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理系の職種紹介vol.5 製薬会社における医薬品分析の仕事(開発過程での医薬品評価)武田薬品工業様に聞く| リケラボ

理系の職種紹介vol.5 製薬会社における医薬品分析の仕事(開発過程での医薬品評価)

武田薬品工業株式会社

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職種名や求人情報を見ただけでは「仕事の内容がよくわからない」「イメージできない」ということ、ありますよね。知っているようで意外と知らない“理系の仕事“にフォーカスし、その仕事で活躍している先輩に詳しい内容を教えてもらおう!というのが「理系の職種紹介」シリーズです。

5回目に取り上げるテーマは、『医薬品分析』の仕事。

医薬品は生命に関わる製品であり、安全性や有効性を厳格な試験によって証明したものでなければ販売できません(安全性=人体に害を及ぼさないか、有効性=意図した病気に効果を発揮するか)。販売を許可された後も、大量に製造するからといって品質のばらつきは許されません。万一低品質なものを患者さんが服用すれば重大な健康被害を及ぼしかねないどころか時には生命にまで危険を及ぼします。そのため医薬品にはその開発段階から製造販売後に至るまで非常に厳格な品質管理が義務付けられています。

そこで重要となってくるのが、「分析」の仕事。医薬品の成分や物性について厳密に検査をすることで、製品の質を守ります。そんな医薬品分析の仕事内容について今回詳しく教えてくださったのは、武田薬品工業株式会社の塚田信津さん(2003年入社)。

塚田さんが専門としているのは、開発段階のくすりの分析。その分析方法の開発と評価基準の作成も塚田さんの仕事です。医薬品の候補化合物の分析と評価はどのように行われているのか、多彩なご経験から培われた知見を発揮し活躍されている塚田さんに、仕事内容と必要な心構えなどを教えていただきました!

武田薬品工業株式会社

国内最大手であり、世界的にも高く評価されている製薬会社。1781年に初代・武田長兵衛が大坂道修町で和漢薬の販売を始めたことがその起源。豊かな伝統に革新性を兼ね備え、消化性潰瘍治療薬や制癌剤などを主力に、抗体医薬や細胞医薬など新治療薬の開発においても業界をリードする。

リケラボ編集部撮影

お話を伺った、武田薬品工業株式会社ファーマシューティカル・サイエンス アナリティカルデベロップメント所属の塚田信津さん。2003年入社。薬学博士(入社後に博士号を取得)。細胞などを扱う薬理研究を経て、2011年から現在の部署で新薬候補物質の分析や評価を担当。入社後通算3度の産育休、パートナーの海外転勤に伴い3年間の休職といったライフイベントを経ながらも、医薬品分析のプロフェッショナルとして活躍中。

新薬開発において、分析・評価が担う役割

様々な候補物質を安全性と品質の観点から評価する

私が所属しているファーマシューティカル・サイエンスは、医薬品開発の中でも、有望な候補物質をくすりとして最適な形に具現化するための総合的な研究を行っている部門です。基礎研究で見つけたくすりのタネ(候補物質)を製品としてよりよいものに仕上げるための研究というとわかりやすいでしょうか。具体的には、原薬の合成法や剤形の検討、分析法・品質試験法の開発、工場生産への技術移管といったことを担っています。

そのなかで私の所属するアナリティカルデベロップメントは、探索研究部門(くすりの候補となる有効物質を探す部署)で見つけてきたタネの分析・評価と、スケールアップ(工場で大型の機械で大量生産する)のための分析方法の研究を並行して実施しています。加えて、創薬のDX化や品質試験なども行っています。

このうち私の担当は、新薬候補物質の分析と評価。サンプルに合わせて多種多様な分析法を駆使し、物質そのものの特徴を把握する仕事です。いくら病気に有効な物質であっても、保管中に酸化しやすいとか水を吸いやすいといったことではくすりになりません。探索チームは候補物質の有効性を見ますが、我々分析チームは、毒性と安全性、つまり製品にしたときに患者さんに害となるようなリスクはないかを見ています。たとえば、構造的に何か一部が外れると毒性が発揮される物質ではないか、といった詳細な検討を行いながら、候補物質の中から製品化に最適なものを絞り込んでいきます。

くすりはもともと低分子の化学物質からつくられることがほとんどでしたが、近年では抗体医薬や細胞医薬品、その中間である核酸など様々なモダリティ(治療手段・有効成分の種類)が劇的に増えています。それに合わせて新たな分析方法や評価基準を作ることも我々の部署で行っている重要な研究です。

仕事内容を整理すると、以下のようになります。

①「くすりの原石」の絞り込みのための分析

開発の初期段階ではくすりの原石ともいえる有効成分の絞り込みや、その有効性をさらに高めるための研究が行われます。目指すくすりのコンセプトに合わせ、細胞で効くとか、目的のタンパク質を発現させるという風にデザインされた候補化合物(物質)が、研究部門から共有されます。その化合物の特徴や性質を水や溶媒に溶かしたりして分析・評価します。分析結果が良くなかったらその化合物はくすりとしてもうダメだということではなく、あくまで多くの候補の中から対象を絞り込んでいく示唆を与えるための分析です。

リケラボ編集部撮影

②製剤研究での評価・分析

候補物質が絞り込まれたら、次にどのような形状にするかの研究を行います。くすりがくすりとして完成するには、有効成分に賦形剤(ふけいざい)というものを加える必要があります。賦形剤は、くすりの効果を最大化、あるいは飲みやすくするためにくすりに付加される材料です。錠剤の形にするためにくすりを固めたり、体内の意図した位置で適切に溶けるようにコーティングしたりする工夫に用います。これを製剤研究と言い、有効成分との相性を見ながら最適な剤形を検討していきます。開発の過程では、錠剤ではなく注射剤にした方がいいのではないか、注射よりパッチの方が患者さんに負担が少ないのでは、といったさまざまな案が出されながらくすりが磨かれていきます。剤形が変わるごとに、それに対応した分析を行いますし、時には分析方法そのものを開発します。

また、最終的にくすりを工場規模で大量生産する工程を想定した検討も行います。大量生産した際に、材料同士が互いに反応して不安定になったり、有効成分の含有量が減少したりしないか、生産プロセスがうまく進んでいるかを確認するための分析や、その分析方法自体の研究です。製造を担当する部門のメンバーと協力し、生産プロセスの調整や改善を行っていきます。

有効期限の設定も分析の重要な仕事です。設定した有効期限ぎりぎりのところで再試験して同じ結果が出るかを確認するところまでを含めると、1つの製剤についての評価は、およそ3年から5年といった長期スパンでの取り組みになります。

③承認申請:開発した試験法や試験結果を科学的な文書としてまとめる

剤形や製造方法が決まったくすりは、治験薬として製造し、臨床試験で実際に患者さんに投与されます。そして臨床試験が終わると、それまでのデータを厳格なガイドラインに沿った文書にまとめ厚生労働省に提出します。いわゆる新薬の承認申請です。申請書類は、開発の経緯や作用機序、動物実験の結果から臨床試験のデータまで膨大な情報となるため、各担当部門がそれぞれのパートを作成します。私たち分析部門は、医薬品の品質に関わる部分を執筆します。試験法の詳細だけでなく、どうしてその試験法が妥当なのか、その結果がどうだったからこの規格(出荷基準)としたのか、サイエンスに基づいてロジカルに記述していきます。

分析の仕事は機器などを使った実験が主な業務というイメージを持たれている方も多いかもしれません。ですが、同じくらい欠かせない仕事として、こうしたライティング作業にも多くの時間をかけています。

また、開発が始まってから承認申請までには大変長い年月がかかるので、都度記録をきちんと残しておくことも大切です。並行して複数のプロジェクトに関わり、常にさまざまな段階のくすりを担当しているので、情報を整理し、文書として管理しておくことも、申請を見据えての重要な仕事なのです。

④承認後の品質を管理するための戦略立案

できあがったくすりは、最終的な品質さえ問題なければ万事OKというものではなく、作る工程のどの段階においても明確に品質管理ができていることが非常に大切です。というよりもプロセスのどこかでひとつでも要件を満たさないことがあれば、品質の良い医薬品とはいえない、といった方が正確です。途中でおかしいときはおかしい、と気づけるような品質の管理戦略を考えていくことは、私にとって非常にやりがいを感じる部分です。

リケラボ編集部撮影

「誰がやっても同じ結果が出る」ものさしづくりが使命

医薬品の評価においては、どのような分析方法が最も説得力を持ち、信頼される結果をもたらすかが重要で、我々の研究の中心です。既に評価ガイドラインが確立されている分野の薬剤もありますが、当社が積極的に挑戦している核酸医薬や細胞治療など、新しいモダリティ(治療手段)の分野では、当然のことながら評価方法自体が十分に確立されていないケースが多々存在します。どのような実験を行い、どのようなデータを得ることで証明になるかを考え、確立できた時がこの仕事の醍醐味であり達成感を得られる瞬間です。

医薬品分析は、同じ手順でも人によって結果が異なるといったことがままあります。それでは品質の証明にはならないので、練り上げた、安定的な分析法を確立する必要があります。どの試験施設で、どの分析者がやっても同じ結果が出るような試験法、いわば正確な「ものさし」をつくるということです。多くの試行錯誤を繰り返し、かなり苦心しながら考案した試験方法もあります。

ですが新規モダリティだからといって過去の知見が生かせないわけではありません。

ある細胞分野の新規医薬品の評価法の確立に苦戦していた時、低分子の専門家からのアドバイスが有効だったことがありました。その時痛感したのは、モダリティは何であれ練られた試験法をつくることの重要性です。新しいものだからと尻込みする必要はありません。チームで協力しあうことで結果を出すことができますし、この経験は個人的にも大変印象深いものでした。

医薬品分析法の開発研究に求められるスキルや意識

▍専攻分野は様々。ロジックとコミュニケーションがくすりの品質を高める

私自身の専門は生物とタンパク質工学ですが、同僚の出身学部は、薬学部、理学部、工学部、農学部などさまざまです。この仕事は、専攻はなんであれ、科学的思考力をもって「議論できる」能力がある人が活躍できると思います。実験結果が予想と異なった際に、結果を素直に受け止めて次を考えることが重要。そのために大切なのは多様な視点でデータを見ることで、同僚との議論は欠かせません。議論を経ることで、自分の解釈は「結論」ではなく「ひとつの可能性」だったということがよくわかります。できるだけいろんな目でデータを見ること、また積極的にそういう機会を持つことが大切です。私自身、科学者としても、患者さんに対しても「誠実である」ということを常に肝に銘じていますが、武田薬品工業では、データを前にして職位は関係ないという風土が根付いていて、サイエンスに基づいた信頼性のある研究が進められています。

▍新薬を待つ患者さんのために欠かせないのはスピード

新薬を待っている患者さんに1日でも早く届けるために、与えられたタイムラインを死守することには相当こだわっています。もちろん必要な検証をきちんと終えたうえでというのが大前提であることは間違いありませんが、ひとつひとつの研究のプロセスで無駄が出ないように、かなり綿密に計画を立てて業務を進めています。計画なく実験にとりかかり、このサンプルは何倍で希釈するんだっけ…とその場で考えたり調べたりしながらでは時間がいくらあっても足りません。これはワークライフバランスを保つためにも重要なポイントです。些細なことでも、日々の積み重ねの成果でそれぞれの持ち時間をできるだけ短くするよう努めていくことで、結果的に早く患者さんのもとにくすりをお届けできます。プロジェクトに関わる全員がそれを目指し、懸命に取り組んでいるので、目標とするタイムラインをクリアできたときはとても嬉しいです。

リケラボ編集部撮影

▍それぞれの得意分野で貢献しあいチームで目標を達成する

研究職というと、一人であるテーマに向かってコツコツと取り組む人が向いているイメージもあるかもしれません。確かにそういう要素も大きいのですが、色々なサイエンスの集大成ともいえる医薬品は、様々な専門家の知恵を結集してその時々の課題を解決し、くすりを完成させていくことが必要不可欠です。

私の経験からお話しすると、入社当時、研究はチームで進めるものだというのをあまりイメージできておらず、初めて扱うサンプルであっても自分一人で黙々と調べるばかりで必要以上に時間をかけすぎていました。もちろん自分で調べることは大切なのですが、抱え込みすぎないことも大事。周りには様々な分野で専門性の高い仲間や先輩方が大勢います。皆さんの協力を得ながら仕事を進めていくと、期限も守れますし、なにより自分自身の引き出しが増え、色々なモダリティを扱えるようになります。逆に、自分の得意分野で知見を求められたときはしっかりと専門性で貢献します。分野の異なる専門家同士が集まり貢献しあうことで、質の高いくすりを世に送り出すことができているのです。

リケラボ編集部撮影

患者さんにくすりを届けるため、自分を高めつつ仲間たちと歩んでいく

私は産休・育休や、配偶者の海外転勤による4度の休職を経験しています。でも仕事をやめようと思ったことは一度もありません。くすりを通じて社会に貢献したいという想いを持ち続けていました。会社としてもダイバーシティを尊重する風土ができてきていて、休職や復帰時もとても自然に受け入れてくれていることは、仕事を続けるうえで大きかったと感じています。

今後については、核酸やバイオ医薬品の分析において、できるだけ人によるばらつきを排除できるような分析法の開発を行っていきたいと考えています。8連ピペットの操作によっても結果にばらつきが出てしまう繊細な世界なので、手順書にコツを書いたりするといった地道な手順の確立もそうですが、機械で正確にできるところは機械でできるようにして、分析の再現性を高めることにも挑戦していきます。最近の分析装置の進歩は目を見張るものがあり、分析機器メーカーやアカデミアの先生方と一緒に最先端の分析法の開発を進めています。

医薬品分析の仕事に限らず、製薬業界で働く人は、人の健康に貢献したい、病気を治したい、そういうモチベーションが何よりも大切だと思っています。新薬の開発を通じて病気を治せる可能性に、これからも誠心誠意、取り組みたいと思います。

武田薬品工業には同じ志を持った良いメンバーが揃っているので、そうした仲間たちと一緒にこれからもさまざまな課題に挑戦していきたいと思っています。

リケラボ編集部撮影

リケラボ編集部より

新薬開発における分析・評価の役割と仕事内容について一つひとつ丁寧にお話いただき、塚田さんの日頃の仕事ぶりはもちろん、信条とされている誠実さが何よりも印象に残る取材でした。「くすりの種」が、実際にくすりになるまでは長い時間がかかり、日々地道な積み重ねが続く仕事ですが、患者さんにくすりを届けたいという想いで一丸となり、チームワークで挑む仕事であることもわかりました。

研究室では何十台という多種多様な装置を扱い、さまざまな実験が行われています。最新の分析機器の便利さには感動することも多いそうですが、塚田さんが身近に感じるのは昔から使っている電卓や、乳鉢で薬品をすりつぶす音だそう。最新の医薬品研究の世界でそんなアナログ部分も大切にされているエピソードに、武田薬品工業様の伝統と革新が垣間見えました。取材に応じてくださった塚田さん、武田薬品工業様、誠にありがとうございました。

リケラボ編集部

リケラボ編集部

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