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折り紙技術を駆使して宇宙から血管、さらに細胞にも活用。いつも自分で道を切り開いて歩み続ける研究者、繁富(栗林)准教授

折り紙技術を駆使して宇宙から血管、さらに細胞にも活用。いつも自分で道を切り開いて歩み続ける研究者、繁富(栗林)准教授

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世の中に研究者は数多くいるけれども「バイオ折り紙エンジニア」を名乗るのは、おそらく世界でただ一人。それが北海道大学大学院教育推進機構の繁富(栗林)香織准教授です。

折り紙といえば日本の伝統文化。多くの人が、子どもの頃に一度は遊んだのではないでしょうか。その折り紙を、宇宙で使う工学的な構造物に応用し、次に医療用のステントグラフトに活用、さらには細胞折り紙、すなわち細胞を立体的な形に成長させて再生医療にも活かす。マクロからミクロの世界まで、折り紙技術をまるで魔法のように使いこなす繁富准教授は、立体臓器の作製をテーマに、スタートアップの立ち上げも視野に入れて活動。さらに博士支援のプログラムや学内外での講演会などにも積極的に取り組んでいます。

機械工学と医療、その接点を折り紙に求めて

── 「バイオ折り紙エンジニア」とは、初めて聞きました。

繁富:確かに一般にはあまり馴染みがないかもしれません。通常の細胞培養は基本的にプレートの上で行われます。細胞が増えるにつれて平面的には広がるものの、自律的に立体的な形とはなりません。そこで細胞を立体物として造形するために、折り紙の技術を活用します。細胞にミクロサイズの折り紙を折らせることで、狙い通りの立体臓器を低コストかつ効率的に作製できるこの技法は、創薬や再生医療など幅広い領域での応用が期待できるため、海外の研究者からも「ORIGAMI」と呼ばれ注目をいただいている状況です。

この技法の開発に一貫して取り組んできた私を、わかりやすく紹介するフレーズが「バイオ折り紙エンジニア」というわけです。実際には工学分野からスタートして医療関係へと研究領域を広げていき、今に至っているのですが、この間ずっと折り畳みや折り紙の技術を研究のコアに置いてきました。

── もともとは宇宙に興味があったそうですね。

繁富:私たち北海道出身者にとって、宇宙飛行士の毛利衛さんは憧れの的でした。なんといっても日本人で初めてスペースシャトルの飛行士に選ばれた方です。同じ北海道出身の毛利さんが宇宙に飛び立ったニュースを見て、私も宇宙飛行士になりたいと思いました。実はつい最近も、宇宙飛行士に応募しようと書類まで用意していたんです。精密な健康診断が必要なので受けようとしたら、コロナの時期で混んでいたために予約がとれず諦めたのですが。

── ということは、もし応募して選ばれていたら、近々宇宙に飛び出す可能性もあったのですか。

繁富:実際に選ばれたら、もちろん宇宙飛行士になりたいです!現実はどうしていたでしょうね(笑)。今は子育ての真っ最中でもあるので、家族を置いてどうするんだと、まわりからはいわれるでしょうし……。でも宇宙に対する興味は尽きないし、地方には変わった女性研究者もいるものだと話題になったかもしれません。女性でも、子どもがいても、若手ではなくても、それでも挑戦し続けていいんだと、そんなロールモデルになりたいとはずっと思っていますから。

── 大学は工学部に進んで、宇宙で使う太陽光パネルの構造研究に取り組んだと伺いました。

繁富:スペースの限られたロケットに積み込むのだから、パネルはまず可能な限りコンパクトな状態に折り畳んでおきたい。逆に宇宙までたどり着いたら、今度はできるだけ大きく広げて光を少しでも多く受けたいわけです。そんな構造に植物の仕組みを活用できるのではと思いつきました。植物の葉は小さく折り畳まれているのに、開くと大きく展開します。この仕組みを活かせばよい。このような構造研究に打ち込みながらアメリカに留学させてもらい、そこで医療関係の授業をたくさん受けて、機械工学と医療を結びつけられないかとも考えるようになりました。

── 大学院は北海道大学に進み、学会発表がきっかけとなってオックスフォードの教授から誘われたそうですね。

繁富:ちょうどバイオメカニクスの国際学会が北大で開かれて、私もポスター発表のチャンスを与えてもらいました。テーマは大学時代の卒論、つまり植物の葉の構造研究です。せっかくだから実物を見せながら説明しようと、人の背丈ほどもあるフキの実物を会場に持ち込んでプレゼンしたら、すごく受けたのです。おかげでMITやニューヨーク工科大などさまざまな先生から声をかけていただき、修士2年の9月からオックスフォードの博士課程に進学できました。

リケラボ編集部撮影

折り紙を応用したステントグラフト

── オックスフォードでは、どのようなテーマで研究を進めたのですか。

繁富:担当教授に工学を医療に活かしたいと相談したところ“ステントグラフトを作ってはどうか”とアドバイスされました。既存のステントグラフトは、メッシュ状のチューブ(ステント)の外側に医療用の布(グラフト)をまいた治療器具です。これを体内に挿入し狭くなっている血管のところで広げて、血流を確保したり血管を保護する治療に使われています。もしステントとグラフトを一体成型できれば、よりコンパクトに仕上げられます。ただしきめ細かく折り畳まないと血管の中を患部まで送り込めないし、患部まで届いたら、次はきっちりと開いて血管を押し広げなければなりません。

── だから折り畳んで広げる技術、つまり折り紙の技術を活用しようと考えた?

繁富:アイデアはよかったのですが、実現するのは簡単な話ではありませんでした。そもそも私自身は、折り紙オタクでもなんでもなかったので、開いて円筒形になるような折りパターンなんて、そうは思いつけない。それでも3カ月ぐらいずっと手を動かしたり、折り紙の本を読んだりして考え続けていたら、突然思い出したんです。大学時代に出会った折り紙作家さんの折りパターン「パイナップルパターン」を。「これだ!もうこれしかない!」という感じで折り始めると、指が覚えていてくれた。おかげで直径を小さくするように折り畳めました。さらに、形状記憶合金を素材に使えば、体内に入れて温められた段階で、自然に広がるよう設計できると考えました。

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形状記憶合金で作成された折り紙ステントグラフトが体温で広がっていく様子
画像提供:繁富先生

── 実用化はされたのでしょうか。

繁富:医療用器具として実用化できると考え、担当教授とスタートアップを起業しました。私の帰国後も開発が進められていて、今では臨床応用にまで進んでいます。実はオックスフォード留学中に起業家クラブ「Oxford Entrepreneurs」の立ち上げにも参画していて、初代の副会長を務めていました。オックスフォードではビジネススクールのセミナーが開催されていて、起業について学んでいたのです。あるとき起業したい人の集まりがあると聞いて参加したら、その日が初日で集まったメンバーが5人、さすがに会長を務めるほど英語力がないから遠慮して副会長になりました。このOxford Entrepreneursは、今ではヨーロッパで最大の起業家クラブにまで発展しているようです。

三次元の細胞培養から折り紙のバイオ展開へ

── 帰国後に博士研究員となった東京大学生産技術研究所では、何をやろうと考えていたのですか。

繁富:金属製のステントグラフトでは、どうしてもコンパクト化に限界があります。もっと小さくできないか、より体に近い素材でつくれないかと考えたのです。そこで素材としてタンパク質を思いつき、これを思い通りの形に加工するため、半導体の形成過程で使われる微細加工も徹底的に学びました。そこでひらめいたのが細胞を使った折り紙加工です。もし細胞を立体的に培養できれば、再生医療にも応用できるのではないかと考えたのです。

── とはいえ細胞培養は基本的にプレートの上でしかできないのでは。

繁富:そのとおりで、だから工夫したのです。基板の上にセットした隣り合うマイクロプレートの上で細胞を培養し、細胞がプレート上に広がった時点で、プレートを基板からはがすのです。すると細胞の持つ縮む力によってプレートが折り畳まれて、細胞が立体的に立ち上がる仕掛けです。細胞のけん引力と折り紙をベースとする折り畳み技術、さらに半導体加工技術であるMEMSMicro Electro Mechanical System:微細加工技術)を組み合わせました。その結果、細胞の三次元立体構造を作製する独自の「細胞折り紙」技術を確立できました。

── 細胞折り紙に使う細胞とは、どれぐらいのサイズ感なのでしょう。

繁富:2050μmぐらいです。このサイズの細胞を大きさ50μm50μmのマイクロプレートで培養します。するとマイクロプレートが細胞のけん引力によって折り畳まれていきます。ここまでできるようになれば、あとは目的とする立体物になるように展開図をつくればいい。展開図に従って細胞を培養すれば、狙い通りの立体構造ができあがります。具体的には立方体、正十二面体などの作製に成功しました。さらにプレートを平行四辺形にしてヒモ状に連ねた、血管のような円筒状の構造も作製できています。

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画像提供:繁富先生

── そうやってできた細胞折り紙は、何に使えるのですか。

繁富:立体的な臓器作りに利用できます。たとえばiPS細胞などから臓器の細胞を作っても、その細胞を臓器のかたちに組み立てるのは簡単ではありません。そこで細胞折り紙の技術を活用します。目的の形になるような展開図を作っておいて細胞を培養すれば、狙った形に組み上がります。こうして作られた細胞折り紙を組み合わせれば、より大きな細胞の集まりも作れます。

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画像提供:繁富先生

バイオ折り紙エンジニアとして起業をめざす

── 研究に打ち込みながら、ビジネスコンテストにも出場して受賞されていますね。

繁富:第8回女性起業チャレンジ大賞では特別賞をいただきました。またメドテックグランプリKOBE2022NoMaps Dream Pitch2022でも受賞しました。なんとかして研究成果を実用化して役立てたいのです。細胞折り紙を作るためには、細胞を培養する特注のプレートを増産する必要があります。このマイクロ加工用プレートの量産化までは、ある程度のメドがついてきました。次のステップは製薬メーカーなどと共同で創薬にまで持ち込みたいのですが、正直なところ少し手こずっています。海外の大手ファーマーに話をすると、かなり好印象なのですが、起業できるまでには少し時間がかかりそうです。

── ターゲットは、やはりがん治療ですか。

繁富:がん治療ばかりではなく、たとえば不妊治療への展開も選択肢に入れています。受精卵のサポート役を細胞折り紙でつくって、縁の下の力持ちのような働きをさせるのです。もちろん、がん治療についても新しいアプローチを考えています。がん細胞はときに休眠状態のようになるのですが、この状態で抗がん剤を入れると、休眠から目覚めて転移の活性化につながる場合があります。それよりむしろ休眠状態を保ったほうが良いケースもあるので、休眠を続けさせるために細胞折り紙を使えないかと考えています。

リケラボ編集部撮影

── 起業に関しては海外も視野に入れているのでしょうか?

繁富:オックスフォード時代にベンチャーを立ち上げたり、当時の指導教官が起業されていた様子から判断すると、海外の方がベンチャーの価値を高く評価してくれると感じています。Oxford Entrepreneursのコネクションは、今ではアメリカのシリコンバレーにまで広がっているので、これを利用しての起業も考えているところです。

── 研究を続けながら、起業も考え、さらには子育てもされている。かなり忙しく日々を過ごしているのはありませんか。

繁富:たしかに工学系の学会に行くと、子連れで参加している女性研究者はほとんどいません。だから偉そうにいうわけではないのですが、自分がロールモデルになれればいいなと考えています。研究と教育、さらに育児のバランスを保ちながら、日々を過ごすのはとても楽しい。もちろん、いろいろ大変ではあるけれど、とてもやりがいを感じています。この楽しさをぜひ、若い女性研究者にも知ってほしいのです。

── 次の世代を担う研究者へのメッセージを教えてください。

繁富:まずはPh.Dをめざしてほしいと思います。学位を取れば、確実に世界が、つまり選択肢が広がります。進路は決してアカデミックだけではありません。起業してもいいし、企業側も博士人材の採用に積極的になりつつあります。アカデミアに進んだとしても、オックスフォードの先生たちのように起業も選択肢に入ってきます。自分の可能性を広げるために、特に女性こそ積極的にPh.Dをめざしてください。

── 最後に今後の抱負を聞かせてください。

繁富:現在取り組んでいる折り紙工学やMEMSの研究を進めるのが、まず大切なテーマです。同時に、女性研究者としての経験を活かして、後進の育成にも貢献したい。そのため大学の管理運営をはじめとして、学内外でさまざまな職務を担っています。講演会や取材に積極的に協力しているのも、次世代へのメッセージを発信するためです。研究活動、社会貢献活動と子育てなどのライフワークバランスをうまくとりながら、女性リーダーの一つのあり方を示せればと考えています。

リケラボ編集部撮影

繁富(栗林) 香織(しげとみ(くりばやし)かおり)

1974年、北海道滝川市生まれ。2004年、英オックスフォード大学(エンジニアリングサイエンス)博士課程修了(D.Phil)。東京大学生産技術研究所博士研究員、東京大学生産技術研究所博士研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD)などを経て2014年北海道大学特任助教、2016年より北海道大学特別教育プログラムである新渡戸カレッジの特任准教授、2023年より現職。2013年「世界で注目すべき女性研究者25人」のロボット分野で選出。 2014年IEEE EMBS Micro and Nanotechnology in Medicineで若手研究者ベストプレゼンテーション賞。 2023年キャタピラーSTEM賞 最優秀賞。2016年「TED×Sapporo」登壇。2019年Scientific Reports Top 100 2018 in Cell and Molecular Biology(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部

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