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研究者・科学者の読書体験│発光生物研究の第一人者、大場裕一教授(博士の本棚第5回) | リケラボ

発光生物研究の第一人者、大場裕一教授の「人生を変えた私の5冊」

博士の本棚(第5回)│中部大学 応用生物学部 大場裕一さん

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第一線で活躍する理系博士たちは、いったいどのような本を読み、そこからどんな影響を受けてきたのでしょうか。ご自身の人生を語る上で外せない書籍・文献との出会いを「人生を変えた私の5冊」と題し紹介いただく企画。

第5回は、日本で唯一となる発光生物の基礎研究を行うラボを率いる中部大学の大場裕一教授。

以前リケラボでも、恐竜時代のホタルの色を再現した研究成果から、発光生物の魅力について取材しました。

「知的好奇心に素直に勉強していくのがいい」と語る大場先生の人生に影響を与えたのはどのような本たちなのか。お話を伺いました。

大場裕一(おおば ゆういち)

総合研究大学院大学大学院生命科学研究科・分子生物機構論専攻修了。博士(理学)。大学では有機化学、博士課程では生物を学び、2000年の名古屋大学着任を機に発光生物(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)研究の道に。科学哲学にも興味を持つ。著書に『光る生き物の科学 発光生物学への招待』(日本評論社)、『恐竜はホタルの光を見たか』(岩波科学ライブラリー)等多数。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

『新学習図鑑シリーズ 昆虫の図鑑』

画像提供:大場先生

僕は小さい頃からいろいろな生き物が好きで、魚介類の図鑑や昆虫の図鑑などをずっと眺めているような子どもでした。父親が岩石学者だったので岩石の図鑑なんかもありましたが、なかでも特に好きだったのがこの昆虫の図鑑です。

当時僕は札幌の街の中心部に住んでいました。幼かったから遠出できなかったということもありますが、周辺に昆虫があまりいない環境だったんです。北海道大学のキャンパスは近くにありましたが、石の下にいるゴミムシやカミキリムシくらいしか興奮するような虫はいなくて、カブトムシとかカマキリとかは全然いないんです。札幌の真ん中で図鑑を見ながら、憧れの昆虫たちに思いを馳せていました。

親に聞くところによると、僕は平仮名より片仮名を先に覚えたようです。図鑑の生物名は片仮名で書いてありますからね。本当に図鑑ばかり見ていたんです。

その後、小学校の途中で山形県に引っ越すことになりました。すると引っ越した先では、なんと憧れていた昆虫たちが実際にいるわけです。本物のカブトムシが樹液に集まっているシーンを見て、すごく感激したのを覚えています。カマキリもカブトムシもたくさん捕まえていました。

僕は大学では化学の方に進んだのですが、最終的に昆虫や生物に戻ってきたのは、この時の影響なのかもしれないと思っていますね。

『新学習図鑑シリーズ 昆虫の図鑑』
出版:小学館

『三四郎』

画像出典:新潮文庫

小さい頃は図鑑ばっかり読んでいましたが、高校くらいからは小説も読むようになっていて、いろいろな小説を読んでいました。当時は澁澤龍や稲垣足穂をカッコつけて読んでいましたが、結局夏目漱石に戻ってきたんですよね。

夏目漱石の中でも、特に三四郎の話が一番好きです。青年三四郎が大学入学のために上京し、これまでいた田舎の生活と都会のきらびやかな生活、そして学問の世界の狭間で振り回されていきます。

僕が若い頃は、三四郎の体験を自分と重ねて心を動かされていましたが、今では学問ばかりしている登場人物に気持ちが動くこともあって、読み方が変化していくのを感じます。自分の年齢や立場、置かれている環境によって、読むたびに感じ方が変わるのがこの本の魅力なのだと思います。

夏目漱石は研究書も多いので、それを読むと、こんな読み方があったのか、と新たな発見があります。例えば、当時漱石が生活していた場所を知ってから読むとまた感じ方が変わったりして、読むたびに理解が深まるのを感じて面白いんです。このあたりは研究者的な発想かもしれません。

あとは夏目漱石の文章が好きなんです。文章の上手さよりも、僕の気持ちにフィットしていて、自分が文章を書くときでも見習いたいような文章だと感じています。

『三四郎』
著者:夏目漱石
出版:新潮文庫

『個体発生と系統発生』

画像出典:工作舎

この本には、自分が生物学の研究をする上で大きな影響を受けました。大学院生の頃に手にとった本で、原書は1977年出版と古いです。

生物はどのように進化するのか。卵から大人になるまでの過程を繰り返していくのか、というテーマについて述べられていて、その後このテーマが進化発生生物学という分野に成長していくんです。この本の内容はその先駆けといえるものです。

自分が生物学の中でも進化を主軸に捉えて研究したいと思うようになったきっかけを担ったと言えるので、僕にとってとても大事な本です。

著者のスティーブン・ジェイ・グールドは、非常に古い文献や誰も見つけてこないような文献を紹介したり、生物進化に関する斬新なアイディアを数多く出したりしているんです。

生物学の論者というとリチャード・ドーキンスが有名で、ドーキンス派かグールド派か、なんてことを言う人もいるのですが、それでいうと僕は明らかにグールド派です。

若い頃はグールドのエッセイ集に自分の研究が1行でも引用されたら本望だと思っていました。残念ながらグールドは2002年に亡くなってしまいそれは叶いませんでしたが、僕のこれまでの研究で、グールド好みの研究はいくつかできているかな、今だったら引用されてもらえたかな、と思っています。

グールドはサイエンスライターでもありました。僕も書籍を出版しているので、物書きとしての影響も受けています。

グールドの信条に、「一般向けに物事を簡単にしてはいけない」というものがあります。高度な内容であっても一般向けに説明できるはずである、と言っていて、それは僕も心に留めています。一般向けだからこの程度説明すればいいだろう、ではなく、きちんと説明すれば分かるはずだから、簡単な比喩に逃げずに説明しなければいけない、という考え方を僕も実践するようにしています。

『個体発生と系統発生』
著者:スティーヴン・ジェイ・グールド
出版:工作舎

『若き科学者へ』

画像出典:みすず書房

僕は大学院生やポスドクの頃に、科学哲学や科学史の方向に転向しようかと考えたことがあります。

当時、自分はなぜ科学をやっているんだろうとか、そもそも科学って何だろう、という、いわゆる科学論や科学哲学に興味が出てきて、この本はその頃に読んでいた本です。

科学哲学の本ではないのですが、科学者とはどういうものか、科学者の生き方や態度についてどうあるべきか、明快にさっぱりと書いています。実験とは何か、研究とは何か、科学者にとっての賞と栄誉とは何か、と具体的なさまざまなテーマについて、著者であるピーター・B・メダワーの考えが簡潔に書かれています。

僕が特に影響を受けたのは、著者がこの本の中で、科学を”art of soluble” つまり「解けるものを解く術である」と言っていたことです。科学というものは、壮大なテーマに頭を悩ませるものではなく、科学的方法で解ける問題を見つけてきて、それを解くことであると言っているのです。当時これを読んだとき、なるほどと、とても腑に落ちたことを覚えています。

ピーター・B・メダワーは、ノーベル賞を取った免疫学者なんです。免疫学というのはいわゆる「役に立つ学問」なのですが、実は僕は役に立つ学問にはあまり興味がないんですね。それでも僕が彼から影響を受けているのは、著者が免疫学者なのに「役に立つ」ことを押し出しているわけではなく、解けるものを解けと言っていることに感動したからだと思います。

『若き科学者へ』
著者:ピーター・B・メダワー
出版:みすず書房

『発光生物』

画像出典:恒星社厚生閣

まさに僕の研究分野の本です。1985年の本ですが、当時は世界の発光生物全般について紹介している日本で唯一の本だったんです。僕が本格的に発光生物の研究を始める、2000年頃に教授の先生が持っていたのが、この本の存在を知ったのがきっかけです。

著者の羽根田弥太という方は、発光生物の研究に生涯を捧げた方で、僕にとっては憧れの人です。そしてこの本は、その羽根田弥太の集大成のような本なんです。

読んでみて思うことは、発光生物に対する異常な情熱です。光る生物をとにかく探しまくっていることが伝わってきます。博物館の館長もされていた方ですけれども、それでも自分でフィールドに出て、何か新しい生き物を探し、見つけたら光るかどうかを試し、調べることを惜しみなくやっていて、その結果誰も気づかないようなことをいくつも発見してるんです。

羽根田先生は存命中、愛すべきお人柄だったようで、頭の中は発光生物のことしかなく、家族で遊びに行っても発光することしか考えていない、まさに学者という感じだったようです。そういったところは自分も共感するところがあって、分野の大先輩というだけでない、人物への魅力を感じます。

この本が出版されたのが1985年。それ以降に公開された遺伝子関係の研究は膨大にありますが、それはこの本には書かれていません。なので、1985年以降の研究の進展や新しい発見などを網羅したものを自分の手で作れたらな、と思っています。

『発光生物』
著者:羽根田弥太
出版:恒星社厚生閣

『世界の発光生物 ―分類・生態・発光メカニズムー』

画像提供:大場先生

発光バクテリアからツキヨタケ、ホタル、そしてチョウチンアンコウなどの脊椎動物といった現在知られているすべての発光生物について、世界でもごくわずかの発光生物の基礎研究を進める、まさに発光生物の第一人者である大場先生が、分子生物学的知見を踏まえて紹介してくださっています。書籍『発光生物』紹介のところでお話ししてくださった「1985年以降の研究の進展や新しい発見などを網羅したものを自分の手で作れたらな、と思っています」の答えとなる本だとのこと、発光生物好き必読の書です!

▼大場先生にご登場いただいた過去記事はこちら
恐竜時代のホタルの光は何色だった?再現した中部大学・大場先生に聞く発光生物の魅力

リケラボ編集部

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