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イネの冷害が起こる仕組みに80年ぶりの新展開! 北海道大学農学研究院貴島祐治教授

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常識や定説に疑問を抱いたことはありますか?

「定説を疑え」とはよく聞くフレーズですが、実際にはなかなか難しいものです。

今回は、低温によってイネが不作となる仕組みについて、80年間信じられてきた定説を検証し直した北海道大学の貴島祐治教授にお話を伺いました。

80年にもわたる定説を覆す研究結果を発表した背景を伺う中で、日本のイネの品種改良技術が世界の食糧問題解決にも貢献できる可能性にも触れられ、植物研究の面白さ、大切さ、研究者としての心構えなど、学びの多いインタビューでした。

 

80年前からある定説の疑問解明に挑む


──イネの冷害が起こる仕組みの定説を覆したということで、お話を聞かせて下さい。

イネの冷害には、遅延型冷害と障害型冷害があります。遅延型冷害というのは植えた後に低温が続いて成長が遅れ、コメがうまくできない状態です。障害型冷害というのは、花粉が発達する穂ばらみ期(出穂の約10日ほど前)という特定の期間に低温にあうと、花粉の正常な発育が損なわれ(花粉不稔)、コメ(種子)ができないというもの。イネの冷害における6割から7割は、障害型冷害が原因とされています。私が今回発表したのは、この障害型冷害における定説の見直しです。

 

──どのような定説なのでしょうか?

穂ばらみ期に気温が低いと、花粉の正常な発育が損なわれ、受精しにくくなる。それは、花粉がおさまっている葯(やく)という袋の内部にある、タペート層(花粉と接する細胞層)が肥大するからだ、と言われていました。1940年頃に提唱されたもので、非常に研究力が高い先生の説でした。花粉の生成時には、分解された多糖類がタペートを通じて花粉に届くと考えられていますが、低温にあうと多糖類が分解されず、膜を通ることができないため、タペート組織に多糖類が溜まって肥大するという内容です。その後も障害型冷害ではタペート層の異常と花粉の機能低下(稔性の低下)には一貫した相関関係があるという研究結果が続き、定着していきました。

画像提供:貴島先生


──それを見直したということは、貴島先生には何らかの確信があったのですか?

北海道では、寒さに耐えうるイネを育てようと、長年品種改良が行われてきました。その過程でさまざまなイネの低温処理をしていくうちに、この定説は実は違うのではないかと思いはじめ、根本的に訂正した方がいいなと考えるようになりました。

 

──イネに低温を与えてその影響をみる実験を繰り返す中で、定説に対する違和感が生じたと。それを見過ごさず、真正面から取り組まれたということですね。

 

かかった時間は10年以上!13品種ものイネで定説を検証


──定説に違和感を持たれたのは、どうしてだったのですか?

花粉不稔の原因とされるタペート組織の肥大現象は、穂ばらみ期に低温だったからといって常に観察できるわけではなく、あるタイミングでたまたま見える、というぐらいの頻度でしか検出できなかったからです。それで、タペート層肥大だけが要因なのかどうかを検討する必要があると考えました。

 

──たまにしか起こらないのであれば、確かに冷害の主原因とするには腑に落ちません。どのような実験を組み立てられたのでしょうか。

イネを育て、穂ばらみ期に4日間・12℃の低温処理を行い、処理直後と開花期に葯を採取して、横断面を観察しました。葯の内部形態、花粉稔性、花粉の数が、寒さのストレスでどうなったのかを調べたのです。13品種で検証しました。これまで定説とされていたタペート肥大説に関する研究報告では、限られた品種間でしか比較が行われていなかったからです。九州から宮城あたりまでのコメを揃え、念のためインディカ米(細長く、粘りの少ない長粒米)も調査に加えました。

 

画像提供:貴島先生


──北海道のお米は調べなかったのですか?

北海道のコメは寒さに強いので、低温ストレスの影響を観る実験には適さないですね。

 

──実験でご苦労された点は?

イネの系統(品種系統)によって穂ばらみ期が違うので、タイミングを見計らうのが大変でした。花が咲いて初めて、穂ばらみ期は10日前だったということがわかります。しかし前もって10日後に開花するぞ、と予測するのは困難です。系統や栽培条件でもかなり変動しますから、失敗の連続でした。

 

──低温処理のタイミングが適切だったかどうか、花が咲くまでわからないわけですね。どれだけの数の失敗があったか、想像に難くないです。

本州と同じような環境を作り、さらに13品種をタイミングが合うまでやり続ける。

2011年頃から2、3年かけてある程度のデータを取り、さらに4、5系統を選んで2018年から2年ほどかけて追試験を行い、10年ほどかかりました。

 

──気の遠くなるような実験ですね。。その結果どのようなことがわかったのでしょうか。

やはりといいますか、タペート層の肥大との相関関係はないという結果になりました。穂ばらみ期と開花期両ステージのそれぞれで、4種類の葯の形態異常が観察されましたが、品種ごとに寒さの影響と結果がバラバラだったんです。葯自体が発達しなかったものは、花粉もうまく成熟せず、正の相関がありましたが、定説で言われているようなタペート層肥大との相関関係は見受けられませんでした。低温によって葯の長さが短くなる傾向は見られ、花粉の数との相関がありました。葯に異常がないのに花粉が正常に発達しなかった品種もありました。このように、低温ストレスによるイネ花粉の授精能力の低下は、従来のタペート層肥大では説明しきれないことがわかりました。

 

──何年も失敗を重ねながら低温実験をした甲斐がありましたね!でも、タペート層肥大が原因ではないとしたら何が原因で正常な花粉に育たないのでしょう?

品種によって、低温の影響による葯の形態、花粉の数、受精しやすさが異なるということは、遺伝的に色々な原因があると考えられます。イネの染色体は12本あり、それぞれに2-3個の遺伝子がマーキングされていました。ということは、一つの遺伝子が原因ではなく、複数の遺伝的な制御が関わりあって、障害型冷害を引き起こしているということが言えます。系統ごとにかなり違う様子を示しているので、一つ一つを追うのは難しいと考えています。

 

画像提供:貴島先生


──寒さで不作になる原因は、品種によりさまざまと言うことなのですね。定説が間違っていたことが明らかになったことはよいけれど、冷害の原因解明ということでは、振出しに戻った感じがします。

品種一つ一つを追うのは現実的でないにしても、概念的に考察していくことは可能です。私たちは、冷害に強いイネの特長として、“低温鈍感力”というキーワードを考案しました。これは、低温を低温と感じない系統は強く、低温に敏感に反応する系統は低温に弱いということで、それを遺伝子レベルで明らかにしていこうと考えています。一般的なモデル植物の研究では、ストレスに敏感に反応した方が調べやすく、また候補遺伝子は見つけやすくなるので、多くの研究はストレスに敏感に反応する遺伝子を見つけて研究対象にすることが主流なんですね。でも私たちは、ストレスを受けても遺伝子の発現変化が少ない、つまり低温ストレスに鈍感なほど低温に強い、低温鈍感力という考え方を提唱して耐冷性のメカニズムを明らかにしようとしています。

 

冷害研究だけじゃない!食糧問題への貢献も可能な葯培養の世界


──寒さに強い遺伝子が見つかったら、イネの品種改良がさらに進みそうですね。

ところが植物の研究ではそうではなく、実は私たちが遺伝子を単離したからといって、新しく開発ができるかというとちょっと違います。品種改良は経験則が主流で、すでに百年くらいの蓄積があるので、遺伝子を特定できたとしても経験的にわかっていたことを科学的に証明することができた、というほうが適切ですね。ただ、日本よりももっと寒い地域で、イネの栽培をしようとする場合には、我々の知見を活かせるかもしれません。

 

──といいますと?

私が注目しているのは、東アフリカの高原地帯です。ここは雨季と乾季があり、たくさん雨が降ります。しかし標高が高く寒いので普通のイネは育ちません。コメの栽培種もありますが、あまり収量がありません。そこで適応するようなイネが作れる可能性があるなと考えています。

 

──すでに研究が進んでいるんでしょうか?

アフリカのコメはたくさん採れませんが、病気が出にくいとか、ストレスに強いといわれています。一方、アジアのコメは収量が多く、北海道のコメは寒さに強いですよね。お互いの良いところが特徴としてでるような品種改良を実現しつつあります。アジアのコメとアフリカのコメには生殖障壁があって、通常はかけ合わせても種ができません。しかし、私は葯培養でこの両者の雑種を作り出すことに成功しました。

 

──葯培養とは何でしょうか?

葯培養とは、花粉が入っている葯を寒天などの培地の上において培養し、そこから新しい葉と根がでてくるのを育てる技術です。通常は、植物は受精し種を作りますよね。ところが、実際は花粉だけでもうまく培養すれば掛け合わせ無くても育つのです。受精した種から育った植物は、二組のDNAから成りますが、葯培養のDNAは一組です。これを半分ずつの遺伝子からなる=半数体といいます。培養の途中で2倍に増え(倍加半数体となる)、子どもはみんな同じ形質を持つようになります。品種改良では、次世代にも同じ形質が必ず出てこないと品種としては合格しませんが、この葯培養は1960年に実用化されて、コメ作りに活かされています。

 

画像提供:貴島先生


──すごい技術ですね!植物がスゴイと言うべきか。。。

本当にそうですよね。

 

── 両親のよい特性だけを受け継いだ品種ができて、東アフリカの高原で栽培できたら、食糧問題に貢献できそうです。

北海道のコメは品種改良のおかげで寒さに対して強いですが、この耐冷性を日本だけで使うのはもったいないです。この日本の技術が世界に使えるものとして広がっていくといいなと思いますね。それに、昨今問題視されている気候変動では突発的な寒さが襲うとも言われていて、それが原因の不作も今後十分考えられます。だからいろんなことを考え、調べ、常に備えておくべきですね。

 

──葯培養の研究は盛んなのでしょうか?

技術が確立されてしまうと、研究する人は少なくなります。でもまだ謎もたくさん残っていて、そもそもなぜ花粉から植物が生じるのかという、根本的な問題も全く解決されていないんです。だからやっていて面白いです。

画像提供:貴島先生


──実用化されている育苗技術でも、科学的になぜなのかわかっていないというのは意外でした。

植物研究、とくに農作物は、品種改良の方が先行しますね。実用化されてしまえば、原理の解明がされなくなってしまうことも多い。しかしなぜそういう現象が起きるのかを研究することは、次の一手への布石になるので、非常に重要なプロセスです。

 

──品種改良を成功させることがゴールではなく、原理を解明できて初めて達成感が得られるということですか。

私にとってはそうですね。品種登録よりも原理を解明できたほうが、やりがいがあるし楽しいです。アジアとアフリカのコメが、なぜ葯培養だと実現できるのか、その原因も明らかにしたいです。植物相手なので簡単ではありませんが、方法論を確立することが私の仕事であり、究極の目的。他の誰もやっていないこと、言われていない部分のことを粘り強くやっていくと、誰も言っていないことが明らかになることがあります。それが、研究の醍醐味ですね。

 

実務タイプ?ストーリーテラー? 研究者を目指す人へのメッセージ


──若い研究者や、研究者を目指す学生へのメッセージをお願いします。

研究者を目指すといっても、研究者にもいくつかのタイプがあるので、自分自身がどのタイプなのかを見極めることが大切だと思います。企業で求められている研究者像と、アカデミックな世界で求められている研究者像というのも結構違いますよね。

 

──どう違うのでしょうか?

企業で求められる研究者像は、需要(会社、顧客からの要望)に応じた反応ができるかという視点が結構大切な素質であるのに対して、アカデミックの世界の研究者には、クリエイティビティがより求められていると思います。

 

──自分が研究者として、どこでやっていくかを考える時に、かなり重要なポイントと言えそうですね。

研究が好きというと、純粋に実験が好きなタイプと、ストーリーを作ることが好きなタイプ、そして結果をまとめることが好きなタイプといった風に大まかにタイプが分かれますが、アカデミックの中で研究するなら、自分なりの物語の展開ができるようになると、面白くなっていくのではと思います。与えられたテーマをこなしていくだけではつまらないし、成果もついてこないと思います。誰もやらないこと、方法論のないところから自分なりのストーリーを紡いでいけるようになるとよいと思います。

 

<編集部より>

長年信じられてきた定説を覆したと聞いて、どうやったらそんな研究成果を残せるのだろうかと憧れの気持ちから取材させていただきました。10年の歳月をかけた難しい実験内容は迫力がありました。自分の研究タイプを見極めて活躍の場を選ぶ、と最後にアドバイスいただきましたが、確かに今回のような難しい研究にトライできるのは、長年実績がある大学、研究室だからこそだとも思います。こうしたひとつひとつの地道な積み重ねが、研究なのだと再認識させていただきました。貴島先生、貴重なお話をありがとうございました。

 

植物育種学研究室集合写真
貴島先生は中央奥
画像提供:貴島先生

 

貴島 祐治 きしま ゆうじ
北海道大学大学院 農学研究院 教授

農学博士。植物育種学・植物分子遺伝学が専門。1995年より北海道大学にてイネの育種学に関連した形質変異の研究を中心に取り組む。植物育種学研究室ではイネの低温鈍感力、低温障害で起こるキンギョソウのトランスポゾン転移機構、葯培養、イネの生殖隔離障壁の打破による育種貢献など、さまざまな研究テーマに取り組んでいる。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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