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ケーキトッピングから銀を抽出!ヘルドクターくられの1万円実験室 | リケラボ

ケーキトッピングから銀を抽出!│ヘルドクターくられの1万円実験室

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科学を愛する読者のみなさま、ごきげんよう。くられです。

使える予算は1万円以内。「高価な実験機器は使えない」という制約のなかで知恵と工夫を凝らして実行可能なおもしろ実験を紹介する本企画。

第11回目のお題は「銀」です。今回も、私が主宰する秘密結社「薬理凶室」のメンバーであり化学に造詣の深いレイユール氏に協力のもと、お届けします。それではお楽しみください!


皆さんこんにちは。レイユールです。今回は、お菓子のトッピングとして使われているアラザンから銀を抽出してみましょう。

アラザンから銀?

アラザンとは、ケーキやクッキーの飾りつけに使われる銀色の粒で、砂糖とコーンスターチで作った粒の表面を銀箔や銀粉で覆ったものです。つまり、どうにかして砂糖やコーンスターチを除去することができれば銀を得ることができます。

▲アラザン
1mmサイズのものを用意した。

なぜ銀なのか?

アラザンの表面にはなぜ銀が使われているのでしょうか? ケーキなどのお菓子の上に銀箔や金箔がトッピングされているのを見たことがある人は多いと思います。もしこのトッピングの金属箔に鉄やアルミニウム、銅などを用いてしまうと、食品中の塩分や胃酸と反応し、錆びて外見が悪くなったり、水溶性の金属化合物へと変化してしまいます。この状態では金属の種類によっては人体に有害ともなりえます(銅や鉛は重金属毒性を持っている)。

これに対し、金や銀は非常に不活性な金属で、胃酸をはじめ、体内の消化液とは反応しません。従って、体の中でほとんど分解を受けることなく排泄されてしまいます。当然ながら栄養とはなりませんが、逆に害を及ぼす心配も少ないのです(詳細は後述します)。これがお菓子のトッピング材として金や銀が使用される理由です。

アラザンから銀を抽出する方法

アラザンから銀を回収する上で問題になるのは、いかに銀だけを残してその他の成分を除去するかです。アラザンの構成成分を見てみると、砂糖とコーンスターチと銀です。(厳密にはごく微量のアラビアガムを含みます)銀とその他の成分を見比べた場合、銀以外は全て有機物です。つまり、燃やすことで除去することができると考えられます。しかし、実際に試してみると、砂糖の燃えカス(糖炭)が残り、銀の回収をより困難としてしまいます。

▲少量のアラザンを熱してみる。有機物は燃え始めるが…

▲燃焼後のアラザン。砂糖が炭化して分離がより困難に

逆に銀を硝酸で溶解してしまう方法も考えられますが、硝酸の入手が難しくこちらも現実的ではありません。そこで、今回は、有機化学の力を借りてこの問題を解決してみましょう。

加水分解反応

当然ながら銀は水には溶けないので、銀以外の成分を水に溶かす方法が考えられます。砂糖は水によく溶けますが、デンプンは水に溶けません。加熱すると一部は溶解しますが、糊化といってドロドロとした溶液になってしまいます。そこで、このデンプンを加水分解することで、水溶性の成分に変化させてみましょう。そもそもデンプンとは、アミロースとアミロペクチンが混合したもので、これらはグルコース(ブドウ糖)が長く連なったものです。

▲アミロペクチン
デンプンの8割ほどを占めている。熱水に溶けない。

▲アミロース
デンプンの2割ほどを占めている。熱水には溶ける。

▲グルコース
ブドウ糖とも呼ばれる成分。

ヒトをはじめとするデンプンを栄養源とする生物は皆、このデンプンを加水分解してグルコースに戻して利用しています。生体内では、酵素によって分解が行われますが、有機化学の世界では塩酸などの強酸を触媒としてデンプンを加水分解します。

実際に抽出してみましょう

では、ここから実際にアラザンから銀を抽出してみましょう。

1.溶液の準備

まずは、加水分解に用いる希塩酸を作ります。ビーカーに300mlの熱湯を入れ、酸性トイレ洗剤30mlを入れます。

▲熱湯に希塩酸を加えているところ。トイレ洗剤の場合は濁ることもある。

2.加水分解

1で用意した溶液に1分10gのペースでアラザン(1mmサイズ)を投入します。5分かけて50gのアラザンを投入したら更に10分ほど加熱します。

▲アラザンを加えたところ。スターラーを使う場合には200rpm程度で攪拌しよう。

3.濾過

十分に加熱されると溶液は黄色みを帯びてきます。ここまで来たら溶液が熱いうちに濾過します。画像では吸引濾過していますが、常圧濾過でも十分に分離可能です。

▲吸引濾過の様子
常圧濾過もしくはコーヒーフィルターを使っての分離も可能。

▲濾過後の銀箔
濾過が完了すると濾紙が銀箔で覆われた。

▲得られた銀箔
1mmアラザン50gから得られた分量。時計皿は70mm。

4.熔解

銀箔が分離されましたが、この状態では保存しずらいので、融かして一つの塊にしてみましょう。坩堝かボートにホウ砂を入れて、ここに銀箔を置きます。これをガスバーナーで熱して一塊にします。後は冷やして固めてから一晩水に漬けておくとホウ砂が溶けて銀だけが残ります。

▲熔解前の銀箔
ボートにホウ砂を敷いて細長くまとめた銀箔を置く。

▲熔解中の銀箔①
酸素バーナーで熱しているところ。カセットバーナーでも可能。

▲熔解中の銀箔②
間もなくして銀は表面張力により球形となった。

▲回収した銀粒
左は回収した銀粒、左はアラザン。グリッドは1mmピッチ。

銀の含有量

アラザンは粒の大きさが様々ありますが、今回は1mmのものを使いました。表面の銀箔の厚みを一定と仮定すれば、銀の量は表面積に比例して増加します。つまり、より粒の小さいアラザンを使った方が同じ重量で比べた時に多くの銀が得られるということです。

1mmのアラザンを使った場合、上手に操作すれば50gのアラザンから0.5gほどの銀が得られます。つまり、アラザンの重量の約1%は銀だと言えるのです。

銀の毒性

最後に、銀を食べることの害についても紹介しておきましょう。最初に解説した通り、銀箔はほとんど体内に取り込まれずに排出されますが、実は全てが排出されるわけではありません。銀が超微粒子状になった場合などは、体内に一部取り込まれてしまいます。通常、銀を含む食品は大量に摂取することは無いので、常識的な分量であれば全く害はありません。しかし、銀を含む食品を大量に、しかも長期間に渡って摂取すると、吸収された銀が皮膚に沈着して青色を呈する「銀皮症」と呼ばれる病気になることがあります。軽度の場合には身体の局所的な部分に沈着が発生し、重症になると皮膚全体に沈着が起こります。場合によっては神経への沈着が起こることも報告されています。いかに害が少ない金属と言えど、度を過ぎると害があるものです。どんな食品も適度な摂取を心がけたいですね。

今回の実験にかかった費用

  • アラザン 1000円弱
  • トイレ洗剤 数百円
  • 濾紙 数百円
  • 坩堝 1000円程度
  • ビーカー 数百円
  • ロート 数百円

予算にはまだ余裕があるので、何度か繰り返して500g程度のアラザンを処理すれば5gほどの銀が得られる計算です。

掲載写真,図全てレイユール氏提供

レイユール
薬理凶室怪人。専門は有機合成化学。薬理凶室では化学分野を担当している。

薬理凶室のYouTubeチャンネルでは、化学実験をコミカルな動画で紹介する「ガチ実験シリーズ」を不定期更新している。

薬理凶室YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UC_sxCGl2slqyAj9i26KLKuA

くられ with 薬理凶室

くられ with 薬理凶室

くられ。自称、不良科学者。作家/科学監修、大学講師なども兼任する。近著では「アリエナクナイ科学ノ教科書」で2018年第49回 SF大会にて星雲賞ノンフィクション部門を受賞(続きの連載をDiscoveryチャンネル公式WEBにて掲載、好評を博し終了。現在単行本化作業中)。週刊少年ジャンプで連載中の人気漫画『Dr.STONE』の科学監修を務める。人気Youtuber動画チーム「〜の主役は我々だ!」とのコラボによる「科学はすべてを解決する」はコミック化されるなど好評を博している。
公式サイトはこちら

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