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研究者から企業人、そして起業家へ。目に見える風景は、いつも自分が見たいものに。自分で風景を変えてきた山名氏の戦略発想

研究者から企業人、そして起業家へ。目に見える風景は、いつも自分が見たいものに。自分で風景を変えてきたNOMON株式会社CEO山名氏の戦略発想

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研究者のキャリアパスの一つに起業があります。といえば、まず思い浮かぶのがゼロベースからのベンチャー立ち上げでしょう。けれども大企業からのスピンアウトも有望な選択肢です。まず研究者として就職して着実に研究実績を出しながら、同時に企業でキャリアを積めば、研究者が見落としがちなマネジメント能力も身につけられます。

帝人への就職時から独自の展望を持ち、社外での研究も積み重ねた上で、研究マネジメントを学ぶため海外のトップラボへ留学。帰国後には研究主幹から事業統轄補佐、そして満を持して健康サプリメントのスタートアップ、NOMON株式会社の代表取締役CEOとなったのが、山名慶氏です。そのキャリアパスからは、入社時から一貫していた戦略思考が見受けられます。

"プロダクティブ・エイジング"実現のために

―はじめにNOMONが展開している事業について教えてください。

山名:NOMON株式会社は2019年創業、帝人の100%子会社です。健康寿命の延伸をめざして、先端科学から生まれたプロダクトを一般消費者向けに提供しています。創業のキッカケとなったのは、2018年の帝人100周年事業の際に私が出した社内提案でした。100周年記念のイベント企画を任された私は「人間らしさ」から「超高齢社会」までの9つのテーマを設定、その一つに「加齢:人間は、老化と別れられるのか」を組み込んだのです。このテーマを事業化するために立ち上げたのがNOMONです。具体的には2種類のサプリメントに加えて機能性食品素材を、Eコマースで販売しています。

NOMONのサプリメントといえばNMN関連が有名ですね。

山名:当社での製品名でいえば『NADaltus®(ナダルタス)』です。今でこそNMNをアピールするサプリメントが、100種類以上出ていますが、我々が事業を開始した当初は、日本では我々の他には1社しか扱っていませんでした。NMNすなわちニコチン・アミド・モノヌクレオチドとは、あらゆる生命体にとっての必須の物質NAD(ニコチン・アミド・アデニンジヌクレオチド)を補填できる「抗老化候補物質」です。どんな生き物も加齢に伴って、NADの量が減っていくために老化する。だからNMNを補ってNADを増やせば、加齢で生じる病気を予防したり治療できる。そんな可能性が研究結果から期待されています。もう一つは、わさびの根茎から抽出した健康成分を含む『WASAbis®(ワサビス)』で、これに含まれる成分(6-メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネート)には、認知機能の一部である判断力や注意力を向上させる機能があります。

左:NMNサプリメント「NADaltus®」、右:わさびスルフォラファンサプリ「WASAbis®」

―どちらも老化の制御に関わるわけですね。

山名:NOMONのビジョンは“Well-being for Everyone”であり、生まれてから最後の日まで、前を向いて歳を重ねる“プロダクティブ・エイジング”をめざして活動しています。これまで生物は、年齢を重ねると老化するのが当たり前だと思われてきましたが、実は老化には個体差に加えて種差もあります。たとえば世界には、ほとんど老化せずに20年ぐらい生きるハダカデバネズミや、寿命が数百年もあるニシオンデンザメのような生き物もいる。人間の老化も制御できる可能性があり、すでにアメリカではAmazonGoogleの創業者らによる老化制御ビジネスへの投資が盛んに行われています。老化を制御して健康寿命を延伸できれば、大きな経済的利益をもたらすでしょう。老化研究の歴史を振り返れば、本格化し始めたのはわずかこの20年ほどですから、これから一気に進展していく可能性は大きいと思います。

企業研究者でありながら、自分の道を切り開く

―山名さんは学生時代から研究者をめざしていたのですか。

山名:大学時代に打ち込んでいたのはバレーボールだったので、卒業するときには高校の先生になってバレーを教えようと考えていました。ちょうどタイミングよく大学院でも教員免許を取れるようになり、スポーツ医科学の修士課程に進みました。ところが、そこで遺伝子の不思議さに魅了されてしまったのです。原点はとても単純な疑問でした。同じようにトレーニングしているのに、チームメンバーとジャンプで飛べる高さに差がついてしまうのは一体なぜなのか。環境要因つまりトレーニング内容は同じ、なのに差がつくとすれば考えられるのは遺伝的要因です。遺伝子って面白いなと思い、筑波にあった遺伝子関連の研究所でアルバイトして遺伝子操作技術などを学びました。

―体育の先生から遺伝子の研究とは、なかなか大きな方向転換ですね。

山名:そうなんです。それでも遺伝子にのめり込むうち、体育の先生よりも研究者のほうにどんどん興味が向かうようになりました。そこからすぐアカデミアに進んでも良かったのですが、まずは一度就職してみようと帝人を受けました。帝人ぐらい大きな会社だったら、きっと最先端の遺伝子工学などをやっているはずで、その関連の研究職に就けるのではと考えたのです。ところが面接でいわれたのが「遺伝子部門には現時点で空きがないけれど、とりあえずは安全性を研究する部門でもよいか」でした。この質問に対して「それなら就業時間外には、好きな遺伝子の研究をやってもいいですか」と面接官に切り返しました。決して売り言葉に買い言葉で応えたつもりではなかったのですが……。

―かなり生意気な就活生ですね。

山名:ところが「面白いことを言うやつだな」と内定をもらえたのです。帝人には、とてもおおらかな雰囲気がありました。入社してからは、定時まで指示された業務をきちんとこなし、それ以降は自分なりの研究に取り組ませてもらえた。週末には大学院時代のラボに通ってDNAシーケンサーを使って実験する。業務をきちんとやって社内で許可を得た上で、論文の投稿や特許申請もしていました。当時から帝人にはそんな活動を認めてくれる社風があったのです。とはいえ、そうやって研究実績が積み上がってくると、やはり与えられた業務だけでは満足できなくなります。それで上司に相談したら、遺伝子に関わる創薬部門に異動させてくれました。

―入社10年目でハーバード大学へも行かれています。

山名: 2007年に博士号を取り、一人前の研究者を名乗るからには一度はアメリカのトップラボに行きたいと考えたのです。帝人では、海外のトップ研究者が日本で開催される学会に参加するときに、いろいろなサポートを行っています。その機会を利用することにしました。当時イエール大学の教授とメガファーマのCTOを兼任していたRoland Baron教授が来日すると聞いて、教授のカバン持ちに手を上げたのです。何日か一緒にアテンドして顔を覚えてもらえば、ポスドクに採用してもらえるかもしれないという狙いです。実際に、その後でBaron教授に「留学させてほしいと」とメールしたら「写真を送れ」と返ってきました。送ると「君か! 君ならいいよ」とすぐにOKしてもらえました。さらにラッキーだったのが、ちょうど私がアメリカに行くタイミングで、Baron教授がハーバードに移ったのです。

研究に加えて、研究マネジメントを学ぶ

―ハーバードでは何を研究したのですか。

山名:骨粗鬆症に関する分子生物学です。もちろん研究には集中して取り組みましたが、同時に心がけていたのは研究のマネジメントです。何しろハーバードに集まってくるポスドクといえば、全米のみならず、まさに世界中から集まってくる天才たちです。自己主張の激しさが半端ではない人たちを、いかにチームとしてまとめるのか。まとめ役を任されたのが、ラボメンバーの中ではもっとも年上だった私でした。絶好のチャンスと思ったけれども、私もそれまでは研究一筋でやってきていたのでマネジメントなどまったくわかりません。

―では、マネジメントを一から学んだ?

山名:実は研究におけるチームマネジメントの重要性は、入社時から気づいていました。研究者とは基本的に個性の塊みたいな人が多く、研究所に集まってはいても、チームとしてはあまり動こうとしない。そんな様子を傍で見ていると、チームとして機能すればもっと効率的に動けるはずだと思っていたのです。だから今が学ぶタイミングなんだと、マネジメントに関する本を片っ端から読んでいきました。ただし流行りのベストセラーなどではなく、定番となっている古典や名著を選んで学んだのです。

―独自の研究に加えてマネジメントまで学んだのであれば、帰国後のポジションも期待できますね。

山名:研究部門のトップから「早く帰ってこい」と声をかけてもらったので、これはグループリーダーを任されるなと期待して戻ったのに、実際は大違いでした。配属されたのは研究企画部門で、10年先を見据えた研究の方向性を見いだすのがミッション、しかも部下は付けないといわれました。期待は外れたものの、やるからにはとことんやってやろうと思い直し、半年間で世界11カ国に調査に行き、まず提案したのが「骨粗鬆症の薬はやめましょう」でした。当時の帝人は、骨粗鬆症に関する薬を日本で最も多く扱うメーカーだったのです。ところが全体会議で「やめましょう」などとぶち上げてしまったから、後ですごく怒られました。でも、調査の裏付けに基づいた確かな提言である点はきちんと認められ、次はグループリーダーを任されました。このポジションでは30人以上のメンバーのまとめ役を務め、続いて帝人グループ研究主幹(一般に言う研究フェローのようなポジション)、ヘルスケア事業統轄補佐となって100周年イベントにつながります。

―そしてNOMONの立ち上げに至るわけですか。

山名:BtoBでやってきた帝人として、ヘルスケア領域では初めてのBtoC事業です。ですが、何もわからないところからのスタートでは、帝人という100年企業のメリットを強く感じました。具体的には、まず資金力があり、各分野の専門家など優秀な人材も揃っている上に、社外とのネットワークも充実しています。老化と健康寿命は、一社単独で取り組める課題ではないため、2019年の11月に『プロダクティブ・エイジング コンソーシアム』を立ち上げました。コンソーシアムには帝人はもとより、明治ホールディングス、島津製作所、オリエンタル酵母工業などが参加しています。ここから日本抗加齢医学会へのつながりもでき、健康寿命延伸の重要性をより多くの人に知ってもらう啓蒙活動にも取り組んでいます。

日本社会の風景を変える

―研究者から経営者となり、仕事のやりがいはどのように変わったのでしょう。

山名:研究成果を多くの人に届けられる、しかもその反応をダイレクトに聞かせてもらえる。これほど楽しく、面白い仕事はないですね。リクエストもどんどん寄せられていて、「わしはもっと若返りたいんだけど、そのために『NADaltus®』のほかにも何かないのか」など健康寿命に対する関心の高まりを強く感じます。そんな要望を研究者に伝えると、彼らのやる気にも火がつきます。

―一方で課題もいろいろあるのでは?

山名:経営面での課題はいくつもありますが、それらは解決の目処がつきつつあります。最近では老化に至る前の、健康に対する教育に対する問題意識が強まってきました。特に子どもたちに対する教育で、今後は彼らを対象とした活動にも事業として取り組んでいきたいと考えています。たとえば食べた量と出てくるウンチの量が合わない現象について、その理由を子どもたちにわかりやすく説明できる人って、なかなかいませんよね。なぜ、量が違うのか、つまり腸内で何が起こっているのか。そんな生命現象について面白おかしく、でもわかりやすく説明できれば思春期の子どもたちにも栄養摂取の重要性をわかってもらえるのではないでしょうか。

山名氏がプロジェクトを組んで立ち上げた子どもに科学の不思議さと面白さを知ってもらうサイト「イノチのカガク」 https://inochinokagaku.life-is-long.com

―今後の事業展開や展望についてはどのようにお考えですか。

山名:老化と健康寿命、例えば骨粗鬆症を予防できれば、年齢を重ねてもずっと背筋を伸ばしていられるし、80歳を超えてもスイスイ自転車に乗れる可能性もあります。元気な高齢者が増えれば、日本の未来像もきっと明るくなるはずです。そうなれば、まさに日本の風景が変わる。妙な例えかもしれないけれど、私はガードレールが結構好きなんです。なぜならガードレールはごく普通の構築物だけれど、道路の風景を変えた結果として、膨大な数の命を救っています。これと同じように、私もさまざまなサプリメントなどを提供して、健康長寿な社会へと風景を変えたいのです。

最終章の対談に山名氏も参加している『「100年ライフ」のサイエンス』(日経BP)

山名 慶(やまな けい)

1971年奈良県生まれ。1997年筑波大学大学院医科学研究科修士課程修了、同年帝人株式会社入社、2007年筑波大学人間総合科学研究所博士号取得。2008年より米・ハーバード大学医学部・歯学部 研究員(Roland Baron教授)、2013年帝人グループ研究主幹、2017年同ヘルスケア事業統轄補佐、2019年NOMON株式会社 代表取締役CEO、2023年より帝人ヘルスケア新事業CTOを兼任。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部

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