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iPS細胞の培養はもう難しくない!医療水準の培養をかなえる味の素StemFit®-あの製品はこうして生まれた!研究開発エピソード

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病気やけがで機能が失われた体の一部を細胞の力で再生させる再生医療。日本では特にiPS細胞による再生医療を目指した研究が盛んに行われてきたことは周知のとおりです。
iPS細胞を使った創薬研究も盛んに行われています。iPS細胞の活用が今後定着していくために重要なのが、細胞の安全で効率的な培養です。

これまで、iPS細胞の培養には熟練の技術が必要で、安定的に増やすことがとても難しいという問題がありました。しかし、ここ数年でそういった課題も克服されつつあります。その大きな要因のひとつに、細胞を培養する際に用いる「培地」の性能の飛躍的な向上が挙げられます。

そこで今回は、再生医療用培地「StemFit®」を開発した味の素株式会社にお邪魔し、培地の開発そして、誕生秘話について伺ってきました。お話を聞かせてくださったのは「StemFit®」の開発に携わった千田さん(2006年キャリア採用・農学博士)とアグンさん(2008年新卒採用・理学修士)のお二人です。

<千田さん(以下敬称略)>博士課程での専門は発生生物学。受精卵から成体へ分化・成長していく過程の仕組みを研究。特に、発生過程で遺伝子のはたらき方を制御する、エピジェネティック機構、と呼ばれる仕組みについて研究していた。

<アグンさん(以下敬称略)>インドネシアの高校を卒業後、日本語学校に1年通い、日本の大学に進学。学部時代は細胞内小器官の発生メカニズムについての基礎研究を、大学院では自己免疫疾患の発症メカニズムの解明を目指して免疫学にフォーカスした応用研究を行っていた。

 

「iPS細胞培養を格段にラクにした培地 StemFit®」

千田:StemFit®は2015年に基礎研究用培地「Stem Fit®」AK02Nを、2016年には動物やヒトに由来する成分を全く含まない安全性の高い臨床研究用培地「Stem Fit®」AK03N の販売を開始しましたが、プロジェクトが具体的にスタートしたのは2011年頃でした。山中伸弥先生がiPS細胞を発表されて以降、再生医療研究が盛り上がりを見せる中、京都大学iPS細胞研究所CiRA(サイラ)では臨床用iPS細胞ストックのプロジェクトが進められており、そこで使える高品質な培地がほしいということで、共同研究という形で開発がスタートしました。

味の素では、もともと20年以上前から抗体医薬品を細胞に作らせるための培地を展開し「CELLiST™」というブランド名で販売している、培地開発の経験を持つ会社です。培地とは、つまり細胞が育つための食べ物になるもの。培地中にはアミノ酸や、エネルギーとなる糖、ビタミン、ミネラルなど、人間の体に必要なものと同じような様々な成分が入っています。食品や栄養の分野で長年研究開発を続け、製品を生み出してきた味の素は、基盤になる栄養の技術も持っているといった強みもあります。

 
──iPS細胞は、培養するのに熟練の技術が必要で、とても難しいと聞いたことがあります。

アグン:おっしゃるとおり、iPS細胞は培養中に細胞が死んでしまうことが多く、培養が非常に難しいと言われていました。

千田:ですが、今では研究が進みノウハウが蓄積されてきたことで、より簡単に、確実に培養ができるようになってきました。その背景には、培地の進化もとても大きく影響しています。たとえば、従来は「フィーダー細胞」という主にマウスからとった細胞を敷き詰めた上に、適切なサイズの細胞塊にしたiPS細胞をならべて培養しなければ、うまくいきませんでした。そのため、均等な細胞塊を作ったり、フィーダー細胞を扱ったりなど、様々な要素で熟練の技術が求められました。ところがStemFit®を使えば、フィーダー細胞を使わずに、なおかつバラバラの状態でiPS細胞をまいても効率よく培養することができるようになったのです。決まった手順を踏めば理屈上は誰でも同じように培養できるようになったというのは、iPS細胞培養をかなり確実でスムーズにできるようになったひとつの要因になっているのではと思います。

 
──iPS細胞の培養のハードルが下がったことで、培養士不足が解消され研究が加速したという側面は大きいですね。ものすごい貢献です!そのほかにも、StemFit®にはどんな特徴があるのでしょうか?

アグン:大きく分けて3つの特徴があります。まずは、「低頻度の培地交換」と「安定的に高い増殖率」です。従来は、培地を毎日交換しなければiPS細胞が死んでしまい、培養がとても大変でしたが、StemFit®は栄養が十分に届き、細胞が安定的にすくすくと育つような組成になっているためです。培地を毎日交換しなくても、順調に安定して育ってくれるようになっています。

千田:細胞にとって優しく、十分に栄養が行き渡る、なおかつ長持ちする組成にしてあるとイメージしていただければと思います。もともとの抗体医薬品用の培地の時代から培ってきた組成決定術のノウハウなどがあったため、実現することができました。

 

安全性を最優先。こだわったのは医療水準の培養

アグンStemFit®の一番のこだわりは「高い安全性」です。StemFit®で培養したiPS細胞は、いずれ患者さんの体の中に入ります。そのため、培地に危険なウイルスがいたり、体によくない成分が含まれていたりすると大変なことになってしまうため、原材料の選定から生産工程の管理まで徹底しています。

千田:臨床応用を意図しない培地の場合は、牛などの動物からとった血清を使用することがあります。そういった場合、万が一牛が病原体ウイルスを持っていた場合、そのウイルスが培地に含まれてしまうリスクもゼロではありません。ウイルスが混入した培地で培養を行えば、iPS細胞もウイルスに感染し、それがそのまま患者さんの体の中に入るリスクもあります。そのため、StemFit®では動物・ヒト由来の成分を使わず、遺伝子組み換え技術によって人工的に作製されたタンパク質である「リコンビナントタンパク質」で構成することによって、非常に高い安全性を実現しました。

 

iPS細胞のプロフェッショナルとともに、多機能高品質な培地を実現

 
──開発を進めるうえで、どんな点が大変でしたか?

千田:性能を高めることはもちろんですが、「安全性」というのがStemFit®のアイデンティティで、存在意義でもあります。リコンビナントタンパク質に置き換えた組成を確立させ、コストと性能と安全性のすべての要件を満たすのは大変でした。iPS細胞の場合、タンパク成分の組み合わせが非常に重要なキーになってきます。我々は抗体医薬品用の培地の開発によって、処方の検討のコツを蓄積することができていたというのと、運の良さもあってベストな組成を見つけることができました。組成を作るには、とにかくいろいろな種類を試してみる、というのが基本ですが、StemFit®の開発では、割と早い段階で候補を絞れたのです。そして、共同研究先のCiRAのiPS細胞に対する知見があってこそ比較的スムーズに開発を進めることができたとも思っています。

 
──CiRAの知見によって、開発がどのようにスムーズになったのでしょうか?

千田:StemFit®は CiRAが臨床用iPS細胞の培養に使用するという、ひとつの目的がはっきりしていたので、そこを目指して仕事を進めることができたのは幸運でした。性能や安全性の要望が明確で、iPS細胞のスペシャリストであるCiRAが求めるクオリティを追求すれば、おのずと高性能で高品質な培地ができるという安心感もありました。開発の途中、専門家の先生方によってすぐに良し悪しを判断してもらえる環境も、開発がスムーズに進んだひとつの理由です。もし、近くにプロフェッショナルがいなければ、どこがゴールかわからないままだった、ということになっていたかもしれません。「これで性能は十分だ」とお墨付きをくれる存在が近くにいたのは大きかったですね。

 

研究成果の効果的な伝え方

 
──完成後は、高品質な再生医療用培地としてどのようにアピールをされてきましたか?

アグン:味の素の再生医療用培地は、社外の方から見ればまだ新しい製品なので、いかに製品の特徴を理解していただくか、という点では苦労もありました。製品の魅力を伝えようとすると、まずは自分たちがアピールしたいポイントを主張してしまいがちです。しかし、一方的に主張するだけでは本来の魅力も伝わりにくくなってしまいます。そこで、実際にお客さまが求めているのはどんなことなのかを把握するよう心がけました。

千田:開発した側は、データをとって「こんなことが実現できました」とついつい見せたくなってしまうのですが、その情報をお客さまが求めているとは限りません。世の中が欲している情報や機能はなんだろう、と考えをめぐらせたうえでプロモーションをしていく必要があります。

アグン:たとえば、StemFit®のホームページでは、StemFit®培地を用いて培養したiPS細胞で、ゲノム編集(任意の遺伝子を破壊・追加することで、遺伝子を操作し改変する技術)ならびにクローニング(任意の細胞から全く同じ遺伝子型を持つクローンを作製する技術)が可能なことも特徴として記載しています。これは、お客様と話すうちに、クローニング性能も求められていることがわかったため、アピールポイントとして伝えるようになりました。

千田:もともとStemFit®はクローニング性能も優れているというのは我々の中ではわかっていたのですが、それをニーズとしては捉えていなかったんです。しかし、これもお客さまが求める性能のひとつだと把握できてからは、改めて検証をして、特徴として伝えるようになりました。

アグン:培地の機能としては、効率よく、たくさん培養するということに目が向きがちでしたが、その後の工程でも使い勝手が良いという点もアピールできるようになりよかったです。

 

目指すは分化細胞をも作れる培地

 
──今後、再生医療用培地の分野でどのようなことを成し遂げたいか、イメージされていることはありますか?

千田:患者さんに直接価値を届けられるようなものを作っていきたいと思います。iPS細胞を使った再生医療では、培養したiPS細胞を神経細胞や肝臓の細胞、心臓の細胞などに分化させて、患者さんの体の中に入ることで治療になります。StemFit®は、医師の先生や研究者の方に「良い培地ですね」と喜んでいただけていますが、細胞を「増やす」段階に使用するものなので、その後の直接的な治療に直結するものではありません。そのため、これからはiPS細胞を特定の細胞に分化させるような培地も作っていけたらと考えていて、実際に開発も始まっています。

アグン:今まさに再生医療が立ち上がろうとしている時期なので、我々の培地が直接的な形で患者さんの治療に貢献できるようになればうれしいです。

千田:患者さんが「味の素の培地を使った細胞で治りました!」とおっしゃることはおそらくないと思いますが……(笑)。それでも、自分たちが誇りに思えるように、再生医療が社会に根付いていくためのひとつの力になっていけたらと思います。

 
──最後に、再生医療業界や研究開発職を目指す人に向けてメッセージをお願いします!

アグン:自分が興味を持って学び、追求していくことは、専門知識が身につくのはもちろん、その過程はどの分野においても役立ちます。学生時代に何かに熱中しておくといいと思います。

千田:僕も、「熱中」というのは大切なキーワードになると思います。今考えると、僕自身も学生のころに論文をいくつも読んだり、思いついたことを実験で確かめてみたり、時間を忘れて研究に熱中していました。そしてこのことが研究者としての基礎となっていると思います。たとえ違う分野に進んだとしても、そのときに得た力は必ず役立ちます。社会に出るとなかなかできないことでもあると思うので、ぜひ学生のうちに何かに熱中する時間を作ってください。

 

<編集部まとめ> 

再生医療の実用化と普及のためには、安全で費用対効果の高い細胞培養技術の確立が急務となっています。そのカギのひとつが、今回ご紹介した「培地」です。先端技術を支えるこうした必需品の研究開発も、大切な、そしてやりがいの大きい仕事だと改めて感じることが出来ました。アミノ酸の知見を活かし、ライフサイエンス分野においても大きな貢献をしている味の素という会社の凄さも改めて印象深かったです。これからも凄い製品が続々と出てきそうです!お忙しい中貴重なお話をありがとうございました。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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