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前編では、科学映像が映し出す神秘的な世界と、撮影法、そして作品づくりに欠かせない生物試料の取り扱いについてご紹介しました。
後編では、ヨネ・プロダクションの設立メンバーの一人であり、現在も類稀なる培養テクニックにより映画制作の現場を支え続ける、淺香時夫さん(94歳の大ベテラン!)のお話をお届けします。
医学部の解剖学研究室で助手をしていたという淺香さんが、科学映画の世界に飛び込んだ経緯や、生命の神秘の奥深さ、そして若い世代へのメッセージを聞かせていただきました。
人生の大先輩からのメッセージ、必見です!
研究中に見てきた現象を、そのまま見せたかった
僕は東邦大学医学部解剖学研究室で助手をしていたとき、森於菟先生(森鷗外氏の長男)のもとで働いていまして。そこで主にやっていたのが、ニワトリの発生の研究。卵の殻を割った、黄身と白身だけの状態から発生させることはできるのかという、「卵殻外発生」の研究をしていました。それがうまくいって、1957年には論文も発表できたのですが、発生のようすを写真で撮っても物足りないわけです。なぜかというと、動きが見えないから。現象の展開がわからないんですよね。
当時の学会発表は、ぜんぶ模造紙に書いたんです。そこに絵や図表を描いても、動きがないから、自分が研究中に見てきた現象をそのまま見せることができませんでした。それで、連続撮影をして映画にしないとだめだ、ということで、映像として残す方法を考えようと。それを森教授に話したら、任せるからやってみたらいい、と言ってもらえました。実際に先生に機材を買ってもらって、ひとコマずつ撮影をして。それが、僕が科学映画の世界へ進むことになったきっかけでした。
生命の神秘に取り憑かれてしまっている
その後、森先生が定年を迎えられるタイミングで、私はこれからどうしようかなと考えていたところ、東京シネマという映画会社が、映画撮影用の生物試料製作の研究室を作りたいという話があって。それで入ってみたら、生物の現象をとらえられるような設備があったわけです。1963年には、カメラマンの小林米作さんと科学映画「生命誕生」を制作し、さまざまな賞もいただきました。小林さんも、私と同じように生命の神秘的な世界に取り憑かれていたというか……生体のなかのひとつひとつの現象を見たい、という思いを強く持っていた方で。それをとらえるためには、映像に残すための組織培養がもっと必要だということで、小林さんたちと顕微鏡ミクロ映像専門のヨネ・プロダクションを1967年に立ち上げました。
細胞って、動いていますよね。顕微鏡で実際に動きが見えるものもありますし、一見動いていないようでも、ゆっくりと時間をかけて動いているものもある。僕たちは、それがどんなふうに変化していっているのか知りたいわけです。そのためには、ひとコマずつ撮影して、動きがわかる映像にする必要があります。そして全体をとおして見てみると、どんなダイナミックな動きをしているかが見えてくるのです。
写真でも、変化する前と後のものを比べて見ることはできますが、その間でどんな動きをして変化していったのかを知るには、やはり映像が必要なんですよ。そして、僕はそれらを知れば知るほど、またほかの現象も見てみたい、という気持ちになってくる。生命の神秘に取り憑かれてしまっているわけですね。
失敗の繰り返しがあって、成功がある
組織培養は、難しいことだらけです。培養して、目的のものがどんな条件で、どうやって展開していく……という理想の形を再現するなかで、現実とのギャップがあったり、いろんなことがあるわけですから。そうやって、一回や二回じゃなくて、何回も何回もやっていくなかで、いろいろな新しい発見ができていくんです。失敗の繰り返しがあって、成功がある。
これは、僕の仕事に限らず、研究すべてに言えることですね。
そして、もうひとつ大切なのが「みんなの力の結晶で成り立っている」ということ。生体の現象を映像に残すには、組織培養の仕事だけではなく、撮影をしてくれる人や、ガラス板をきれいに洗って準備してくれたり、培地を用意してくれる助手さんがいたり……それぞれの専門の人たちが力を合わせることで生まれています。作品として目に見えているところ以外にも、裏で苦労をしながら気持ちを込めて作ってくれる人がいるから、ひとつの作品ができるわけです。決して私一人で作っているのではなく、一緒にやってくれている人がたくさんいて、むしろ私はその人達の力のほうが強いと思っています。これも、いろいろな研究に共通して言えることで、たとえばお医者さんも同じ。ひとつの手術をする場合にも、何人もの人がいて、それぞれがきちっと仕事をして、初めて成功します。だから、周りの人の力を借りることも大事。コミュニケーションも大切になってきます。なんでも同じなんですよね。
生命科学研究について―――若いうちに、身体の中の“動き”を知ってほしい
学問はね、だんだん難しくなっていくんですよ。だから、科学映画はそれに追いついていくことが必要になってきます。最近とくに難しくなってきているんですよね。というのは、4K、8Kと、どんどん映像が精細になってきている。すると、今まで見えなかったものが見えてくるわけです。撮影も、今までにないものを見つけながらやっている段階にまで進んできています。
技術の進歩とともに身体の中で起きているさまざまな現象を、もっと見られるようになる。僕はそれをぜひ学生さんや若い人たちに見てほしいと思っています。たとえば僕が医学部で助手をやっていたときに、解剖は我々の身体の中の構造を知るうえで基礎になる大切なことだと感じていました。あの場所には何があって、この臓器の下はどうなっていて……というのを理解して、頭の中に描けるようになってはじめて、お医者さんは病気との基本的な戦いができます。そして構造に加えて「動き」をとらえることが大切。病気も体内も変化していくものです。医学は教科書に載っている絵やスライドで学ぶことが多いですが、一枚の板にはめてパターン化して覚えるのではなく、生きている細胞がいろいろな形に変化していく様を「映像」として理解しておいてほしいと思います。私たちの作った映像はインターネット上でも見られるものがあるので、ぜひ時間をつくり身体のなかの“神秘の世界”を見てみてください。
淺香時夫さん
東邦大学医学部 解剖学教室 森於菟研究室にて解剖学、発生学、組織培養の研究助手として勤務。森於菟退官と同時に同大学を退職し、科学映画製作会社 東京シネマに入社。映画製作のための生物試料研究製作室を設立。以降、同社研究部長として医学生物学を試料とした科学映画製作に携わる。1967年、記録映画カメラマンで映画プロデューサーの小林米作氏とともに「ヨネ・プロダクション」を設立。94歳(2020年4月時点)となった現在も試料製作を行なっている。2019年、令和元年度文化庁映画賞 映画功労部門受賞。(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
■前編はこちら
■株式会社ヨネ・プロダクション
http://www.yoneproduction.jp/index.html
■ヨネ・プロダクション 映像ライブラリー
http://www.yoneproduction.jp/warehouse.html
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