性は強く限定されてしまいます。私は、そのことを思い知らされました。ですから、最初の一歩を批判的に吟味し直し続けながら、他人とは違う別の第一歩を探り続ける必要がありました。焦る気持ちをおさえつつ、研究の進捗に一喜一憂しながらも、なんとか気長にやり続けることができたのです。手を替え品を替え、創意工夫に注力して、しつこく長くやりつづける姿勢が、何よりも大事だと考えます。

 

中垣 俊之(なかがき としゆき)

1963年生まれ。1989年北海道大学薬学研究科修士課程修了後、製薬企業勤務を経て、名古屋大学人間情報学研究科博士課程修了、学術博士。理化学研究所基礎科学特別研究員、北海道大学電子科学研究所准教授、公立はこだて未来大学システム情報科学部教授を経て、2013年より現職。専門分野は物理エソロジー。イグ・ノーベル賞を二度受賞(史上2件目)。2017年から2020年まで電子科学研究所所長を務める。

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著者プロフィール:

リケラボ編集部

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