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太陽の赤外光から水素を生成し、新たなエネルギー源に。 地球の未来を変える京大・坂本准教授の挑戦 | リケラボ

太陽の赤外光から水素を生成し、新たなエネルギー源に。 地球の未来を変える京大・坂本准教授の挑戦

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もし、身の回りにある普通の窓ガラスで発電できるようになれば、世界はどう変わるでしょうか。誰もが使いたい放題に電気を使えるようになり、人類史上初めてエネルギーを巡る争いがなくなる……。そんな夢みたいな話が、現実になる可能性が出てきました。地球に膨大な量が降り注ぎながら、今のところほとんど利用されていない赤外光(赤外線)を、エネルギーに変える。そんな新しい未来を切り開く研究に取り組んでいるのが、京都大学化学研究所の坂本雅典准教授です。坂本准教授に革新的な新エネルギー開発について伺いました。

赤外光が本当にエネルギー源になるのか?

少し意外ですが、赤外光はこれまでエネルギーとして利用されてこなかったのですか。

坂本 現在はほとんど利用されていません。その理由は、赤外光のエネルギーが低いからです。赤外光とは、可視光線の赤色よりも波長の長い光で、その波長は0.7μm(=700nm)から1000μm(=1mm)ぐらいになります。一般に波長の長い光ほどエネルギーが低くなるため、シリコン太陽電池の発電などに使えるのも約1.1μmより短い波長の光に限られます。そのため赤外光は、太陽光発電にほとんど利用できないのです。植物が光合成に使う光も青い光(400~500nm)と赤い光(600~700nm)ですから、やはり赤外光は使われていません。

ということは地球上にたくさん降り注いでいるにもかかわらず、赤外光は無駄になっているわけですね。

坂本 赤外光は太陽光全体の46%程度、フォトン(光子)の量で考えれば半分ぐらいと考えられており量は確かに多いのです。ただ、いくら大量にあったとしても、エネルギーとしては活用できないのでは意味がありません。けれども逆に考えてみましょう。仮に赤外光から少量でもエネルギーを取り出せるようになれば、その総量は膨大ですからトータルではそれなりのエネルギー量を確保できるようになります。

赤外光を使えるようになれば、地球上のエネルギー事情が大きく変わる可能性があるということですか?

坂本 そのとおりです。そして、実際に我々は赤外光エネルギーの化学エネルギー変換に成功しました。具体的には、赤外光から水素を生成する赤外応答光触媒を開発したのです。このエネルギー変換は理論上は決して不可能なテーマではなく、実際に先行研究もありました。ただし以前の研究ではエネルギーの変換効率(外部量子収率)が、わずか0.01~0.03%とあまりにも低かったのです。これに対して、我々の研究成果では変換効率が3.8%までに高まっています。もっともここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでしたが。

※坂本准教授らのチームが開発したエネルギー変換システムでは、1200nmの波長の光を使ったエネルギー変換効率が、以前の0.02%程度から3.8%にまで高まった。

始まりは四面楚歌からの状態から

先行研究があったのなら、世界中の研究者たちが競い合っていたわけですね。

坂本 そうではなく先行研究の成果があまりにも芳しくなかったため、実用化は到底無理と考えられ誰も研究していなかったのが実態です。私は理論上できるはずだから研究に取り組もうと思ったのですが、赤外光から水素を高効率で発生させる実験を始めると周りの先生方に話したときには、「できるわけがない」と太鼓判を押していただきました(笑)。

そんな難しい条件だったにもかかわらず、先生はどうして成功したのでしょうか。

坂本 赤外光は波長が長くエネルギーが低いため、仮に赤外光を使って光電変換を起こせたとしても、変換を起こすことのできるエネルギーを持つ状態を持続する力が弱いのです。そのためいったん変換が始まっても、すぐに元の状態に戻ってしまう。けれども、反応が起こるメカニズムを考えている内に、抜け道が見えてきました。そのカギとなるのが電荷移動です。

研究成果のカギとなる局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)ですね。

坂本 LSPRを活用した光電変換こそは、赤外光のエネルギー変換におけるキーテクノロジーと考えています。入射した光によって引き起こされる材料中の電子の集団振動をプラズモン共鳴と呼び、特にナノメートルサイズの構造物の表面で起こるプラズモン共鳴を局在表面プラズモン共鳴と呼びます。これはナノサイズの粒子に限られた現象ですが、赤外光エネルギーによって粒子中の電子が励起され、特定の指向性を持って集団振動するのです。その結果、エネルギーの高いホットキャリアが形成されます。ただ、そのままだとホットキャリアは一瞬で緩和してしまいます。ところが、そこに適切なアクセプターつまり受け皿があれば、エネルギーを与えられた電子が、そのアクセプターに注入されます。赤外光を吸収してホットキャリアを形成するのがヘビードープ半導体です。

ヘビードープ半導体とは、半導体に不純物を添加(ドーピング)したものですね。

坂本 これを作るのに相当苦労しました。LSPRがナノレベルの世界で起こる現象なので、ヘビードープ半導体であるCuS(硫化銅)のナノ粒子をつくり、そこに電子アクセプターとなるCdS(硫化カドミウム)を付着させます。「付着させる」と言葉では簡単に表現できますが、なにぶんにもナノレベルの世界の話なので、そう簡単には狙い通りに付着してくれないわけです。実験を担当してくれる学生に指示したのは「CuSに何か適当な電子アクセプターをつけてよ」のひと言だけでしたから、学生からは「先生は簡単にいうけど、そんなものできるわけがありません」と何度もいわれました。そこを何とかと粘っている内に、画期的な素材をつくってくれたのです。

※硫化銅/硫化カドミウムによるヘテロ構造ナノ粒子の透過型電子顕微鏡画像

実験を担当する学生さんは納得して取り組まれたわけですか。

坂本 赤外光に応答して電子が動くのは間違いない事実です。だからLSPR素材のCuSに適切なアクセプターをつけて、その電子を捉えることができれば電気エネルギーを取り出せるという考え方には、彼も納得してくれました。もっとも、これはあくまで大まかなあらすじに過ぎないわけで、そこから実際の作業を組み立てていく過程では、学生にいろいろ考えてもらわなければなりません。もちろん、いつも一緒にディスカッションしながら進めていくのですが、最終的には手を動かしてくれる人の意見を、いかに受け止めるかが研究を進めるカギになります。

※透過型電子顕微鏡のデータを見ながら学生と議論する。

異様なデータを巡る論争

思い通りの材料ができた結果、今回の画期的な発見に繋がったわけですね。

坂本 ところが、最初にその材料を使った実験データを見たときには意味不明でした。要するに予想していたのとは、まったく異なるデータが出てきたのです。何が起こっているのか、さっぱりわからない。私はもちろんですが、実験をやっている学生も理解できないようなデータです。当然、なんでこうなるんだと学生と議論になります。

予想と異なる結果が出た原因は、すぐに解明されたのですか。

坂本 いや、そんな簡単な話ではありません。長い間同じような研究に取り組んできたために、そもそも私自身が先入観にとらわれているのです。つまりあるデータを見た瞬間に深く考えもせずに、そのプロセスはだいたいこんなことだろうと勝手に見当をつけてしまう。ところが、今回の実験から出てきたデータは、これまで知っているパターンにはまったく当てはまらなかった。だから、一体何が起こっているのか理解できず、学生と言い合いになることが何度かありました。

けれども最終的にたどり着いた答えが成果につながったのでしょう?

坂本 半年間ぐらい、ずっと考え続けていました。そんなある日、子どもを連れて公園を散歩している最中に、突然ひらめいたのです。

そういう「ひらめき」はよく起きるのですか。

坂本 ひらめくのはたいてい散歩しているときや、お風呂に入っているときですね。ただし、ひらめくための絶対条件が一つあって、それはずっとその問題を考え続けることです。決して誇張しているわけではなく、四六時中その問題が頭の中にあるというか、無意識のうちでも考えているような状態、ある意味取り憑かれているといってもいいかもしれません。ともあれそうやって考え続けていると、ある瞬間「あっ!もしかすると、こういうことなんじゃないか」と思いつくのです。

思いついたら、すぐに実験をして確かめる。

坂本 いちばん深く理解しているのは、実験を担当してくれている学生なので、彼に私の思いつきを話してみると「そうかもしれない」と直ちに同意してくれました。そして実験で確かめてみると、予想通りの結果が出ました。考えた内容が裏付けられたわけです。

その成果『新しいプラズモン誘起キャリア移動機構の発見』とは、どのような内容なのでしょうか。

坂本 簡単にいうと、従来とは異なるメカニズムによる電荷移動機構が見つかったのです。少し専門的に説明すると、適切なヘビードープ半導体を使うと、キャリアのトラップ(エネルギーの高い準安定状態)を経由した段階的な電荷移動によりプラズモン誘起電荷移動が起こりました。これは従来知られていなかった新しい機構です。これによりエネルギーの低い赤外光からでも、エネルギーを効率的に取り出せるようになりました。

※高効率かつ長寿命の電荷分離を実現する新機構

画期的な新エネルギー誕生の可能性

以前にも行われていた実験結果と比べて、どれぐらいの成果になったのでしょうか。

坂本 最初にお話したようにエネルギーの変換効率が、0.01~0.03%から3.8%へと従来の100倍以上に高まりました。さらに電子が効率的に動くことにより、電荷分離の時間が以前の実験結果に比べて次元の異なるレベルまで長寿命化しています。以前の実験では数十ピコ秒(ピコ秒=1兆分の1秒)に過ぎなかったのが、数百マイクロ秒(マイクロ秒=100万分の1秒)まで伸びたので、ざっと数千万倍になっています。使える光についても、以前が800nmぐらいの波長が限界だったのに対して、その約3倍となる2.4μm(=2400nm)ぐらいの波長まで使えるようになっています。これは、赤外域の太陽光すべてをエネルギーに変換できたことを示しています。

これまでほとんど使われていなかった赤外光を、新たなエネルギー源として利用できる可能性が出てきたわけですね。

坂本 既に我々は、LSPRを示す新たな無機ナノ粒子を使って、赤外光を電気エネルギーや信号に変換できる無色透明な材料の開発にも成功しています。これも世界初の発明です。使った素材はスズドープ酸化インジウムのナノ粒子です。これも赤外域にLSPRを持つ素材で、スズのドーピング量により吸収する波長を制御でき、電子移動と素材の透明性を両立しています。少しSFチックな表現をするなら「人の目には見えないけれども、光に応答してエネルギーをつくり出す材料」が実現するのです。無色透明でありながら、近赤外から中赤外領域の光をエネルギーや信号に変換できる材料、つまり透明な太陽電池の開発が、夢物語ではなくなる可能性が出てきたのです。

※スズドープ酸化インジウムを使ったガラス基板のサンプル。この透明のガラスで発電できるようになる。

その素材を産業化して窓ガラスなどに応用できれば、世界が変わりそうです。

坂本 そこら中の窓ガラスが電気エネルギーをつくり出してくれたり、エネルギー源となる水素を産み出すようになると、本当に世界が変わると思います。我々研究サイドでは、革新的な太陽電池の基礎技術開発は早ければ5年ぐらいで実現すると見込んでいます。その基礎技術を産業界で大量生産できるレベルまで実用化してもらえば、10年後の未来像は今とは非連続なものとなるのではないでしょうか。

研究とは9割の失敗から学ぶ作業

先生が研究者として生きていこうと決めたのは、いつで何がキッカケだったのでしょうか。

坂本 九州大学で修士まで学び、博士課程は大阪大学に移りました。そこで所属した研究室が、とても厳しいところで、ほとんど休みがとれないほどの仕事を与えられました。最初の間は嫌で仕方がなかったのですが、あるとき急に楽しくなったのです。先生から「やれ」といわれて行う仕事は単なる作業です。ところがその実験の枠組みを自分なりに理解できると取り組み方が変わります。そんなある日、研究室の誰もうまくできなかった実験で、きちんとした結果を出せました。その成果を元に論文を書いてからは、何もかもが楽しくなっていきました。

とはいえ実験は簡単にはうまくいかないわけでしょう?

坂本 まあ9割方は失敗ですね。最初からそんなものだと思っているから、うまく行かなくても何てことはないのです。それよりも大切なのは、なぜ失敗したのかを突き詰める努力であり、それ以前にきっちりと条件を詰めた上で実験に取り掛かることです。前提条件を固めておけば、失敗しても大抵の場合はその理由を突き止められます。すると、次のステップに進めますから。

失敗が続くと嫌になったりしませんか。

坂本 少なくとも私はならないですね。なぜなら研究職とはロマンを追い求める仕事だと思っていますから。自分の研究成果が社会に貢献できて、その結果として人類をもう一段上のレベルに引き上げられるかもしれない。そう思えばワクワクするじゃないですか。しかも、失敗しても突き詰めて考えれば、答えが見える可能性は必ずあるのです。大切なのは最後まで諦めずに考え抜く執念です。その際に忘れてはならないのが、実際に手を動かして研究をサポートしてくれるスペシャリストたちの存在です。今回の発見も、実験を重ねてくれた学生がいなければ、決して実現しなかったでしょう。ノーベル賞を含め優れた研究成果の背後には、必ずそれをサポートする研究チームがある。チームに所属する研究員の中から、明日の日本の科学を担う研究者が出てくることを期待します。

京都大学 化学研究所 物質創製科学研究系 精密無機合成化学領域 准教授
坂本雅典(さかもと まさのり)

2005年、大阪大学大学院工学研究科分子化学専攻博士課程修了、博士(工学)。同年、大阪大学産業化学研究所特任助教、2009年、筑波大学先端学際領域研究センター助教、2012年、京都大学化学研究所助教を経て、2015年より現職。専門分野はナノ材料化学、光化学。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)

リケラボ編集部

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