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ニホニウムとは

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113番元素「ニホニウム」とは

ニホニウム(nihonium, Nh)とは、日本の理化学研究所 仁科加速器研究センター超重元素研究グループの森田浩介グループディレクター(九州大学高等研究院 特別主幹教授)を中心とする研究グループ(森田グループ)が2004年に初めて検出し、2016年に新元素として認定された「113番元素」です。元素周期表に、欧米諸国以外の国が発見・命名した元素が加わるのは初のことでした。本稿では、このニホニウムはどのように見い出され、新元素として認められたのか。その長い道のりに迫ります。

「元素」と「原子」、その違い

「ニホニウムの何が新しいのか?」、それを説明していくために、まず「元素」と「原子」の違いに触れたいと思います。あらゆる物質は原子と呼ばれる小さな粒が集まってできています。例えば、水分子(HO)は2つの水素原子と1つの酸素原子からできており、エタノール分子(CHOH)であれば炭素原子(C)2つと水素原子6つ、酸素原子1つから構成されています。アルミニウムや銀といった金属も、アルミニウム原子や銀の原子がたくさん集まってできています。

これら原子の中心にある原子核は、陽子と中性子から構成されており、この陽子の数でもって分類するというのが「元素」の考え方です。陽子が1つであれば水素、2つであればヘリウム、3つであればリチウム、陽子が11個であればナトリウムというように整理されてきました。

一方、中性子の数は一律ではなく、同じ元素であるナトリウムでも中性子を7つ持つナトリウム原子もあれば、26個もの中性子を持つナトリウム原子も存在します。すなわち、同じ「元素」でもさまざまな数の中性子を持つ原子、「同位体」がある、ということなのです。陽子数はそのまま原子番号とされており、今回の主役であるニホニウムは原子番号順で113番目の元素にあたります(発見された順番とは異なります)。

元素は「見つける」から「つくる」時代へ

古来科学者たちは、天然に存在する空気や鉱物といった地球上の物質中からこれらに含まれる元素を見つけ出してきました。現在、存在が認められている118種類の元素の同位体は、大きく二つのグループに分けることができます。一つ目のグループは「安定して自然界に存在する同位体」です。一方、二つ目のグループは「不安定で、分裂してしまう同位体」です。これらの同位体は、生成したとしても構成要素である陽子や中性子、電子を放出しながら番号の小さな別の元素に変化していきます。特に、原子番号が大きい元素の同位体ほど分裂しやすい特徴を持ち、93番のネプツニウム以降の元素は、地球の物質中にはほとんど含まれていません。それでは、それら天然に存在しない元素はどのように発見されたのでしょうか?その答えは「元素合成」。つまり「元素を人工的につくり出す」ことで、天然には存在しないテクネチウム(原子番号43)など数々の新元素が見つかってきました。原子番号の大きな新しい元素は、原子の核同士を衝突させて融合させたり、原子に中性子をビームのようにぶつけたりすることで合成されます。ニホニウム(陽子数113)も、陽子数30の亜鉛原子を陽子数83のビスマス原子に衝突させ、融合させることによってつくられました。けれども、安定な陽子数・中性子数(魔法数と呼ばれます)をとらない原子は首尾よく衝突してもすぐに分裂してしまい、原子同士を融合させることは、決して簡単なことではありませんでした。

元素合成の鍵を握る「加速器」

原子同士を融合させるまでに、超えるべきいくつかのハードルがあります。例えば、本来原子核は互いに反発するため、それらを衝突・融合させるには、反発に打ち勝つほどの速度まで原子を加速させなければいけません。このとき、原子などの粒子を極めて超高速に加速する装置が「加速器」です。加速器は、正(+)および負(−)の電荷を持った粒子が、それぞれ負および正に帯電した電極に引き寄せられるという性質を利用した装置です。その研究・開発は、1930年前後から世界中で活発に行われ、より速く、より多くの粒子を、より効率的に放出する加速器の工夫がされてきました。1937年には理化学研究所の仁科芳雄氏らがサイクロトロンと呼ばれる加速器を建造(世界で2例目)するなど、日本も原子核物理学の最先端に追いつこうとしていました。しかし、第二次世界大戦の敗戦を機に、国内の加速器の多くが破壊されてしまいました。それでも、仁科氏の想いを継ぐ研究者たちによって、高性能加速器の開発・建造が続けられてきました。

1980年代から理化学研究所では、加速器(電場で加速した原子をイオンビームとして衝突させる)や分離・検出装置(生じた融合原子を磁場・電場中で軌道の違いで分離し、短時間寿命でも存在を確認する)の開発を続けており、その流れでできた「理研重イオン線形加速器RILAC」が、今回のニホニウムの合成成功のひとつの鍵になりました。ポイントは照射できる原子数の多さです。1兆分の1cmという小さな原子同士の衝突確率を上げるためには、大量の原子を照射することが求められますが、理化学研究所の加速器の性能は1秒間に2兆個以上。ひとつめの113番元素が確認されたときの実験では、総計約100兆個もの亜鉛原子が照射されました。この世界有数のビーム量が、大発見をもたらしたのです。

新元素合成のもうひとつのポイント「検出」

原子同士の融合のためには照射できる原子の量が重要、というお話をしましたが、それがハードルになることもあります。つまり、数兆個という無数の亜鉛原子の中から、生成した113番元素だけをどうやって見つけ出すのか?ということを考える必要がありました。

そこで森田浩介グループディレクターが、亜鉛原子と新元素の原子を分離する装置の設計を担当することになりました。

加速器によって照射された原子が磁力のある環境に飛び込んだとき、原子は真っ直ぐ飛ばずに、ゆるやかにカーブを描きます。このカーブの軌道が原子の重さや電気的性質によって異なることに森田氏は注目しました。113番元素だけが通れる道をつくり、原子を選別することを考えました。森田氏のアイデアが詰まった装置は、気体充填型反跳分離器(GARIS)と名付けられ1988年に完成しましたが、なかなか理論通りに原子を選別することができず、森田氏らは10年以上にわたって装置の調整と評価を続けました。その努力の甲斐もあり、GARISはその高い性能を徐々に発揮。108番、110番、111番元素の原子の検出実験では、海外設備の2倍の観測効率を示しました。そして2003年9月5日、ついに新元素の生成・検出実験がスタートしました。

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113番元素合成に向けた亜鉛ビームの照射は24時間、数十日間連続で行われ、その間スタッフが交代で装置を見守ります。1度目の実験は2003年12月に終了し、このときは残念ながら新元素検出には至りませんでした。そして、2度目の実験がスタートしてから1か月ほどたった2004年7月23日、そのときは訪れました。GARISが113番元素を検出したのです。2004年以降も実験は続けられ、2005年に二つ目の113番元素の生成が確認できたのです。2006年には、新元素の認定などを行う国際機関「JWP
」に研究成果を提出し、新元素発見を認めてもらえるよう申請しました。

しかし、ここから「ニホニウム」の認定までには約10年間という時間がかかりました。その背景には、海外のライバルたちと繰り広げられる新元素探索競争と、厳しい認定基準の存在がありました。

※国際純正・応用化学連合(IUPAC)と国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)が推薦する委員で組織された合同作業部会。数年に 1 度新元素の発見者を募り、研究成果やデータについて審議を行い、どの研究者・グループに命名権を認定するか検討します。

命名権を得るための、新元素の存在証明

113番元素を探し求めていたのは、日本だけではありませんでした。海外の研究者たちも新元素の生成・観測実験に取り組んでおり、114番元素のフレロビウムはロシアで、116番元素のリバモリウムはアメリカで見出されたものです。113番元素についても、アメリカとロシアの共同研究グループが日本の理化学研究所とは別の手法で合成に成功しており、どちらが新元素の命名権を得るのか議論となりました。また、JWPは各研究グループの結果が認定基準を満たすかの確認も行います。特に、実験の再現性の高さと、検出した原子が113番元素のものであるという強い根拠を示すことが求められ、理化学研究所森田グループの研究結果にはそれらが不足していると指摘がされました。申請から5年が経った2011年のことでした。このJFPの回答に応えるべく、さっそく3度目のニホニウム観測実験をスタートした森田グループ。実は彼らは、申請結果を待ちながら、2008年からもうひとつの実験に取り組んでいました。それは観測した原子が113番元素のものであることを証明するための実験です。つまり、JFPのコメントを予測して、エビデンスを強化することに取り組んでいたのです。

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新元素であることを証明するためには、原子の構成要素の足し算を完成させることが重要です。先ほど、原子番号93番以降の元素は不安定であり、原子の構成要素を放出しながら、原子番号の小さな元素に変化していくことをお話ししました。つまり、分裂後に得られた原子と、放出された陽子や中性子を足し合わせると113番元素の原子になることを証明できれば、強い根拠となります。ニホニウム(原子番号113)も、生成してすぐさま分裂していき、最終的にボーリウム(原子番号105)を得ていました。森田氏らは、ニホニウムがボーリウムになる間に、「α崩壊」と呼ばれる陽子2個と中性子2個が放出され、原子番号がふたつずつ小さくなる過程を経ていると考えていました。つまり、ニホニウム(原子番号113) →レントゲニウム(111) →マイトネリウム(109) →ボーリウム(107) →ドブニウム(105)という経路です。ただし、途中でレントゲニウムやマイトネリウムの段階で止めて、原子を取り出すことなどはできないため、上記の経路も、あくまでデータからの推測となっていました。そこで、森田グループが2008年から取り組んでいた実験とは、この経路にあるボーリウム原子を合成して、ボーリウム(107) →ドブニウム(105)のα崩壊について詳しく観測するものでした。2009年にキュリウムとナトリウムからボーリウムを合成することに成功し、ドブニウムへの崩壊過程についても調査が進められました。結果的に、ボーリウム→ドブニウムの崩壊経路で観測された原子の崩壊速度やエネルギー変化量と同様のデータが、ニホニウムの崩壊過程でも得られていることがわかりました。この実験結果は、森田氏らの考察が確からしいことを強く支えるものになりました。

森田グループは、2012年に検出した3回目の113番元素の観測結果に、ボーリウム→ドブニウムの崩壊過程に関する実験結果も含めて、JWPに再度申請しました。

113番元素の命名権を日本のグループか、アメリカ・ロシアのグループか、いずれに認めるのかの審議の結果、2015年の年末に、日本の森田グループに命名権を認めることが決まりました。決め手となったのは、合理的なα崩壊経路の裏付けと再現性です。一貫して同じ装置を用いて、同様の結果を複数回得たことが、研究結果への信頼性につながったのです。欧米諸国以外(アジア)の研究グループが元素の命名権を得るのは、歴史上初めての快挙となりました。かくして、113番元素はニホニウム(元素記号Nh)と命名され、晴れて元素周期表に連なることとなったのです。

研究者たちの次なるターゲット、119番・120番元素

これまで発見・命名された元素のうち、最も原子番号が大きいものは118番元素オガネソンです。すなわち、多くの研究者たちが119番元素、そして120番元素に照準を合わせています。ニホニウムを発見した理化学研究所のグループも、すでにGARISなど装置の改良を進め、119番元素の生成・確認をめざして日々研究に取り組んでいます。119個の陽子を持つ原子核をつくるために、陽子数23のバナジウム原子を陽子数96のキュリウム原子に衝突させることが検討されています。一方、海外の他の研究グループは、陽子数22のチタン原子を陽子数97のバークリウム原子に衝突させることに挑戦すると言われています。どの戦略が新元素への道を拓くのか、これからも目が離せませんね。

記事監修:秋津貴城(東京理科大学 理学部第二部 化学科 教授)

(上記すべて参照:2023-9-26)

リケラボ編集部

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