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研究者・科学者の読書体験│バイオメカニクス研究の第一人者、中田敏是准教授(博士の本棚第6回) | リケラボ

生物の飛行メカニズムを解明し、ドローンなどの機械工学へと応用する中田敏是准教授の「人生を変えた私の5冊」

博士の本棚(第6回)│千葉大学 大学院工学研究院 中田敏是さん

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第一線で活躍する理系博士たちは、いったいどのような本を読み、そこからどんな影響を受けてきたのでしょうか。ご自身の人生を語る上で外せない書籍・文献との出会いを「人生を変えた私の5冊」と題し紹介いただく本企画。

第6回は、生物の体を力学的に研究する「バイオメカニクス」分野に携わる、千葉大学の中田敏是准教授以前リケラボでも、蚊の障害物検知メカニズムを解明した研究成果を取り上げました。

前回の記事で「『面白い』と思う気持ち」の重要性について語ってくださった中田先生。そんな先生の人生に影響を与えたのはどのような本でしょうか?

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中田敏是(なかた としゆき)
2012年に千葉大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士号を取得後、オックスフォード大学(英国)、王立獣医大学(英国)でポスドク研究員となる。その後2016年1月より千葉大学で特任助教となり、2019年より現職。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

虫の国をたずねて

虫の国をたずねて

小さい頃によく読んでいた、さまざまな虫の習性を説明している漫画の本です。私は昔から機械が好きだったのですが、虫も同じくらい好きでした。両親の実家の近くには自然が多くあって、この本で読んだ虫を実際に見ることができたので、虫が身近な存在だったのだと思います。アゲハチョウを幼虫から成虫になるまで育てたことも覚えています。今にして思えば、機械も虫も、どのような仕組みで動いているのだろうという現在につながる興味の対象として見ていたようにも思います。

実はこの本、私自身は読んでいた記憶が最近までありませんでした。ですが私の母から、私がこの本を何回も読んでいたと言っていた話を聞くことがあって、試しに中身を数ページ眺めたところ、強烈に記憶が蘇ってきて、繰り返し読んでいたことを思い出したので、今回1冊目として選出することにしました。

『虫の国をたずねて』
著者:古川晴男 監修 高橋タクミ 著
出版:集英社

1~6年の科学』シリーズ

これは1冊の本としてではなく、『○年の科学』という本が毎月1冊ずつ届く月刊誌として選出しました。タイトルの通り科学をテーマにした雑誌なのですが、科学実験ができる付録がついていて、例えばpHを測ったり、水質調査をしたりと、毎月いろいろな科学知識を楽しく学べるようになっていました。

とりわけ印象に残っているのは、形状記憶ハイテクボートという付録です。お湯に浮かべて氷を乗せると、形状記憶合金が勝手に回って進む舟なんです。他にもソーラーカーなんかでよく遊びました。

付録は自分で組み立てるようになっていて、仕組みの解説も載っていたので、好奇心がとても刺激されました。4歳年下の弟も同じく購読していたのですが、どうやら弟の分の付録まで私が奪うように夢中で作っていたらしく、弟には申し訳ないことをしました(笑)。

私は大学で工学部に進学しましたが、材料工学とかロボットとかに本格的に興味を持つきっかけのひとつが、この毎月送られてきた付録にあったと思います。

『1~6年の科学』
出版:Gakken

フラニーとゾーイー

この小説は、大学に入学して間もない頃に繰り返し読みました。作者のサリンジャーといえば最も有名なのは『ライ麦畑でつかまえて』ですが、私もそこから入って、何冊目かに『フラニーとゾーイー』にたどり着きました。

賢い兄妹のお話で、フラニーという名前の妹が、理想と現実の間で苦しんで心を閉ざしてしまうのですが、それをお兄さんのゾーイーが一生懸命元気づけようとします。ゾーイーは口が悪いんです。ですが、口が悪いなりに一生懸命、フラニーが元気になるように説得します。そして、次第にフラニーの心が解けてきて、元気になっていくんです。

この本の何が私の心を打つか、というのはなかなかうまく言葉にできないのですが、兄妹の愛情だったり、ゾーイーが不器用なりに懸命に説得する様子に、なんだか世の中捨てたもんじゃないんだなと感じられてきて、そういうところがいいのだと思います。最後にフラニーがパッと立ち上がシーンがあるんですけれども、そこが特に好きです。

私自身も、大学に入学した頃というと結構暗い生活を送っていました。サークルにも入らず、「生きていても死んでいても一緒だな」なんて本気で思いながら日々を過ごしていました。実は機械とか科学に対する興味も、その頃はちょっと後退していました。大学こそ工学部に入りましたが、学校の勉強とか受験など、頑張らなきゃいけないことのために、知らないうちに自分の興味を押し殺してしまっていたんでしょうね。

今思い返すと、当時は私もフラニーと同じような心の苦しみを抱えていたのだと思います。だからこの本をお守りみたいに持ち歩いて、心の支えにもしていたのかもしれません。

『フラニーとゾーイー』
著者:J・D・サリンジャー(著) 野崎 孝(訳)
出版:新潮文庫

私の個人主義

夏目漱石の作品ですが、こちらは小説ではなく講演録です。私が博士課程の後半にいた頃に出会った本だったと思います。最初に知ったきっかけは、NHKで夏目漱石の特集番組をたまたま見たことでした。その番組で紹介されていたエピソードとして、夏目漱石はイギリスに留学経験があるのですが、そこでとても孤独に苛まれ、落ち込む日々を過ごしたそうです。ロンドンを歩いていて、向こうから汚い見た目の人が歩いてくるなと思ったら、鏡に写った自分だった、という自虐風の日記が残っていて、私は当時海外で生活したことはありませんでしたが、海外の学会などで似たような気持ちになることもあり、共感しながら観ていました。

そんな苦しみの果てに漱石がたどり着いた「自己本位」という言葉が、この『私の個人主義』の中で語られます。「自己本位」という言葉を簡単に説明すると「自分の基準で生きていったらいいじゃないか」ということです。周りと比べてどうかではなく、自分がどうなのかが大事だと。漱石の場合は文学ですが、私は科学の分野でも同じことが言えると思いました。

私がこの本に出会ったのは、博士課程に進み、ちょうど研究者として生きていくんだという決断をした頃でした。この道で生き残るためには、論文を出し、学会で発表し、とにかく自分の実力を自分で証明しなくてはなりません。でも当時はまだ論文を一つも出していないような時期で、果たして自分は生き残れるのか、学会で惨めな気分で帰ってくることにならないか、とても不安に思っていました。

そんなタイミングだったので、漱石の「自己本位」という言葉が深く心に突き刺さったのだと思います。自分ですごいと思う研究ができて、それを世の中に見せることができたら、それで十分じゃないか、と思えるようになりましたし、今でもそう思って研究していますね。

『私の個人主義』
著者:夏目漱石
出版講談社学術文庫

Life in moving fluids

Life in moving fluids

最後に、私の専門分野であるバイオメカニクスの本を紹介します。バイオメカニクスは、機械工学や力学の知識を使って、生き物の形や動きを説明するような分野です。著者のヴォーゲルという人は、バイオメカニクス分野では知らない人はいないほどの権威ですが、この本は研究者向けの専門書ではなく、バイオメカニクスについて一般向けに説明しているものです。

基礎となる力学についてもしっかりと説明していて、「力学は生き物の仕組みの説明にもこんな風に使えるのか」「自分にとって当たり前だと思っていた力学的知識をベースにしたモノの見方も、世の中的には当たり前ではないのか」ということを理解させてくれた本です。研究成果の見せ方や説明の仕方、もっと言えば、研究で世の中を動かすためには伝え方に「おもしろさ」の観点が大切であることも、この本から学びました。夏目漱石から学んだ「自己本位」の追求に加えて「研究成果を世の中にどのように伝え、役立てるか」という新しい価値観を自分に取り込むきっかけとなった本です。一人前の研究者として認められるためには「自己本位」と「世の中に向き合う」、どちらの要素も同じくらい重要だと思います。私は、そのそれぞれを気づかせてくれた本に、いいタイミングで出会えたのだと思いますね。

Life in moving fluids 書籍版 電子版
著者:Steven Vogel
出版 Princeton University Press

▼中田先生にご登場いただいた過去記事はこちら
世界初、蚊の障害物検知メカニズムを解明。ドローンへの応用も!生物の動きを解明する生体力学が面白い!千葉大学 中田敏是助教

リケラボ編集部

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