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日本が世界に誇る「モノづくり」。特に試作から量産までのノウハウは世界に類を見ないレベルを保っています。
実は世界のベンチャーが一番困っているのもこの部分。それであれば、日本中の「モノづくり」のプロと共に世界中のベンチャーを支援するビジネスを立ち上げ、そこに金融のチカラを絡めれば、世界のどこにもないビジネスを展開できる。そう考えたのが株式会社Darma Tech Labs(ダルマテックラボ)代表取締役の牧野成将様です。理系人材こそベンチャー起業家にふさわしいと語る牧野様に、日本のベンチャーが進むべき方向性について伺いました。
■「モノづくり」ベンチャーが日本の強み
最初にDarma Tech Labsの事業内容を教えてください。
展開している事業は大きく3つ、第1が「モノづくり」ベンチャーの試作支援、第2はそれらベンチャーに対する投資、第3が試作から量産、そして販売までのサポートです。いずれも、モノづくりベンチャーを対象としています。
なぜ「モノづくり」に特化しているのでしょうか。
IT系ではよほど飛び抜けたアイデアでもない限り、アメリカに勝つのは難しいでしょう。実際、日本のいろいろなベンチャーをシリコンバレーに連れて行ってプレゼンさせても、IT系の話はなかなか興味を持ってもらえません。ところが、確かな技術を持ったモノづくり企業の場合は、少々プレゼンテーションが下手でも真剣に聞いてくれます。日本の強みは、時間をかけて蓄積してきた確かな技術力に支えられたモノづくりにあると考えます。
試作支援の対象は、日本企業だけではないそうですね。
実はベンチャー投資家でもある我々も、当初はアメリカのベンチャーに見向きもされませんでした。マーケットとしての日本には魅力がないし、資金力もない日本のベンチャーキャピタルなどに関心はないというわけです。ところが試作から量産まで支援できるとアピールすると、彼らの目の色が変わりました。ここには明らかなニーズがある、つまりビジネスチャンスがあると確信しました。
アメリカのモノづくりベンチャーは何に困っていたのでしょうか。
ユニークなアイデアを3Dプリンターを使い、とりあえず形にするところまではすぐに行ける。ところが、その先に進めないのです。そもそも技術的なバックグラウンドがないと試作品をつくるのは簡単ではありません。仮に試作までは何とかこぎつけても、次の量産設計でほとんどが頓挫してしまう。
■“死の谷”を埋める日本の力
試作から量産の間に横たわる“死の谷”ですね。
量産にかかる前には、綿密な量産設計が必要です。このプロセスでは、金型設計や電源関係の精査、ものによっては通信規格のチェックなど、コストも踏まえたきめ細かなノウハウが欠かせません。最近は中国でもやれるという話もありますが、日本とは緻密さが違う。中国で試作品を10台ほどつくってユーザーテストをすると、とりあえず動くことは動くけれども、電圧やバッテリーの情報が抜けていたり、通信規格もわからなかったりします。量産に耐える金型をつくれる企業もほとんどありません。
ところが日本なら量産設計まで任せられる?
試作段階から量産化を見通しているのが、日本のモノづくりの特徴です。だから試作品の段階から量産時の材料を使う。材料コストは製品価格と利益に決定的な影響を与えますから。日本でも試作は3Dプリンターでつくるようになってきましたが、その時点で既に金型による部品製作までが計算に入っています。日本がモノづくりに強いといわれるのは、こうした試作から量産までを一気通貫で見通した、きめ細かな設計を行ってきたからだと思います。
試作から量産までの具体的なサポート体制は?
我々のパートナーに、京都の機械金属関連の中小企業10社が共同で立ち上げた「京都試作ネット」があります。試作に特化したソリューションサービスを提供する組織です。モノづくりベンチャーが、最初に苦労するのが試作です。アイデアはあるけれども、どうやって形にすればよいのかがわからない。困っているベンチャーを我々が、京都試作ネットにつなぎます。京都にはパナソニックや島津製作所、オムロン、任天堂などの下請けをしてきた会社が数多くあり、電気部品や医療系、ヘルスケア関連の試作ならすぐにつくってくれます。
浜松や岩手にもネットワークを広げていると聞きました。
浜松には、ヤマハ、スズキ、ホンダなど自動車関連の企業と、光学関係に強い浜松ホトニクスがあり、ロボットやクルマなど動くものや映像関係の試作に強い。東北地方は日本の中でも量産対応のシステムが残っている地域です。こうしたネットワークがあれば、ベンチャー支援の幅が広がると考えました。
■ベンチャー育成のカギ“エコシステム”
モノづくり支援に加えて、ベンチャー投資も手がけていますね。
2006年ぐらいから数年間、一人でよくシリコンバレーを訪ねていました。有給を取り自腹を切ってアメリカに飛んで、投資家を回って話を聞きました。日本から一人で来た若造が珍しかったのか、日本とシリコンバレーはどこかが違うのか、などといった質問にも彼らは真剣に答えてくれました。そこで気づいたのが、シリコンバレーにはエコシステムがあることです。
エコシステムとは何でしょうか。
ベンチャーを育てるためのシステムです。ベンチャーキャピタルやエンジェルのような投資家がいて、メンターやアクセラレーターなどベンチャーを育てるために必要な役者が揃っている。ごく初期段階のベンチャーなら、まだビジネスモデルが固まっていないから、一緒に議論しながらモデルを固めてくれるメンターが必要です。ものができてビジネスが立ち上がってくれば、今度は顧客を紹介できるネットワークを持った人物が欠かせません。そこに資金を提供するベンチャーキャピタルも加わってベンチャーを育てるのです。
日本には、エコシステムがなかったわけですね。
少なくとも、モノづくりに関する十分なシステムは存在しませんでした。だから、試作から量産設計までを踏まえた支援ができ、資金提供までできる我々のシステムは、日本に未だかつてなかったビジネスモデルだと思います。
ファンドの出資者は、どのような企業でしょうか。
地元の金融機関に加えて、事業会社が入ってくれているのが特徴で、DMG森精機さん、島津製作所さん、マクセルさんなどが加わってくれました。彼らが期待しているのは、ファンドからのリターンより、モノづくりベンチャーとオープンイノベーションを推進していくこと。モノづくりベンチャーにとっても、こうした事業会社の支援を受けられれば、部材調達から量産体制の構築までがスムーズに運びます。
■理系人材こそベンチャー起業を目指せ
モノづくりベンチャーの起業家には、どんな人が向いているのでしょうか。
文系・理系で考えるなら、有利なのは理系でしょう。立ち上げ当初は、限られた人数、それこそ一人でものやサービスをつくらなければなりません。つまり、つくることのできる能力が何より求められるのです。となると、自分で手を動かしてものをつくれる人が向いている。何かアイデアを思いついたら、まず形にしてみること。形にする能力とは、理屈で組み立てていく能力です。
とはいえ、アイデアがないと始まりませんね。
そこで重要なのが、ラボの外に出ていくことです。ビジネスとは、問題解決です。社会に潜む問題を解決するアイデアが、ビジネスにつながります。起業を目指す研究者には、ぜひ世の中と多様な接点を持ってほしい。世の中にはまだ解決されていない問題が、いくらでもあります。
起業家として何かほかに必要な能力はありますか。
あえて言うならチームを作る能力でしょう。スタートは1人でも、1人だけではなかなか先に進みません。仮に1人が2人になれば、進むスピードは単純に2倍ではなく3倍にも4倍にもはね上がります。だからまわりを巻き込んでチームを作っていける人が、起業家に向いています。といって必ずしも「俺について来い」というリーダーじゃなくてもいい。これまで見てきたベンチャーでいえば、成功しているのはむしろ謙虚で、まわりにいる人に「この人を応援したい」と思わせるタイプが多いようです。それより何より、何かつくってみたいという意欲があれば、起業できるのではないでしょうか。
■最初のアイデアをブラッシュアップする
これまで支援されてきたベンチャーの成功事例を教えてください。
日本のベンチャーならスマートショッピング社です。「究極のショッピング体験をあなたに」をキャッチフレーズに、スマートマットを利用した自動購入サービスを提供しています。スマートマットとは、上に載せたものの重量を常に計測して残量を計算。在庫が少なくなると、最も価格の安いサイトを探して自動発注してくれます。
BtoBにも向いていそうです。
そのとおりです。当初は、「ビールや水など買い置きしておく商品が減ってきた頃に自動発注できれば便利」といった一般消費者のニーズを想定したサービスとして開発をしていたのですが、このシステムをBtoBに応用すると業務効率向上につながることもわかりました。つまり残量確認から発注までの一連の業務を自動化できます。BtoC向けに思いついたアイデアをBtoB向けにブラッシュアップして、一気にスケールが大きくなりました。今ではスマートマットに1万台単位のオーダーが入っています。
支援先にはアメリカのベンチャーもあるとか。
BONBOUTON社は、米・Stevens Institute of TechnologyでPh.Dを取った研究者が立ち上げたベンチャーです。グラフェンの研究者が、グラフェンを薄くプリントしてセンサーに応用する技術を開発したのです。グラフェンは炭素原子が結合してできたシート状の物質で、軽くて柔らかい。そこにセンサーを仕込んだシャツをつくれば、ウェアラブルデバイスとして、体温や心拍、心電図などのバイタルデータを常時チェックできます。
健康関連は多くのニーズがありそうな分野ですね。
彼も最初のアイデアをブラッシュアップして、糖尿病をターゲットに絞り込みました。アメリカでは糖尿病患者の増加が社会問題となっています。病が悪化すると足の壊死を招き、最悪の場合は足を切断しなければなりません。そこでグラフェンシートを仕込んだ靴のインソールを作り、足裏の温度変化をチェックするのです。微妙な変化を追っていければ、糖尿病の悪化状況を随時把握できるので、事前に対処できます。彼はセンサーとなるグラフェンシートは作れるけれど、それを靴のインソールに加工する技術がなかった。そこで京都までやってきて我々の支援によって試作品をつくり、ニューヨークの病院でテストを始めています。
アメリカでも、起業するのは理系人材なのですね。
博士号を持っている人はもちろん、理系人材にはどんどん起業してほしい。そのためには社会に出て問題や、人が不自由に思っていることなどを探してください。それを解決できるアイデアを思いついたら、とにかく形にしてみる。そこまでいけば、我々が全面的にバックアップします。
株式会社Darma Tech Labs
共同創業者/代表取締役
牧野成将(まきの なりまさ)
1979年、愛知県豊橋市生まれ。2005年、神戸大学大学院経営学研究科専門職大学院にてMBA取得、フューチャーベンチャーキャピタル株式会社入社。2009年、(財)京都高度技術研究所インキュベーションマネージャー、2010年、同志社大学大学院総合政策学研究科 技術・革新的経営専攻入学(現在・休学中)。2011年(株)サンブリッジのインキュベーション施設「GVH Osaka」の立ち上げやIT分野のシードステージ企業への投資活動を行う。2015年8月、京都試作ネット等の日本の中小企業と連携しながらハードウェアスタートアップの試作支援「Makers Boot Camp」を行う株式会社Darma Tech Labsを創業。2017年7月にハードウェア/IoTスタートアップの試作と投資を行う国内初のファンド「MBC Shisakuファンド(20億円強)」を設立して国内外のハードウェアスタートアップに投資を行う。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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