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半透膜を介して塩分濃度の低い方から高い方へ水が流れる現象を浸透と呼び、この時発生するのが浸透圧です。漬け物は浸透圧利用の代表的な例です。この浸透圧を利用して発電をしようという取り組みが福岡で進められています。実用化に向けた発電プラントが2025年度にも稼働するということで取材しました。
浸透圧発電で使うのは、海水です。
正確には、海水から淡水を作るときに生じる高濃度の海水です。福岡都市圏は、一級河川がない唯一の大都市であるため、海水淡水化施設が稼働していますが、そこで排出される高濃度海水を活用します。もう一つ使うのは、下水処理施設から排出される排水(真水・淡水)です。
本来廃棄物である高濃度海水と下水処理後の淡水の塩分濃度の差を利用してエネルギーを産み出し、CO₂を排出しない一石二鳥の発電方法です。
技術の提案者であり研究をリードしている東京工業大学名誉教授、谷岡明彦先生に、「浸透圧発電」の仕組みや今後の展望について伺いました。
※「日本初の浸透圧発電プラント」は、協和機電工業株式会社が福岡市ならびに福岡地区水道企業団と共同で2023年10月に発表を行った計画に基づく表記です。詳細はこちらのリリースをご確認ください。
塩分濃度の差を利用する「浸透圧発電」
── 先生が新しい発電方法として研究されている浸透圧発電について教えてください。
谷岡:浸透圧発電の原理自体はシンプルです。海水を満たした容器に半透膜(一定の大きさ以下の分子やイオンのみを通す膜)を張り、淡水をその膜の反対側に置くと、淡水が膜を通って海水の方へ流れ込みます。海水の塩分濃度は淡水に比べて高いため、その濃度差を薄めようとする力が働くのです。この力を浸透圧といいます。浸透圧の力はファントホッフの式(*)で表されますが、海水の場合は約300メートルの高さ、濃縮海水の場合は約600メートルの高さまで上昇する力があります。この上昇した海水を落下させ、その運動エネルギーでタービン(流れる水や風、蒸気などのエネルギーを回転運動に変換する装置)を回して発電するというのが、浸透圧発電の原理です。
*ファントホッフの式:浸透圧を求めるための式で、浸透圧は溶液の温度(T)と濃さ(モル濃度, C)に比例するため、具体的には、浸透圧(π)= nRT で表される。ここでnは溶けている粒子の数、Rは一定の値、Tは絶対温度を表す。
── 水力発電を海水で行うイメージでしょうか?
谷岡:先ほど、濃縮海水の場合は約600メートルの高さまで上昇する力があるとお話ししましたが、実際には何百メートルもの落差を持つ発電設備を建設することは現実的ではありません。その代わりに、半透膜を使った小規模なユニットを多数並べた設備を設置し、それぞれに濃縮海水と淡水を通して発電する方法が想定されます。
発端は、淡水化で生じる余剰高濃度海水の有効活用
谷岡:2005年に、福岡県福岡市の福岡地区水道企業団が、海水を淡水化するためのプラント、「海の中道奈多(うみのなかみちなた)海水淡水化センター」(通称:まみずピア)を完成させました。福岡市は慢性的に水不足に悩まされることが多く、海水を真水に変えて一般家庭の水道水として利用しようと考えたのです。ただ、海水を真水に変える工程では、元の海水が2倍に濃縮された濃い塩水が排出されます。この濃縮塩水(ブライン)をそのまま海に捨てると、海洋生物に悪影響を与える可能性があったため、まみずピアでは近くにある和白(わじろ)水処理センターの処理水と混ぜて、環境へのインパクトを軽減したかたちで博多湾に放出していました。一方で、濃縮塩水をわざわざ薄めて捨てるのではなく、何か有効利用する方法はないかと考えた福岡地区水道企業団の方が、私に相談をくださったのです。濃縮塩水を利用して発電するアイデアを提案したところ、採用され、本格的な研究が始まりました。
── 先生のご専門は発電ではありませんよね?
谷岡:はい。私の専門は、ナノファイバーやそれを使った膜の研究です。浸透圧発電のアイデア自体は私の発明ではなく、最初に発表したのはイスラエルのシンディー・ロブ先生です。1974年に逆浸透膜を使った浸透圧発電に関する論文が発表されたのですが、私は東京工業大学大学院理工学研究科で博士課程を修了した1975年にその論文を読み、非常に感銘を受けまして、ずっと頭の片隅に残っていました。まみずピアの相談を受けたとき、25年以上前に読んだロブ先生の論文を思い出したのです。
── 福岡の方々の反応はいかがでしたか?
谷岡:私が相談を受ける前にも、濃縮塩水活用のアイデアはすでにさまざま出されていました。たとえば、濃縮塩水の塩を使ってパンや豆腐を作る、濃縮塩水で温泉を作り、中東にある死海のようなリゾート施設にするなどです。どれもおもしろいですし実際にいくつかのアイデアは実現されましたが、発電に利用しようと考えたのは「もっともっと世の中をあっと驚かせることをやりましょう!」という想いからです。福岡地区水道企業団さんやプラントを製造していた協和機電工業さんからも「おもしろい!」と共感していただきました。
── 2025年度に「まみずピア」での浸透圧発電の施設が稼働開始の予定ですね。
谷岡:はい。「まみずピア」での施設稼働開始は浸透圧発電の実用化に向けた非常に大きなステップです。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)や内閣府から得た補助金で実証プラントをつくり、実験を重ね、ようやくここまで至りました。
ナノテクノロジーでコストを削減
── 浸透圧発電の原理を用いて発電機をつくった場合、得られる電力や発電コストはどのくらい見込めるのでしょうか?
谷岡:実験による計測の結果、濃縮海水の場合、浸透圧は最大60気圧に達しますが、その半分の30気圧の時に発電の最大出力が得られるという計算が導かれました。この数値を基にすると、濃縮海水と下水処理水を使用した浸透圧発電の1ユニットあたりの最大電力は2.7kWになります。計算上、1,000ユニットで年間に得られる電力は約2,381万2,600kWhとなり、下水処理水などの調達費に加えて設備の建設コストや運用コストを含めて計算すると、発電コストは約14円/kWhと試算されます。
── 発電コスト約14円/kWhというのは、安いのでしょうか高いのでしょうか。
谷岡:再生可能エネルギーの中ではまだ少し高い方ですかね。特に今は太陽光発電がかなり低コストになっていますので。浸透圧発電の実用化と普及において、よりコストを抑えるために目指すべき方法のひとつは、できるだけ高濃度の塩水を利用することです。濃縮海水と下水処理水の塩分濃度の差が大きいほど、浸透圧が高まり、発電力も増します。現在の濃縮海水の塩分濃度は約8%ですが、私が研究しているナノファイバー技術を用いると、塩分濃度を20%程度にまで高めることができると見込んでいます。ナノファイバーは、非常に細かい繊維で構成されており、その微細な構造によって、特定の物質だけを選択的に通過させることができます。この特性を利用することで、塩水から水分を効率的に除去し、塩分濃度を高めることが可能になるのです。
── 塩水の濃度を高める以外には、どのようなコスト改良の余地がありますか?
谷岡:半透膜はすぐに汚れによって目詰まりを起こすため、発電に使用する海水や淡水の汚れを取り除く前処理を施す必要がありますが、この前処理についても、たとえば下水処理場側であらかじめ対応することが可能になれば、トータルではかなりのコスト削減につながると考えています。
世界へ広がる浸透圧発電。サウジアラビアや東南アジアにも提案中!
── 浸透圧発電の今後の展望をお聞かせください。
谷岡:世界へ向けて、この技術を展開できればと思っています。今、提案しているのはサウジアラビアです。サウジアラビアにはすでに大型の海水淡水化施設があり、やはり海水を淡水化する際に大量の濃縮海水が発生しています。その濃縮海水を放出していた紅海の塩分濃度が上昇し、魚が棲めなくなってきているのです。海の環境を守るためにも浸透圧発電を行うことを提案しています。発電に使った濃縮海水は、淡水と塩とに分けられ、淡水は飲料水に、塩は苛性ソーダや水素の製造に使うこともできるので効率が良いです。
── 淡水化技術とセットで、他にもたくさんの国で喜ばれそうですよね。
谷岡:東南アジア諸国、特にインドネシアとフィリピンは、大小さまざまな多くの島々を有していますが、島に暮らす人々に良質な水と電力を供給するという課題があるため、ここにも海水淡水化と浸透圧発電を提案しています。島に設置する場合、それほど大型の施設は必要ありません。また、急速に工業化が進むインドも、水と電力の不足や環境問題への対応が喫緊の課題なので、提案先の候補に上がっています。
── 世界に展開していく上で、あらためて他の発電方法に比べて浸透圧発電のアピールポイントとなるのは何でしょうか?
谷岡:なんといっても発電の主原料が淡水と海水だけであるということです。さらに自然エネルギーのなかでは稼働が気象等に左右されにくく安定している点も利点として挙げられます。たとえば太陽光発電の稼働率は日本ではおおよそ15%程度と言われることがありますが、浸透圧発電は85%以上の稼働率があります。簡単で効率的、そして海洋環境に影響を与えずに発電できる方法として、世界に広く普及していくことを願っています。
── 最後に、学生や若い研究者へメッセージをお願いします。
谷岡:嬉しいことに浸透圧発電に関心を持ってくださる学生はたくさんいます。海水と淡水だけで発電するというシンプルな技術が魅力的に映るのでしょう。日本は海に囲まれ、海水と淡水が豊富です。浸透圧発電との相性も良いので、若い人たちに今後の実用化や発展に向けた研究に挑戦してもらい、日本の技術として世界をリードしてほしいですね。もちろん挑戦の対象は浸透圧発電でなくてもよくて、自分が「おもしろい」「やってみたい」と思ったことについて、無我夢中で取り組んでほしいです。
日本の科学技術はかつて非常に高く評価されていましたが、近年は他国に追い抜かれる部分もあります。たとえば2024年の「世界大学ランキング」では日本の1位である東京大学は世界29位です。多くの日本の研究者は「大学ランキングなんてあてにならない」と軽視しがちですが、実際に海外では思った以上に注目されていて、それだけで日本の研究者が甘く見られてしまうこともあります。これを改善するために、若い研究者たちにはもっと積極的に国際的な舞台で活躍してほしいと思います。
── そのために学生のうちに準備しておけることはありますか?
谷岡:学生のうちに海外の大学に留学したり、ワーキングホリデーを利用して多様な国々の人と交流することを勧めます。アメリカやヨーロッパだけでなく、途上国の人々と交流することで、世界の見え方が変わると思います。皆さんの活躍を応援しています。
谷岡 明彦(たにおか あきひこ)
東京工業大学名誉教授。1946年9月20日、京都府宇治市生まれ。1975年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了。工学博士。同年より東京工業大学で研究助手として勤務し、1988年より准教授、1999年より教授。1982年にはドイツのマックス・プランク生物物理研究所で客員科学者として研究を行う。専門は高分子化学と物理化学で、特にナノファイバーの研究に注力。また、浸透圧発電の研究でも知られる。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
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