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アルコールがついても字が消えない! 理化学系研究者の救世主、コクヨ“リサーチラボペン”開発担当者を直撃しました!

アルコールがついても字が消えない!理化学系研究者の救世主、コクヨ“リサーチラボペン”開発担当者を直撃しました!

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文具メーカー・コクヨが開発した「リサーチラボペン」をご存じですか?

“ラボペン”の愛称でも親しまれるこのマーカーペンは、アルコールで消えにくく、凍結や結露した表面にもサクサク書ける優れモノ。サンプルの容器に直接情報を記入する機会の多い理系研究者にとってまさに待望の一品であり、2023年の発売以来、一時は品薄状態が続くほどのヒット商品となっています。

理系研究者の悩みの声から生まれた “ラボペン”。その開発の経緯と、機能のメカニズムを教えてもらうために、コクヨ株式会社を訪ねました。お話を伺ったのは、企画を担当した伴和典さんと、ペン開発のスペシャリスト、吉川将史さんのお2人です!

コクヨ株式会社開発本部の吉川将史さん(左)と伴和典さん(右)
リケラボ編集部撮影

伴 和典さん(写真右)

グローバルステーショナリー事業本部 開発本部 開発第2部 企画開発第2グループ グループリーダー
大学では半導体の材料研究を行い、修士課程まで進む。一からすべて関わるものづくりをやりたいと、2006年にコクヨに入社。企画開発の業務に就き、単語帳の電子化や防災用品のプロジェクト等、さまざまな案件を担当。

吉川 将史さん(写真左)

グローバルステーショナリー事業本部 開発本部 開発第3部 企画開発第3グループ
大学では化学を学ぶ。2013年に中途入社で塗料メーカーから転職し、ボールペンやラインマーカーなど、ペンの開発を担当している。インクや塗料に関する知見が豊富で、他部署からもたびたび相談を持ちかけられている。

「リサーチラボペン」の特長と開発のきっかけ

── コクヨさんの「リサーチラボペン」略して“ラボペン”が、理系研究者の間で話題です。あらためて、どのような特長がある商品なのでしょうか?

 このペンの大きな特長は、アルコールがかかっても文字が消えにくいこと、凍結したり結露した面にもスムースに書けることです。また、ペン先をかなり細くしているので、マイクロチューブのような小さな容器にも細かく書けるようになっています。

── 理系の研究現場では、手書きが必要な場面が多いので、助かりますね。サンプルに書いた油性マジックのメモをナナエタ(消毒のための70%エタノール溶液)で、何度も消してしまった経験者としては、とてもありがたい製品です!

 容器にナンバリングしたり、小さなラベルに実験データなどの文字を書き込むといった作業がとても多いのに、従来の普通の油性マーカーだと太くて書きづらいし、アルコールで消えてしまうことに困っているというお悩みの声を聞き、研究現場のお困りごとを解決するペンとして開発しました。

リサーチラボペン商品化企画を立ち上げた伴さん
リケラボ編集部撮影

── 研究者向けの文具に着眼されたのはどういう経緯からですか?

 入社以来、さまざまな製品の企画開発に携わってきました。ある時、ある食品メーカーさんの研究室を訪れた際、マイクロチューブに手書きでデータを記入している研究者の方から、記入作業に非常に手間がかかっているという話を伺ったんです。その話を聞いて、「こうした研究現場特有の小さな労力を省けるような、より実用的な文具があれば」と思ったのがきっかけで、まずは手書きしなくてもよいように印刷用ラベルを作りました。LABOラベという商品です。編集ソフトも無料で公開しました。アルコールに強く氷点下温度でも使えます。すると気に入ってくださったある先生がSNSで広めてくださり、そこからより積極的に研究現場のニーズにマッチした文具を作りたいと思うようになりました。

── ペンを開発したということは手書きのニーズも残っていたということでしょうか。

 はい。ユーザーさんの声を聴くと、やはり手書きするケースが多く、そこで吉川さんに協力を呼び掛けたんです。吉川さんは社内で特に色材に詳しく「ペンなら吉川さん」といわれるペン開発のプロフェッショナル。他に販売部のメンバー1名も加えて、計3名で始めたプロジェクトでした。研究者向けに特化した文具の市場性は未知数でしたし、最初のうちはとりあえず仲間内で試しに試作してみようという感じでした。

── 伴さんからその相談を受けた時、吉川さんはどのようなお気持ちでしたか?

吉川 伴さんから受けた相談は「アルコールをかけても消えない」「結露や凍結面に書ける」「細く書ける」ペンを作りたいというもので、現在と変わらない一貫したものでした。アルコールでインクが溶け出さない技術については心当たりがあったので、実現できそうと思いました。

── さすがですね!

一般的な油性マーカーとリサーチラボペンはどこが違う?

── ズバリ、アルコールで消えにくいというラボペンの特長をどうやって実現したのですか?

吉川 ラボペンは分類で言うと油性マーカーの仲間になります。一般に油性マーカーのインクは、色材と色材を筆記面に定着させるバインダー樹脂、それらを溶かしてインクにする溶媒などから構成されます。通常、油性マーカーでは、アルコールベースの溶媒を採用しているものが多いため、書かれた筆記線が定着した後でもアルコールに接触すると色材とバインダー樹脂が溶け出しやすい性質を持っています。これが、従来のマーカーで書いた線がアルコールで消えてしまう主な理由です。

ペン商品の開発担当、吉川さん
リケラボ編集部撮影

── ということは、リサーチラボペンは、溶媒が違う?

吉川 溶媒と、それに加えて色材にも工夫があります。ラボペンでは、使う溶媒をアルコールと混ざらないものにしている他、色材も染料ではなく顔料を使うことで、アルコールに溶け出さないようにしました。

シャーレの蓋に書いた模様にアルコールを塗布したところ。左上が通常マーカー、下がラボペンで書いたもの。アルコールを霧吹きでかけてみると・・・
リケラボ編集部撮影

リケラボ編集部撮影

左上の通常のマーカーは簡単に落ちてしまったが、ラボペンで書いた中央の模様は指でこすっても落ちなかった。
リケラボ編集部撮影

── 染料と顔料とでは、どのようにインクが変わるのでしょうか?

吉川 染料と顔料は、どちらも色を付けるために使われる物質ですが、その性質と特徴に違いがあります。染料は水や油などの溶媒に溶かして着色する物質で、顔料は、溶媒に分散して着色する物質です。染料は取り扱いが容易で色も鮮やかという特徴があり、顔料は水や光に強いという特徴があります。よくみかんジュースに例えるのですが、染料インクは普通のジュース、顔料インクはつぶつぶみかんジュースで色材の顔料が「つぶつぶ」にあたるとイメージしていただくと、少し想像しやすいかもしれません。

── つぶつぶみかん!

吉川 はい。簡単に言うと、ラボペンでは、色材に固体粉末の「つぶつぶ」を使うことで、アルコールがかかっても溶け出さないようにしたということです。

── もしどうしてもラボペンで書いたものを消したい場合、方法はあるのですか?

吉川 ヘキサンやキシレンなどの炭化水素系の溶剤を使用すれば消すこともできます。理系の研究室なら一般的に用意されていることが多いと思いますので、どうしても消したいという場合にも、そんなに困らないと思います。

── もうひとつ、結露したものの上にも書けるというのは、どういう原理ですか?

吉川 アルコールは、水と混ざります。だからアルコールを溶媒にしているマーカーは、水滴のある場所に書こうとすると、水と混ざってしまって色がつけられないのです。しかしラボペンは先ほどお話しした通り、溶媒にアルコールを使用せず、水と混合しない溶媒を使用しています。だから表面に水があったとしても、インクが水と混ざらずに書きたい面にインクが届きます。それが濡れた面にも書ける秘訣です。凍っているものの表面にかけるのも、同じ原理ですね。

ラボペンなら結露面にもそのまま文字を書くことができる
画像提供:コクヨ株式会社

── 細く書けるのも特徴ですね。

 マイクロチューブは人の指より細いくらいのサイズで、蓋も直径1センチほどしかありませんよね。そこに書くとなると、やはりペン先が細いものが求められました。

リケラボ編集部撮影

── 技術的には、どのように実現したのでしょう?

吉川 まず、細さを保つ上でペン先がつぶれにくいように、硬めの芯材を使っています。しかし単に硬く細くすれば良いわけではなく、細くすると今度は顔料が芯材につまりやすくなってしまいます。そうならないよう、色材と溶媒と樹脂のバランスコントロールにはかなり苦心しました。

── そのバランスの難題を解決したキーポイントは何でしたか?

吉川 そこはもう地道な調整の積み重ねしかなかったですね。絶妙なバランスが見つかるまで、トライ&エラーを繰り返しました。結局40パターンくらいは試したので、なかなか時間がかかりましたね。でも試作品を作るといつも伴さんが少年のようなキラキラした笑顔で喜んでくれるので、それが見たくて作っていました(笑)。

リケラボ編集部撮影

 それは知りませんでした!(笑) 吉川さんにかなり負担をかけていたのはわかっていたので、ずっと心苦しい気持ちでいたのですが、そんな風に思っていてくれたのは、ちょっと照れますが、嬉しいですね。

── ラボペンは保管方法として横置きを推奨しているそうですね。そこにも構造やインクの特徴が関係しているのですか?

吉川 はい、その通りで、他の油性マーカーと違って、ペン先を下向きに置くとペン先に顔料が詰まりやすくなる性質を持っています。それで使えなくなることはないように、しばらく横向きやペン先を上向きにしてもらうと添加剤の作用で詰まりが戻るような工夫も加えていますし、短時間なら立てても詰まることはありません。長時間保管する場合には、横向きに置いていただくようお願いしております。

理系に特化した文具セレクション

── あまり認識できていなかったのですが、理化学系研究者向けの文具サイト(ラボステーショナリーシリーズ)をお持ちなんですね。学生時代から研究室でお世話になってきたアイテムがいくつかあります!

 はい。比較的歴史の長いものだと、コクヨでは2006年から「リサーチラボノート」という研究者向けのA4のノートを発売しています。先ほどお話しした研究室向けラベルLABOラベも含め既存アイテムからもラボで役立つ文具をセレクトし、「ラボステーショナリー」としてご紹介させていただいています。

ラボステーショナリー」のラインナップ リサーチラボノートはおなじみの人も多いはず!
画像提供:コクヨ株式会社

── 「ラボステーショナリー」の全てが、もともとラボ向け専用に開発された文具というわけではないのは意外です。

 私も入社して驚いたのですが、もともとコクヨの文具はその価格帯と照らしてここまでやるかと思うくらい厳しい品質基準で作られています。そのため既存のアイテムにもラボで使える品質や特性を持ったものがたくさんあったんです。例えば、「ドットライナー」というテープのりはスムーズに塗れて切れがよいのが特長ですが、酸を抑えたのりを使用しているので、時間が経っても紙が変色しにくい特性があり、これが研究ノートにプリントを貼付けるニーズにもマッチしていました。

このようにターゲットに合わせて、伝える商品特長の優先順位を変えることで、すでに発売している商品と一緒に「面」で提案することができます。「ラボステーショナリー」はその先駆け的な試みだと思っております。

── ラボペンの発売後の手応えについては、どうお感じでしょうか?

伴 発売後はまず文具ライターさんがXで紹介してくださった事で話題になり手応えを感じました。また、分子生物学会にてブースを出展した際に、研究者の方々が目の前で驚き喜んでくださったのがとても嬉しかったです。

吉川 おかげさまで好評をいただけ、ありがたい限りです。伴さんを中心に徹底的に研究者のニーズをリサーチしたことで、細かいところまで研究者のニーズをかなえる仕様にできたかと思います。例えば、インクの配合は、研究現場で一番使われる素材PP(ポリプロピレン)に最適化しつつ幅広い材質に筆記可能なものにしてあります。

 デザインにもリサーチの結果を反映しています。ラボのテーブルは白または黒が多いため、どちらに置いても見つけやすい色、シルバーの外観を吉川さんが提案してくれました。またボディにはどんな素材に書けるかを明記するなど、全体の印象としてひと味違うプロユースを感じさせる “プロ感”を出しています。

書きやすい面の相性を表で示してくれているのも便利!
リケラボ編集部撮影

── 「ラボステーショナリー」シリーズの今後の展望は?

 これからも理系研究者のニーズに応える新商品の開発を進めていく予定です。リサーチラボペンはあくまでその第一歩にすぎません。研究者向けという特殊で高い性能のニーズにこたえていくことで、一般向の方々向けの文具のクオリティアップや新たな製品につなげられたらとも思っています。

リケラボ編集部撮影

企画やプロモーション、営業など色々な部門と連携できる文具メーカーの研究開発職。課題をクリアしてチームメンバーと喜び合えるのが楽しい

── 今回、ラボペンを開発したお二人が理系出身ということでとても親近感がわきました。

吉川 たしかに一般的な理系研究職の就職先として文具メーカーはあまり思い浮かばないかもしれませんね。私のいる商品開発部門は、デザインや設計出身の方が多いのも事実です。でも理系出身者にとっても非常に魅力的で価値を発揮できる仕事場だと思います。私のような化学系を含め、幅広い理系出身者が活躍しています。

── 文具メーカーに入社して良かったと思うことや、働きがいはなんですか?

吉川 研究開発だけでなく、企画やプロモーション、営業部門のメンバーと協力しながら開発できるのが文具メーカーの魅力ですね。私は目の前の壁を超えることに必死になりがちですが、メンバーとの議論で違う視点やひとつ上の視座で課題を捉えることで違った解決手段を発見できて、喜び合えるのは楽しいです。

 私が入社してよかったと思うのは、なんといっても文具という身近で親しみのあるものに携われることです。やりがいとしては、チームの力をあわせてものづくりができる点にあると感じます。入社前は「自分にしかできないものをつくりたい!」と意気込んでいましたが、商品開発を経験していくうちに、一人の力ではとてもできないことに気づかされました。開発だけではなく、内務、プロモーション、生産、営業など様々な方に支えられ、はじめてお客様に喜んでいただけるものを作ることができると実感しました。今はチームを大切に、そしてモノづくりを楽しむように、気持ちも変わりました。

── 文具メーカーで活躍できるのはどんな人だと思いますか?

 吉川さんの色材に関する知識がラボペンの開発に繋がったように、理系の専門性は文具開発に大切だと感じています。あとは、やりたいことを強く表に出すのも大切です。やりたいことが周囲の方に伝わると、応援してくれる人も増えます! ラボペンもそうだったと思っています。

吉川 私は中途入社ですが、面接のときに、やりすぎかなと思うくらいマニアックな話をしたにもかかわらず、面接を担当してくれた方がすごく喜んでくれました。それでここで働きたいなと思いました。相性の合う人は必ずいると思うので、そうしたパートナーを仕事仲間のなかで見つけられるといいと思います。

 本日は取材をいただき、ありがとうございました。広報メンバーにも感謝です。理系研究室のニーズに応える文具をこれからも開発していきますので、これを読んで興味を持ってくださった方、ぜひ生のお声をお聞かせいただけると嬉しいです。ご意見、お待ちしています!

リケラボ編集部撮影

リケラボ編集部より

コクヨさんの文具のクオリティの高さを改めて感じるとともに、開発した伴さん、吉川さんの研究者向けにいい文具を提供したいという熱意に触れ、この先どんなラボ向けアイテムが生まれるか、さらに楽しみになりました! 伴さん、吉川さん、興味深いお話をありがとうございました。

リケラボ編集部

リケラボ編集部

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