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「数学を究めてビジネスになるの?」に真っ向勝負。数式の力で社会課題を解決する、東大数学科発のベンチャー企業アリスマー

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「宇宙という書物は数学の言葉で書かれている」と、ガリレオ・ガリレイは語りました。その考えに則れば「直角三角形の3辺の長さの関係を表す三平方の定理もピタゴラスがゼロから『考え出した』ものではなく、彼が『見つけた』ものです」と、Arithmer(アリスマー)株式会社代表取締役社長の大田佳宏氏は語ります。同社は最先端の高度数学を応用したAI技術を開発する、東京大学で初めての「数学ベンチャー」。数学を究めれば、世の中に存在する数多くの課題に解決策を見つけられるという信念のもと、現在は既に7つの分野に渡って20種類以上のソリューションを提供し、ネクストユニコーン(評価額が10億ドル以上の非上場のスタートアップ企業)の有望株となっています。日本クリエイション大賞2020で社会課題解決貢献賞を受賞したArithmerは、実際に数学をどのように活用し、社会課題を解決しているのでしょうか。

 

数学は彫刻である

―御社のビジョンには「見えない価値を削り出す」と書かれています。普通なら価値を創り出すと表現するところですが……。

大田:彫刻家たちは、よく次のように語ります。“彫刻とは、自分の頭の中に浮かんだイメージを創り出す芸術ではなく、石や木などの素材の中に、元から存在する美の形を削り出すものだ”と。ミケランジェロも、あるいは日本では運慶や快慶も同じように語りました。私たちが携わっている数学も同じです。数学とは、既に宇宙に存在する公理や定理を見つける学問だと思います。その数学を使って私たちは、今はまだ見えていないけれども、世の中に確実に存在しているはずの価値を削り出して社会に提供したいのです。

―創り出すと削り出すでは、世界との向き合い方が異なるのですね。

大田:ガレリオが語ったように、数学とは世界を記述する言語です。だから数学の中には、世界のさまざまな課題の解決策も記されています。その解決策を削り出すのが私たちの仕事です。実際、数学は世界を変える力を持っています。その一例がガウスら多くの数学者によって発見された虚数です。二乗してマイナスになる数などあるはずがないと、それまでの人類は虚数に背を向けていました。けれどもガウスらが数の概念を複素数にまで広げた結果が、現代では量子力学など最先端の科学技術に結実し、現代社会を成り立たせています。試行錯誤を繰り返しながら何かを創り出すやり方と、世界の本質を削り出そうとする数学的アプローチでは、おそらく世界との向き合い方が異なるのだと思います。

 

スマートフォンで、ビッグデータをリアルタイム処理

―スマートフォンを活用した自動車向けサービスを提供していると聞きました。

大田:自動車の危険運転をチェックする動画解析サービスを提供しています。専用アプリをダウンロードしたスマートフォンを自動車のダッシュボードに取り付けて、運転状況を動画で記録します。前方に出てくる信号や一旦停止などの標識をエッジ端末のAIが解析し、ドライバーが信号無視や一時不停止などの危険な運転をしたときだけ、その映像を保存する仕組みです。後でこの映像を点検すれば、ドライバーは自らの運転状況を確認でき、運送会社などは自社ドライバーに対する安全指導に活用できます。

―ドライバーの意識改革は安全運転の徹底につながりますね。

大田:もう一つ、経路上の危険箇所を、運転中のドライバーにリアルタイムで知らせるサービスも提供しています。例えば、ある道路を夕方の4時に走っているとしましょう。その際ドライバーに“前方約300mの交差点では、この時間帯に飛び出しが多い”といったアラートを出して注意を促すのです。特定の場所、しかも特定の時間に限定された情報提供によって事故を防止するサービスは、海外でも高く評価されています。

―容量の大きな動画データをスマートフォンで簡単に処理できるのでしょうか。

大田:従来の高精度な動画解析システムでは、高性能なワークステーションなどを使っても、計算に数時間以上を要するほどのビッグデータです。とはいえ数時間後にアラートを出しても、もちろん何の意味もありません。必要なのはリアルタイムでの適切な情報提供です。これをスマートフォンで行うためには、演算処理のアルゴリズムをゼロベースで設計し直しました。

スマートフォンで撮影された動画から、信号無視や一時停止無視といった危険運転、車間距離といった不適切な運転を検知してリアルタイムで警告できるほか、動画を解析してハザードマップの作成なども可能だ。資料提供/アリスマー株式会社

 

数学の力で「人の心」を込めたAI開発に成功

―スマートフォンを活用する御社のサービスでは、画像採寸サービスが有名です。

大田:「AI画像採寸サービス」では、スマートフォンで撮影したわずか2枚の全身写真から自動採寸してオーダースーツをつくります。このサービスにより採寸は数分で完了し、オーダースーツを提供できます。画像採寸の技術自体は以前からありましたが、オーダースーツに欠かせないフィット感など仕立ての良さを実現するには至っていませんでした。そこで従来とは異なる発想でサービス開発に取り組みました。

―その新たな発想が数学的なのですか。

大田:そのとおりです。2次元の画像情報から3次元の体型データを精緻に推測するには、次元の低さによって不足している情報量を補う必要があります。そこで、これまで無数のオーダースーツを仕立ててきたテーラーたちの感性を加味しました。人間の経験則をデータ化することにより、不足している情報量を補ったのです。その結果、データ化された感性を解析することで「人の心」を込めたAI開発に成功しました。

過去の正しい採寸データを学習させたAIを用いることで撮影環境や衣服の影響を最小限に抑制するシステムは、特許を2件取得している。資料提供/アリスマー株式会社

―スーツに関してはバーチャル店舗も手がけていますね。

大田:リアルとほぼ同じ感覚で店の中に入っていき、店内を歩いて回りながらスーツを見比べたり、シャツやネクタイのコーディネイトを試せます。これまでのeコマースショップでは、キーワード検索をかけて、表示される画像を見るだけでした。これに対してバーチャル店舗では、よりリアルに近い感覚で買い物を楽しめます。実際にショップに出向かなくても、納得の行く装い一式を揃えられるのです。

―従来のバーチャルショップとは、リアルさの次元が異なるようです。 

大田:ただしバーチャル空間におけるリアルスペースの再現は、決して簡単なテーマではありません。なぜならカメラで撮影できるのは、あくまでも2次元の画像にとどまるからです。その2次元空間の中で、リアルな3次元と同じ感覚を体感してもらうにはどうすればよいのか。数学の専門用語でいう「3次元の2次元への離散化」、すなわち3次元空間を2次元画像のピースに分解して再現するのです。ただし離散化の精度が低いと、動きがカクカクとして滑らかさに欠けます。リアルさを感じもらうには、空間再現に関する幾何学的モデルと離散化モデルに精緻さが求められます。

 

100の計算ステップを3つに省略

―自動運転のスマートフォンアプリでも数学の力が活かされていました。

大田:膨大な計算量を、スマートフォンで高速処理するためには、根本的に発想を変える必要があります。計算の高速化については従来なら細部の改善を積み重ねて、地道に少しずつ改良するやり方が採用されていました。けれども、それではイノベーションは起こせません。100ある計算プロセスを3つぐらいまで省略できないかと考える、これが数学的な発想なのです。

―計算の高速化はAIでも決定的に重要だと聞きました。

大田:まさにAIの現状の問題は、突き詰めると計算量に行き当たります。いくら有効な活用法を思いついても、計算時間が膨大にかかるようでは現実問題として使いづらい。運転中の飛び出し検知の計算も、コンマ数秒でアラートを出せるから意義があるわけです。計算の高速化は、アルゴリズムに左右されます。我々は常に数式そのものをゼロベースで見直します。AIによる問題解決は、定式化と計算の2つのプロセスで構成されます。定式化した後の計算の高速化は、100を99に縮めてさらに98にしていく、ある意味職人技のような世界です。これに対して前提となる定式化自体を根底から考え直して、100を3に縮めるのが数学的発想です。

よく数学者は「数学ほど自由な学問はない」と話します。なぜなら、内部矛盾さえ起こさなければ、どんな数式を立てても良いからです。極端にいえば、1+1が2ではなく、0など他の数でもいい。だから数学者は、既成概念の枠にとらわれることなく発想できるのです。

スタッフが作成した論文を見ながら議論する大田社長。社内では数学に関する研究が奨励されている。

 

東大初にして唯一の数学ベンチャー

―数学をビジネスに活用する発想は、いつ頃芽生えたのでしょう。

大田:もともと数学が何より好きでした。ただ大学院に進む段階で選んだのは情報科学です。数学を突き詰めるといっても、実際には教職に就くケースが大半でした。ところが1996年頃は世界的なITブームで、数学のできる学生の多くはコンピューターサイエンスを目指したのです。私も修士課程修了後にIBMの基礎研究所に入り、金融系のビッグデータ解析に携わりました。ただ、本来やりたかったのは数学を応用した創薬です。ちょうどゲノム解析が行われて、医学が数値処理に変わっていく転換期だったのです。だから数学を医療に役立てたいと考えていました。

―そこからさらに転職されていますね。

大田:次に移った先は日立製作所の中央研究所で、ここでは医療系のビッグデータ解析に取り組んでいました。この間に博士号を取るため研究論文も書き続けていました。働き始めて10年後ぐらいに、東大から呼び戻されたのです。それから7年ほど研究員生活を続けた末に、ようやくDNA解析に関する論文が『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されました。これを読んでくれた数学科の先生の推薦により博士号を取得して特任准教授、さらには43歳のときに特任教授に就任できました。

―教授に就任してから起業したのですか。

大田:その頃はまわりの方々から盛んに起業を勧められるようになっていたのですが、所属していた数理科学研究科から起業した人はいませんでした。無理もない話で、数学科の先生たちは数学一途に歩んできた方ばかりで、世界的にも知られた研究成果を残されている方々ですから、ビジネスをやろうなどとは夢にも考えたことがない。そこで企業で働いていた経験のある私に声がかかり、やってみましょうとなったのです。企業の研究所時代には、例えば製薬企業などに企画をプレゼンして、数千万単位の資金獲得などの実績もありましたから、何とかなるかぐらいの勝算はありました。

 

数学で世界を変える

―ある程度、勝算を持った上で起業を決断したのですね。

大田:ある程度の勝算があったとはいえ、実際に起業するまでには1年以上悩みました。東大の規則として、常勤教授のままでは企業の経営者にはなれないのです。せっかく常勤職を手に入れたのに、辞めるリスクを取ってまで起業する必要があるのかと。それでも数学の力を使って病気を治したいという思いに押され、ある企業から“AIを活用して創薬につながるデータ活用に取り組むなら協力できる”とお声がけもいただき思いきりました。企業化して利益を出せるようになれば、より大きな取り組みができるし、可能性が広がる。1年以上悩んだ末に、人生は一回きりなのだから挑戦してみようと決めました。

―起業後は順調に進んできたのでしょうか。

大田:一つ大きな転機となったのは、2016年に起業して半年後ぐらいに社員を2人採用したことです。まさにルビコン川を渡ったローマ皇帝のカエサルと同じ、後戻りのきかない道へと踏み出しました。まだ20代なのに大手企業を退職してまで入社してくれた、2人の人生がかかっているのだから、もう引き返すことはできないし絶対に失敗できないと腹をくくったのです。幸いその頃には数社から案件を出してもらえるようになっていて、AIに対する期待の高さを実感しました。私が当初考えていたのは創薬でしたが、数学にはさまざまな社会課題を解決する力があると改めて目を開かれた思いがしました。

―そこからは成長に加速がついた?

大田:ありがたいことに、起業して1年後には時価総額を50億円と評価していただきました。そして多くの企業からお声がけをいただき、それに応えているうちに、いつの間にか取引先が100社を超え、大きく7つの領域でサービスを提供するまでになりました。AIを扱う企業はいくつもありますが、数学を根底に据えてAIに取り組む企業は、未だに我々のほかにはないようです。

―AIといえばシンギュラリティの問題や、ディープラーニングでもロジックのブラックボックスなどが問題視されていますが。

大田:今のAIは、ほぼほぼディープラーニングがメインであり、ディープラーニングの問題の一つは、人間がつくる学習データの偏りにあります。もう一点のよくいわれるアルゴリズムがブラックボックス化しているとの問題も、数学が活用されていないから起こるのです。最初から数学のロジックで突き詰めていけば、必ず筋の通ったアルゴリズムとなるため、何も恐れる必要などありません。

―数学は世界の根本原理、だから数学には世界を変える力があるわけですね。

大田:数学を究めれば、世界を根底から見直せるようになります。だから薬をつくり、がんを治療し、交通事故も減らせる。数学が秘めるポテンシャルに限りはありません。より多くの若い人たちが、数学をきちんと学ぶようになってほしい。さらに数学の研究者はもとより、数学に少しでも関心を持っている人たちには、数学の力を現実の社会問題に活用する意欲を持ってほしい。数学には、世界を根底から変える力があるのです。その力を一人でも多くの人が活かせるようになれば、未来は変わります。


大田佳宏(おおた よしひろ)

徳島県生まれ。東京工業大学工学部卒業、東京大学大学院理学系研究科修了、博士(東京大学・数理科学)。IBM東京基礎研究所研究員、日立製作所中央研究所研究員、東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京大学大学院数理科学研究科特任准教授などを経て、2015年より東京大学大学院数理科学研究科特任教授(現職)。2016年にArithmer株式会社を創業し、代表取締役社長兼CEOを務める。

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著者プロフィール:

リケラボ編集部

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