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シングルセル解析とは

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シングルセル解析とは

細胞を集団としてではなく、個別に解析する方法をシングルセル(1細胞)解析と言います。シングルセル解析は、一度に大量のDNA配列を解析できる次世代シーケンサー(NGS)の登場後、1細胞内における遺伝子発現解析手法として発展しました。

従来の生物学研究では、生物を解析する際には、解析したい組織全体をサンプルとして実験してきました。このとき、そのサンプルの中にはさまざまな細胞が含まれ、解析結果はその平均値として現れます。シングルセル解析では、組織に含まれる細胞1つを対象とした解析を行います。その結果、例えば、ヒトの体を構成する細胞は約400種類と言われてきましたが、それよりも細胞種は多様であることが分かってきました。組織単位の解析では知り得ない情報が得られるため、今後さらなる活用が期待されています。

本稿では、微小な細胞一つ一つの解析を可能にした技術や手法、シングルセル解析によってわかってきた生物学上の新たな知見について紹介します。

シングルセル解析の発展

シングルセル解析は1細胞内の遺伝子情報を明らかにする方法として発展しました。生物を構成するタンパク質は「DNA→RNA→タンパク質」の流れで合成されます。DNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)と呼ばれる4種類の塩基が並び、遺伝情報は塩基の配列として格納されています。

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そのため、遺伝子の働きを調べる手法としては、最終的な産物であるタンパク質ではなく、比較的簡単に計測できるmRNAがよく調べられます。

mRNAを調べる方法は、以下の通りいくつかの手法が開発されています。

  • ノーザンブロット法…直接mRNAの発現量を解析する。
  • RT-PCR法…mRNAは不安定で分解されやすいため、逆転写により安定したcDNA(RNAに相補的なDNA断片)を合成し、cDNAをPCRで増幅することで微量なmRNA量を測定する。
  • マイクロアレイ法 …チップ上に並べられた大量のDNA断片と反応させることでmRNAの網羅的な発現解析を行う。


そして、数千万から数十億個もの短いDNA断片を一度に解読できる次世代シーケンサー(NGS)が登場したことにより、mRNAを網羅的に解析することも可能になりました。このNGSの登場は、シングルセル解析の発展に欠かせない技術に発展しました。

では、シングルセル解析を行うための1細胞からのmRNA抽出法や解析前の処理方法はどのように発展してきたのでしょうか?

1990年代には1細胞mRNAの定量的な解析が一部可能になっていました。1998年には1細胞におけるmRNA数が計測されます。しかし、この1細胞由来のmRNAは極少量で、通常のcDNA合成法では定量的な遺伝子発現解析を行う十分なDNA量が得られないという課題が残されました。2006年、当時理化学研究所にいた栗本らによってこのcDNAを定量性を維持したまま増幅するPCR法が報告されます。栗本らの手法を応用して、2009年には1細胞由来のmRNAをNGSによって網羅的に解析する方法が初めて発表されました。これ以降、1細胞遺伝子発現解析の研究が広まっていきます。

シングルセル解析の方法

以上、シングルセルの解析手法について、発展の歴史とともに概観してきましたが、NGSを用いた1細胞遺伝子発現解析法の確立には、以下のような重要な基盤技術を必要としています。

・1細胞の単離方法

細胞の単離にはいくつかの方法があります。ガラスピペットやマイクロキャピラリーにより顕微鏡観察下で実験者の手によって物理的に細胞を単離するマイクロマニピュレーション。目的の細胞を顕微鏡で確認しながらレーザーで切り出すレーザーマイクロダイセクション。そして、非常に細い水流中に細胞を流して細胞特異的なマーカーにより目的の細胞を取り出すセルソーターなどです。これらの中ではセルソーターを使う方法が最も広く用いられていますが、コストや処理量、解析対象となる細胞の条件により使い分けされています。セルソーターを用いる方法と組み合わせて、油中で微小な水滴をつくり、そこに1細胞を閉じ込める方法や、マイクロ流路(microfluidics)を用いて細胞を分離する方法も開発され多くの場面で利用されています。

・UMIによるタグ付け

1細胞の中で遺伝子は非常にたくさんの種類が発現しています。このため、効率よく正確に、mRNAの種類と量を同定できることも大切な技術基盤です。発現量の把握には、同じ遺伝子から何個のmRNAが作られたかを知ることがポイントです。微量なmRNAをNGSで解析するためには、mRNAをcDNAに合成した後に、解析可能なレベルに、実際の存在量を反映した状態で増幅する必要があります。

この問題を解決する方法の1つが2012年に報告されます。それはmRNAからcDNAを合成する際に、cDNAの末端にランダムな塩基配列(UMI:Unique Molecular Identifier)を付加する方法です。このUMIは分子バーコードとも呼ばれ、増幅前のcDNAへのタグ付けの役割を果たします。

タグに使用するUMIは、10塩基のものを使えばATGCの4種の並びのパターンは4の10乗通り、つまり100万種類以上になります。1細胞におけるmRNAの数は数万〜100万分子ほどと考えられており、これらをタグ付けするには十分な量になります。特に1つの遺伝子から複数のmRNAが作られていたときに、それらに同じUMIがタグ付けされる可能性はほぼ無視できるレベルになります。つまり1細胞において発現した個々のmRNAに別々のタグが付くことになります。NGSでは、このタグごとに増幅・解析することができるので、元のmRNA量を正確に推測することができるのです。

ここまで見てきたように細胞の単離、定量性を維持したcDNA合成などの技術開発は日々進歩しており、微小流路内で1つの細胞を取り出し、そこからcDNA合成までを自動化した装置も開発されています。同時に、NGSから得られるデータの解析にはバイオインフォマティクスの技術も重要です。データの中から細胞の種類や機能が類似した遺伝子を分類したり、疾患に関わる遺伝子や細胞を発見したりするためには機械学習が必須になっており、この機械学習自体も1つの研究テーマとなっています。

シングルセル解析で分かってきたこと

シングルセル解析の進展に伴い、さまざまな新たな発見がもたらされています。ここでは代表的なものを紹介します。

細胞種の分類:

生物の組織や器官にはさまざまな種類の細胞が含まれ、それぞれの役割に応じた遺伝子が発現していると考えられています。シングルセル解析により、細胞集団からランダムに抽出した細胞における遺伝子発現プロファイルを明らかにすることで、ごくわずかにしか含まれていない希少な細胞を含むさまざまな細胞種の分類が可能になってきています。

細胞の分化や応答過程の推定:

現状のシングルセル解析ではサンプルとした1細胞を破壊して解析するため、その細胞における変化を調べることはできません。しかし、多数の1細胞を時系列別でサンプリングし解析することで、各細胞の分化や応答過程を1細胞レベルで解析できるようになりました。2014年には受精卵から桑実胚(そうじつはい)への初期発生過程、骨格筋の分化誘導過程における細胞の変化についての報告がされています。

細胞集団内でのばらつき:

細胞集団における個々の細胞の遺伝子発現量の変化を調べることで、集団内における遺伝子発現の不均一性やゆらぎなどの現象が明らかになってきました。これは異なる細胞種の混在によるものだけでなく、同じ細胞種であっても細胞ごとにRNAの転写速度、細胞周期、サーカディアンリズム等に由来するばらつきがあるためと考えられています。

シングルセル解析によって得られた新たな情報は、医学にも応用されています。例えば、疾患細胞や医療用細胞(iPS細胞、体性幹細胞、ES細胞など)を研究や治療に用いる際の、細胞の品質評価、診断や予防医学における疾患の正確な状態把握とそれに基づく治療計画の立案、そして疾患の原因となる細胞種を直接標的とする創薬などに活用されます。

また、細胞種の分類については、人の全細胞種類を同定することを目的とした国際プロジェクト、Human Cell Atlas(HCA)が2016年にスタートしています。このプロジェクトには米国、英国、日本を含む87カ国から2760名の研究者が参加しています。人体を構成する約37兆個の細胞一つ一つの遺伝子発現パターンをカタログ化する計画で、これまでに4200万細胞の情報が公開されています(2023年4月時点)。

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まとめ

組織や器官単位で研究することが一般的だった生物学研究ですが、技術の発展により、1細胞ごとの解析が進められるようになってきています。解析方法も、mRNAを対象にした遺伝子発現解析だけでなく、エピゲノム解析、プロテオーム解析、メタボローム解析と広がっています。エピゲノムはゲノムDNAが化学的修飾を受けることで、その働きが調整される仕組みです。プロテオームとメタボロームはそれぞれ生体に発現するすべてのタンパク質と代謝物を意味します。1細胞レベルで複合的に解析できる様になったことで、細胞集団を対象に見ていたときには分からなかったさまざまな発見がもたらされています。

シングルセル解析は私たち人間が見る世界をさらに広げてくれるものとなるかもしれません。ごく小さな細胞1つ1つの解析にまで挑戦することに、私たち人間の飽くなき好奇心を感じますね。

記事執筆:吉田拓実(東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士課程修了 博士(農学)/ 再考編集室 編集記者 / さいこうファーム 農場長)

(上記すべて参照:2023-6-28)

リケラボ編集部

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