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博士の本棚(第1回) 作家:伊与原新さん 理学博士にして直木賞候補推理作家の「人生を変えた私の5冊」

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理系博士たちは、いったいどのような本を読み、そこからどんな影響を受けてきたのでしょうか。ご自身の人生を語る上で外せない書籍・文献との出会いを「人生を変えた私の5冊」と題し紹介いただく”無茶ぶり”企画。記念すべき第1回は2021年刊行の『八月の銀の雪』が第164回直木三十五賞候補にもなった気鋭のミステリ作家・伊与原新さんに、科学者として、作家として大きく薫陶を受けた厳選5冊を教えていただきました。  

伊与原 新(いよはら しん)
1972年、大阪生れ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。2010年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞。2019年、『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞。他の著書に『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』『磁極反転の日』『ルカの方舟』『博物館のファントム』『梟のシエスタ』『蝶が舞ったら、謎のち晴れ 気象予報士・蝶子の推理』『ブルーネス』『コンタミ』がある。(冒頭ポートレート撮影:新潮社)

 

『不思議の国のトムキンス』


科学に親しむようになったきっかけは、メーカーの技術者だった父が購読していた科学雑誌「ニュートン」だと思います。宇宙や天体の美しいイラストは眺めているだけで楽しいものでした。中学一年のとき、そんな父がプレゼントしてくれたのが、箱入りの『ガモフ全集』。著者のジョージ・ガモフは宇宙論や素粒子論で偉大な業績を上げたロシア生まれの物理学者ですが、一般向けの科学啓蒙書を数多く著したことでも知られています。その代表作である『不思議の国のトムキンス』は、主人公の銀行員、トムキンス氏が相対論的効果や量子力学的な現象が日常的にあらわれる世界に迷い込み、不思議な体験をするという物語。上手いのか下手なのかよくわからない独特な挿絵や、物語の途中で物理の講義をする「教授」の味のある語り口は、今も強く印象に残っています。中学生だった私はこの本で相対論や量子論を理解したような気になり、科学や物理学への憧れをかきたてられました。

著者:ジョージ・ガモフ
出版:白揚社 2016年発刊

画像引用元:白揚社

 

『新しい地球観』


高校二年か三年のとき、物理と地学を教わっていた先生から勧められたのが、この新書です。著者の上田誠也先生は東京大学の地球物理学者(現・名誉教授)。出版されたのは1971年のことで、「新しい地球観」というのは当時確立されつつあったプレートテクトニクスのことを指しています。プレートテクトニクス理論は1960年代後半から急速に発展し、地震や火山のメカニズム、大陸と海洋底の構造などを統一的に説明する、地球科学史上最大のパラダイムシフトをもたらしました。本書は、その歴史から当時の最前線までを日本の第一人者として臨場感たっぷりに描いた名著です。数百年にわたって世界中の地質学者が蓄積してきた膨大なデータが、プレート運動という突破口によってドミノ倒しさながらに次々と読み解かれていくさまに、ページをめくる手が止まりませんでした。理学部に進んで地球や惑星の勉強をしたいと漠然と考えていた私は、この本と出会って地球物理の研究者を目指そうと心に決めました。

著者:上田誠也
出版:岩波書店 1971年発刊

画像引用元:岩波書店

 

『十角館の殺人』


私は一応ミステリー作家としてデビューしていますので、そちら方面の出会いも述べておかなければならないでしょう。アガサ・クリスティやエラリー・クイーンなどの海外の古典ミステリーは中学生の頃によく読んでいたのですが、日本人作家の作品にどっぷりはまったのは大学生になってからです。きっかけは、いわゆる「新本格」ミステリーの旗手、綾辻行人さん。とくに、『十角館の殺人』を読んだときの衝撃は今も忘れられません。たった一行で世界がひっくり返る驚きと、騙される快感。すっかりその中毒になった私は、綾辻さんの「館シリーズ」を夢中で読みふけりました。シンプルでありながら見抜けない美しいトリックの数々は、今なお他の追随を許しません。本作との出会いから十数年のちに、私はミステリーの新人賞を受賞してデビューすることになるのですが、選考委員の一人がなんと綾辻行人さんでした。奇遇とも思えるそんな縁も含めて、人生を変えた一冊と言えるでしょう。

著者:綾辻行人
出版:講談社 1987年発刊

画像引用元:講談社

 

『虹の解体 いかにして科学は驚異への扉を開いたか』


最後に、私の小説の背骨を支えてくれている科学者を二人挙げておきたいと思います。一人は、イギリスの進化生物学者、リチャード・ドーキンス。すべての生物は遺伝子の「乗り物」に過ぎないと説いた『利己的な遺伝子』が有名ですが、私にとってのドーキンスの真骨頂は、「科学とは何か」を語り続けている一連の著作です。ドーキンスという人は筋金入りの懐疑主義者、無神論者で、とくに宗教に対しては過激な主張も目立ちます(『神は妄想である』など)。にもかかわらず、その書きぶりに不思議な安心感と温もりを感じるのは、彼が根っこのところで人間性や理性というものの存在をかたく信じているからでしょう。『虹の解体』というタイトルは、ジョン・キーツという詩人が「物理学は虹を解体し、その美しさを台無しにしてしまった」と主張したことに由来します。ドーキンスはこの本の中でそれに反論を試みているわけですが、その情熱にあふれた講義は、人間という生物に与えられた「センス・オブ・ワンダー」の価値をあらためて認識させてくれます。

著者:リチャード・ドーキンス
訳者:福岡伸一
出版:早川書房 2001年発刊

画像引用元:早川書房

 

『悪霊にさいなまれる世界 「知の闇を照らす灯」としての科学』


そしてもう一人が、アメリカの惑星科学者、カール・セーガンです。彼の著作『悪霊にさいなまれる世界』には、こんな言葉があります。「もしあなたが科学オタクなら、あなたはカッコワルイはずである。もしあなたがカッコワルイなら、あなたは科学オタクである」。もちろんこれはセーガンの本心ではなく、世間にはびこる安直なレッテル貼りを揶揄したものです。彼自身はカッコワルイどころか、イケメンでオシャレ、トークも上手いスター研究者でした。ボイジャー計画などNASAの太陽系探査において指導的役割を果たす一方で、作家としても活躍。科学ノンフィクション『コスモス』はテレビシリーズとともに世界中で人気を博し、SF小説『コンタクト』はハリウッドで映画化もされました。そんなマルチなセーガンが、やや生真面目に懐疑主義者としての顔を見せているが、この『悪霊にさいなまれる世界』。科学は闇を照らすろうそくであり、ろうそくで照らされた世界は美しい。科学、人類、世界へのセーガンの愛に思わず目頭が熱くなる、感動の一冊です。

著者:カール・セーガン
訳者:青木薫
出版:早川書房 2009年発刊

画像引用元:早川書房

 


【リケラボより】伊与原新さんの最新刊のご紹介です!

今回ご寄稿いただいた伊与原新さんのご著作についてもリケラボ編集部よりご紹介させていただきます!
『八月の銀の雪』。第164回直木賞候補作ともなった本書は、書き下ろしの全5篇からなる短編集です。鋭くも温かい人間描写と知識欲を刺激してやまない”科学”のスパイス。一気に引き込まれるテンポのよい読み味ながら、どの物語からも薫る深い読後の余韻がもったいなくて、あえて1日1篇ずつ大切に読み進めたくもなる、リケラボの読者の方にとりわけお勧めしたい一冊です!

八月の銀の雪

伊与原 新・著/ 新潮社
2020/10発売
ISBN : 9784103362135
価格:¥1,760(税込)

不愛想で手際が悪い――。コンビニのベトナム人店員グエンが、就活連敗中の理系大学生、堀川に見せた真の姿とは(「八月の銀の雪」)。会社を辞め、一人旅をしていた辰朗は、凧を揚げる初老の男に出会う。その父親が太平洋戦争に従軍した気象技術者だったことを知り……(「十万年の西風」)。科学の揺るぎない真実が、傷ついた心に希望の灯りをともす全5篇。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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