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サイエンス・インカレ受賞者インタビュー「未解明のたんぱく質、CLIC2ががん転移を抑制する可能性」(愛媛大学・住田悠太郎さん) | リケラボ

サイエンス・インカレ受賞者インタビュー「未解明のたんぱく質、CLIC2ががん転移を抑制する可能性」

愛媛大学・住田悠太郎さん

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毎年3月に開催される「サイエンス・インカレ」は、自然科学分野を学ぶ全国の学部生が、自由なテーマで自主研究を発表し競い合う大会です(文部科学省主催)。リケラボでは、2019年に開催された「第8回サイエンス・インカレ」でみごと表彰された研究テーマについてご紹介。今回は、「未知のチャネル、CLIC2ががん転移に及ぼす影響の探求」という研究で国立研究開発法人 科学技術振興機構理事長賞を受賞された、愛媛大学 医学部医学科 5年(受賞時は4年)の住田悠太郎さんに研究内容や発表の心がけについて聞きました!

■「第8回サイエンス・インカレレポート」はこちら

■住田さんの発表要旨はこちら

機能の全容が解明されていなかったタンパク質「CLIC2」が、がん転移の抑制につながる可能性

「未知のチャネル、CLIC2ががん転移に及ぼす影響の探求」をテーマに決めた経緯を教えてください!

きっかけは、昨年サイエンス・インカレで発表させていただいた、ラットがん遠隔転移モデルを作成し、それを用いて転移のメカニズムの解明に挑む研究でした。こちらは先行研究において「ラットの脳腫瘍細胞株であるC6グリオーマ細胞株をウィスターラットの背部皮下に注入することで、肺や腋下リンパ節に転移することを見出した」というものから、この系をがんの遠隔転移モデルとして用い、そのモデルを解析することにより、昨年の段階で転移しないがん細胞に高発現している複数のタンパク質をピックアップしたというものです。この当時からCLIC2(Chloride intracellular channel protein 2)もその候補の一つとしてあがっていました。

それらのタンパク質について調査を続けるうちに、他のタンパク質にはすでにがんの転移との関連、あるいは転移のメカニズムにおいてどのような役割を担っているのかという報告がなされている一方で、CLIC2についてはそういった報告がされていませんでした。機能がよくわかっていないこのCLIC2というタンパク質が、転移しないがん細胞において高発現していることはどのような意味を持っているのか、その解明に挑むという目的で本研究をスタートさせました。

研究の結果、どんなことがわかりましたか?

本研究から、CLIC2を強制発現させた細胞をラットに移植した場合には、CLIC2の存在によって腫瘍内におけるCCL2(CC Chemokine Ligand 2)の量が少なくなり、それによって腫瘍の成長、転移を促進する細胞であるTAM(Tumor associated macrophage)のもととなるマクロファージが遊走されにくくなり、さらなるCCL2、そして血管新生や血管の透過性を亢進させるVEGF(Vascular Endothelial Growth Factor)の量の低下を引き起こし、さらにTAMの数が減り……という繰り返しの結果、腫瘍の転移が抑制されているという、CLIC2による転移抑制メカニズムを想定することができました。

マクロファージは本来細菌など、生体内において外敵となるものを貪食、除去する役割を担いますが、腫瘍組織に入るとその一部が腫瘍細胞との接触によって腫瘍に利益をもたらすTAMに変化してしまいます。TAMはCCL2を分泌することでさらにマクロファージを遊走させ、TAMを増やす働きを担いますが、この増やす働きをCLIC2が阻害している可能性が浮上してきました。
さらにこのメカニズムにおいて最初の段階であるCCL2の量が少なくなっていることについて、CLIC2強制発現腫瘍細胞では細胞間の接着に関係するタンパク質の量が増えていることから、腫瘍細胞同士の接着が強固なものとなり、TAMのもととなるマクロファージが腫瘍内に浸潤できないのではないかという作業仮説を立てるに至りました。

要約すると、本研究において、腫瘍細胞が増殖、接着したものである腫瘍が固いせいで、自身を成長させ転移しやすい環境を作る仲間であるTAMのもとのマクロファージが腫瘍に入れず、それによって腫瘍にますます転移しにくい環境になっているのではないかということが示唆されました。

研究の成果が、今後どんなことに活かされていけばうれしいですか?

研究者という視点においては、CLIC2という機能の全容が解明されていないタンパク質について、本研究が機能解明の先駆けになることができればとても喜ばしいことであると考えています。CLIC2に限らず、CLICというタンパク質自体の機能は未知の領域を多分に含んでおり、名前にある細胞内Cl-チャネルとしての役割があるかどうかは疑義があるという報告や、ある種の酵素のような働きをしていることを示した報告も存在します。この摩訶不思議なタンパク質についてその全容が解明することとなれば非常にうれしいです。
また、将来医療の現場に携わるものとしては、CLIC2ががん転移に対する治療においてターゲットとなり、実際に治療に用いられることを望んでいます。現在日本人の死因第1位はがんをはじめとする悪性新生物であり、がんの転移の有無はがん患者さんの予後を決める重要な因子です。転移を抑制することができる可能性を持った分子が実際に治療に用いられることとなれば、これほどうれしいことはありません。

研究を進めるうえで大変だったことはありますか?

CLIC2について、ほぼ何もわかっていない状態から研究をスタートさせるのはやはり大変でした。CLIC2のがん細胞における役割を解明するために、C6細胞にCLIC2を強制発現させ、細胞自体を用いた実験や、強制発現細胞を用いて転移モデルを作成し、形成された腫瘍塊や転移巣を用いた実験を行ったのですが、メカニズムの全容解明にはついに至りませんでした。
特に転移モデルを用いた実験においては、生きているラットにがん細胞を移植し、その成長を待つ必要があるという都合上、どうしても個体差により実験で得られたデータのばらつきが生じてしまい、その解釈には苦労した記憶があります。一度得られたデータも、もう一度同じ実験を行うと逆の結果になってしまったこともあり、一元的な解釈を得ることは困難でした。

研究に用いた転移モデルの作成方法。原発巣と転移巣の組織を用いて実験を行った。

「伝えたいこと」と「伝えるべきこと」のバランス

当日の口頭発表で心がけたことを教えてください。

今回の口頭発表の内容はCLIC2に焦点を当てたものだったのですが、その内容を理解していただくためには先行研究で作成した転移モデルの説明もする必要があり、その時間配分には気を使いました。本当に話したいCLIC2の話ばかりをすると前提となる転移モデルを用いた先行研究の内容を理解していただくことが困難になり、反対に転移モデルの話に時間を使いすぎると今度はCLIC2についての研究成果を十分に発表することができないというジレンマを抱えていました。本番に向けてはそのバランスには気を使い、10分という短い時間の中で本研究の成果を理解してもらえるように伝えるよう心がけました。

受賞の決め手となったポイントはどんなところだと思いますか?

研究成果を理解してもらうために、どのような時間配分で、何を話せば理解してもらえるのか、そのバランスがうまくいった点は大きな要因だと考えています。サイエンス・インカレでは、専門外の方々も多く発表を聞いてくださります。それはすなわち、どれだけ素晴らしい発表をしたとしても理解されなければ正しい評価は得られないということです。そういったことを考え、できる限り専門外の方々にも理解していただけるように流れを理解しやすい構成を組み、発表を聞いてくださる方々がすぐに理解できるような言葉選びをすることを心掛け、実践しようとしました。また、機能に未知の部分が多いCLIC2というタンパク質を対象とし、その機能の一端をつかむことができたという新規性も評価していただけた点だと考えています。

サイエンス・インカレの賞状とメダル

住田さんの今後の目標を教えてください!

今後も研究活動を続けていき、将来的には今まで研究活動の中で培った経験、そして医師として働いていくうえで身につくであろう物の見方や考え方、この2つの財産を生かせる人物になりたいと考えています。現在私は大学病院での実習を行っており、これから医師となる身です。昔ほど医師不足が話題に上がらなくなり、診療科によっては医師が余るとされている現代においても、研究を行う基礎研究医は非常に不足しており、実際に周りの同級生にも研究をしようという人はほとんどいません。もちろん人を救うという医師の使命を果たすうえで、病院に勤務し、診察や検査を行い、そこから診断や治療を行って病気を治すことが大切なのは言うまでもありません。私は、それと同時にいまだ有効な治療法がない病気やそもそも原因が不明である病気について、あるいは人の生体についてメカニズムが分かっていないものについて研究し、新しいメカニズムや病気の原因を発見すること、そしてそれをもとに創薬やデバイス開発を行い、未来の患者さんの治療へ役立てることも医に携わる者の使命であると考えています。私は病に苦しむ患者さんを医療で救う医師と未知の病気や人の機能について研究を行う研究者、その2つの役割を両立する人材となるべく、これからも努力していきたいと思います。

住田さん、ありがとうございました。医師として、研究者として、両面でのご活躍、応援しています!

リケラボ編集部

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