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美術大学で宇宙気候学に取り組む異色の研究者、宮原ひろ子教授が開発した世界初の解析手法とは

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私たちの住む地球といえば、太陽系の惑星の一つ。太陽があるから、地球には夜と昼が訪れ、日々の天気も変わります。しかし地球の天候に影響を与えるのは太陽だけとは限りません。たとえば宇宙から降り注ぐ高エネルギーの放射線(宇宙線)も、地球の天候に影響を与えているかもしれない、そんな新しい学問領域『宇宙気候学』に取り組むのが、武蔵野美術大学、通称“ムサビ”の宮原ひろ子教授です。過去に地球に降り注いだ宇宙線の痕跡は、樹木の年輪や南極の氷床に刻み込まれています。さらに宮原教授らのグループは、中国にある石灰岩に注目し、宇宙線の変動を知る画期的な手法開発にも成功。美術大学では異例ともいえる物理系の研究者に、その独自の研究内容とキャリアパスについてのお話を伺いました。

 

宇宙は地球環境に影響を与えているのか

―はじめに宇宙気候学の概要について教えてください。

宮原:宇宙気候学という新しい学問領域が提唱されたのは2007年のことでした。その10年前、1997年に「宇宙から降り注ぐ放射線量が、地球の天気を支配している」と主張する論文が出版されました。放射線が、大気中の水蒸気を雲粒に発達させるうえで、重要な役割を果たしているという説です。雲は光を強く反射するので、地球をおおう雲の量が増えると、太陽光が反射されて、地上の天気を左右する。この大胆な仮説を発表したのはデンマークの研究者スベンスマルク、宇宙気候学の提唱者です。ただ当時は、太陽活動と気候変動との関係さえ多くの研究者から懐疑的に捉えられていて、スベンスマルクの説も斬新すぎて受け入れられませんでした。ちなみに太陽活動とは、太陽表面での黒点や白斑の発生や、フレアと呼ばれる爆発現象などを指します。こうした現象を引き起こしているのは、太陽内部で作られる磁場です。

その後2001年にアメリカの地球化学者ボンドによって発表された論文が、大きな転機となりました。ボンドは、北大西洋の海底から採取された地層に含まれる、氷河性の砕屑物を精査しました。その結果、堆積物から推定された気候の変化と太陽活動の1000年規模の変動に関係があることが、明らかになったのです。つまり太陽活動の強弱が、地球の気候に影響を及ぼしているわけです。この論文が広く認められるようになり、宇宙気候学の成立へと繋がりました。

―太陽活動が、地球の気候に影響を及ぼすのですか。

宮原:直感的にわかりやすい例は、太陽の明るさが天候を左右しているという図式でしょう。もし太陽がより明るくなれば、当然地球に降り注ぐ光の量も増えます。すると地球が温められて気温が上昇する…という話であればわかりやすいのですが、残念ながらこの説明は事実に当てはまりません。なぜなら1980年頃から太陽放射のデータを人工衛星で取得してきていますが、放射データにはほとんど変化がないのです。太陽の活動は11年周期や様々な長周期で変化し、黒点の数は大きく変わりますが、光の量はほとんど変化しないのです。では、太陽の明るさ以外に、一体何が地球に影響を与えているのか。ほかに考えられる要素は、宇宙線(放射線)、太陽の紫外線、太陽風すなわち太陽から吹きつけてくるプラズマの風の3つです。宇宙気候学では主にこの3つについて研究が進められており、私は宇宙線に着目しています。

―太陽活動が地球に降り注ぐ宇宙線と関係していて、それが地球の気候に影響すると?

宮原:太陽から吹き出るプラズマや磁場の風は、海王星をはるかに超える距離まで届いています。それが、銀河系から降り注ぐ宇宙線を遮るシールドの役目を果たしているのです。太陽活動が活発になると太陽から吹く風が強くなり、宇宙線が地球に届きにくくなりますが、活動が下がると宇宙線が沢山届くようになります。これが11年のサイクルで繰り返されているのです。ただし、宇宙線の変動は紫外線などのデータととても似通っていますから、宇宙線がどれくらい気候に影響しているかを見分けるのはとても困難です。11年ごとに変動のパターンがわずかに変わるので、それを手掛かりにできないだろうかと考えています。

太陽の黒点数が増えると地球に飛来する宇宙線量が減少し、黒点数が減少すると宇宙線量は増える。明らかな反相関関係が見て取れる。

 

太陽活動の記録と一致する地球の変化

―太陽活動の変化が、地球の気候に影響を与えた具体的な例を教えてください。

宮原:有名なのが1645~1715年に起きた「マウンダー極小期」です。17世紀に活躍した天文学者らの観測記録によれば、この時期には黒点がほとんど観測されず、太陽がまるでのっぺらぼうのようになっていました。一方でこの頃の地球は小氷期に入っていて、ロンドン中心部を流れるテムズ川は頻繁に凍っていました。

マウンダー極小期には、異常ともいえるほど太陽黒点が減少し、その期間が長く続いた。

―約70年間も太陽活動が弱まっていたのですね。

宮原:マウンダー極小期の一つ前には、シュペーラー極小期(1416~1534年)がありました。こういった時代はおよそ200年に1度発生するということが分かってきています。マウンダー極小期の太陽活動を詳しく調べてみたところ、黒点はずっと減少したままになっているけれども、磁気活動は周期的に変化していました。ただし11年周期ではなく、約14年の周期でした。逆に太陽活動が活発な時期には、活動周期が9年ぐらいなることも明らかになっています。

―9年、11年、14年ときめ細かく分析されていますが、どうしてそこまでわかるのでしょうか。

宮原:例えば炭素の同位体である炭素14の量を手がかりに探ることができます。高エネルギーの宇宙線が地球に降り注ぐと、大気中で炭素14がつくられ、植物などに取り込まれます。つまり炭素14は、太陽活動のバロメーターとなるのです。太陽活動が活発になると、地球に飛んでくる宇宙線の量が減り、その結果、宇宙線によってつくられる炭素14の量も減る。樹木の年輪に含まれる炭素14の量を丹念に調べると、1年ごとの炭素14の推移がわかります。私が解析に使ったのは、奈良県室生寺に生えていた樹齢約400年の一本杉や鹿児島の樹齢1800年の屋久杉から採取した試料でした。

宮原先生の研究室には、大きな年輪のサンプルが置かれている。

 

過去の宇宙線の変化を探る

―炭素14のほかにも宇宙線の変化を知る手がかりは何かあるのでしょうか。

宮原:南極の氷にも手がかりがあります。南極大陸では万年雪が積み重なり、分厚い氷の層ができています。この氷層に含まれているのがベリリウム10、ベリリウムの同位体です。ベリリウム10も炭素14と同様に、宇宙線によってつくられるので、氷の層の中の濃度変動を調べると宇宙線の変化を推定できます。ただ南極の氷には樹木と違い、1年1年の層を区切る年輪のような目印がありません。だから周期的に変化していることが分かったとしても、正確な周期の長さを掴むのは困難です。

―そこでより正確にベリリウム10の経年変化を知るため、世界の誰も手を付けていなかった石灰岩の解析に挑戦したのですね。

宮原:宇宙線と雲の関係を研究している中国の若手研究者とお互いに学会などを行き来したりして、交流が続いていました。その彼が10年ほど前に、面白いものがあるよといって、景勝地として有名な中国・雲南省の白水台から採取したトラバーチン(石灰質堆積物)を見せてくれたのです。これに含まれているベリリウム10を測ってみてはどうかといわれたものの、最初は、ベリリウム10がどれくらい入っているかも未知数で、半信半疑でした。

けれども物は試しと、南極氷床のベリリウム10の解析をサポートしてくださった弘前大学の堀内一穂先生に相談に乗ってもらい、分析をスタートさせたのです。濃度がかなり低く、また降雨の影響も受けていることがわかり、一筋縄ではいきませんでしたが、解析を進めると1年単位での宇宙線の変動が浮かび上がってきました。ベリリウム10は半減期が約140万年とかなり長いため、これを使えば数十万年前までの変動を1年単位で追える可能性が出てきたのです。100万年前のトラバーチンがイタリアで確認されていたりもするので、今後の研究の広がりも期待できます。

中国雲南省の白水台に広がる石灰棚(左)と、白水台より採取された石灰質堆積物の年層(右)

―一方では日本の古文書を使った研究でも論文を出されています。

宮原:太陽がどのようにして気候に影響しているのか、そのプロセスを追うには、やはり最終的には気象のような短い時間スケールに取り組む必要がでてきます。太陽活動の一番短い周期は、自転によって生じる約27日周期で、これに注目しているのです。使える研究資料があれば何でも試してみるのが、私の研究スタイルです。江戸時代の古典籍に日々の天気の記録が残されていて、雷の記録が沢山含まれているということを知ったので、これを使って17世紀後半から約200年間に渡る雷の発生周期を調べました。古典籍に残されていたのは、弘前、八王子と江戸の雷です。200年のあいだには、今よりも太陽の活動が活発な時期も不活発な時期もありました。そこで、時代ごとに、雷の周期の変化を調べてみたのです。すると太陽活動が活発化するほど、雷に27日周期が強く現れていたことがわかったのです。太陽活動が活発化すると、太陽放射に27日周期が強く現れるようになりますし、太陽フレアも起こりやすくなって太陽から吹く風に強い27日周期が生じるので、地球に降り注ぐ宇宙線の量も27日周期で変動します。メカニズムはまだ分かりませんが、太陽が気象の時間スケールでも影響を及ぼしている可能性が見えてきたのです。

 

地球環境は宇宙の影響を受けているのか

―仮に宇宙線が地球環境に影響を与えるのだとすれば、どのようなメカニズムが考えられるのでしょうか。

宮原:ポイントは雲です。雲は光を強く反射するため、雲の量により地上の天気が左右されます。宇宙線と雲の関係を考えると次のようなメカニズムが想定されます。まず宇宙線が、大気の気体分子をイオン化させます。これは誰もが認めるところです。続いてイオン化された分子から雲粒の核となる雲核ができ、それらに水蒸気が集まって雲粒が成長して雲ができる。これがスベンスマルクの仮説です。
ただし、宇宙線が大気中で雲核を増やしたとしても、それが最終的にどれほど雲粒を増やすのかまでは確かめられていません。雲粒の大きさは3μmから10μmほどあり、雲核のサイズはそれより2桁ほども小さいのです。スイスのCERNにある大型加速器を使って、模擬大気に放射線を当てて雲核をつくる実験なども行われましたが、果たして実際の自然界で何が起こっているのか。結論が出るまでには、まだしばらく時間がかかりそうです。

―ところで地球の直径は約1万2700kmもありますから、宇宙線の影響には地域差が生じそうですね。

宮原:ホットスポットと呼べるような、宇宙線の影響を強く受けやすい地域は確実にあるはずです。宇宙線がたくさん降り注いでいるのは地磁気が弱い北極や南極なので、そのあたりがホットスポットではないかと考える研究者もいますが、私は赤道、特にアフリカやインドネシアのあたりではないかと考えています。赤道付近の雲のリズムを見てみると、太陽が活発なほど、27日周期が強く現れているのです。

地球自身も様々な周期を持っていますから、宇宙からの影響は慎重に見分けていかなければなりません。でも、こういった解析結果は、地球の気象についての新たな考え方を示してくれているように思います。

 

美大で物理を研究する

―そもそも物理に興味を持ったのはいつ頃なのでしょう。

宮原:小学生の頃は『子供の科学』の付録についてくる実験を、自分で試してみるのが大好きでした。広く科学全般に興味がありましたが、最終的に一番魅力を感じたのは物理でした。あらゆる現象の根源に迫ろうとする分野であることや、一見複雑な現象も、いくつかの数式だけで説明してしまう、その明解さに魅力を感じました。大学で進学先を決める際には、生物物理か宇宙物理で悩んだのですが、最終的には宇宙を選びました。

―名古屋大学で学位を取り、東京大学宇宙線研究所やNASAでも研究していながら、畑違いの武蔵野美術大学に研究室を構えたのはなぜですか。

宮原:博士課程を修了してから7年ほど任期付きの職を転々とした頃に、もっとじっくり、腰を落ち着けて研究に取り組みたいと強く思うようになりました。研究の事情や個人的な事情もあって、関東でそれが実現できたらと。そう思っていたときに、たまたま武蔵野美術大学が、自然科学分野の教員を公募していたのです。思いきって応募したところ、運良く採用していただけることになりました。美術大学ということで、未知数な部分もありましたが、自由に研究テーマを設定することができ、新しい研究テーマにチャレンジすることもできました。最初は他大学のラボを使わせていただいたりしながらのスタートでしたが、大型科研費で少しずつ環境を整え、この大学では初めてとなるポスドク研究員の受け入れも実現しました。2020年には財団からトラバーチン研究のための助成金をいただけることになり、分析を本格的に進めるための設備もセットアップできました。

トラバーチンの分析風景。

―広大な宇宙が相手だけに、研究はじっくり取り組む必要がありそうですね。

宮原:炭素14にしても、ベリリウム10にしても、試料の中の本当にごくわずかな量を測定し、1年ごとの変化を読み取っていく。とても地道で慎重な作業が必要です。しかも分析は基本的に、思ったようには進みません。最近論文にまとめることができた研究は、結局開始から10年かかりました。気長に取り組まなければなりませんね。

―地球全体に目を配る視野の広さも求められそうです。

宮原:宇宙気候学は宇宙から地球内部にまで目を向ける必要があって、大変でもありますが、どのような研究をしていたとしても、可能な限り視野を広げてアンテナを張っておくことが大事だと思っています。思わぬところから、大きなヒントが得られることもあります。これまであちらこちらで研究させてもらう中で異分野に触れる機会が沢山あったことが、今では大きな財産になっています。ただ、ここ数年はなかなか遠方の学会に参加できない状況が続いていましたので、新型コロナの影響で、自宅にいながらにして学会に参加したり様々なオンラインセミナーを気軽に聴けるようになったのはとても有難いことだと思っています。

武蔵野美術大学
教養文化・学芸員課程研究室教授
宮原ひろ子(みやはら ひろこ)

1978年埼玉県生まれ。2005年名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻博士課程(後期課程)を修了。理学博士。東京大学宇宙線研究所、米航空宇宙局(NASA)などで研究に従事。2013年に武蔵野美術大学に移り、2015年より准教授、2021年より現職。専門は、宇宙線物理学、太陽物理学、宇宙気候学。太陽活動や宇宙環境の変動が地球に及ぼす影響を研究。第5回地球化学研究協会奨励賞、平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞、第1回米沢富美子記念賞を受賞。宇宙気候学について解説した著書『地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか -太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来』が第31回 講談社科学出版賞を受賞。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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