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「ついしたくなる」仕掛けの秘密。阪大・松村教授が提唱する『仕掛学』の奥深き世界とは?

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街かどにゴミ箱が2つ、置かれていたとします。1つはごく普通のゴミ箱、もう1つのゴミ箱の上にはバスケットボールのゴールがセットされています。もし、そのとき自分がゴミを手にしていたら、ついゴールのある方に入れたくなりませんか。このように人間の行動を「ついしたくなる」ように仕向けるのが「仕掛け」の力です。では、具体的にどのような仕掛けをすれば、どのように人の行動が変わるのか。それを突き詰める新たな研究分野『仕掛学』を提唱するのが大阪大学大学院経済学研究科・松村真宏教授。あるとき動物園でなにげなく目にした装置からヒントを得て、仕掛けの魅力を発見した松村教授に、『仕掛学』の考え方と今後の展開について伺いました。

 

動物園で見かけた筒、その穴の先に見えたものは

 
―仕掛学を思いついた最初のきっかけは、大阪の天王寺動物園で見かけた筒だったそうですね。

松村 もともと私は人工知能の研究者でした。けれども、古くからある分野だけに多くの研究者が切磋琢磨していて、オリジナリティを出すのが難しい。そこで新たな研究テーマを求めてフィールドマイニングに取り組んでいました。フィールドマイニングとは、フィールドに潜んでいる魅力を掘り起こす研究テーマです。私たちが日々暮らしている世界は、目に見えていたり耳に聞こえていながらも、意識に上ってこないモノやコトに満ちている。そんなものごとに何かのキッカケで、ふと意識が向かったときにおもしろいものが見つかります。フィールドでいろいろ探し回っているときに出会ったのが、天王寺動物園に置かれていた筒の仕掛けでした。

 
―具体的には、どのような仕掛けだったのでしょうか。

松村 まず形が望遠鏡に似ていました。だから「この中をのぞくと何か見えるのかな?」と誰もが自然に連想します。そう思って近づくと、筒の真ん中に穴が空いている。こういう穴を見つけると、人はついのぞき込みたくなるものです。しかも、この筒の高さがよく考えられている。地上1メートル付近、子どもたちがのぞき込むのにちょうどよい高さです。筒の中をのぞくと、その先には象のウンチのオブジェが置かれている。まわりに説明などは一切ありませんが、子どもたちがそこで「わぁ~!」とか「きゃあ!」などと喜んでいると、自然にひと目を集めますね。

 
―楽しそうな仕掛けですね。

松村 まさに楽しさこそが仕掛けのもっとも重要な要素だと思っています。最初は何だろうと不思議に思って近づき、仕掛けにはまるとびっくりして行動が変わり、知らずしらずのうちに笑顔になっている。この最後に笑顔になるところがポイントです。

※象のいるエリアに続く小径のわきに設置されている「筒」。子どもの目の高さにある筒の先には象のフンが置かれている。

 

体系的にまとめれば新たな「学」になる

 
―『仕掛学』という言葉を使いだしたのはいつ頃だったのでしょうか。

松村 そもそもフィールドマイニングの着想を得たのが2005年の末ぐらいでした。それからフィールドに潜む、おもしろいものの発掘に取り組み、2006年の夏に天王寺動物園の筒の仕掛けと出会いました。仕掛けに注目して探してみると、世の中にはいろいろな仕掛けがあります。そうした仕掛けを分析していくと、特定の傾向が浮かび上がってきました。現実の事象の背景から何らかの法則性を読み取れるなら、それは新たな学問領域として成立する可能性があります。そこで2011年度の人工知能学会全国大会で造語の『仕掛学』を使い始めたのです。

 
―仕掛けはいくつかの学問に関連領域が広がっていそうですが。

松村 部分的にはデザイン分野や心理学、経済学などとも関わりがあります。ただ、いずれも仕掛けをトータルに捉えているわけではありません。仕掛けは、あくまでも現場で考えるべき対象です。仮に穴があればのぞくかどうかを、実験室で調べてみてもおもしろくないじゃないですか。あの筒の穴は、動物園という文脈の中で意味を持つと思うのです。因果関係を見極めるためには、関係のない要因をすべて削ぎ落としていきますが、それだと仕掛けの本質を見失うおそれがあります。

 
―とはいえ要素還元主義は、科学の基本姿勢のひとつですよね。

松村 自然科学の研究手法は、確かに要素還元主義に基づいています。事象の本質を突き止めて因果関係を抽出するために、不要な要素を極力取り除いて実験する。けれども現実世界には、さまざまな要素が複合されて初めて何らかのメッセージを発信するケースも多々あります。むしろ、そちらのほうが人間が生きている世界の本質に近いのではないでしょうか。だから、従来の研究アプローチとは異なる体系、人工知能学会のなかでも新しい学問領域として仕掛学を提唱し論文を発表しました。

 
―仕掛学の研究は徹底した現場主義ということでしょうか。

松村 同じ仕掛けでも場所や状況が変われば、当然その反応も変わってきます。だから実験室ではなく現場にこだわります。仕掛学は組み合わせの妙がポイントですから。どんな仕掛けにせよ、必ず現場に設置し行動観察して検証するのが、私の研究スタンスです。特定の文脈の中でないと意味をなさないような行動の理解が重要です。

 

AIとの相補的な関係を意識する

 
―これまでの仕掛けで最も印象に残っているものは何でしょう。

松村 効果が大きかった仕掛けは、動物園の入口に仕掛けた「勇気の口」ですね。これは相当にリアクションがよかった。何しろ見た目はすこし怖そうなライオンの彫像があり、その口が開いているわけです。だから、みんな恐る恐る近づいてくる。彫像の前でしばしためらった末に、思い切って口の中に手を入れると消毒液が手にかかる。そこでびっくりするんだけれど、その後は手がきれいになったと喜んでくれる。

 
―喜ぶ姿が目に浮かぶようです。

松村 まさに見ていて楽しくなるようなリアクションを多くの人が取ってくれました。手を消毒するという有意義な行動をして、しかもみんなが笑顔になってくれている。理想的な仕掛けだと思います。元ネタは映画『ローマの休日』に出てくる「真実の口」です。単にテーブルの上にアルコール消毒液ホルダーを置いただけの場合、手を消毒した人が45人だったのに対して、仕掛けを設置した後は215人が手を消毒してくれました。手を入れて驚いて喜ぶ人の姿が、周りの人の興味を引き出して、自分もやってみようと連鎖反応が起きたのです。

※動物園の入口に仕掛けられた「勇気の口」。勇気を出して、ライオンの口の中に手を入れると消毒液が吹き出して、手をきれいにしてくれる。

 
―仕掛学の研究では数式化などは考えられないのでしょうか。

松村 確かに経済学の領域では数式化がよく行われます。仕掛学についても条件付き確率の一種と捉えられないこともないので、やろうと思えば数式化はできるでしょう。けれども、そうした数式化を行って誰に何をアピールしたいのか。私がアピールしたい対象は研究者ではなく、一般の人です。数式化するよりも、仕掛けのおもしろさや有用性などを、多くの人に知ってもらいたいですね。

 
―最近はさまざまな領域でAI活用が進んでいますが、仕掛けの開発にもAIを使えるのでは?

松村 AIに関しては常に相補的な関係を意識しています。つまりAIができることには、手を出さないようにしています。AIの可能性は高く評価しますが、AIを活用するには膨大なデータが必要で、そのためのコストを覚悟しなければなりません。逆に考えれば、儲かる分野でなければAIは参入していないのではないでしょうか。その点、私が取り組んでいる仕掛けの領域は、コストをかけなくてもできることがたくさんあります。

 

楽しい共通体験が仕掛けの決めて

 
―行動変容という点では、ノーベル賞を取ったナッジ理論(※)との類似性がありそうです。

松村 人の行動を変えるという意味では、確かにオーバーラップしている部分はありますが、決定的な違いがあります。背景となる原理がまったく異なるのです。仕掛けは選びたくて選んでしまう行動を生み出します。それに対してナッジはソーシャルプレッシャーを与えたり、デフォルトを変えることによる選びたくないけれど選ばされてしまう行動が多く、人を笑顔にする視点はないと思います。

※ナッジ理論:ナッジ(=nudge)とは「ひじを軽くつつく」という意味。対象者に選択の余地を残しながらも、より良い方向に誘導する手法であり、経済学者のリチャード・テイラー氏が提唱した。同氏は、これによりノーベル賞を受賞している。

 
―だから仕掛学では、いわゆるFADが要件となるわけですね。

松村 そのとおりです。仕掛けのFAD要件とは、Fairness、Attractiveness、Duality of purposeの3点です。Fairnessとは公平性で誰も不利益を被らないこと、Attractivenessとは誘引性で行動が自然と誘われること、さらにDuality of purpose、目的の二重性とは仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なることです。例えばバスケットボールのゴールの仕掛けを施したゴミ箱の場合を考えてみましょう。ゴミをゴミ箱に入れるのだから、もちろん誰にとっても不利益などありません。さらにゴールがあれば、人は自然とそこにゴミを入れたくなる。そして仕掛ける側の目的は「ゴミを散らかさないようにすること」ですが、仕掛けられる側の目的は「ゴミをゴールに入れて楽しむこと」です。

※ゴミ箱の上にゴールが仕掛けられていると、自然にそこにゴミを入れようという気持ちになる。

 
―ゴールは入れるためのもの、という認識が前提として共有されているからですね。

松村 そこが重要で、仕掛けのポイントは過去の共通体験の利用なのです。みんなが知っているものを、意外な形で活用する。これを私は「文脈を変える」と表現していますが、動物園のライオンの口は、映画に出てきた真実の口の文脈を変えたものです。大阪でJR西日本と提携して、できるだけ階段を歩いてもらうために仕掛けた「大阪環状線総選挙」は、AKB総選挙の文脈を活用しました。過去にみんなが楽しい体験をした何かを仕掛けに使うと効果的です。だから完全にオリジナルな仕掛けではない方が伝わりやすいとも考えられます。

※混雑や問題発生の要因となるエスカレーターの利用を減らし、階段の利用を促進する仕掛け。「福島派」「天満派」と色分けされた階段を登るとセンサーにより投票としてカウントされる。

 
―仕掛学は産学連携にも活用できそうです。

松村 社員の行動を変える仕掛け、具体的には残業を減らして定時に帰る、あるいは会議の際に発言を増やすなどの仕掛けについて協力した経験があります。ほかにも商品開発に関わったりキャンペーンや社会貢献的な活動に取り組んだこともあります。研究で考えている仕掛けは、基本的にあまりコストのかからないものばかりですが、コストをかければ仕掛けのクォリティはいくらでも高められますから、仕掛けの有効利用の可能性は広がります。

 

研究者として何を残せるのか

 
―そもそもどうして仕掛学の研究に取り組まれたのですか。

松村 最初にお話したように当初は人工知能の研究に取り組んでいたのですが、この分野にはいくらでも研究者が集まっています。研究者として生きる以上は何かオリジナリティのある成果を残したい、それなら誰も取り組んでいないテーマを取り上げるべきだと考えたのです。自分の存在価値をアピールできる研究分野は、どこなのか。AI関連がデータに縛られる領域だったので、それとは違う分野を求めてフィールドに出るようになり、それが仕掛けにつながっています。

 
―研究とは「巨人の肩の上に乗ることだ」とよくいわれますが。

松村 アイザック・ニュートンの言葉ですね。先人たちの優れた研究をベースにし、その上に自分の新たな知見を付け加えていく。そのやり方はよくわかります。だから私はあえて乗らないよう意識したのです。正確には、巨人たちのいないところを探したというべきでしょう。今にして思えば、かなり無謀な挑戦だったのかもしれませんが。

 
―その結果が新しい学問領域の確立につながったのですね。

松村 人工知能のようなホットトピックだったら、早いもの勝ちの世界になっています。しかも、みんなが集まっているから、自分がやらなくても誰かが研究を進めてくれる。そうではなく誰も考えもしなかった領域で、新たな道を切り開けば何らかの価値が生まれるのではないか。そう考えた結果が仕掛学として結実しました。

 
―最初に取り組んだフィールドマイニングと仕掛学の違いはどこにあるのでしょうか。

松村 フィールドマイニングに取り組んだ当初は、フィールドにセンサーを設置し、何かデータを取れないかなどとも考えていました。けれども、それだと一体どれぐらいセンサーを置けば、必要なデータを取れるかがわかりません。試行錯誤しながら考えているときに出会ったのが、動物園の筒だったのです。あの筒によりデータなどなくても「気づき」があればよいのだと気づいた。この体験は衝撃的でした。このような気づきはAIにはおそらくできないでしょう。対象とする課題が閉じた世界の中にあるのなら、いかようにでもデータを取れるし、データさえあればAIを活用して分析できます。ところが、現実世界はデータ化などされていないため、AIで解析するのは不可能だと思います。

 

博士取得過程の経験の価値

 
―研究者にとって重要な心がけがあれば教えてください。

松村 私のように自分で新たな研究領域を立ち上げる研究者は例外的だと思いますが、自分なりにいつも心がけているのが、短期的な視点と長期的な視点の組み合わせです。研究者を見渡してみると、ずっと第一線で活躍されている先生ほど研究テーマをどんどん変えています。

 
―それは社会の変化に対応して、ということですか。

松村 いや、対応しているのではなくて、常に先を予測して先手を打っているのでしょう。変化が現実のものとなってから対応しているようでは、後手に回ることになりますから。その意味で研究者には長期的な視点が必要であり、同時に現実的なアウトプットも常に出し続けなければなりません。未来への投資と直近での成果、このポートフォリオを自分なりに組み立てる必要があります。私もいずれは仕掛学一本に絞ろうとは考えていましたが、そのためにも短期的な業績を出すよう心がけていました。もちろん現時点で「仕掛学会」のような組織をつくろうとまで考えているわけではありません。ただ『仕掛学』の認知を高めるため、国際学会や研究会などを含めて論文は多数発表してきました。

 
―博士人材の能力をどう評価されますか。

松村 多くの人が大学教員を志望して博士の道に進みますが、それはどちらかといえば狭き道であり、他にも選択肢はいろいろあります。では、どんなオプションがあるかといえば、今のところ明確なルートがあるわけではない。ただ、博士を取得する過程で培った能力は、例えばベンチャー起業などに活かせるのではないでしょうか。一度博士号を取れば、特定領域でドクター並みの知識を得るのに必要な時間がわかるはずです。この感覚は起業家には欠かせない力となるでしょう。

 
―自分の能力の伸ばし方を知っていて、必要な時間も読めるわけですね。

松村 特定領域でどれぐらいがんばれば、どのレベルまで自分が到達できるかを自覚できるのは、並外れた能力といえます。このように先を読める力は、もちろん起業以外にも活かせるでしょう。私としてはドクターを取得し起業する学生と出会うことがあれば、ぜひ応援したいですね。

 
大阪大学 大学院経済学研究科 経営学系専攻
教授

松村 真宏

1998年大阪大学基礎工学部システム工学科卒業、2000年大阪大学基礎工学研究科修了、2003年東京大学工学系研究科修了、博士(工学)。2003年より東京大学大学院情報理工学系研究科学術研究支援員、2004年より大阪大学講師、2004年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員、2007年より大阪大学准教授、2012〜2013年スタンフォード大学客員研究員、2017年より現職。著書に『仕掛学―人を動かすアイデアのつくり方』『人を動かす「仕掛け」』『毎日がたのしくなる!まほうのしかけ しかけは世界を変える』『人文・社会科学のためのテキストマイニング』など。

著者プロフィール:

リケラボ編集部

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