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人はなぜ眠る。筑波大・柳沢教授が挑む睡眠の謎の解明と 「眠りの医療」革命

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人は誰もが毎日眠りにつき、一定時間眠ったあと再び目覚めます。では人は、一体何のために眠るのでしょうか。この極めてシンプルな問いに、科学はまだ答えを出せていません。ただ眠りに関係のある脳内物質は明らかになってきています。その一つが1998年、米テキサス大学時代に柳沢正史教授が発見した「オレキシン」です。

柳沢教授は現在、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長を務める睡眠研究の世界的な権威です。2017年にはAI活用により睡眠の検査サービスを提供するベンチャー企業「株式会社S’UIMINも起業。本稿では柳沢教授に、睡眠研究の最先端の状況と教授のこれまでの研究者人生を語っていただきました。

 

謎だらけの睡眠科学に射した一筋の明かり

―睡眠研究には根源的な謎が残っていると伺いました。

柳沢 大きな謎が2つあり、1つは睡眠の機能、もう1つは睡眠の調節メカニズムです。そもそも人はなぜ眠らなければならないのか、睡眠中に脳内で何が行われているのかがわかっていません。そして、睡眠がどのように制御されているのかも不明です。

―眠るのは、単純に脳を休ませるためだと思っていました。

柳沢 睡眠中に脳の中で何かが回復するのは間違いありません。ただし、睡眠中の脳が単に休息だけしているのかといえば、決してそうではない。例えば大脳皮質の神経細胞の活動は、睡眠中でもほとんど低下していないのです。つまり睡眠中も脳はアクティブに活動しているのですが、具体的に何をしているのかがわかりません。一方、私がいま解明に取り組んでいるテーマは、睡眠の制御についてです。

―長く起きていると眠くなるのは、自然なことではないのですか。

柳沢 もちろん眠くなるのは自然な欲求であり、眠気を取るためには寝るしかない。起きている間に睡眠欲求が溜まっていくために眠くなり、睡眠欲求は眠っている間に下がる。ただしそのプロセスの実体、すなわち眠りの物理的なメカニズムがわかっていないのです。こうした謎を解明する際に通常は何らかの仮説を立てて実験・検証を進めていくのですが、現状では仮説構築そのものが難しい。そこでマウスを使ったシステマティックな探索実験を積み重ねてきました。約1万匹のマウスを使ったフォワード・ジェネティクスと呼ばれる手法で、これは遺伝性がみられる形質(表現型)からその原因となる遺伝子を探り当てるやり方です。

―実験はどのように進められたのでしょうか。

柳沢 まずマウス1匹あたり約50カ所の遺伝子変異をランダムに入れます。各マウスには手術をして小さな電極を取り付け、脳波と筋電図の計測により睡眠の異常を調べるのです。膨大な数のマウスの睡眠を解析してくと、その中に睡眠の異常を示すマウスがごく稀に見つかります。この睡眠異常が次の世代に遺伝すれば、遺伝性の睡眠異常を示すマウスの家系ができたことになります。実際に実験の結果、睡眠が非常に多い家系「Sleepy」と、レム睡眠が減少する家系「Dreamless」が出現し、それぞれの原因遺伝子Sik3Nalcnを同定しました。この研究成果は2016年11月にNature誌オンライン版で公開されています。

 

眠気の正体を解く大きな手がかりを発見

―2018年にもNature誌にIIISの研究成果が掲載されています。

柳沢 Sleepy変異マウスと断眠して眠いマウスを調べた結果、脳内タンパク質の中でリン酸化状態が変化しているものを発見したのです。変化が起こっているタンパク質は80種類ありました。これらのタンパク質では、起きている時間が長くなるのに伴ってリン酸化が進行していました。従ってリン酸化が脳内の睡眠要求を定量的に反映していると考えられます。実際に睡眠をとればリン酸化レベルが下がり、逆に起きている状態が長く続くとリン酸化が過剰なレベルに高まりました。

Sleepyマウスと断眠させたマウスの2種類について、それぞれ自由に睡眠させたマウスの脳と比べてみると、眠気の程度に応じて80種類のタンパク質群のリン酸化が変化していた。

―発見されたタンパク質が、眠気に重要な役割を果たしているわけですね。

柳沢 さらに興味深い事実も判明しています。見つかった80種類のタンパク質のうち69種類が、シナプスに局在するタンパク質であることが判明しました。つまりこれらのタンパク質は、シナプスの機能や構造に重要な役割を果たしているのです。シナプスはいわば記憶素子ですから、そこには起きている間に記憶されたメモリーのカスがどんどん溜まります。カスが溜まり続けると何らかの問題が起こるため、どこかの段階で元に戻す必要があると考えられています。睡眠を取ることで、この記憶のカスが削除されている可能性があるのです。

※IIISでの研究の様子を説明したビデオを下記サイトで見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=rYUDWZj1q_8&feature=youtu.be

 

不眠診療にパラダイムシフトを起こす

―ベンチャー企業の「S’UIMIN」を立ち上げた理由は、研究成果を社会に還元するためですね。

柳沢 日本では多くの人が睡眠障害に悩まされており、高齢者ではその3分の1が不眠症といわれています。しかし、現状の不眠症治療には大きな問題があります。不眠を訴える患者さんが、客観的にどの程度眠れているのか、正確に識別できないのです。今のところ不眠症であるかどうかは、問診のみで診断されます。つまり、実際に眠れていないのかどうかは別として、患者さんが「眠れない」と訴えれば、不眠症と診断されるのです。

―睡眠状態を実際に検査すれば良いと思うのですが。

柳沢 ところが睡眠検査は簡単ではありません。そもそも日本で睡眠時の脳波測定を行える病院は、全国で300程度と絶対数が不足しています。しかも患者さんは入院し測定室で睡眠ポリグラフと呼ばれる大がかりな装置をつけて計測されますが、これでは自然な状態での睡眠を測ることは不可能です。

―実態に応じた治療が行われていない可能性があるのでしょうか。

柳沢 不眠を訴える患者さんの7割は、客観的にはそこそこ眠れているといわれます。一方で残りの3割の方は本当に眠れていない方です。にもかかわらず現時点ではどちらの患者さんも同じように「不眠症」と診断されるのです。本当に眠れていない人に対しては、薬物などによる治療が必要かもしれません。逆に実際には眠れているのに「寝ていない」と訴える方には、心理的な別のアプローチが望ましいでしょう。いずれにしても睡眠状態を客観的に正確に把握する必要があります。そこで脳波ベースで正確に睡眠を計測できるシステムの開発に取り組んでいます。具体的には、着け心地もよく睡眠を妨げない脳波測定デバイスをつけて眠ってもらいます。測定された脳波データはスマートフォンなどでクラウドに送られ、クラウドに組み込まれたAIがそのデータを解析していきます。その解析結果を用いることで医師は正確に不眠症の診断を行うことができ、その後の適切な治療・改善につながります。そもそもデータを集積すること自体に大きな価値があると考えています。

―データが蓄積されていけば新たな知見が生まれそうです。

柳沢 いわば睡眠脳波のビッグデータですから、脳のメカニズムについて画期的な知見を得られる可能性があります。さらに血圧計や血糖値を簡単に測る装置が開発され引き起こされたパラダイムシフトを、睡眠の分野でも起こしたいのです。

―パラダイムシフトとは、どのようなものでしょうか。

柳沢 家庭用血圧計が市販されるようになり、医学の教科書で高血圧に関する部分が書き換えられました。血圧の正常値が20mmHgもぐらい引き下げられたのです。それまで血圧は病院でしか測れなかったので「白衣高血圧症」と呼ばれる現象が起こっていました。これは患者さんが病院の雰囲気に緊張するため血圧が上がってしまう現象です。ところが家庭で計測する場合は余計な緊張をすることもありません。その結果、普段の血圧は病院で計測するより低いことが明らかになったのです。そして毎日血圧を気にすることで、高血圧になる人が減りました。糖尿病についても患者さんが自分で常時血糖値をモニタリングするだけで血糖値が下がるのです。睡眠計測を簡単にできるようになれば、いわゆる「不眠症」で悩んでいる多くの人を救える可能性があります。

―実際には眠れているのに「不眠症」と悩む人は減りそうですね。

柳沢 気持ちの問題として「眠れていない」と感じているような方は、データを見れば安心されるかもしれません。逆に「実際に」眠れていない方には、薬を処方するなど根拠に基づいた医療を施すことができます。

―サービスの提供開始は、いつ頃になりそうでしょうか。

柳沢 2020年の夏頃から健康経営に取り組む企業向けに、また同年中に医療機器としての認証を取得し医療機関向けのサービスをリリースする予定です。そのほかにも、睡眠関連ビジネスに携わる寝具メーカーや住宅メーカーの研究開発や、製薬企業での治験などの用途でのサービス提供も想定しています。

 

大学院生時代の研究成果で世界的に注目を集める

―医学部を卒業したのに臨床には進まなかったのですね。

柳沢 大げさな言い方になりますが学部卒業時に「人生最大の決断」をしました。臨床医ではなく基礎研究の道に進んだ理由は、自分の性格にあると思います。とにかく小学生の頃から不思議なことを見つけると「なぜ?」と思い、その理由を何とか明かしたいと考え続けてきたのです。大学院では幸運なことに、当時その自由な雰囲気により「眞崎放牧場」と呼ばれていた眞崎知生先生の研究室に進みました。そこで自由に取り組ませてもらった研究で、血管を収縮させる因子「エンドセリン」を発見しました。大学院生ながら投稿した論文がNature誌に掲載され、一躍世界から注目されるようになりました。

※教授が研究員と楽しく話すラボの雰囲気は「眞崎放牧場」を彷彿とさせる。

―謎を解明したいという思いのままに研究を重ねた結果、アメリカの大学からスカウトされたのですね。

柳沢 Natureに掲載されたのが1988年3月です。引き続きエンドセリンの作用メカニズムを解明した論文が、1990年12月のNatureに掲載されました。その結果、1991年に米テキサス大学にスカウトされたのです。いきなりテニュア(※1)の准教授という地位を与えられ、同時にハワード・ヒューズ医学研究所の准研究員としても採用されました。自由にやっていいからと与えられた研究室の両隣は、後にノーベル賞を受賞するトーマス・スードフとブルース・ボイトラーというとんでもなく素晴らしい環境だったのです。

―そこで研究を続けて「オレキシン」を発見されています。

柳沢 エンドセリンに関する論文は1万3千回以上も引用され、肺高血圧症の治療薬開発につながりました。ただ自分としては、何か次の研究に取り組みたいと考えて、オーファン受容体(※2)のリガンド探しを始めたのです。ちょうどそのタイミングで、エンドセリン研究を一緒にやってくれた櫻井武さんがポスドクとしてテキサス大学にやって来たので、再び彼と研究に取り組んだ結果、脳内のペプチド性神経伝達物質「オレキシン」を発見しました。

―オレキシンも最初は機能がよくわからなかったとか。

柳沢 最初、食欲に関わる機能があるだろうと見当をつけ、ギリシア語で「食欲・欲望」を意味するorexisにちなんでオレキシンと名付けました。ところが実験を重ねてみると、どうも食欲とはあまり関係がないことがわかってきた。そこでマウスが夜行性動物であることに着目して、夜間の摂食行動をビデオ撮影して調べてみたのです。するとオレキシンをノックアウトしたマウスは、突然活動を停止して倒れ込むように眠りに落ちていました。いわゆる「ナルコレプシー(※3)」と呼ばれる睡眠覚醒障害です。つまりオレキシンには睡眠と覚醒のスイッチとしての機能があったのです。その後オレキシン受容体を標的にした不眠症の治療薬が上市され、医療現場で広く使われているほか、ナルコレプシーそのものの治療薬も開発が期待されています。

※1テニュア:米国の大学で、一定の条件を満たした教職員に与えられる終身在職権であり、優秀な研究者に与えられる終身身分保障制度でもある。
※2オーファン受容体:リガンドが同定されていない受容体タンパク質。
※3ナルコレプシー:日中において場所や状況を選ばず起こる強い眠気の発作を主な症状とする睡眠障害である。自発的に覚醒を維持する能力、およびレム睡眠を調節する機能の両者が阻害される。

 

研究を生涯の仕事にしたいならPh.D.を目指せ

―日米の研究環境の違いを教えてください。

柳沢 大型の研究資金については、日本がトップダウン型なのに対してアメリカはボトムアップが基本です。ボトムアップとは、研究者の提案について研究者同士でピア・レビューし、良いアイデアだとみんなが認めた研究に対して資金が提供されるのです。これに対して日本では、研究支援制度の大枠、例えば対象となる分野や、制度の運用に関する仕組み・規則などがトップダウンで決まります。そうなると、研究者は上からお仕着せの制度に沿ったプロジェクトを提案するしかない。

―トップダウンということは、誰が決めるのでしょうか。

柳沢 基本的には文部科学省や財務省のキャリア官僚です。そこで問題なのが、そうした官僚の多くが文系出身であること。もちろん優秀な方が揃っていますが、いかんせん高度な研究については専門外なため、本来投資すべき分野に研究費が回っていません。逆にノーベル賞をとった分野などは、わかりやすいために巨額の投資が行われたりします。アメリカなどでは、既にノーベル賞を取った分野ではなく次にノーベル賞を取りそうな分野に集中的に研究費が配分されることを思えば、彼我の大きな違いを感じます。

―IIISはWPI拠点として支援を受けていますが、10年で打ち切りとうかがいました。

柳沢 ですから助成金がなくなった際にどうするか、その対策を日々最優先に考えています。日本では大型の研究がだいたい5年単位で区切られていて継続性のないのが問題です。私が以前支援を受けていたFIRSTも5年で終了し、後継プロジェクトのImPACTでは基礎研究が対象ではなくなりました。イギリスなどは政府が負担する研究費の総額が日本の半分ぐらいながらインパクトのある研究を行っています。日本も、制度自体の無駄をなくせば、今まで以上に世界をリードする研究成果を出せるポテンシャルがあると思います。日本の研究支援制度のあり方については、まだまだ改善の余地がある。もっと研究者コミュニティが裁量を持ち、科学的に本当に面白く、意義ある研究に支援が行き届くよう、今後見直されることを期待しています。

―Ph.D.取得については、どのようにお考えでしょうか。

柳沢 欧米においては、研者としての最低限のバッジと考えられています。つまりアカデミアの世界だけでなく、企業でも研究者として働くならPh.D.を持っていることが暗黙の前提条件となっているのです。こうした流れが日本にも浸透しつつあります。なかでも我々が関わっているような製薬やバイオ系企業で顕著になっていて、特に外資系企業ではPh.D.とそうではない人ではポジションがまったく違ってきます。例えるならキャリア組とノンキャリア組の違いです。研究職を将来の選択肢として考えているなら、ぜひ学位を取得すべきでしょう。

※思い立ったとき、すぐにディスカッションができるようラボにはホワイトボードをはじめ、ちょっとした書き込みのできるスペースが用意されている。

―工学系ではマスターで出る学生も多いようですが。

柳沢 そこが日本の問題だと思います。アメリカでは「エンジニア」といえばPh.D.のことです。日本の大手メーカーでイノベーションがなかなか起こらないのは、Ph.D.人材が不足しているからではないでしょうか。そう考えれば、これからの工学系人材はPh.D.取得により、キャリアパスが一気に広がる可能性があると思います。日本が研究分野で世界と戦っていくためには、Ph.D.人材の活躍が必要不可欠です。

―筑波大学では卓越大学院プログラムのヒューマニクス学位プログラムが始まります。

柳沢 生命医科学と理・工・情報学の両研究分野において、博士レベルの知識・技能とこれらを有機的に融合できる科学的専門力を持ち、その力を社会に還元できる応用力を備えたリーダー人材育成を目指すプログラムです。社会人になってから博士号を取りに来る人もいますが、できるなら学部卒からストレートに取ったほうが良い。修士と博士では、到達できる次元がまったく異なります。研究職志望の方は、ぜひPh.D.取得を目指してください。

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長 教授
柳沢 正史(やなぎさわ まさし)
1988年、筑波大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士(筑波大学)。1991年、米テキサス大学准教授及びハワード・ヒューズ医学研究所准研究員に就任し、24年間現地で研究室を主宰。2010年より筑波大学教授、2012年に新設された筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長に就任。2017年、株式会社S’UIMINを起業し、代表取締役CEOに就任。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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