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働きながら博士号取得!学問を続け本業に活かす。三井化学伊崎健晴さん(工学博士) 企業研究職のプロフェッショナルに会いに行くー

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研究開発職として長年活躍し、日本のモノづくりを支えてきた大先輩にはすごい人、カッコいい人が大勢いるに違いない。とふと思い立ったリケラボ編集部。

そこで、プロフェッショナルな企業研究開発者とはどういう人なのかを知るために、30年以上1社で活躍されている方にその極意を聞くべく各社に取材を依頼。応じてくださったのが三井化学・リサーチフェローの伊崎健晴さん(工学博士)だ。

伊崎健晴さん
工学博士/三井化学株式会社リサーチフェロー

学生時代は機械工学を専攻。法政大学院修士課程を修了後1988年に三井東圧化学(現在の三井化学)へ入社。1990年より1年間、京都大学へ研究出向し高分子物性・レオロジーを学ぶ。会社勤務と並行して論文発表を続け、2003年に博士号(京都工芸繊維大学)を取得。機械工学とレオロジーの両専門分野を活かし、押出成形の研究や高分子物性解析、流動解析シミュレーション、炭素繊維強化材料の開発などを経験。

伊崎さんの仕事人生から得た学び
・専攻とは畑違いの業界に思い切って就職。結果吉となる。
・働きながら自分の学問も追究。結果的に本業に活かされる。
・何かの分野で第一人者になると、企業勤めでも、自分のやりたいことをやらせてもらえる。
・研究開発に一番大切なものは平常心。たどり着いた境地とは。

伊崎さんは現在、新しくリサイクル関連の分野でプラスチック廃棄物の再利用を促進する技術開発に挑戦している。ここに至るまでの約30年間、様々なテーマの仕事を経験され、ときには大きな壁に直面したことも。どのように壁を乗り越え、三井化学という大企業で唯一無二の存在となるまでになったのか。伊崎さんの仕事人生から、企業研究者のプロフェッショナルとなるための秘訣を学ぼう。

 

化学メーカーで、機械系出身ということが強みになった

昔から自動車やバイクに興味があったという伊崎さん。大学は工学部機械工学科へ進学。熱力学の研究室に所属、コンピュータを使ったシミュレーションを中心に研究し、修士課程を修了した。力学は様々な計算やシミュレーションで物質が壊れる点を算出するなど、モノを設計するときのベースになる。周囲は自動車メーカーを希望する人が多く、伊崎さんも例外ではなかった。だが、「海沿いにホタルのように光が連なる化学プラントの夜景がきれいで惹かれた」ことをきっかけに1988年、三井化学(当時の三井東圧化学)に入社することになる。

 

最初に任された仕事は、「押出機を透明にすること」

「プラスチックを押出成形する際に使用する『押出機』は、当時は中身が見えないブラックボックスでトラブルが起きても何が原因かわかりにくかったのです。機械に入れた原料が溶けて合わさって、目的の形になって出てくるのですが、同じ押出機でも、樹脂の種類が変わるとうまく混ざらなかったり、急に焦げてしまったり、トラブルが起きても機械の中で材料がどんなふうに変化しているか見えないため、経験と勘で設定しなければなりませんでした。そこで、機械の中で起きていることを見えるようにするというのが、入社して最初に与えられたテーマでした。」

――高熱の材料が入っている押出機を透明にするとは、ガラスなど透明な素材を用いるということでしょうか?

「中で起きていることを正確に把握できるようにする、ということで方法はいくつかあります。文字通り一部をガラス張りにして実際に中が見えるようにするだけでなく、センサーをたくさん設置して温度や圧力などの情報を細かく取れるようにしたり、シミュレーションによって材料の変化や成形の過程を再現するなど、いくつかの手法を組み合わせ、半透明くらいまでは実現できたという実感があります。」

入社後すぐに任された仕事を通じて伊崎さんは、「化学出身者が多数を占める化学会社の中で、機械系出身でコンピュータを使ったシミュレーションが得意な自分の力は、強みになる」ということに気がついたという。

 

企業に就職しても学問を追究する

畑違いと思っていた化学メーカーでのキャリアのスタート時に、自分の強みを生かすことができると知ったことは、伊崎さんに大きな自信と仕事に対するさらなる意欲を与えた。そして会社のコア技術であるプラスチックについて必死で学んでいるうちに、チャンスが訪れる。国内留学という形で、京都大学で高分子化合物の勉強をする機会が与えられたのだ。

入社3年目のことだった。

以降、留学中に書いた論文を皮切りに、仕事の合間を縫って2年に1本ほどのペースで論文を出し続けることになる。論文が8本たまった2003年に、材料のふるまいを式にするという構成方程式(レオロジー分野)の研究で博士号を取得した。

――16年もこつこつと会社の仕事をしながら研究を続けることは、なかなかできないことと思います。

「基礎研究を続けることはモノづくりに生きます。会社での実践に理論計算を追加することで、モノづくりがより論理的で再現性の高いものになりました。」

伊崎さんはその後も、個人として学会活動に参加、現在は大学の非常勤講師も勤めている。学生からの質問や指摘が仕事のアイディアにつながることもあり、アカデミアとつながり続けることのメリットは非常に大きいという。

「かつては、メーカーは伝統的に学会活動に積極的だったが最近はそういう人は少ない。一流の研究者に出会い、自分を洗練する機会としてぜひ活用してほしい」と話す。

 

企業での基礎研究でも独自性を

話を元に戻そう。

1年間の研究出向を終えた後、伊崎さんは、樹脂成形の流動解析やシミュレーションを担当。樹脂加工の過程で起きてしまう不具合を解決するために、材料の特性や押出成形の過程を見直すなど、基礎研究に近い仕事をすることになった。機械工学科出身というバックグラウンドと、押出機の改善に携わった経験、そして研究出向を経て学んだ高分子化合物の知識。これらを組み合わせて生まれた伊崎さんならではの強みを武器に、研究の仕事をしていくことになる。

研究の変遷を見ると、計算が得意という強みを生かして、社内で独自のテーマで研究を続けてきたことがわかる。

 

キャリア史上最大の壁。もがき続けてつかんだ ものづくりの壁の乗り越え方

――企業の中で基礎的な研究という希少なポストで研究を続け、個人の研究として博士号も取得、順風満帆なキャリアに見えますが、壁にぶつかったことはあるのでしょうか?

「約3ヶ月間、やってもやっても答えが出ない、という時期がありました。樹脂加工の解析をしていたのですが、とにかく何度シミュレーションしても、プログラムを調整しても、良い結果が出ないんです。1990年代のコンピュータは、今のスマートフォンよりもかなり遅くて、計算を走らせるのにもかなりの時間がかかる中、どんな計算をしても一歩も進まず、出社が憂鬱になるほどでした。」

ブレークスルーは突然訪れた

「もう20年以上前のことなので、何がきっかけになったのかよく憶えていないのですが、不屈の精神であれこれ手を変えて試すうちに、スッと前に進めるタイミングが来ました。やりつくした中でも打ち手をひねり出す、という執念みたいなものがあったように思います。不思議なもので、一度うまくいきだすと流れが一気に良くなっていくというか。あれも計算してみよう、これも計算してみよう、というような感じで、壁を乗り越えることができました。」

上流に遡り、複数の角度から工程を見直してみることで原因が見つかったそうだ。

押出成形について、基礎から研究を地道にやってきたことが生きたと実感できた出来事でもあり、ものづくりのキモをつかんだ経験だったとのこと。

 

プロフェッショナルになると、企業勤めでもやりたいことができるようになる

大きな壁を乗り越え成果を出すことができた伊崎さんは、その後もシミュレーションや成形加工に携わる。実務と並行して個人としての研究も継続していたため、伊崎さんの仕事には理論的根拠が加わり、専門性がどんどん磨かれていった。

開発技術を製造拠点に展開していくにつれ、ついには、社内で「プラスチックの成形加工のことなら伊崎に聞け」と言われるほど、確固たる存在となった。伊崎さんは「自分の城を築けた」という実感とともに、新たな研究分野、材料開発に移ることになる。2007年には研究主幹に。部下も増え、携わる仕事の規模も、どんどん大きくなっていった。

「テーマは提案して始めることが多い」

研究主幹となった後の研究テーマは5年サイクルごとに変わってきたそうだ。自分で提案することが多いとのこと。

例えば2014年に始めた「炭素繊維強化ポリプロピレン」の開発。軽くて、硬く、強く、自動車の軽量化に役立つと期待がかかる材料だが、それまで三井化学では取り組んでいなかった。

「ポリプロピレンは三井化学のコア技術ですが、それだけでは先がない。競合他社さんもどんどん力をつけています。炭素繊維強化ポリプロピレンはすでに他社さんも手掛けている中、後発にはなりますが、挑戦してみることにしたのです。」

社内にノウハウがない素材の開発を自ら提案し任せてもらえるほど、会社から絶大な信頼をおかれているのだ。

企業に就職したら、会社から与えられたテーマしか研究することはできないというイメージが強かったが、プロフェッショナルの域に達すると、自らテーマを設定し研究することも可能となるということなのだろう。

2019年からは、新しくリサイクル関連の分野で再生プラスチックを有効利用するための技術開発に挑戦している。それまで手掛けてきた炭素繊維強化ポリプロピレンは、自動車を軽量化することによって燃費を向上させるという点では、エコな製品だ。だが炭素繊維はリサイクル負荷が高いことに課題がある。そこで、使用後の循環をよりよい形にすることで環境問題の改善に繋げたいと考えるようになった。

 

プラスチックを作る側としての責任

――この2,3年で世界中が脱プラの方向に大きく動きましたね。

「日本のプラスチック工業化の歴史はこの60年と、紙やガラス、金属といった他の材料から比べるとごく最近のこと。歴史の浅い素材ですが、我々に豊かな生活をもたらした良い材料であることに変わりありません。ただ、周知のとおり、ごみなど環境に与える負荷も少なくないことから、プラスチックを作る会社として、少しでもリサイクル量を増やすための技術を開発する責任があると考え、研究を始めました。」

「この問題には正解があるわけではなく、誰もが長い時間をかけて考え続け、答えを出していかなければなりません。以前私が3ヶ月間悩み続けて正解が出なかったのと同じように、ある日突然良い考えが浮かび、ブレークスルーできるかもしれません。だからこそずっと考え続ける必要があります。時には振り返って、時には少し横道に入って、と繰り返すうちに、良い解決方法が見つかると信じています。」

 

研究開発者としてたどり着いた境地

最後に、企業研究者としての信条を聞かせていただいた。

「私が信条としているのは、『すべてのことに感謝する』ことです。研究者は“違い”がわからなければなりません。昨日と何が違う、今日は何が違う、と、少しの違いに気がつくことが、発見や発明につながるからです。」

「変化に気づくためには、冷静であることが非常に大切です。特に怒りやイライラは大敵です。視野が狭くなると、見落としが多くなります。常に自分の気持ちをニュートラルに保つにはどうすればいいか、深く考えたということではないのですが、自然と『感謝する』ということにたどり着きました。」

また、伊崎さんは研究開発を「雇用の創出」とも捉えているという。新しいものを作り出すことで人が働く場所が生まれ、社会も便利になり、会社も、人も幸せになるということだ。

「そのためにも今後も新たな技術の開発に挑み続け、さらにはこれからの時代を担う世代に理系の世界に興味を持ってもらえるよう、将来的には子どもたちに向けたボランティアなどにも携わってみたいと考えています」と話してくれた。

会社のみならず社会へと広く貢献していく姿勢が、30年研究一筋でやってきたプロフェッショナルとして、とても印象に残った。

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著者プロフィール:

リケラボ編集部

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