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2014年12月3日に打ち上げられた探査機「はやぶさ2」は予定通り小惑星「リュウグウ」に無事着陸し、6年後に貴重な試料を地球に持ち帰りました。リュウグウは水や有機物が比較的豊富に含まれる小惑星ではと期待されていたのです。
はやぶさ2が持ち帰った試料には、一体何が含まれていたのか。広島大学大学院先進理工系科学研究科の薮田ひかる教授は、海外の研究者も含む40人を超えるチームを率いて試料分析に取り組み、リュウグウに含まれている有機物の正体を突き止めました。その分析結果から浮かび上がってきたのは、まさに宇宙で有機物が作られたプロセス。生命の起源につながる謎が、一歩解明されたのです。
地球上の生命はどこで誕生し、どう進化してきたのか
── 先生が取り組んでいる学問領域は、アストロバイオロジーと呼ばれるそうですね。
薮田:アストロバイオロジーは、直訳すると宇宙生物学となりますが、生物学・化学・天文学・地球科学・惑星科学などさまざまな分野を融合した、新しい学際領域です。私たち生命はどのように誕生し進化したのか、地球以外の天体にも生命には存在するのだろうか、の問いの解明に近づくために、アメリカのNASAによって命名されました。これらの問いを明らかにすることによって初めて、真の意味での「生命の起源」を解き明かすことができるのです。今のところは地球上の生命が私たちの知る唯一の“生命”なので、これまでは地球生命を手がかりにした研究が主でした。地球生命の起源の謎を解き明かすための学問的なアプローチには、トップダウンとボトムアップの2つの方向性があります。トップダウンアプローチとは地質学や生物学を用いて、生物の進化を現在から過去へと遡(さかのぼ)っていくやり方です。一方のボトムアップアプローチでは、物質の進化を化学的にたどっていき(化学進化)、どのようにして生命に近づいたのかを探ります。
── 現在から過去を探る場合は、化石などを頼りにするわけですか。
薮田:たとえば、地質学では、地球上で現存する最も古い岩石から生命の痕跡を探り、生物進化を遡(さかのぼ)る研究が行われています。ただ、地球最古の岩石から見つかった生命の痕跡が地球上で最初に誕生した生命体というわけではありません。分子生物学により、微生物のタンパク質のアミノ酸配列比較などに基づいて進化の経路を遡(さかのぼ)っていく研究も行われています。ただし、進化系統樹の根っこに相当する全生物の共通祖先が、地球上で最初の生命だったとはいい切れません。それより前に最初の生命は誕生していた可能性も考えられるからです。つまり、トップダウンだけでは限界があります。
そのため、生命が誕生する前の宇宙や地球で、生命のもととなる物質、すなわち有機化合物が、どのようなプロセスを経て生命へと移り変わっていったのか(前生物的化学進化)を解明する、ボトムアップのアプローチも必要になるのです。
── 1950年代にアメリカで行われたミラーの実験などが、ボトムアップアプローチの先駆けとなるわけですね。
薮田:誕生したばかりの地球の環境を実験室で再現して、雷を模擬した放電反応によって、原始の地球大気からアミノ酸が生成した、という実験ですね。この実験は、単純な分子にエネルギーを与えると、生命の素が"生物を介さずに"作られることを初めて示しました。このような化学反応は、原始地球だけでなく、宇宙空間でも起こったはずです。地球や他の惑星を含む太陽系が形成される過程で、生命の材料となる物質がどのような化学反応を経て作られていったのか。この問いの答えを、小惑星が教えてくれるのです。
小惑星リュウグウの試料は何を教えてくれるのか
── リュウグウのような小惑星は地球の起源といわれていますね。
薮田:約46億年前、宇宙空間のガスとちりが集まって太陽が誕生し、そのまわりを残りのガスとちりが円盤状に回転する過程で、ちりがくっつきあって微惑星(のちの小惑星)という小さな天体ができました。この微惑星が合体衝突を繰り返して、地球などの惑星ができたと考えられています。微惑星のうち、惑星になれなかったものが現在の太陽系にも多数残っていて、それらを小惑星と呼びます。つまり、小惑星は46億年前の物質を保存している“太陽系の化石”であり、地球、惑星、生命を作った材料物質といえるのです。生命の材料である、水や、有機化合物は、太陽系のできる過程でどのように作られたのか。この問いに対する答えを、実験室でのシミュレーションではなく、実際に宇宙空間に残されていた天然の試料が教えてくれるかもしれない。この可能性こそが、リュウグウで得られた試料の何よりの価値なのです。
リュウグウが教えてくれたこと
── リュウグウから持ち帰られた試料について、一連の分析結果から何がわかったのでしょう。
薮田:リュウグウ試料の元素組成は、イヴナ型炭素質隕石(CI隕石)のものに似ていることが分かりました。CI隕石は、太陽とほぼ同じ元素組成を記録する、地球にはわずかしか落下していない希少なタイプの隕石です。つまりリュウグウの元素組成もまた太陽とほぼ同じであり、太陽系誕生当初の元素組成を、そのまま留めていることが明らかになりました。
また、リュウグウ試料からは粘土鉱物や炭酸塩などが豊富に含まれていました。この結果は、リュウグウの母天体で液体の水が存在していた証拠を示しています。
また、隕石は地球に落ちて時間が経過すると、地球上の環境によって酸化され(風化)、二次的に生じた鉱物を含んでしまうのに対して、地球大気にさらされていない新鮮なリュウグウの試料からは、このような鉱物は含まれていませんでした。この点で、リュウグウと隕石の含水量の違いについても発見がありました。
── 隕石にも水が含まれているのですか。
薮田:CI隕石には、含水鉱物(粘土)の形で20%程度の水が含まれています。この数値が定説として図書にも記載されていたのです。ところがリュウグウの含水量は、それよりもかなり少なかった。つまり、これまで地球上で発見された隕石には、実は地球での風化によって大気中の水分が追加されていたと考えられます。今回明らかとなったリュウグウの含水量は、太陽系ができた当初の水の量に相当し、地球の海の起源を考えるうえで非常に重要な発見となります。
── リュウグウから持ち帰られた試料について、先生のチームでは有機物の分析を担当したそうですね。
薮田:リュウグウ試料に含まれている有機物の大部分は、黒い石炭のような見た目をしていました。このような複雑な分子を、私たちは“固体有機物”と呼び、その化学組成、同位体組成、形態を分析しました。私たちは、リュウグウの固体有機物が、太陽系の初期段階から、どのように形成されていったのか、その起源と進化を明らかにしました。
その結果、固体有機物は、粘土鉱物や炭酸塩に混ざった状態が観察されました。この結果は、粘土鉱物や炭酸塩に同じく、リュウグウの母天体上で液体の水と前駆物質とが反応して固体有機物ができたことを意味しています。
では、固体有機物の前駆物質はどこでできたのでしょうか。物質の起源や形成過程を調べるときによく使うのが、同位体(原子番号は同じながら質量数の異なる元素)の比です。例えば、地球上の環境や生物に由来する有機物と、地球外の有機物では、炭素、水素、窒素などの同位体比が大きく異なります。これは、同位体比を変化させる要因が、地球や生物と、宇宙とでは、異なるためです。リュウグウ試料に含まれる固体有機物には、窒素同位体比(15N/14N)や水素同位体比(2H/1H)が非常に高い部分が局所的に見つかりました。このような同位体比の変化は、マイナス200度以下の極低温環境で起こることが知られています。つまり、リュウグウの有機物の一部は、太陽が誕生する前の宇宙空間か、太陽から遠い太陽系外側で作られたことがわかりました。
なお、固体有機物を調べると、熱で炭化した痕跡はありませんでした。つまり、リュウグウの母天体内部や天体衝突の際に発生した熱は、リュウグウの有機物の構造を変化させるほどには高温に達していなかったのです。
※リュウグウ試料の酸処理によって分離精製した不溶性炭素質残渣(固体有機物)の画像。
現在の地球生命にとらわれない観点で、生命の起源を追究する
── 生命の起源となるアミノ酸は、隕石や小惑星によって地球に運ばれてきたという説もあります。リュウグウには、どれぐらいアミノ酸や核酸塩基が存在していたのですか。
薮田:地球上の汚染をまったく受けていない、新鮮な地球外物質であるリュウグウ試料から、およそ2万種の有機化合物が見つかりました。そのうちの一部として、アミノ酸や核酸塩基も見つかりました。宇宙で生体関連分子が(生物を介さずに)合成されることを実証したという意味で、この発見は極めて重要です。一方で、アミノ酸や核酸塩基の濃度は、リュウグウ試料全体の質量の1000万分の1〜1兆分の1ぐらいと、ごくわずかでした。
仮にリュウグウのような小惑星が大量に地球に衝突し、生命のもとを運んだとすれば、アミノ酸や核酸塩基だけでなく、豊富な固体有機物を含む2万種の有機化合物がすべて地球にもたらされたはずです。そんな中から、極めて少ないアミノ酸や糖や核酸塩基だけが、選択的に生命誕生に使われたと考えてよいのかどうか・・・?
── 生命誕生のプロセスは、ほかにも考えられるわけですか。
薮田:有機物、あるいは、それらを構成する炭素は、おそらく、小惑星によって地球にもたらされたのでしょう。けれども、そこからどのように生命が誕生していったのかは謎です。生命の起源については諸説あります。“現在の”地球上の生命ではタンパク質が代謝を担っている事実に基づき、タンパク質の構成要素でアミノ酸こそが生命の起源であると考える人は多数います。しかし、地球上に"最初に誕生した"生命が、タンパク質のような高次な物質を使って代謝を行っていたとは限らないのではないでしょうか。
ある研究者たちは、原始地球の深海熱水噴出孔に豊富に存在する硫化鉱物が、生命現象における代謝酵素の役割を担い、海洋中の二酸化炭素(CO2)を有機物に変化させたと考えています。この「硫黄-鉄ワールド」仮説では、現在の地球上の生命が持っているものとは“異なる物質”が生命機能を担ったという考え方に基づいています。現在の地球生命を基準にして生命の起源を考える研究者は多いですが、このように、現在の地球生命にとらわれない観点も非常に重要なのです。
その意味では、リュウグウ試料から豊富に発見された黒い炭のような固体有機物も、生命の起源に寄与した可能性は大いに考えられます。私が過去に行った研究で、固体有機物は熱水と反応するとさまざまな有機分子を生成する貯蔵庫のような役割を果たしたこともわかっています。
研究が発展すればするほど、新たな仮説も増えるので、そう簡単には決着に至りません。研究の悩ましく、それでいて興味の尽きないところです。
── 小惑星には生命の源となる有機物があり、それが地球の炭素の源になった。だとすれば、同じく小惑星から誕生した他の惑星にも、生命が存在できる環境があるのではないでしょうか。
薮田:その通りだと思います。たとえば、土星の惑星エンケラドスの天体表面から噴出している物質は水(氷)、有機物、塩からなることがわかっており、天体地下に地球の海のような環境が存在することが推測されています。最近では、生命に必須の元素であるリンも見つかっています。同じような環境が木星の衛星エウロパや太陽系外の惑星でも見つかる可能性があります。地球外の天体にも生命が存在できる多様な環境を明らかにできれば、地球の環境と比較する研究が可能になるわけです。この先にある問いが「普遍的な生命とは何か」であり、それを探求するのがアストロバイオロジーという学問なのです。
好きな道を究めるのが研究者の幸せな生き方
── 先生は若手支援制度などが今ほど整っていなかった時代に、アメリカに飛び出していかれた。かなり思いきった決断だったのではないでしょうか。
薮田:若い頃から、楽観的な性格でした。とにかくチャレンジしないと何も始まらないのだから、動いていれば何か見えてくるだろうと考える。自分の気持ちに正直に行動する性格ともいえますね。研究を進めていくと、行く先々で素晴らしい出会いがあり、憧れの研究者が増えていきました。そのような方々のようになりたいと考えて、これまで努力してきました。
── 影響を受けた研究者は、どんな方だったのでしょう。
薮田:何人かいますが、そのうちの一人は、最近まで国際宇宙大学の学長を務められていたパスカル・エーレンフロイント教授です。25年前、私が大学院生の時に初めて出席した国際生命の起源学会で彼女を初めて見かけました。カッコよくて、講演での話し方も堂々としている姿をひと目見た瞬間、自分が勝手に抱いていた女性研究者に対する先入観が見事なまでに覆されました。私が大学院を修了しアメリカで研究していた時期に、彼女と偶然知り合う機会がありました。それ以降、色々な学会で一瞬でも会うたびに、追っかけのように話しかけに行っていました。雲の上の存在でありながら、気さくに接してくださる、大好きな研究者です。
── ほかにはどんな研究者から影響を受けたのですか。
薮田:地球外有機物の研究を指導くださった、故・サンドラ・ピッツァレロ教授(米国アリゾナ州立大学)と、ジョージ・コーディ博士、コーネル・アレクサンダー博士(米国カーネギー研究所)です。この三人にめぐり会わなければ、私の研究者としてのキャリアは現在と違うものになっていただろうと思います。
── そして日本に戻ってこられた。
薮田:アメリカでの学びを持ち帰って、日本で地球外有機物やアストロバイオロジーの研究を盛り上げたいと思ったのです。日本の大学の勤務形態はアメリカと少し勝手が違う部分もあり、最初は戸惑いました。日本独特の男性社会は、昔よりは軽減されてきたとはいえ、今でもまだ存在します。ストレスもありますけれども、自分が好きな研究を仕事にできているのだから、どちらかというと私は恵まれているほうですね。はやぶさ2を通して、かけがえのない経験をさせていただいた世代でもありますし。
帰国してからは、東京大学の永原裕子教授(現・東工大地球生命研究所フェロー)に多くをご教授いただきました。永原先生は、ご自身の研究で優れた成果を挙げられただけでなく、はやぶさ2の成功と、地球外物質研究さらには地球惑星科学の将来のために何をすべきかを常に考えて行動され、次世代の私達を導いてくださいました。自分のことを後回しにしてコミュニティ全体の発展を優先する研究者に出会ったのは、初めてでした。私も先生のスピリットを引き継いだ地球惑星科学者として生きていきたいと思っています。
── 最後に研究者を目指す人へのメッセージをお願いします。
薮田:研究者は、数ある職業の中でも、好きなことを仕事にできる特殊な職種の一つだと思います。思う存分に探究できる中で、苦しい出来事も時にはありますが、それらを乗り越えて新しい発見ができた時のゾクゾクする心境は、その人しかわからない特別なものです。知識や技術は、継続していれば心配しすぎなくても後からついてきます。夢中になってのめりこむようなテーマがあるのなら、ぜひ研究の道に飛び込んでみてください。
薮田 ひかる(やぶた ひかる)
広島大学大学院先進理工系科学研究所 教授
1974年、名古屋市生まれ。2002年、筑波大学大学院化学研究科博士課程修了、博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、米カーネギー研究所博士研究員を経て、2008年より大阪大学助教、2017年より広島大学大学院理学研究科准教授を経て、2019年より現職。はやぶさ2のサンプル分析では、固体有機物分析のリーダーを務めた。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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