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蜜入りリンゴはどうやってできる!? 新たな代謝メカニズムを明らかにした独自の計測手法 | リケラボ

蜜入りリンゴはどうやってできる!? 新たな代謝メカニズムを明らかにした独自の計測手法

愛媛大学 和田博史教授

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リンゴを剥いたとき、蜜がたくさん入っていると当たりを引いたようで、ちょっとうれしくなりませんか?

甘く芳醇な香りが特徴の蜜入りリンゴ。糖が溜まってできるとされてきましたが、なぜできるのか、リンゴの中で何が起こっているのか、実は詳しくわかっていませんでした。蜜がどうやってできているのかがわかれば、安定的に蜜入りリンゴをつくることも夢ではない!?

愛媛大学の和田博史教授をはじめとする国際研究グループが開発したある独自の計測手法で、世界で初めて蜜入りリンゴになるメカニズムの一端が明らかになったとのこと。

和田先生は、ブドウやコメなど身近な作物をテーマに、環境の変化が植物の水分状態や代謝変化にどう影響を与えるかといった研究を重ねてこられました(植物生理学)。植物の中の変化を調べるための執念ともいえる創意工夫に研究者魂を感じます!

原因究明されていなかったリンゴの“蜜症”

──リンゴの蜜のでき方について新たな知見を得られたということで、詳しく教えてください。

リンゴの中心部に蜜が溜まり透明部分ができる現象を、リンゴの“蜜症”と呼んでいます。蜜ができるかどうかは品種間で差が大きく、有名な品種では「ふじ」があり、東北地方を中心に寒い場所で多く栽培されています。寒くなる秋頃から蜜ができ始めるといわれていて、この先 温暖化が進んで秋に気温が十分に低くならないと、蜜ができにくくなっていくのではと懸念されています。

── リンゴにどうやって蜜ができるのか、よく分かっていなかったというのは意外でした。

蜜のでき方については、ソルビトールという糖が細胞と細胞の隙間に転流してきて中心部に蓄積する説や、成熟に伴って細胞膜の強度が低下して水分が蓄積するといった説がありましたが、細胞レベルで水の動きと生理代謝に注目してそれらを同時に調べた事例はなく、実際に蜜の部分で何が起こっているのかは明らかになっていなかったのです。

── どうして調べられていなかったのでしょう。

分析手法がなかったからですね。植物内の代謝を詳しく調べるには、細胞一つ一つの中を見ていく必要があります。細胞はDNAが同じでも、たとえ隣り合っていても、一つ一つ成分や働きが異なるのです。それに加えて細胞間の水分の流れも見る必要があります。

── 植物の細胞を一つずつ分析しつつ、俯瞰的空間的にも見る、しかも同時に。確かに難しそうです。

今回用いた我々の開発した分析手法は、それを可能にしました。蜜入りリンゴの細胞レベルでの代謝の変化と水分の状態を、空間的に捉えることに世界で初めて成功したのです。これにより、これまでの定説を覆すような全体的な知見が得られ、リンゴに蜜が入るメカニズム解明の糸口を得ることができました。さらに研究を進め、作り方の改良や安定生産といったところにつながっていけばと考えています。

蜜の正体はアルコール!豊富な揮発性物質が香り高い蜜の秘密

── まず、先生方が開発された新しい分析手法によって明らかになったことについて、教えてください。

リンゴの蜜の部分、蜜になっていない部分、蜜との境界部分の細胞溶液を採取し解析したところ、蜜部分は糖度が低く、細胞の膨圧(細胞内に働く圧力)も低いことがわかりました。膨圧が低下し、酸欠状態になり発酵が進むことで合成されたアルコールやエチルエステルなどが、蜜部分から境界にかけて高濃度に溜まっていることがわかりました。

── リンゴの蜜は糖ではなく、揮発しやすいアルコールやエチルエステルだったのですね!だから蜜入りリンゴは香りが強いのですね。

香り高いのは、これら揮発性のアロマ成分が高濃度に含まれるからです。外側から蜜部分に向かって水の流れがあるために蜜のたまりができていることもわかりました。

── 水の流れがあるということはどういうことですか?

通常のリンゴでは水の流れはほとんどなく、空間的に膨圧は一定に保たれています。細胞間の隙間に空気層があるため果肉は黄白色に見えるんですね。一方、蜜入りリンゴは、内側に行くほど膨圧が低くなり、外側から内側に向かって水の流れができています。細胞の隙間にアルコールや水分が溜まった結果、通常のリンゴとは対照的に、空気層がなくなって光の乱反射が起きず、透明に見えていることがわかりました。

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画像提供:和田博史教授

── 果物の中を細胞レベルで把握できたからこそ分かったことですね。どういう技術か詳しく教えてください!

先端径2ミクロンの微細なキャピラリーを狙った1つの細胞に刺す

── 今回先生方が使われた分析方法、とても長い名前ですが、どういうものなのでしょうか。

ピコリットル・プレッシャープローブ・エレクトロスプレーイオン化質量分析法(picoPPESI-MS、1細胞代謝産物解析法)のことですね。1細胞の代謝の変化をとらえるために編み出した分析法です。プレッシャープローブという計測器とエレクトロスプレーイオン化質量分析法とを組み合わせたものです。

プレッシャープローブというのは、2ミクロン(=1ミリメートルの500分の1)ほどの先端開口部をもつ先の尖ったキャピラリーを成長中の植物の細胞に刺し、その細胞の水分状態(膨圧)を直接計測することのできる唯一の機器で、植物生理学の分野で長く用いられてきた手法です。プレッシャープローブを用いると、膨圧の他、細胞膜の水の通りやすさや、細胞壁の弾性の特性、さらには切片を切ることなく、刺している細胞の体積まで算出できます。それと同時に代謝産物を含むピコリットルレベルの超微量の細胞溶液を試料として採取できます(注:ピコリットルは、1兆分の110のマイナス12乗)リットル)。

── 細胞ひとつひとつを刺しわけて超微量の溶液を採取!すごいですね。

さらに採取した細胞溶液に⾼電圧を直接印加することで、前処理の必要なく、リアルタイムに代謝産物分析できるようにしたのが、picoPPESI-MSです。2016年に恩師の野並浩先生(現、愛媛大学名誉教授)を始め、共同研究者の先生方とこの方法を共同開発し、論文発表しました。また、狙ったサイズに針の先端径を調節する方法を確立するなど、さらなる開発や改良に取り組んでいます。

※MS:Mass spectrometry質量分析。原子または分子をイオン化して、それらを高真空中で加速し、電場や磁場の中を移動させ、各イオン種の質量による場との相互作用の違いを利用して、分離・検出する分析手法。化合物の分子量、分子式、および化学構造などに関する情報を得ることができる。

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先の尖ったキャピラリー管を植物の細胞に刺し、生理状態の指標となる細胞膨圧を計測後、その細胞から超微量溶液を採取できるプレッシャープローブ法。1978年にドイツのSteudle(シュトイドル)博士らによって開発された植物生理学分野における画期的な発明の一つ。右図は、同手法を用いて、野並先生とその師、Boyer(ボイヤー)博士により発表された水ストレス下での植物の生長に関する研究論文(1993年の米国植物生理学会誌Plant Physiologyの表紙に掲載)
画像提供:和田博史教授

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2016年、プレッシャープローブによる細胞膨圧計測・細胞溶液の採取直後に、高感度・高解像度のリアルタイム代謝産物解析を可能にした、野並先生と共同開発したpicoPPESI-MS
画像提供:和田博史教授

── 個々の細胞だけでなく空間的な把握も同時に行い、水の流れを見つけたとのことですが、それはどうやって

プレッシャープローブ計測とともに、原理の異なる2つの浸透圧計測法=凝固点降下法、蒸気圧法を組み合わせて解析しました。

── 凝固点降下法と蒸気圧測定法は何が違うのですか?

溶液中の溶質分子には大きく揮発性溶質と不揮発性溶質の2つがあります。簡単にいうと、蒸気圧法では、原理的に揮発性溶質の浸透圧は検出されないのに対して、凝固点降下法では、揮発性溶質、不揮発性溶質を含めたすべての溶質を対象に浸透圧を測定することができます。リンゴの蜜部分の浸透圧測定では、これまでは簡便な蒸気圧法が使われることが多く、リンゴの蜜に含まれる揮発性溶質の影響は考慮されていませんでした。つまり、揮発性溶質に富んだ蜜部分の浸透圧は正しく測定できていなかったのです。実験では、蒸気圧法による⾒かけの浸透圧と、凝固点降下法による真の浸透圧を測定、⽐較しました。その結果、蒸気圧法で求めた浸透圧は、エタノール濃度に関わらず、測定した範囲内で浸透圧は同じ値になったのに対し、凝固点降下法で求めた浸透圧とエタノールの体積モル濃度との間に正の相関関係が認められました。そこから細胞の水分状態と水の流れの方向を示す水ポテンシャルというパラメーターの値を求め、蜜部分に向かう水の流れを見出しました。

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リンゴ果汁に人為的に添加したエタノールの体積モル濃度に対する蒸気圧法および凝固点降下法で決定した溶液の浸透圧
画像提供:和田博史教授

── これまで着目されていなかった点に気づいて検証されたことが功を奏したのですね!

凝固点降下法と蒸気圧測定法の違いは、アメリカ留学時代に気づいていて、いつか使おうと思っていたもので、ぴったりはまってよかったです。

これまで蓄積してきた研究の知見が、ひらめきの元に

── 先生は長いことリンゴを研究してこられたのですか?

リンゴが専門ではなく、植物水分生理学が専門で、これまでブドウやコメなどの農作物の環境ストレス応答や生理障害について研究してきました。イネでは水稲高温障害と呼ばれる温暖化に伴う高温がお米の成長や品質に与える影響などを調べてきました。蜜入りリンゴのきっかけとなったのは、共同研究者の田中福代さん(国立研究開発法人 農研機構)との何気ない会話です。田中さんは先行研究で、リンゴの蜜部分でだけ代謝が異なる可能性があり、発酵代謝が進んで香り成分のエチルエステル類が強く出ていて、これが蜜の香りの主成分であることを発表されていました。雑談で、「リンゴの蜜は難しいけど面白い、そして官能成分(揮発性成分)がこれまでみてきた作物の中でもかなり濃い」と聞いて、ピンときたんです。

── 何が先生のアンテナに引っかかったのでしょうか。

私は愛媛大学で野並先生の教えを受け、細胞レベルの水の動きに注目しながら、植物の成長について研究し、博士号をいただきました。その後、米国カリフォルニア大学デイビス校のブドウ栽培醸造学部で研究員として働きました。同じ植物水分生理学の分野で高名なMatthews(マシュース)教授とShackel(シャコウ)教授の2人のボスの元で、ワイン用ブドウ果実が柔らかくなるメカニズムの解明研究に携わりました。ワイン用ブドウは果実の成長過程で色づく前に一度成長がスローダウンし、一旦、果実が柔らかくなった後、果皮の着色が起こり、糖度の上昇と、果実の再成長が起こります。膨圧は果実の硬さとも関係していて、果皮着色前の膨圧低下のメカニズムを解き明かしていきました。凝固点降下法と蒸気圧測定法の違いに気づいたのもこの時期です。メインの研究ではなくサイドワークとして行っていたワインのマウスフィールの研究がヒントになっています。

── そこからリンゴに?

いや、まだです(笑)。その後帰国して、農研機構九州沖縄農業研究センターでコメの白濁が起こる現象解明に取り組みました。購入したおコメの中に、時々白っぽい部分を持ったコメが混じっているのを見たことがありますか?白濁したおコメにもいくつか種類があります。代表的なものに、コメの成長期にフェーン(高温のからっ風)にあたることよって発生する乳白米と呼ばれる白濁や、イネの栄養分である窒素が不足した状態で高温にあたって発生する背白米などが実際の生産現場で問題になっています。この白濁形成の謎を解き明かすため、プレッシャープローブで細胞の膨圧や代謝産物を調べるといったことをしていました。そうした研究の中から、コメの細胞の中でストレスを受けたときに浸透圧調節機能が働くこと、さらに、この時、デンプンの合成低下と同時に液胞サイズが維持され続けることで、その後、細胞内に隙間ができ、白濁することなどを突き止めていきました。正常に育ったコメは通常透明に近く、そこに隙間はほとんどありません。これに対して、白濁した部分では隙間が大きくなるわけですが、何か思い当たりませんか…?

── あっ!蜜入りリンゴとは逆ですね!?

そうです。コメは透明な中に白濁ができ、リンゴは黄白色の中に透明部分(蜜)ができるんです。だから共同研究者の田中さんから話を聞いたとき、調べるにはpicoPPESI-MSと浸透圧計測が使えるんじゃないか?と思ったのが今回の成果につながりました。

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画像提供:和田博史教授

さまざまな恩師との出会いと教えが今の成果につながっている

── 先生のこれまでの多くの出会いと学びが、今回の蜜入りリンゴの研究成果として結実したのですね。

本当に先生や上司に恵まれてきたと思います。まず、高校時代の恩師に農学を勧められたことが大きいです。そして、大学で野並先生に出会ったことが、その後の私を決めました。野並先生は植物水分生理学で世界的にも著名な研究者です。1年生の時に受講した最初の講義で衝撃を受けました。講義中ずっと教壇の上を所狭しと動かれ、黒板に英語の専門用語、それに数式や図を宙で次々と書き(描き)続けられ、情熱的で真に迫力のある講義でした。授業内容は専門的で難しかったですが、それ以上にとにかく熱心に話される先生ご本人が「研究者」として、とても楽しそうで、その姿に魅了されました。そして「将来、植物の中の水分の動きと代謝の変化を、両方セットで読むことのできる計測器をつくる!と講義で宣言されたときのことは、今も忘れません。当時、桁違いに凄いところを目指されていると感じました。それが、2016年のpicoPPESI-MSの論文発表で実現し、これを用いることで、今さまざまな成果を出せています。

地に足のついた農学というものを考えた方がいい」と言ってくださったことも忘れられません。農作物の成長阻害や生理障害は、組織の中の一部の細胞で起こり始めます。しかし、そのような研究テーマは重要であるものの、一般に、解析手法が確立されていないと、研究テーマに選ぶ研究者は必ずしも多くはありません。しかし、そういったものに挑むことの大切さも教えていただいた気がします。難しいことほどやる気が増す、という性分にも合っていましたね。

── アメリカ留学時代の2人の恩師の影響も大きそうです。

渡米後直ぐの成果が出ていない頃から、2人の先生には公私にわたって本当に良くしていただきました。マシュース先生は、ブドウの栽培生理からワインの官能評価まで幅広く研究対象に扱われていました。「農学者なら、生産して食べるところまでが研究対象」といつも仰っていました。まさに地に足のついた農学といえます。シャコウ先生の言葉では「人生は複雑だが、研究はシンプルに」というのをよく思い出します。だから一見、内容が複雑でも研究自体はシンプルに、その上で他にはないユニークな視点を持つことを意識しています。良き師や良き同僚に恵まれて、多くのことを学ぶことができました。

カリフォルニア大学デイビス校ブドウ栽培醸造学部在籍時の二人の恩師、Shackel教授(左)とMatthews教授(右)と(‎2008‎年‎9‎月‎10‎日撮影)
画像提供:和田博史教授

コミュニケーションを大事に、ワクワクや感動を求め続けよう

── 先生が研究を行う上で大切だと思われることは何でしょうか?

運や思考力も必要ですが、人とのインタラクション、コミュニケーションといったことが本当に大切です。今回の蜜入りリンゴの成果も何気ない雑談の延長で生まれましたが、別の研究者と結びつくことで、時として、思いがけない伸展が起こります。コミュニケーションを大事にする人は広がりができて、新たなものや人と出会うことができるし、それを続けていくことでいろんな展開が起こる。それこそ研究者の特権だと思います。

── 苦しいこともあったかと思うのですが。

一つのことを極めるのはしんどいし、可能性があってもすぐ結果が出ないとやめてしまう人が多いんです。でも習ったことを忘れずに取っておくことが大事で、諦めずに続ければいつかチャンスが来るし、それをものにできる力を身につけなくてはいけません。

「一つの分野で一番になれば、いろんな人が話しかけてきてくれる」というのも野並先生の言葉です。学生にもいつも「可能性を捨てちゃダメだよ」と言っています。広い視野で柔軟性を持ち、勉強し、そしてワクワクを求めることも大事だと思います。

── お話を聞いている間中、先生からもワクワク感がすごく伝わってきています!

ワクワクはすごく大事です!日々忙しいと空想業務をしなくなりますが、考えないと脳は働かなくなります。「感動することが能力を維持する」という心理学の論文もあります。研究はルーチンワークになりがちですが、それ以外の時間は空想する時間を確保したり、感動したことを思い出したり、人との出会いを大事にしていって欲しいですね。欧米では余暇を取りつつ思考・想像することを大切にしていますが、これはとても理にかなっていると思います。実力というのは知識×体力×運×思考力・想像力だと思います。ユーモラスに研究の過程を楽しむことが大切だと思います。

余暇を楽しみたくさん感動することも研究力向上の秘訣!写真は雪の笹ヶ峰(愛媛県)にて登山を楽しむ和田先生
画像提供:和田博史教授

和田 博史(わだ ひろし)
愛媛大学大学院 農学研究科 教授

愛媛大学大学院連合農学研究科にて博士課程修了の後、カリフォルニア大学デイビス校ブドウ栽培醸造学部にて博士研究員として勤務。帰国後は農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センターを経て、2020年より母校の教授に着任。植物水分生理学、作物学、質量分析学などが専門。蜜入りリンゴの細胞計測にも使用したピコリットル・プレッシャープローブ・エレクトロスプレーイオン化質量分析法の開発や改良、そしてこれらの生体計測を駆使した植物の環境ストレス応答や生理障害の現象解明に取り組んでいる。

リケラボ編集部

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