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日本初かゆみに特化した研究所で「かゆみ」の解明に挑む~遥かな夢を追いかけ、栄養学から皮膚科学の研究者へ~

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私たちの身体が感じるさまざまな「かゆみ」。ひどいかゆみは、身体のみならず精神的な辛さも伴いますが、実は従来あまり研究されてこなかった分野で、かゆみのメカニズムについてはわかっていないことも多いのです。しかし、従来の治療法が効かない「難治性のかゆみ」は生活の質(QOL)の低下を引き起こし、それによる社会経済損失は莫大なものと言われています。2011年にアメリカで、かゆみ専門の研究所が設立されて以降その重要性が認識されてきています。

日本では、2019年8月に、アジア初・日本初となるかゆみ専門の研究拠点が順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所に設置されました。2020年3月には、難治性かゆみの発症抑制に関わるタンパク質・セマフォリン3A(Sema3A)の産生メカニズムを解明するという成果を発表しています。

コア・リーダーとしてこの産生メカニズム解明に関わった鎌田弥生助教は、栄養学出身。皮膚科学の研究者として活躍されるまでのキャリアヒストリーにも勇気づけられます!同研究所の副センター長で神経グループの研究コア・リーダーも務める冨永光俊先任准教授とともに、かゆみ研究の意義や研究成果についてお話いただきました。

画像左から、冨永さん、鎌田さんと、順天堂かゆみ研究センター長を務め、世界におけるかゆみ研究の第一人者として活躍される髙森建二さん。

 

世界的にも研究が進む「かゆみ」の世界

―かゆみがこれまでそれほど研究されてこなかったということに驚きました。この10年くらいでかゆみ研究が世界的にも注目され、発展してきているということですが、どうしてでしょうか?

冨永:身体が辛いと感じる感覚もさまざまです。痛みについては身体にとって危険な信号なので、これまでもかなり研究されてきました。しかしかゆみは痛みの弱い感覚であり、痛みのことを研究すればかゆみを理解できると考えられていたことや、かゆみによって死んでしまうということはないことなどから、痛みに比べると研究対象としての優先度が低く、軽視され、その仕組みの解明もあまり進んでいませんでした。日常的に感じるかゆみは我慢したり、かゆみ止めを塗ったり、冷やしたりすると鎮まります。しかし中には眠れないほどかゆい、皮膚の深部までかきむしるような病的なかゆみ、つまり難治性かゆみも存在します。このような代表的な疾患としてアトピー性皮膚炎はよく知られていますが、ほかにもがん、肝硬変、潰瘍性大腸炎などさまざまな疾患による難治性かゆみが存在します。かゆみで苦しんでいる患者さんは皮膚をかきむしるだけではなく、不眠のほか、精神的にも不安定になるなど、本人のみならずその家族や周囲の人々も含めたQOL低下を招くので影響力も大きく、そうした多方面の深刻度が次第に認知され、世界中でかゆみに苦しむ患者さんを助けなければならないという流れになっていったのです。

2011年、アメリカのワシントン大学セントルイス校に世界初のかゆみ研究センターができ、アメリカ国内に4ヶ所、その後もドイツに2ヶ所にも広がり合計6ヶ所が設立されました。そして2019年、この順天堂大学の環境医学研究所に立ち上がったのが7ヶ所目、アジア初・日本初のかゆみ研究センターです。センター長を務める髙森建二先生は、順天堂大学医学部附属浦安病院で実際に治療に携わる医師であり、世界的なかゆみ研究者です。当センターは病的でなかなか治らない、耐え難い「難治性のかゆみ」の仕組みを明らかにして、治療法や予防法を開発していくことを大きな目的としています。
―鎌田さんは2012年に入所され、そこからかゆみ研究に携わられてきたのですね。

鎌田:以前、所属していた研究室では皮膚の天然保湿因子産生酵素の研究を行っていたので、かゆみ研究は環境医学研究所に入ってからです。一口にかゆみといっても神経や皮膚、免疫等、アプローチの視点がいろいろあります。私は元々皮膚の研究をしていたので、皮膚の視点からかゆみを見ることが多いのですが、神経に関しての知識のキャッチアップに努めながら、広い視野でかゆみを理解することが重要だと考えています。

 

難治性かゆみの発症に関わるタンパク質・セマフォリン3A(Sema3A)

―鎌田さんが、産生メカニズムを解明したというセマフォリン3Aについて教えていただけますか。

鎌田:Sema3Aは、かゆみを感じる神経線維の伸長を抑えるタンパク質の一種です。アトピー性皮膚炎においては皮膚のバリア機能の低下で、神経線維の伸長を抑えるSema3Aの産生が減少し、神経線維が伸長することでかゆみ刺激を受けやすくなります。このようなかゆみには虫さされやじんましんなどのかゆみの治療によく使われている抗ヒスタミン薬が効きにくく、難治化することがわかっていました。私が入所する1年前の2011年にはマウスを使った実験でSema3Aタンパク質を配合した軟膏を塗るとかゆみが鎮まり、皮膚炎が改善することを当センターの研究グループが明らかにしていました。しかしSema3A軟膏は副作用として、長期間の使用によるかぶれなど、接触皮膚炎を起こす可能性が考えられたため、私が入所した頃からSema3Aを薬として使うのではなく、皮膚に内在するSema3Aの産生メカニズムを明らかにすることで新しい治療法開発ができないか、という方向になっていました。

 

思い通りに発現しないセマフォリン3A。悪戦苦闘しながら、産生メカニズムを解明!

―2020年3月に、順天堂かゆみ研究センターの研究成果として、健康な肌におけるSema3Aの産生メカニズム解明についての発表がありました。この研究では表皮角化細胞においてSema3Aの産生がカルシウムイオン濃度による調節を受けていて、またSema3Aの遺伝子発現が細胞内シグナル分子のMAPK(Mitogen-Activated Protein Kinase)や転写因子AP-1(Activator Protein-1)を介して調節されることが明らかになったそうですが、それがわかるまでにはどのようなご苦労があったのでしょう。

鎌田:Sema3Aはなかなか手強いタンパク質でした。Sema3Aの産生メカニズムを解明するため、これまでの研究で経験のあった、遺伝子発現制御の研究手法を応用しながら、実験に取り組んでいました。しかしこちらの立てた予想に対し、思うようにいかないことが多いんです。例えばアトピー性皮膚炎ではSema3Aの産生が減少します。そこで、実験でもアトピーの皮膚で増えている物質を細胞に作用させたらSema3Aが減るはずと予想するのですが、逆に増えてしまったりということもありました。想定外の結果がでるたびに打開策を見つけ、徐々に解明していくしかなく、時間がかかりました。
―研究のブレイクスルーはどこで起きたのですか?

鎌田:この解明の大きなターニングポイントとなったのは、3年ほど前に発現時間に着目したことです。産生メカニズムは表皮のカルシウム濃度が大きなポイントになります。実験を行う際、カルシウムを培養表皮細胞に加え、時間の経過で変化を見ます。すると、Sema3Aの場合はカルシウムを加えるとすぐに発現が増え、時間が経つと逆に発現が減少するということがわかりました。それまで実験データが安定しなかったのは、長時間経過して発現増加から発現減少に移行するところを観察していたのが理由でした。うまくいかない中で冨永先生ともいろいろ検討し、短い時間で調べてみたところ、実は発現ピークが想像以上に早い時間で訪れることがわかったんです。それで全体像が見え、一気に研究も進みました。この研究を通して先入観を捨てることの必要性も感じました。
―これがわかったことで、薬や治療法の開発は大きく前進するということでしょうか。

鎌田:今回明らかになったのは、正常な皮膚におけるSema3Aの発現調節メカニズムについてです。アトピー性皮膚炎や乾皮症等では、なぜSema3Aが減るのかはまだわかっていません。次はこれらの理由について原因を探っていき、発現調節法を開発できれば、アトピー性皮膚炎の新規鎮痒薬に応用できる可能性があります。

 

研究者になる覚悟はあるか、迷いを断ち切ってくれた恩師の言葉

―鎌田さんは元々管理栄養士を志望していたということですが、そこから研究者を目指した経緯についても教えていただけますか?

鎌田:人の健康や医学といったことに興味があり、栄養学の視点から学んで資格を取ろうと思い、大学は食物学科の管理栄養士専攻を選びました。病院の管理栄養士になるというのがその頃の目標でした。そうして大学で学ぶ中、興味をひかれたのが演習で行った様々な実験です。子どもの頃は実験キット付きの学習雑誌を親に買ってもらい、毎月届く実験キットで遊ぶのが好きでした。大学の授業では、目に見えない物質や現象が実験を通じて明らかになる過程が面白くてたまらず、さらに卒業研究のために研究室で本格的な実験を行うようになると、ずっと実験に携わりたい思いが強くなります。そのころから、将来は教科書に書いてあるようなエビデンスを探っていく研究者になりたいと考えるようになりました。

とはいえ、最初からまっすぐその道を目指せた訳ではありません。研究者になるには博士課程に進む必要がありますが、ハードルが高いイメージがつきまとい、すんなり覚悟を決めることができませんでした。また親にも「将来、大学の先生になるくらい徹底的にやる気持ちがなければ、博士課程への進学は許さない」と反対されたことも原因です。迷いながら、また親と話し合いながらも卒業後は北里大学大学院の修士課程に進み、そのあと母校に戻って助手となりました。すると、そこで先生に「アカデミックの場で研究を続けていきたいなら、博士の学位がなければこの先は通用しない」と言われ、ハッとしました。やりたい道に進むためには博士課程に行こう!そう決心させてくれた言葉でした。どうやって通うかはいろいろ考え、相談もしましたが、社会人として働きながら通うことは私には難しそうだったので、思い切って職を辞し、大学院に入り直しました。
―皮膚や保湿といったテーマに挑むようになったのには、どのような理由があったのでしょうか?

鎌田:助手をしていたときに先生に勧められ、天然保湿因子産生酵素の研究を始めました。指導教授の理解もあり、博士課程に進んでからもテーマを変えることなく研究を続けることができました。天然保湿因子産生酵素について一通り調べ終わって次の展開を考えたとき、「これで終わりではなく、もっと皮膚のことを研究したい」という強い気持ちがあり、自然とこちらの研究所のセンター長でもある髙森先生の論文に触れるようになるのですが、それが就職にもつながっていったといえます。


―就活は大変だったのでしょうか。

鎌田:もともといた研究室は教授の退官による閉鎖が決まっており、就職先を探していろいろ応募しました。栄養学出身で皮膚の研究をしたいとなると、医学や生物学などの専攻の方と比べられて不利に感じることも多々ありましたし、面接で直接言われたこともあります。この研究所はやりたいテーマを扱っていたので、とても運が良かったと思います。
―この記事を読んでいる学生さんの中にも、専攻を変えようかどうしようか迷っている人がいるかもしれません。何かアドバイスをいただけますか?

鎌田:まず視野を広く持つことです。自分はできないとか、嫌だと思ってしまったらそこで可能性が失われてしまいます。自分の専門分野にこだわりすぎず、広い世界を見てもらいたいですね。そして、決してあきらめないチャレンジ精神が大切です。私も親に博士課程進学を反対されましたし、研究者になるために新しい分野のことを学ぶ必要がありました。でもスタート地点が違う部分で遅れを取っている部分は、結果で見せるしかないとも思っていました。
―そのバイタリティや信念を貫く強さが、鎌田さんの強みといえそうですね。研究者になられてからも、複数テーマを持つなどお忙しそうですが、うまく進めるコツはありますか?

鎌田:最初は複数のテーマをすべて同時に進めようとしており、うまく回せていないこともありましたが、次第に優先順位をつけ、できる範囲でやって間に合わせることができるようになっていきました。今もセマフォリンに限らずさまざまなテーマを持っていますが、今後は取り組み途中である抗がん剤の副作用におけるかゆみなどの皮膚障害や、皮膚に住み着いている微生物とかゆみの関係など、ほかのテーマでも成果を出していけたらと思います。

 

多様な仲間たちとともに、多くの人の役に立つかゆみ研究の前進を

―順天堂かゆみ研究センターの特徴や強みについて教えてください。

冨永:まず日本でこれほどかゆみを研究しているところは他にはないと思います。かゆみ研究は多面的で、学際融合的なテーマであるのも特徴です。最近では光の色や音楽、肌に触れる素材がどのようにかゆみに影響を与えるのか等、いろんな分野からかゆみを追究しようとする動きも盛んです。当センターでも鎌田さんは栄養学出身ですし、他にも生物工学、薬学、看護学、皮膚科学、消化器内科学など、さまざまなバックグラウンドを持った人がおり、いろんな角度から意見やアイデアが出てくる面白さがあります。企業や学外との共同研究も多く、鎌田さんの栄養学が役に立っているものもあります。我々は常にかゆみ研究に取り組んでくれる仲間を欲しているので、さまざまな分野の方に興味を持っていただけたらと思います。

鎌田:この研究所ではいろんな手法を使って、幅広くいろんな角度から研究に取り組むことができます。この多面性はとても魅力的です。あとは女性が多いのも特徴ですね。みんな家庭を持っても働き続けており、女性が活躍できる職場だと思います。

冨永:鎌田さんのように、女性がリーダーシップをとって進めている研究は多いです。また、当センターの意義は、かゆみの治療法や予防法に貢献することですが、印象的だったのは開設当時にHPを公開すると、一般の人から大きな反響があったことです。何十年もかゆみで悩んでいる人やその家族からの電話が鳴り止まず、私も対応に当りました。かゆみで悩んでいる人の多さを実感し、直接その方々の声を聴く機会に恵まれたことで研究の重要性を痛感しました。
―研究所では一般の方に向けたかゆみのサイトも開設していますね。とてもわかりやすいです。

鎌田:センター長の髙森先生が一般に広く伝えることを重視しておられます。悩んでいる人が多いからこそ、情報公開は大事だと思います。秋には一般の人向けにかゆみ研究を伝えるための書籍出版も計画しています。
―最後に、お二人の研究の原動力となっているものについて教えてください。

冨永:世界で自分が最初に見つけられるものがある、ということですね。それにはお金に代えられない唯一無二の価値があります。

鎌田:まだ誰も知らない未知の現象を見つけることで、それが病気のメカニズム解明や新しい治療法の開発などにつながり、最終的には人の役に立つかもしれないという点が大きなやりがいです。これからもチャレンジ精神を大事に、研究を続けていきたいと思います。
順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 助教
順天堂かゆみ研究センター 皮膚グループ 研究コア・リーダー
鎌田 弥生(かまた やよい)

相模女子大学学芸学部食物学科管理栄養士専攻卒。その後北里大学にて博士(医学)を取得。生化学、皮膚科学が専門。2017年に順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所助教。2019年には順天堂かゆみ研究センター・皮膚グループ研究コア・リーダーを兼任。
順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 先任准教授
順天堂かゆみ研究センター 副センター長
冨永 光俊(とみなが みつとし)

東京理科大学大学院基礎工学研究科卒。博士(工学)。2005年より順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所の博士研究員となり、順天堂大学大学院医学研究科で博士(医学)を取得。2017年より現職。

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