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ゴムタイヤが使えない!? 月面探査車 「ルナ・クルーザー」タイヤ開発にブリヂストンはどう挑んだか

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2020年代後半に打ち上げを目指して研究が進められている、JAXAとトヨタの月面探査モビリティ「ルナ・クルーザー」。50年以上ぶりの有人月面に探査に使われる乗り物として期待が高まっています。内部は乗組員は宇宙服を脱ぎ、普通に呼吸し生活しながら、1か月以上月面を探索できる環境になるとのこと。

そんな画期的な開発の大きな問題の一つとして立ちはだかっているのが、タイヤをどうするかということ――。空気がなく、温度変化が非常に大きく、宇宙放射線が直接降り注ぐという月面では、従来のゴム製タイヤは使えません。

そこで今回タイヤ設計を手掛ける役割として白羽の矢が立ったのが、タイヤメーカーの雄、ブリヂストン。

今回のタイヤ設計の開発責任者であり、これまでF1や航空機用のタイヤを数多く手掛けてきた河野 好秀(こうの よしひで)さんに開発の舞台裏を伺いました!

 

空気がなく、温度変化が幅広く、宇宙放射線が注ぐという過酷な環境

──まずはこれまでの河野さんのお仕事内容を教えてください。

私は入社以来一貫して、ゴム製タイヤの開発に従事してきました。F1から航空機用タイヤまで全カテゴリの設計です。いろんなお客さんから「こんなタイヤを開発して欲しい」という要望に応えていく形ですね。

画像提供:株式会社ブリヂストン

──まさにタイヤ開発の第一人者というわけですね!JAXA(宇宙)関連のお仕事は今回が初めてですか?

実は2008年前後にJAXAさんからの依頼で、非常に比重の軽いタイヤ設計の相談を受けたことがありました。今回のプロジェクトでお声掛けいただいたのも過去にそういう経緯があったからだと思います。
──今回開発する月面探査車用のタイヤ。まず、月面という、地球とは異なる環境でタイヤを作るには、何が問題となり、何が求められるのでしょう?

ひとつは月の環境の問題です。まず、月面には空気がありません。そのため空気入りタイヤは使えません。さらに、マイナス170℃から120℃という温度変化の幅広さ。ゴムは気温変化に敏感です。それに宇宙放射線が降り注ぐという環境。宇宙放射線はゴムを劣化させてしまうので、おのずとゴム製のタイヤは使えません。

環境以外に車両自体の特殊性への対応もあります。宇宙飛行士が2人、安全でかつ快適に生活できる空間を実現するため、その車両の質量はマイクロバス2台分にもなります。月に行って重力が1/6になったとしても、タイヤ一本あたり数百キロの車重を支えなければいけないのです。
──これまでのタイヤの概念が全く通用しないものを創ることになりそうですね。

2018年にトヨタさんとの最初の打ち合わせをしたのですが、当時想定していた設計ではとても無理だとわかりました。その荷重を支えられるようにするにはどうすればいいか、ゴムが使えないとしたら材料は何が適しているのか。

それならば、全部金属で作るしかない! という結論からこのプロジェクトはスタートしたのです。

 

砂漠を移動するラクダの足裏からヒントを得た設計

──タイヤの形も特徴的ですね。

月の表面には「レゴリス」という非常に細かい砂が堆積しており、ふかふかした状態です。月以外の惑星探査で使用する剛体車輪で走らせると、あっというまに蟻地獄のように砂に埋まってしまいます。しかもこのルナ・クルーザーは斜度20度の坂道を上り下りしなければならないんです。

となると、レゴリスという細かい砂を崩さずに、柔らかく触って接地した状態を作り出すことが求められると思いました。であれば、接地圧を非常に低い値に持っていかなければなりません。そこで、接地面積を増やすべく、ダブルのタイヤを設計したというわけです。

画像提供:株式会社ブリヂストン

──表面の構造はラクダの足からヒントを得たというエピソードがあると聞きました。非常に興味深いのですが、これはどういうことでしょうか?

砂漠を行くラクダの体重は500~600kgと非常に重いのです。行商人はさらに500kgぐらいの荷を積むわけです。そのわりには足が細くて接地面積が小さく、サハラ砂漠などをゆうゆうと歩いているわけです。よく沈まないなと思いませんか?
調べてみると、ラクダの足の裏は柔らかくふっくらしており、接地面全体に圧力を分散できるようになっていることがわかり、そこからヒントを得た設計になっています。また、素材自体も圧力を分散できる柔らかいものということで、金属フェルトを使っています。
──月面はどこもレゴリスで埋め尽くされているのでしょうか?

最初は全部レゴリスで覆われている――、日本でいうと鳥取砂丘みたいなところかなと考えていました。ところが調べてもらうと、わりと岩がゴロゴロしているらしく、それが逆に問題を非常に難しいものにしています。最初に設計したプロトタイプでは、斜度20度で柔らかい砂地を登れるものができました。ただしこれが硬い岩に当たったら、タイヤの表面がもげてしまうのです。

そこで、現在新しく岩石の登坂もできるような設計で作り直し、ようやく今、2つめとなる設計が完了します。金属のステンレスで構成することは変わりませんが、素材も形状も全部改良しています。

ミッション要求として、「高さ30センチの岩を乗り越えてくれ」と言われていまして、新しい設計がそれにミートできるかどうかは、テストしてみないとまだわかりません。ここからさらに、トヨタやJAXAと協議しながらテストを繰り返し、随時改良をしていくことになります。

画像提供:株式会社ブリヂストン

 

未知で過酷な環境へのチャレンジが、イノベーションをもたらす

──地上には本番同様の環境がないですが、試験はどのように行っているのでしょうか?

誰も体験したことのない月面という未知の環境で性能を発揮してもらわなければならないので、試作試験はとにかく通常のタイヤの開発以上に入念に行っています。できるだけ本番に近い環境でテストをしたいので、砂地を求めて全国の自治体に電話で問い合わせながら試験場を探しました。

また、当社としては趣味で使われるようなバギー車を中古で購入し、ルナ・クルーザーに見立てて、開発するタイヤのちょうど1/2スケールモデルを装着して走らせています。実際に半分の大きさのスケールモデルをいくつも作り、何度も何度も走らせています。

画像提供:株式会社ブリヂストン

──こうした極端に過酷な環境に適用するための技術は、地上で使用するタイヤにもイノベーションをもたらしそうですね。

空気がなく、温度変化が激しく、放射線が出ているような現場―そんな場所で、これまで無かった新しいモビリティ開発に使える可能性は十分にありますね。

例えば、空気が使えないということでは深海などでエアレスタイヤは有効かもしれません。というのも、海中では10m潜ると1気圧増加しますので、空気タイヤではあっという間にペシャンコになってしまいますからね。深海でタラバガニみたいに移動するモビリティができるのでは。そういう計画はまだ無いようなので、私の空想の中だけですが……(笑)。

 

開発者に求められるのは、常識を疑い自分の頭で考えること

──理系で働く人や、理系の開発職への就職を目指す方へアドバイスをお願いします!

どの分野もそうですが、常識というのがありますよね。その常識を常に疑うという癖をつけておいたほうがいいと思います。例えば今回は、タイヤはゴムで作らなければならないという常識を、根本的に覆さなければ開発できませんでした。そういう意味でも、開発職は特に、これまでの常識の延長線上でモノを考えていては新しいものはつくれない、と考えています。

また、今回月面タイヤの開発というチャレンジングで面白い仕事をやらせていただけることになったのも、もしかしたら、自分が人よりもちょっと常識はずれな発想をするように心がけていたからなのではと思うこともあります。

常識を疑い、自分の頭で考えることを心がけることによって、新しい自分自身の未来も開けていくのかもしれませんね。

画像提供:株式会社ブリヂストン

 

取材を終えて

月面という、地上とはまったく異なる環境で走行するタイヤを新しく生み出す河野さん。従来の常識にとらわれず、自由な発想を持ち続けることの大切さを教えていただきました。ブリヂストンが培ってきたタイヤ技術の強固な基盤と、それに固執せず固定観念にとらわれない自由な発想が組み合わさることで、人類初の製品が実現できるのですね!ルナ・クルーザーが月面を走る姿を想像すると、今から本当にワクワクが止まりません!河野さん、ブリヂストン様、貴重なお話をありがとうございました。

 
このJAXAの月面探査モビリティ「ルナ・クルーザー」については、JAXA様、トヨタ様にもお話を伺いました。

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著者プロフィール:

リケラボ編集部

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