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「疲労」と「眠り」のメカニズムを解明 先入観や固定概念を捨て仮説を立てない実験アプローチ │リケラボ

先入観や固定概念を捨てる!仮説を立てない実験アプローチで「疲労」と「眠り」のメカニズムを解明

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スポーツをしたり、力仕事をした後、すぐにでも眠りたいほど強い眠気に襲われることってありますよね? 眠気がピークに達すると眠りにつき、翌朝、またスッキリして目が覚めます。私たちはこうして眠りと覚醒を繰り返し、日々の生活を営んでいますが、実際のところ「肉体疲労」と「眠気」には明確な関係性があるのでしょうか? 「肉体疲労」と「眠気」のメカニズムを解明された林悠先生に伺いました。

線虫を使った眠気の実験

── まず眠気はどこで、どんなふうに生まれるのですか?

眠気を誘発するのは脳と考えられています。脳には睡眠をコントロールする睡眠中枢があり、何らかのシグナルを発して、睡眠に関わるタンパク質の活性を変えているのではないかと研究が進められ、たくさんの結果も出されています。

起きている間に何かが溜まっていき、眠るとそれがなくなってスッキリする。その溜まっていく何かが眠気を誘発しているのではないかと多くの研究者が調べています。

── つまり脳のシグナルが眠気に影響しているということでしょうか?

そう捉えている方も多いのですが、今回私が取り組んだ線虫を使った実験結果から、睡眠自体は脳だけでなく全身にも作用している可能生があることがわかりました。

── 実験に使った線虫とは、どのような動物ですか?

線虫は1ミリ程度の大きさで、体の構成がとてもシンプル。1000個ほどの細胞から成り立ち、そのうち脳細胞は300個ほど。シンプルがゆえに遺伝子の欠損が死に至りにくいため実験に使用した際に安定した結果が得られやすいのが特徴です。

また、世代交代が早いのも実験を行う上ではメリットです。代表的な実験動物であるマウスの場合、世代交代に数か月かかるところ、線虫は約3日で世代交代します。遺伝子操作を行った際、3日後に子の代への影響がわかるので、非常にスピーディ。今回の実験ではマウスと線虫を併用しました。

── どんなふうに実験を進められたのでしょう?

線虫1匹あたり数十個の遺伝子操作を行い、睡眠にどう関与しているか、あるいは関与していないかを調べました。全部で6000匹の線虫の遺伝子を操作したので、原理的にはほぼすべての遺伝子を調べたことになります。すべての遺伝子を調べたことで、「肉体疲労」や「睡眠」のメカニズムの一端を解明することができました。

── 実験にはかなりの根気と時間が必要だったのでは?

片っ端から調べるために、実験装置をつくりました。小さな丸いスペースを50個設け、そこに遺伝子操作を行った線虫を1匹ずつ入れ、飼育しながら解析するというシリコン製の装置です。それぞれの線虫の睡眠を解析し、異常な睡眠を行う変異体をピックアップしました。ちなみにこの装置なら、1300匹の睡眠解析を行うことができます。6000匹ですから、20日間でスピーディに解析することができました。

線虫を観察する装置の一部
画像提供:林教授

実験結果にワクワクしました!

── 実験から、どのような結果が得られましたか?

アトランダムに、先入観なく調べたことで、思いも寄らぬ結果が得られました。単細胞生物からヒトを含む哺乳類が持っている遺伝子「SEL-11」の働きを阻害することで約2.5倍もの時間、線虫が眠るようになったのです。普通の線虫は1回で23時間眠るのですが、SEL-11が操作された線虫は約6時間も眠るようになったのです。すなわち、SEL-11は睡眠を抑制している遺伝子だということがわかりました。

次に、このSEL-11がどこの組織に存在するときに機能するかを調べました。全身でSEL-11が働かなくなった変異体に対して、神経にだけ、腸にだけ、筋肉にだけというふうに正常なSEL-11を体内に戻していきました。すると、上皮に戻したときに線虫の睡眠時間がもとの23時間に戻ったのです。この結果にはとてもワクワクしました。睡眠に関するほとんどの遺伝子は脳で働いているとされていますが、SEL-11は脳以外、上皮のような末梢組織にあっても睡眠に作用することがわかったのですから。

── そもそも、SEL-11とはどのような遺伝子なのですか?

各細胞の中には、小胞体という「タンパク質合成工場」があります。DNAの設計図をもとにタンパク質をつくっています。そして、鎖のような形をしたタンパク質が小胞体の中で正しく折りたたまれると、細胞を出て体内の目的地へ運ばれていきます。ただ、ときには正しく折りたたまれていない「不良品タンパク質」もつくられてしまいます。不良品タンパク質は品質チェックを通過できず、細胞内に溜まっていきます。その溜まった不良品タンパク質を分解するのがSEL-11の役割です。

画像提供:林教授

── つまり、不良品タンパク質がたまると眠たくなると。

そうです。小胞体内に不良品タンパク質がたまる状態を「小胞体ストレス」と言います。不良品タンパク質がたくさん溜まった結果、「このままだと細胞の機能に悪影響を及ぼしかねないので、何らかの対処をしましょう」という司令が届き、たとえば、折りたたみの作業を助けるようなタンパク質を増やしたり、不良品タンパク質を分解するタンパク質を増やしたり、一時的にタンパク質の合成をストップさせたりします。そういった働きのうち、どれかが睡眠をコントロールしているのではないかと考え、検証した結果、PERKというタンパク質が睡眠をコントロールしていることがわかりました。

── PERKはどんな働きをしますか?

PERKはもともと、不良品タンパク質が溜まるとそれを検知し、タンパク質を合成するための重要な因子であるeIF2αの働きを弱める働きをします。「新しいタンパク質の合成を抑え、不良品タンパク質の分解や修復に集中しよう」というわけです。言うならば、PERKはタンパク質が溜まってきたときの応急処置係。同時に、脳の睡眠中枢にも働きかけ「眠ってください」という司令を出していることもわかりました。

おそらく、肉体が活動し、疲労することで不良品タンパク質が増え、全身のPERKから脳に「そろそろ眠ってください」という司令が届きます。脳が肉体を眠らせている間にSEL-11が不良品タンパク質を分解し、小胞体内からなくなると、朝、スッキリした感覚で目を覚ますことができるのではないかと考えられます。

眠気の正体に迫る

── 線虫にとって「肉体の疲労」とは?

小胞体ストレスが溜まることこれがすなわち線虫にとっての肉体の疲労であり、さらに眠気の正体だと考えています。線虫は骨がないため、体を「クチクラ」で守っています。クチクラとは固いタンパク質のことで、人の爪もクチクラの一種と言えます。線虫は柔らかい体、とくに上皮をクチクラで保護するため、常に上皮を働かせています。だから、線虫にとっては上皮が肉体のなかでもとくに疲労しやすいのです。疲労とは小胞体ストレスが溜まることですから、そこでPERKが脳に「眠ってください」と司令を出し、眠気が強まっていくわけです。

── 人にとっての「肉体の疲労」は?

人の場合、疲労を感じる要素として、筋肉が大きく影響していると考えます。今、マウスを使って実験しているのですが、筋肉に小胞体ストレスが多く溜まるかどうかをまず調査し、溜まる場合は運動することで筋肉から睡眠の司令が出るかどうかなどを検証しようとしています。結果次第では、人も線虫と同じ睡眠のメカニズムをもっていることが解明できるかもしれません。

── 睡眠のメカニズムには未だ謎が多いと聞きます。なぜ今回、疲労と眠気の関係性を解明できたのでしょうか?

睡眠の研究に線虫を使い、先入観なく網羅的に、大規模な形で遺伝子を調べたことが功を奏したと考えています。このようなアプローチは世界でも前例のないものでした。一度にたくさんの線虫の睡眠を測定できる装置を作り、実験の仕込みに長い年月をかけて行ったことが実を結んだのです。手作業では6000匹の観察には限界がありますが、この装置のおかげで、全体を客観的な目線で見渡せたことがよかったと思います。

画像提供:林教授

先入観や固定概念を振り払う実験アプローチ

── ユリウス・カエサルは、「人は見たいものしか見ない」と言いましたが、やはり研究においても先入観や固定概念が結果の邪魔をするということはありますか?

あるでしょうね。もちろん仮説を立てることをある種の先入観を持つことだと捉えればそれによって大きな成果が得られた研究もたくさんありますから、先入観が必ずしも悪いものということではありません。ただ、私がもし「眠気の正体は脳にある」という固定された考えだけで実験を行っていたとすると、今回の結果は出なかったでしょう。

実際、私たちはSEL-11という遺伝子に当初はまったく着目していませんでした。それなのにSEL-11が、しかも脳ではなく上皮で睡眠に大きく影響を与えていることがわかり、本当に驚いています。線虫が1匹ずつ入る容器をつくり、カメラで撮影し、その画像から線虫がどれくらい眠っていたかを自動で計測するプログラムを開発したことで、人の主観が入らないようなシステムができました。「見たいものしか見ない」ようにしないためのシステムです。まさに、先入観や固定概念を振り払ったアプローチを採ったからこそ、見出せた発見だったと言えるでしょう。

大切なのはチャレンジすること

── 研究や実験を行う上で大事にされていることは?

チャレンジすることです。私の研究室では学生に挑戦的なテーマを選ぶよう勧めています。チャレンジングな研究はやっていてワクワクするし、大きな発見につながれば自信にもなりますから。

ただ、学生は限られた時間の中で、卒業論文や修士論文を書かなければなりません。大きな研究を完成させ、一つの論文にまとめようとすれば5年も10年もかかるでしょうから、大きな研究の中で出せた結果をコンパクトな論文に仕上げ、提出すればいいと思います。先輩がやりきれなかった研究を後輩が受け継ぎ、連名で論文を出すというケースもあります。

私の大学院生時代、あるいは理化学研究所でのポスドク時代も、チャレンジングな研究に打ち込んでいました。当時は脳の発達に興味があり、赤ちゃんのレム睡眠と脳の発達の関係を研究していました。5年間で1本も論文が提出できないという中で、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構が創設され、機構長の柳沢正史さんから「おもしろい研究をしているね」と主任研究者として声をかけていただきました。そんなふうに、挑戦的な研究に期待をかけていただけるということもありますから、あきらめずに挑戦的な研究を続けてほしいです。

画像提供:林教授

林 悠(はやし ゆう)

東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 睡眠生理学研究室 教授
2003年東京大学理学部卒業。2008年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。同年より理化学研究所脳科学総合研究センター特別研究員を経て、2013年より筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構主任研究者および助教、JSTさきがけ研究員。同准教授を経て、2020年より京都大学大学院医学研究科教授。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構客員教授。2022年より東京大学大学院理学系研究科睡眠生理学研究室教授。筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構客員教授、京都大学大学院医学研究科特定教授(~2023年)。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部

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