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唾液で老化を測れる!?沖縄科学技術大学院大学 照屋博士に聞く、道を拓くためのコツとは?│リケラボ

唾液で老化を測れる!?沖縄科学技術大学院大学 照屋博士に聞く、道を拓くためのコツとは?

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人は誰でも、老化します。しかし同じ年齢でも早くから衰えを感じる人もいれば、いつまでも若々しい人もいます。老化には個体差があり、年齢だけでその進行度が測れるものではありません。

今回のリケラボトピックスは、老化の進行度を、客観的・数値的に測定することに挑む研究をご紹介します。

体内の状態を把握するためには、従来から血液や尿に含まれる代謝物によって測定する方法がありますが、今回お話をうかがった沖縄技術大学院大学(OIST)の照屋貴之博士は、血液や尿よりも手軽な「唾液」による老化の測定に成功しました。

唾液で老化を測れることが判明したのは、とても画期的な成果です。いかにして実現できたのか。唾液で老化を測れるとどんなメリットが期待できるのか。早速伺ってみましょう!(取材:2021年12月)

老化を測定する仕組みと「唾液」に注目したきっかけ

―まず、老化の測定についてですが、具体的にどのような方法で老化を数値的に測定できるのでしょうか?

細胞や組織などの加齢変化を定量的に捉えることで、老化度を客観的に評価することができます。私達の研究チーム、沖縄科学技術大学院大学 G0細胞ユニット(柳田充弘教授)では人の血液、尿、唾液などの体液中に含まれる「代謝物」の加齢変化を調べることで、老化という複雑な生命イベントを包括的に理解しようと試みてきました。

人間は食物(栄養素)を原料にしてエネルギーを取り出したり体の組織を維持したりしています。また、不要なものを排泄する仕組みも持っています。これらに関わる一連の化学反応を「代謝」といいます。代謝の過程で生じる低分子(分子量にして1,000以下程度の化合物)を「代謝物」あるいは「代謝物質」などと呼びます。食物は体内で消化されることにより、アミノ酸、糖質、脂質、有機酸などの代謝物に変換され、体内で利用されます。DNAを構成しているヌクレオチドなどの核酸塩基も代謝物です。

様々な種類の代謝物を網羅的に解析する研究手法を「メタボロミクス」と呼びます。質量分析計や核磁気共鳴装置(NMR)などを用いて試料中に含まれる代謝物全体を網羅的に検出・定量し、対照データと比較することによって、差異や変化のある代謝物ならびに代謝経路を明らかにすることができます。メタボロミクスをヒト研究に用いることにより、老化や疾患に関連した変化を見つけたり、食事などの生活習慣が代謝に及ぼす影響などを調べることができます。ゲノム(遺伝子)やプロテオーム(タンパク質)に比べ、メタボローム(代謝物)は環境因子などの非遺伝的な影響を受けやすい(変化が現れやすい)と考えられていることから、生活習慣病の研究にも用いられています。

―解析することで何が分かるのですか?

例えば、疾患のバイオマーカー※の探索に有用です。研究対象とする疾患の診断(臨床検査)データに加え、メタボロミクスから得られるデータを大規模かつ長期的に収集することで、疾患の発症前(臨床検査に異常値が現れる前)に生じる特徴的な代謝変化を捕らえることができれば、それは疾患の発症を予測するためのバイオマーカーになり得ます。さらに、バイオマーカーと疾患の関連性を詳細に調べることにより、疾患自体の理解が深まり、治療法や予防法のヒントが得られる可能性があります。

※バイオマーカーとは:ある疾患の有無、病状の進行状態、治療の効果の指標となる生体内の物質。生物指標化合物ともいう。血圧、心拍数のほか、血液中に測定されるタンパク質など生物由来のデータ。腫瘍マーカーは、がんの進行に伴って増加する特定の物質のこと。

―メタボロミクスによっていろいろな病気の早期発見が可能になるのですね。

病気の状態だけでなく、年齢差による代謝物の違いを比較してみようというのが今回の我々の研究です。老化自体は病気ではありませんが、老化によって病気にかかりやすくなったり、回復しにくくなったりします。健康長寿の実現のためには、加齢に伴って徐々に起こる変化をつぶさに理解することが重要です。代謝の変化に関して、分かっている部分もありますが、まだまだ全容を掴みきれていないのが現状です。私達は健康な若年者(20歳代)と高齢者(80歳以上)の協力を得て、血液・尿・唾液中に含まれる代謝物の網羅的分析(メタボロミクス)を行い、老化に関連して増加または減少する代謝物(老化マーカー)の同定を試みてきました。私達の生体試料の集め方には特徴があり、採取直後に代謝物を安定化するための処置を行なっています。このユニークな手法によって、多くの新しい発見に成功しました。

画像提供:照屋先生

―もともとは血液を使って研究を進められていたとか。

血液は体中を絶えず循環しており、全身の組織・細胞と代謝物やガスなどを交換しています。よってリアルタイムの全身状態を最も反映している組織の一つと言えます。血糖(グルコース)のように厳密に濃度が管理されている代謝物もあれば、カフェインのようにほとんど代謝的な制御を受けず、食習慣の違いによる個人差が出やすい代謝物もあります。また、血液の中でも血漿に豊富な代謝物もあれば血球に局在している代謝物もあります。京都大学医学部附属病院 近藤祥司准教授の研究チームとの共同研究で、このような基礎データを集めてみると、意外にも知られていないことだらけで、非常に多くの収穫がありました。メタボロミクスから得られるデータは膨大ですが、文献で知る情報よりも自分達で得た情報の方が記憶に残りやすく、解析を重ねるごとに個々の代謝物の特徴(男女差や個人差など)を習得できたことが、その後の研究にも役立ちました。

若年者と高齢者の血液メタボロミクスから、高齢者では糖代謝、筋肉維持、抗酸化、酸化還元に関わる代謝物が低下し、RNAやタンパク質の分解代謝や尿素サイクル等で生じる老廃物系の代謝物が増加していることがわかりました。

―そこから唾液の分析をしようとなったのはなぜでしょうか。

血液代謝に関する知見がたまってきたので、次に尿と唾液もやってみようと思いました。これらは非侵襲的に取得できるので、試料収集の面では血液に比べて圧倒的に研究しやすいです。尿は体外に排出されますが、唾液は食べ物の消化などに使われ、基本的に体内に戻ります。そうした違いが代謝物の内容にも現れていると予想されました。また、血液との共通点や相違点にも興味がありました。

―これまで唾液があまり研究されてこなかったのはどうしてですか?

唾液中の代謝物濃度は血液に比べてずっと薄いので、まず検出が難しいという問題があります。また、消化酵素などのタンパク質や、嚥下(えんげ)を助けるための粘度の強い高分子が多く含まれています。これらは代謝物の測定を妨害するので除去する必要があります。さらに、唾液中の代謝物の濃度は血液に比べて個人差が大きく、日中変動も小さくないことが先行研究によって明らかにされていました。つまり、血液に比べて代謝物の検出が難しいことと変動因子が多くあることが、唾液研究を難しくしていると考えられます。

―どうやって実現したのでしょうか?

血液メタボロミクスにおいて蓄積された豊富な測定データが、唾液代謝物の解析にとても役立ちました。微小なピークも過去のデータから候補物質を絞り込み、迅速に検証することができました。安定した測定再現性を得るための前処理法がすでに確立できていたことも大きかったです。また、機能的に(あるいは代謝経路上)関連する化合物同士の相関データも、結果を解釈する上で有用でした。もし最初に血液ではなく唾液のメタボロミクスから挑戦していたら、同じ結果に辿り着けなかったかもしれません。

唾液から高齢者に多くみられる疾患の早期発見ができるようになる

―今回の研究では、2つの異なる年齢層の唾液中の代謝物を包括的に解析し、唾液中に加齢の兆候が明確に表れることが明らかにされたとのことですが、これまでのお話から、大変ユニークで貴重な研究成果だということが良くわかります。具体的にはどのようなことが分かったのでしょうか?

まず一つ目の成果は、扱いが困難な唾液から99種類の代謝物を同定したことです。そのうち21種類で若年者と高齢者の間で有意差があり、唾液にも老化を反映する情報が含まれていることが明らかになりました。唾液老化マーカーの構成は、血液マーカーや尿マーカーと一部重複もありましたが、基本的には全く違うと言って良いと思います。唾液マーカーは、血液や尿とは異なる老化の側面を反映していると思われます。

―すごく興味深いですね!

高齢者ではグルタミン酸を含む4種のアミノ酸の低下が認められました。舌の味蕾にはアミノ酸を認識する味覚受容体があります。唾液中のアミノ酸含量の低下は、味覚の変化を引き起こす可能性があります。また筋肉に局在するアセチルカルノシンとクレアチニンも低下していることがわかりました。これは全身の筋力低下を反映しているかもしれませんし、咀嚼や嚥下などの口腔機能に関わる骨格筋量の低下を反映している可能性もあり、さらなる検証実験が必要です。

―唾液でしか得られない情報もあるということですね。

老化度評価のための生体試料として、唾液も有用であることが明らかになりました。発見された唾液マーカーは特許出願中です。健康管理には継続的なモニタリングが必要ですから、唾液で手軽に検査できる点が魅力です。老化のタイプが分かれば、個別に効果的な対策を考案することが可能になるかもしれません。

上のグラフは、唾液中の4種類の代謝物の量を測定するだけで、その人の年齢がおおよそわかることを示している。青い点は27〜33歳の年齢層の参加者を、赤い点は72〜80歳の参加者をそれぞれ表している。
画像提供:照屋先生

―唾液であれば気軽に検体が採取できるし、認知症などの病気の早期発見につながるといいですね!

実は最近、国立病院機構琉球病院(福治康秀院長)との共同研究で、血液中の認知症マーカーに関する論文を発表しました。赤血球に豊富に存在する抗酸化物質やエネルギー産生に関わる代謝物の量が、認知症患者では低下していることを見出しました。それらの物質は唾液中にも含まれています。今後、認知症患者の唾液も研究し、認知症マーカーとしての可能性を追究したいです。

― 今後、唾液による老化マーカーの測定を普及させるためにはどういったことが必要でしょう?

現在私たちが分析に使用しているのは、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)という大型の研究機器で、使用するためにはある程度のノウハウが必要です。この機器は、複数の代謝物や微量の代謝物の測定には適していますが、今後唾液による老化マーカーの測定が普及するためには、より簡便に迅速に安価に測定できる、マーカーの測定に特化した装置やキットの開発が必要と思います。多くの研究者に関心をもっていただくことで普及する可能性が高まるので、そのための努力をしたいと思います。

研究者として、先の見えない未来を切り開くために必要なこと

―リケラボは研究者を目指す読者の方も多いので、ここからは先生ご自身のキャリアについてお伺いしたいと思います。もともとどういった経緯で研究者を志されたのでしょう?

大学3年生の夏休みに、インターン制度で理化学研究所で研修させていただきました。そこで初めてプロの研究者と接する機会に恵まれました。私のあらゆる質問にまるで百科事典のように即座に答えてくださったことが大変衝撃的な経験でした。豊富な知識に加え、取り組んでいる研究の意義を生き生きと語る姿に「研究者ってこんなにすごい人たちなんだ!」と、憧れるきっかけになりました。それまで、自分が博士課程まで進むことを考えたことはなかったのですが、自分の向き/不向きはあまり考えず、とにかく夢中になれることをやれるところまでやってみようという思いで大学院への進学を決めました。

―大学院ではどんな研究をされたのですか。

学部4年生から大学院生までの6年間、インターンとしてお世話になった理化学研究所抗生物質研究室にて長田裕之先生にご指導を仰ぎました。微生物が作り出す有用な代謝物(二次代謝物)の探索研究をしました。微生物の培養抽出物ライブラリを作成し、その中から抗癌活性・抗転移活性のある物質をスクリーニングしました。ヒットした抽出物を見つけると、その生産菌を大量培養し、生理活性物質を単離・同定します。さらに、その生理活性物質の作用機序を明らかにすることにより、新規な分子標的を明らかにするという研究を行いました。学位取得後、1年間のポスドクを経て、私の地元・沖縄にある創薬ベンチャーに就職しました。沖縄の天然資源(微生物、植物、藻類など)から医薬品のシーズとなる化合物の探索する仕事に従事しました。

―OISTへ転職されるきっかけは何だったのですか。

沖縄県から研究費の助成を受けている企業や大学の合同成果発表会があり、そこでOISTの柳田充弘先生の講演を聴きました。人の血液代謝物の分析を通じて老化を理解しようとする話を伺い、非常に興味をもちました。ちょうど研究員を募集されていたのと、前職の雇用契約が満了するタイミングだったので、思い切って応募しました。現在10年目になります。

画像提供:照屋先生

―ベンチャーとアカデミア両方で研究のご経験がおありですが、研究環境はやはりだいぶ違うのでしょうか?

企業での研究は、新しい商品やサービスを開発するという目標があると思います。目標がクリアな分、大学での研究に比べると自由度は低いですが、チームが同じ方向に向かって一丸となる雰囲気が好きでした。

一方、アカデミックでの研究は、企業の場合に比べて柔軟性が高いと思います。予想通りの結果が得られなかった場合、仮説の見直しや目的の変更がやりやすいと思います。柔軟性が高いということは、研究者の能力や意思がより重要であり、結果の解釈や方向性の決断に悩むことを多く経験すると思います。企業にしろアカデミアにしろ、同僚や分野の近い仲間の意見を仰いだり、学会等で専門外の人から批評してもらうことは、新たな気づきを得られるという点で非常に重要だと思います。

―最後に、これから研究者を目指す方へのメッセージをお願いいたします。

研究者を取り巻く社会環境は大変厳しいですが、そんな中でも研究者を志せる人は、探求することの楽しさや他の研究者に認められる喜びを知っていると思うので、ぜひそうした原体験を大事にしていただきたいと思います。「まだ誰もやっていないことを追究したい」「この研究ならいつまでも没頭できる」「自分の強みを活かせる」そうしたことに胸を躍らせ努力できる人であれば、周りのサポートを得て成果を出していくことができると思います。

また、自分の興味の範囲を狭めないことも大切だと思います。所属先やプロジェクトが変わる度に研究テーマの変更を余儀なくされ、やりたいことが十分に出来ず不満や不安を感じることもあると思いますが、新たな知識や実験手技を身に付ける機会と捉え、その時々で自分の持っている武器を生かしながら小さな成果を積み重ねていくと、後で点と点がつながり、個性的な研究成果やキャリアが築かれ、その先の方向性を見出せると思います。

画像提供:照屋先生

関連論文タイトル: Human age‑declined saliva metabolic markers determined by LC–MS,
発表先: scientific reports
著者: Takayuki Teruya, Haruhisa Goga & Mitsuhiro Yanagida
DOI: 10.1038/s41598-021-97623-7
発表日: September 13, 2021

リケラボ編集部

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