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定量的PCRを用いた新型コロナウイルス感染の遺伝子検査 | リケラボ

定量的PCRを用いた新型コロナウイルス感染の遺伝子検査

リケラボ実験レシピシリーズ 定量的PCR(qPCR)応用編

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PCRが目的とするDNAを特異的かつ高感度に増幅できる極めて有用な技術であることは前回までに述べてきました[ 参照:PCR1PCR2PCR3PCR4 ]。このPCRを逆転写反応(RT: Reverse Transcription)[ 参照:RT-PCR ]および定量的解析法[ 参照:定量的PCR ]と組み合わせた「定量的RT-PCR解析」は、RNAの定量解析をも実現でき、生命科学/基礎医学の範疇を超え、感染微生物の核酸ゲノムの定量的な検出など、今や臨床医学においても不可欠な技術となっています。

ここでは、今まさにホットな「新型コロナウイルス感染症の遺伝子検査」を例に、定量的RT-PCRの応用について概説していきましょう。

1 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とは?

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染は、2020年に初の感染例が報告されてから、2022年3月現在においても、地球規模で拡大が続き、全世界の累計感染者数および死亡者数は、それぞれ約4.5億人、約600万人にのぼっています*。この新型コロナウイルス・パンデミックの終息を目指し、新規ワクチン・治療薬を用いた積極的な医療介入が全世界的に進められています。

新型コロナウイルスは、1本鎖のRNAゲノムをもつウイルスです。ウイルス単独で自律的に複製/増殖することができないため、ヒトの粘膜細胞などの宿主に感染して、細胞内に侵入することによって増殖します。細胞内で増殖したウイルスは、感染者の飛沫(くしゃみ・咳・つばなど)によって環境中に放出され、そのウイルス/飛沫を他者が口や鼻から吸い込むことで感染が伝播します(飛沫感染)。また、感染者の手などを介してウイルス汚染されたものを他者が触り、口や鼻などの粘膜に触れることで感染が伝播します(接触感染)。一部の感染者が味覚/嗅覚の異常、頭痛、発熱、咳や呼吸困難感などの症状・後遺症を示す一方、感染者の大多数は無症状あるいは症状が軽微である点が、感染拡大を社会的に予防する際の検討課題となっています。

*Our World in Data, COVID-19 Data Explorer 参照
https://ourworldindata.org/explorers/coronavirus-data-explorer

2 新型コロナウイルスの検査法(遺伝子検査と抗原検査)

新型コロナウイルス感染の検査法で保険適用となっている主なものとして、「PCR技術を用いた遺伝子検査」と「抗原検査」があります。

遺伝子検査:RT-PCR(逆転写産物を鋳型としたPCR反応)によりウイルス遺伝子を検出する。
→ ウイルスゲノムRNA由来の遺伝子断片を100~1000万倍以上に増幅するため、極めて高感度である。

*定量的RT-PCR解析による検査のため、リアルタイムPCR装置など専用の測定機器が必要となる。

抗原検査:検体中に存在するウイルス抗原を特異抗体を用いて生化学的に検出する。
→ 特殊な測定機器が必要ないため簡便。判定結果が迅速に得られる。

*陽性を判定するためには一定量以上のウイルスが必要(遺伝子検査より低感度のため、スクリーニング目的や無症状者に対する使用には要注意。)

3 定量的RT-PCRによる遺伝子検査とその原理

PCRによる新型コロナウイルス遺伝子検査は、被検者の検体(鼻咽頭ぬぐい液や唾液)中に含まれる細胞を溶解し、その内容物(核酸、タンパク質など)を抽出する操作から始まります。ここに新型コロナウイルス感染細胞が存在すると、ウイルスのゲノムRNAも同時に溶出されます。検査対象となるRNA分子は不安定なため、速やかに逆転写して、相補的なDNA鎖(cDNA)に変換します。ウイルスRNAの逆転写産物である「cDNA」と、これを鋳型として特異的にアニールする「PCRプライマー対」ならびに「TaqManプローブ」を用いたPCR反応系で、新型コロナウイルスのゲノムを由来としたcDNAの定量解析が可能になります。

TaqManプローブは、5′ 末端に蛍光レポーター(R)、3′ 末端に消光剤(Q)が付加された、PCR増幅断片内にアニールするオリゴヌクレオチド(20~30塩基)です[ 参照:定量的PCR ]。通常、TaqManプローブ内の蛍光レポーターは、同一分子内の消光剤の作用によって不活化しています。不活化状態のTaqManプローブは、目的のcDNA断片とアニールした後に、伸長反応の過程でDNAポリメラーゼにより加水分解されます。これにより、レポーターがプローブから遊離するため、消光剤による不活化から解放されたレポーターは励起光を受けて蛍光を発するようになります。この活性化した蛍光レポーターは、PCR産物の量に比例して増加するため、PCR反応系の蛍光強度をリアルタイムに測定することで、PCR産物の生成量を継時的に知ることができます(増幅曲線)[ 参照:図 ] [ 参照:定量的PCR ]。

4 定量的RT-PCRによる遺伝子検査の注意点

検体から溶出したRNAをRT-PCRの試料として用いる際に、主に次のいずれかの前処理が行われます。

・RNAの精製:RNAと共存する細胞溶解液中の夾雑物を事前に除く。
→ 以降のPCR反応で、感度や特異性が向上する。

*精製後のRNAの収量は、精製手技の習熟度に依存する。

・夾雑物の不活化:PCR反応を阻害する夾雑物を細胞溶解液中で事前に中和する。
→ RNAの精製操作が不要となる。

*夾雑物の量・種類によっては、PCRの阻害を完全には防ぎきれない。

PCRによる遺伝子検査では、「ウイルス由来cDNAの増幅が、一定サイクル数以内に検出されること」が、「陽性」判定の基準となります。よって、精製過程でRNAを多量にロスした検体や、PCR反応自体が阻害された検体では、ウイルスcDNAを増幅曲線で検出できないため、PCR検査の結果は「(偽)陰性」となります。一般的な遺伝子検査キットには、PCR反応系に導入する内部対照(人工合成DNAと対応するプライマー+プローブ)が添付されています。これを用いると、感染の有無にかかわらず、PCRが問題なく進めば、内部対照の増幅を全検体で確認することができます。したがって、この内部対照のPCRを目的のPCRと並行することで、「陰性」と「偽陰性(判定不能/検査不成立)」の判別が可能となります。

<想定されるPCRの結果とその解釈>

・ウイルスcDNA由来の断片と内部対照がともに増幅した場合
→「陽性」と判定する。

・ウイルスcDNA由来の断片が増幅せずに、内部対照のみが増幅した場合
→「陰性」と判定される。

*感染初期など、細胞内ウイルス量が微量(PCRの検出限界以下)である「感染検体」もPCR検査結果は「陰性」と判定される(PCRの判定結果が感染の実態と不一致になる!)。

・ウイルスcDNA由来の断片と内部対照の増幅がともに検出されない場合
→「判定不能」/「検査不成立」と判断される(PCR反応自体に問題あり)。

・ウイルスcDNA由来の断片は増幅するが、内部対照の増幅が検出されない場合
→「陽性」検体と判定される(感染後の増殖過多により、PCR反応系において、ウイルス量が飽和している場合など)。

感染症におけるPCRを用いた遺伝子検査は、新型コロナウイルスに限らず、病原性細菌(結核菌・淋菌・クラミジアなど)や他の病原性ウイルス(ヒト免疫不全ウイルス(HIV)・ヒトパピローマウイルス(HPV)など)に対しても広く実施されています。いずれの微生物に対しても、感染の有無についてより正確な判断を要する場合には、定量的PCRの解析系の原理および長所/短所の理解のみならず、抗原検査・生化学検査など他の検査手法との併用が重要になると考えられます。

*監修
パーソルテンプスタッフ株式会社
研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)
研修講師(理学博士)

この記事は、理系研究職の方のキャリア支援を行うパーソルテンプスタッフ研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)がお届けする、実験ノウハウシリーズです。

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リケラボ編集部

リケラボ編集部

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