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ボーイングが認めた画期的な新素材。燃えないマグネシウム開発に成功した河村教授の研究者“山あり谷あり”人生

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材料研究者の夢、それは自分が開発した材料が世の中で実際に使われることです。新しい材料は産業を変え、世界を新しい未来に導きます。マグネシウムは実用金属で最も軽く資源量も豊富、けれども燃えやすく強度の弱いのが欠点です。では、燃えにくく高強度のマグネシウム合金をつくればよいのではないか。

人類に大きな福音をもたらす材料開発に挑戦し、熊本大学先進マグネシウム国際研究センター センター長の河村能人教授は見事に成功しました。実はマグネシウム研究に関する経験はもとより、研究設備も何もないところからスタートした河村教授に、20年に及ぶ苦難の歴史を語っていただきました。

 

常識を覆すマグネシウム合金

―マグネシウム(Mg)は材料として優れた性質を持つと聞きました。

河村 Mgの一番の特徴は、実用金属で最も軽いことです。その比重はアルミニウム(Al)の3分の2、鉄(Fe)のわずか4分の1にとどまります。資源量が豊富で海水中にも含まれているため、資源に恵まれない日本で唯一、自給可能な金属資源でもあります。人体に含まれている元素なので人体との適合性がよく、医療用具への活用も可能です。融点がセ氏約650度と低いため、溶かして容易にリサイクルできるなど数多くの利点を備えています。

※一見、何の変哲もないマグネシウム合金だが、河村教授が開発したKUMADAI Mg合金は極めて優れた特性を持つ。

 

―それほど素晴らしい素材であれば、既に多分野で活用されているのでしょうね。

河村 仮にMgを自動車の構造材として使えれば、車体を軽量化でき燃費性能が良くなります。そこで世界各国が次世代の戦略材料としてMg合金の研究開発競争の真っ只中です。これが意味するのは、実用化はまだという現状です。Mgを実用化するには次の3つの弱点、機械的強度の低さ、腐食の問題、発火しやすいことを克服しなければなりません。強度は、ジュラルミンなどの高強度Al合金の半分程度にとどまります。また腐食しやすい、つまり錆びやすいのも構造材としては致命的な欠点です。さらに発火温度が低い上に、いったん発火した場合に水をかけると水素を発生して水素爆発を起こしかねないなど危険な素材でもあります。

 

―逆に考えれば、それらの欠点を改良できれば画期的な材料ができるのではないでしょうか。

河村 理屈はそのとおりで、実際に我々が開発した通常の鋳造法でつくるKUMADAI鋳造耐熱Mg合金とKUMADAI鋳造不燃Mg合金は、強度と発火温度の問題を解決しています。さらに特殊な急冷法でつくるKUMADAI急冷耐熱Mg合金は、耐食性の問題も解消しています。ただし、ここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。

※急冷法と鋳造法の製造プロセス(上)と製造法による特徴(下)

 

「降りてもいい、でも研究者人生終わるよ」

―そもそも日本での新しいMg合金開発は、どのように始まったのですか。

河村 1999年に文部科学省の特定領域研究プロジェクトとして新しいMg合金の研究がスタートしました。そのときのプロジェクトリーダーは、Mgの研究に取り組んだことのない若い研究者を集めて、まったく新たな視点からの研究を進めようと考えました。だから門外漢の私にも声がかかったのです。

 

―ということは先生は、もともとMgの研究者ではなかった?

河村 私は名古屋大学大学院の修士課程でアモルファス合金の研究を始めました。就職先でも同じ研究に取り組み、その後東北大学の金属材料研究所(金研)に移ってからもアモルファス合金一筋だったのです。Mgについてはまったくの素人ですから、プロジェクト開始当初は過去の論文精読から始めました。ところがMgはごくありふれた材料で、これまでにも世界中の研究者がさまざまな研究をやり尽くしています。調べれば調べるほど自分には何もできないと思いつめ、リーダーに「何も貢献できそうにないので、プロジェクトから降りたい」と伝えました。すると、そんな無責任なことをすると研究者人生が終わってしまうと諭されたのです。予算を取ったプロジェクトにいったん加わりながら、簡単に諦めてしまうようでは、研究者として誰にも相手にされなくなるという戒めです。

 

―それで一念発起されたのですね。

河村 正直にいうなら開き直ったというか、自分にできることを地道にやってくしかないと考えました。要は合金をつくって強度を出せばよいわけです。となるとやるべきは、Mgに何かを混ぜて結果を見ればいい。Alや亜鉛(Zn)などの元素を1%刻みで混ぜていき、できた合金の特性を調べていきました。

 

―混ぜる元素はある程度絞り込まれているのでしょうが、それでも1%刻みで混ぜる量を変えて合金をつくるだけでも、気の遠くなりそうな作業に思えます。

河村 そのとおりです。けれども、自分にはそれしかやりようがない。ただ、そうやって調べている内に何となく当たりがついてくるというか、勘が養われていくというか。Mgと相性の良さそうな相手が徐々に絞り込まれていきました。とはいえ、強度面など理想の合金にはまだ程遠い。そこで次に取り組んだのが、もう一つ異なる元素を加える実験でした。例えばAlとカルシウム(Ca)、あるいはZnとイットリウム(Y)などです。元素2種類の組み合わせと、混ぜ合わせる比率を掛け算すると途方もない組み合わせになりますが、一つひとつていねいに実験を繰り返していきました。

 

―Mgにいろいろな元素を混ぜて合金をつくる方法も、既にやり尽くされていたのではないでしょうか。

河村 だからまわりからは「そんな研究は何十年も前に終わっている」とか「くだらない研究をやってどうするのだ」などといろいろいわれました。そんな中で一つだけ、自分なりの新たな知見を得たことが支えになりました。Mgに混ぜる他の元素が5%を超えると、特性は良くならないという原則です。この5%ルールだけは、過去のどの論文にも記されていませんでした。この発見に勇気を得て「マグネシウムの気持ちがわかるまではやってみよう」と心に決めたのです。

 

―具体的には、どのような実験を行っていたのでしょう。

河村 例えばMgに単独添加して良さそうな元素がZnとYとAlとCaだとします。すると、2種類の元素の組合せが6通りあります。しかも、2つの元素を合わせて5%にする場合、各元素の重みづけも変えて調べます。例えばZnとYの組合せでは、Zn4・Y1、Zn2.5・Y2.5、Zn1・Y4といった案配で3つの組み合わせパターンで調べるのです。そして、6通りの元素の組合せの中で、例えばZnとYの組合せが良いことが確認できたら、広い範囲でZnとYの添加量を1%刻みで絨毯爆撃のように系統的に探索して、最も特性が良さそうなZnとYの添加量を求めます。最終的に、最適な元素の組合せと添加量の合金についてガスアトマイズ法(※)で急冷粉末をつくり、押出し固化成形して、引張試験を行い強度を調べるのです。

※ガスアトマイズ法
金属または合金の溶湯をるつぼ底部の小孔から流出させて細流とし、これに高速の窒素、アルゴンなどを吹き付けて、溶湯を飛散させて急冷凝固し粉末にする方法。研究センターの実験棟にはガスアトマイズ装置も備えられている。

 

心機一転、熊本でゼロからのリスタート

―2000年に先生は、熊本大学に移られています。

河村 ある学会で熊本大学の先生に誘ってもらったのがキッカケです。ただ移籍に際しては、一つだけ釘を刺されました。それまで所属していた東北大の金研は材料研究に関して世界トップとして名前が通っています。そんな金看板のない熊本大学では、思うような研究資金は獲得できないかもしれないと。そこで科研費の申請書を書きまくって、一つずつ設備を揃えていきました。初めてつけてもらった予算で手に入れたのは忘れもしませんが、小さな光学顕微鏡でした。

 

―そんな徒手空拳の状態から始めて、新しいMg合金を見つけたのですか。

河村 MgにZnとYを混ぜた合金と、AlとCaを少し多めに加えた合金の強度が良かったのです。なかでもZnとYの組み合わせのほうが成績が良いので、最初はこちらを中心に研究を進めていきました。その結果、2001年にできたのが、急冷法によるKUMADAI急冷耐熱Mg合金です。この合金はジュラルミンに強度で勝り、従来のMg合金の欠点だった発火温度の低い問題も解消、さらに耐食性も備えています。

 

―まさに画期的なMg合金ですが、なぜそのような特性を持つのでしょう?

河村 詳細が明らかになったのは研究仲間のおかげです。国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)にいた阿部英司先生(現・東京大学大学院工学研究科・教授)が、最新鋭の走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)で観察した結果、合金の極めて特異な構造が明らかになりました。6原子層ごとに2原子層が白っぽくなっていて、ここに溶質元素のZnとYが濃化している。しかも、この濃化層が長い周期で規則的に積層しているのです。今まで誰も見たことのない原子配列構造を、長周期積層構造(LPSO構造:Long Period Stacking Order)と名付けました。構造変調と濃度変調が同期しているので「シンクロ型LPSO構造」と呼ぶこともあります。このLPSO構造が、強度の秘密です。

 

―そこから研究が加速したのですね。

河村 2003年に熊本大学の研究者に呼びかけて、マグネシウム合金に関する自主的な研究会を立ち上げました。この年に鋳造法によるKUMADAI鋳造耐熱Mg合金の開発に成功します。また2004年からは、急冷法によるKUMADAI急冷耐熱Mg合金に対して経済産業省の予算がつき、航空機用構造部材創製・加工技術開発プロジェクトに取り組みました。プロジェクトテーマは、発火しやすく危険なマグネシムから安全に素材をつくることです。一方で急冷法と比べてコストを抑えられる鋳造法については2006年から、科学技術振興機構の熊本県地域結集型研究開発プログラムで、航空機の内装材などを対象として大きくてよい素材をつくる実用化研究に5年がかりで取り組みました。

 

―研究者としてまさに順風満帆ではないでしょうか。

河村 ところが、そう単純な話ではないのです。こうした実用化研究に集中していると「あいつは純粋な研究者じゃない」とか「資金集めばかりやっている」などと言われたりしますから。

 

―どういう意味ですか。

河村 実用化研究に取り組んでいると、学術的な論文を書けないため研究者にとっては不利なのです。実際、これらのプロジェクトに取り組んでいる間、私の研究論文の数はガクッと減っています。ただ、学生と若い研究者には同じMg合金をテーマにしながらも論文を書ける基礎研究に集中させて、私は実用化研究を引き受けていました。誰かが実用化を引き受けないと、世の中で使われる素材とはならないのです。

 

研究センターと国プロを一気に立ち上げる

―先進マグネシウム国際研究センターができたのは2011年でしたか。

河村 2006年からスタートした科学技術振興機構の熊本県地域結集型研究開発プログラムには、地域を中心にした12社と10大学、それに2つの公的機関からメンバーが集まり、集中研究室と実験工場が熊本大学に設置されました。プログラム終了時に、この集中研究室を引き継ぐ形で先進マグネシウム国際研究センターが開設されたのです。その後、2014年に今の研究棟が竣工しました。

※研究棟には透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡などが備えられている。

 

―2011年からは国プロである、文部科学省の新学術領域研究プロジェクトも立ち上げていますね。

河村 「シンクロ型LPSO構造の材料科学―次世代軽量構造材への革新的展開―」では、全国27研究機関から59名の研究者が参加するネットワークを構築しました。材料工学、物理学、機械工学、計算科学の研究者に加えて、J-PARCやSPring-8などの研究施設の研究者も加わり、まさにオールジャパンで基礎研究に取り組みました。テーマは大きく3つあり、KUMADAI耐熱マグネシウム合金で発見されたシンクロ型LPSO構造について、その原子配列構造、構造形成メカニズム、新しい強化原理の解明です。研究者の7割は、それまでマグネシウムの研究に取り組んだことのない人たちでした。最初は「マグネシウムとは何ぞや」の勉強からスタートしながら、中間評価では最高となるA+の評価を得て、5年間で確かな成果を残しました。成果は報告書としてまとめると同時に、一般向けの書籍『LPSO型マグネシウム合金の材料科学』としても市販されています。

 

―約60人もの研究者を束ねるのは大変じゃないですか。

河村 研究者が何よりも大切にするのはオリジナリティですから、当然皆さん個性的な方ばかりです。ただ、参加してくる方全員に共通するのが、新しいシンクロ型LPSO構造に対する、各自の研究分野からの強い好奇心です。しかも、研究力に関しては折り紙つきのつわ者揃いですから、研究は一気に加速しました。

 

―プロジェクトではどのようなことが明らかになったのでしょう。

河村 大きなものとしては、キンク強化です。キンクとは、結晶構造の一部が地層の褶曲のように折れ曲がる現象です。このキンク変形により、KUMADAI耐熱マグネシウム合金は強さを増すのです。これは従来の材料強化法として知られていた、固溶強化、加工強化、結晶粒微細化強化、析出強化、複合強化に加わる新たな強化法として注目されています。約半世紀ぶりの新発見です。

 

―この間にボーイングとの提携も進んだのですか。

河村 2013年にアメリカ連邦航空局(FAA:Federal Aviation Administration)でテストをしたところ、ZnとYを添加したKUMADAI耐熱マグネシウム合金は可燃ながら発火温度が780~940度と高く難燃性を持ち、さらにAlとCaを添加したKUMADAI不燃マグネシウム合金は沸騰しても発火しない、つまり不燃であることが証明されました。これにボーイングが着目し、付加価値の高い一次構造部材として急冷法による耐熱合金、内装品などの二次構造部材として安価に製造できる鋳造法による不燃合金を採用しようと考えたのです。ボーイングとは現在、知的財産権に関する交渉を続けているところです。

 

―材料研究者の夢が、いよいよ実現しそうですね。

河村 飛行機の材料として採用されるには、サプライヤーの確立など解決すべき問題がありますが、ようやくパートナー企業が見つかり、今後量産のために研究が本格化しそうです。ほかにもKUMADAI耐熱マグネシウム合金の生体適合性と高強度を活かして、心臓血管用のステントや血管縫合機、クリップなどへの活用が試みられています。これは熊本大学医学部、京都大学医学部との共同研究によって進められています。

 

社会人生活を経験して、研究の世界に戻る

―修士課程を卒業して就職、それから再び大学院に戻られています。

河村 修士のときにアモルファス合金の粉末を固める面白い研究と出会いました。その時点では日本電装(現・デンソー)に就職が決まっていて、就職先でも研究を続けられるという話だったのです。確かに研究は継続できたのですが、企業での研究は自由度が限られることを痛感しました。より研究に没頭したかったので、アモルファス合金の研究で有名な東北大学の金研に入り直して学位を取得したのです。

 

―金研から熊本大学への移籍も、思いきった決断ではなかったのですか。

河村 材料研究について金研は世界トップクラス、それに比べると熊本大学はそこまでの力はありません。ただ、ゼロからの立ち上げ方については金研時代のボスである増本健先生のやり方を見て学んでいました。自分なりに解釈したコツを言葉に表すなら「ひたすら愚直に一生懸命に努力する」です。そうやって続けていると、助けてくれる人がいっぱい出てきました。

 

―その結果、国プロのリーダーとなり、新しく研究センターを立ち上げて研究棟までつくりあげたのですね。

河村 全部、学生を含めてまわりにいる方々が手助けしてくれたおかげです。もし、私に人を動かす力のようなものが何かあるとしたら、何とか世の中の役に立つ新しい材料をつくりだしたいという強い思いではないでしょうか。

熊本大学先進マグネシウム国際研究センター センター長 教授
河村能人(かわむら よしと)

1985年、名古屋大学大学院工学研究科金属工学専攻博士課程前期課程修了、同年、日本電装(株)に入社し研究開発部研究員を務める。1993年、東北大学大学院工学研究科材料物性学専攻博士課程後期課程修了、博士(工学)、東北大学金属材料研究所助手、1999年同助教授を経て、2000年熊本大学工学部助教授。2003年、熊本大学大学院自然科学研究科教授を経て、2011年より現職。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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